開けた窓から気持ちよく吹く風に触れながら、よく晴れた空を見上げる。
久しぶりの休みに、サクはそうして日に当たりながら目を閉じた。
ドラゴン・バレクスを倒し、すっかりボロボロになって街に帰った時にはもう夕暮れで、すでに待っていた隊長二人がすぐに駆け寄ってきた。
それからは傷の手当や何だでバタバタとし、終わったのは日の沈んだ夜だった。
賑やかな街並みの中、それぞれが手を握り、「またいつでも組もう」と約束して、二つの派閥は別れを告げた。
あれからまだ一日も経っていない中、傷の回復も含め(ポーションを使えるような余裕はないので)、僕達は短いながらも休暇を取ったのだ。
「今帰ったよー!!…って、なんだいこの状況は…」
勢いよくドアを開けたアマリアは、中にいる三人を見て苦笑いする。
彼女は今日も変わらずバイトで、午前までだったらしい。
そのアマリアが汗を流す理由は、きっとこの休暇に、三人見事にだらけているからだろう。
サクは窓にダラリと垂れ下がってスヤスヤと、ルーカスは床に大の字で寝転がりグーグーと、シルアはホウキを持ったまま、まさかの立ちながらでスースーと、仲良く三人静かに眠っていたのだ。
「まー今日あったかいし、何より疲れてるだろうしね」
そう言って微笑み、目を閉じたアマリアは
「グッモーニーング君たちーーっ!!」
思いっきり三人に飛びかかるのだった…。
* * *
「イッテ…ったく、思いっきり踏んづけやがったな…」
「バカモン!隊長の帰りに出迎えがないのが悪いんだ!!」
「ワガママか!!」
すっかりいつもの感じに戻った中で、アマリア達のやりとりに僕は苦笑いする。
すると、不意に袖をクイっと引っ張られ、顔を横に向ける。
横にいたシルアさんは、僕と目を合わせながら口を開いた。
「サクさん」
「…はい」
「私に料理を教えてくれませんか?」
「…はい?」
いきなりの展開に頭がついていかないが、それを聞いたアマリア達が顔を寄せてきた。
「なんだいっ、シルア君料理やるのかい?」
「少しでも、身の回りのことはできるようにしたいので」
「おおっ、それは偉いぞシルア!」
そう言ってシルアさんの頭をバシバシ叩くルーカスは、「よしっ」と、無反応のシルアさんに顔を近づけた。
「なら、俺が教えてやろうかっ」
「え、ルーカス料理できたの?」
「ああっ」
自信満々のルーカスに半信半疑でいると、アマリアも怪しそうな目つきで口を開いた。
「ふ〜ん?そこまで言うなら見せてもらおうか?シルア君。今回はルーカスに習っておくれ」
「は、はぁ…」
隊長の指示に首を傾げたシルアさんは立ち上がり、僕にコクリと頭を下げた。
「サクさん、頼んでおいて申し訳ありません」
「いいよっ。僕教えるのとか向いてないし」
手を振り顔を上げてもらった後、早速お昼ご飯を作り始めることになった。
「ほらっ、出来上がり!」
「「「おーっ」」」
僕が急遽買ってきた食材で、見事なオムライスが出来上がり、僕達は目を輝かせ顔を近づける。
「こ、これがオムライスですか…っ」
「あ、そっか。シルアさん知らないよね。でも、こんな卵がトロトロのは初めて見るけど…!」
「早く!早く食べようよ!!」
ピョンピョン跳ねるアマリアを止め、ルーカスがにしっと笑う。
「冷めねぇうちにな!」
「「いっただっきまーす!」」
「ハムっ」
「シルアもいただきます言えよー」
一番に食べたシルアさんは、次の瞬間…
「し、シルアさんがこんな幸せそうな顔するの初めて見た!!」
「私…、生きてて良かったです…」
「そうだ!生きるんだシルア君!またオムライスを食べるために…!」
夢中で食べる二人に「ははは…」と微笑みながら、僕もまた一口食べる。
「ホントに美味しい。ルーカスって料理できたんだねっ」
「まあな」
「家ではルーカスがやってたとかっ?」
「……まー、チョクチョクはやってたぞ」
それを聞き、なんとなくルーカスに顔を向け、手を止める。
声音はいつも通りだったから全然気づかなかったけど…。
「ルーカス、どうかした…?」
目が…違う。
「へ?なんでだ?」
この瞳は…。
「…ごめん。さっき変なこと聞いたかな…」
視線をそらす。
前の二人はオムライスに夢中で気づいていない中、次に
「ぷっ」と、ルーカスが噴き出すのが聞こえた。
「えっ?」
「ククっ、あーワリー。やっぱサクに目を見られたら嘘つけねぇのな」
目を見開く。
そんな中彼は立ち上がり、僕に外へ行かないかと誘った。
* * *
「…あの、ルーカス…?」
草原の広がる辺りには、人一人いなかった。
前を歩くルーカスに耐えかね声をかける。
すると彼は不意に止まり、こちらを振り返った。
「いやー。さすがに今更隠すのもなーって思ってよ」
「隠すって…」
さっきの瞳の訳のこと?
言葉になぜか出せない質問を、ルーカスは聞こえたように頷いた。
風が吹く。
静かな空間に僕は只々立ち尽くす。
何を言えば、どうすれば良いのかわからず黙っていると。
それを悟ったように、ルーカスはにしっと笑った。
「座るか?」
「…うん」
それから草むらに腰掛け、隣でルーカスは草をむしり始めた。
僕はなんとなく空を見上げる。
それが好きってこともあるけど、単に動揺しているのかもしれない。
あんなルーカスは、正直初めて見たから…。
「聞かねーんだな」
「えっ?」
いきなりの言葉に素っ頓狂な声を上げてしまい、すぐにブンブンと手を振る。
「あ、いやそのっ。誰でも隠し事なんてあるもんだしっ。だから別に無理に…」
「ぷははははははっ!」
途端。ルーカスが笑い出したのにビックリする。
そんな僕に「すまんすまんっ」と手を振りながら、ルーカスは目を拭った。
「サクのそういうとこサイコーだよなっ」
ケラケラ笑うルーカスに途端恥ずかしくなる。
テンパっているのは自分だけで、なんだか誤解しているような気がしてくる。
「夢を見るんだ。たまにだけど」
「……え」
いきなりのことに、素っ頓狂な声を出す。
「夢って…何の?」
「家族の夢」
ついていけない中、ルーカスは空を見上げながら目を細めた。
「家族の最後の夢」
「…最後?」
風が吹く。
ルーカスがむしった草が舞い、時が止まったような錯覚が起きた。
「死んだんだ、みんな」
「え」
表情を変えず、空を見上げるルーカスは微笑んだまま、そう告げた。
その一言は
その声は
顔とは違い
とても、とても…
ルーカスが視線を落とし、こちらを見ると、プッと吹き出した。
「ははっ、なんじゃその顔っ」
「あ、ご、ごめん…。正直、家族とか、よくわからなくて、なんて言えばいいか…」
「別にいいって。慰めてもらおうなんて思っちゃいねぇよ」
「……うん」
決して、ルーカスは強い、だなんて思っちゃいけない。
誰だって、心の中じゃ相当辛いんだ。
ルーカスも、結構無理してる…。
だから、かけられる言葉なんかある訳がない…。
ルーカスの言う慰めなんてものは、はなから僕にはできる訳がない。
「……ごめん」
「ん?だからそういうのは…」
「無力で、ちっぽけで、何もすることのできないこんな自分が…、憎いんだ…」
足を曲げ、膝に顔を疼くめる。
辛いのはルーカスなのに、副隊長の自分がそんなんでどうするんだ。
ルーカスが動く気配はなかった。
只々静寂が場を包む。
すると、隣から溜息が聞こえた。
「やっぱ、サクには隠し事できねぇな」
「…?」
意味がわからず顔を上げると、ルーカスは笑みを消した。
「お前には、つくり笑いだってバレちまうんだな」
頭をかく彼は、次に眉間を指で押さえた。
「すまん…。だいぶ、きてる…」
「……何があったの?」
散々迷った挙句、そう尋ねると、数秒後、ルーカスは口を開いた。
「…俺の家族は、両親と一人の姉と俺で、生活は余裕なかったけど、でも楽しく暮らしてた。親父もお袋も優しくて、姉ちゃんだっていつも俺に世話焼いてくれてたんだ。でも、ある時姉ちゃんが、ディメンターだってことがわかったんだ」
目を見開く。
確かに、ディメンターは生まれ持ってそうである人と、生活していく中で発生する人がいるらしい。
「マテリアルには?」
「いいや、派閥に行く気もないからって。家族もそれには別に反対しなかった。…そのディメントってのが、あるのはわかっても、なかなか習得できなかったんだ。やっぱりいろいろマテリアルに聞いたほうがいいんじゃないかともなったんだが、場所も遠かったしで、特に進展はなかったんだ」
そこまで言い終えて、ルーカスは組んだ両手をきつく握りしめる。
その行為に口を閉じていると、不意にルーカスは僕を見た。
「サクは知ってるよな?“デメントの暴走”」
「…っ!?」
瞬間
あらん限り目を見開く。
蘇る記憶
一人の少女
呼吸が、浅くなる…。
「…?サクっ?おいサク!?」
「ーっ」
隣からの声に正気に戻る。
気づけば全身びしょ濡れだが、震える手を思いっきり抑える。
「どうしたんだ?顔色悪いぞ?」
「な、なんでもないよ…。ごめん…。話からすると、ルーカスのお姉さんは…」
「…ああ。ディメントが完成したその日、全てが終わったよ」
ディメントの暴走。
自らが持つディメントが、今現在の己の力と釣り合っていない時、生じる現象だ。
ディメントにもランクはあり、しかも力の強さは、今現在の自分の力関係なしに起こるので、そういった例は決して少なくはないのだ。
暴走すれば正気を失う、または感情が爆発し、コントロールが効かなくなる。
「なんで俺は生きてるのかはわかんねぇけどな…」
そうポツリと呟くルーカスに、なんとか落ち着いた後、僕は尋ねた。
「なんで、そんな目にあったのにここに来たの?」
それこそディメンター達が集まるこの街に来たのか。
その質問に、ルーカスは前を見据えた。
「…どうせ何にもないんなら、俺は争ってやりたいって思ったんだ」
「…っ」
息を飲む。
まっすぐな瞳からは、後悔のかけらもない。
なんで、なんで君はそこまで…
「さーって。早く帰らねぇと隊長がうるさそうだ」
呆然とする僕の隣で立ち上がり、体を伸ばすルーカスは、いつもの表情に戻り、こちらに手を差し出してきた。
「行こうぜサク。なんかありがとな、気が楽になったわ」
「へっ?いや、僕は何も…」
「俺にとっては何もじゃねぇの!わかったか!?」
「…は、ハイ」
グイッと瞬間詰め寄られ、反論ができなくなる。
僕の答えにもう一度笑ったルーカスは「腹減った〜」と、歩き出す。
僕はそんな背中を見ながら、ポツリと呟く。
「ルーカスはすごいね…」
彼はやがてこちらに振り返る。
「おーい。早く来いよー」
「…うんっ」
そうして僕は足を踏み込んだ。