「サクー!」
すっかり寒くなり、日によっては雪が降る頃になった。
そして今日は降っている。
補習は早朝に変更になり、授業前に行う。
すっかり教官も来る回数が減り、完璧にやる気のなさが感じられる。
裏庭には雪が積もり、すっかり真っ白になっていた。
そのせいかいつも以上にテンションが高い少女に、サクは苦笑いし歩き出す。
あれからもう約1年が経とうとしている。
桜が散り、蒸し暑さにダラリとし、肌寒くなり、気づけば雪だ。
こんなに一年ってあっという間だったっけ。
ピンクのマフラーからフィリナは満面の笑みを向けた。
「早く補習やろうよっ」
「…まさか、ここで…?」
「あたぼーよ!こんな雪滅多にないよ!今ここで修行せずいつやるんだ!!」
「…ウソ」
相変わらずフィリナに振り回される僕だけど、初めの頃よりは大分扱いは上達した…と思いたい。
「よーし!まずは雪合戦だー!」
「修行はどこにいったんだ…?」
ツッコミ芸も身につけてしまいつつある…。
「もー!私達まだ9歳だよ!?普通の子はもっとはしゃぐって!」
「…まぁ、そうだと思うけど。でもマテリアルのみんなは違うと…」
「すきやりー!!」
「ふぐ…っ」
顔面に雪が命中した。
固まる僕に、フィリナはお腹を抱えてケラケラ笑っている。
僕は顔を引きつらせ、次には笑っていた。
「もう怒られても知らないから…っ」
「望むところだー!」
「何をやっているお前たち」
「「ギク!?」」
同時に肩を揺らし、停止する。
恐る恐る振り向いた先には、仁王立の教官が…。
この人、確か凄い厳しかったような…。
「何をやっていると聞いている」
「あ、えっと…っ。しゅ、修行を…」
「さっさと中に入れ!!」
「「はいただいま!!」」
同時に駆け出す。
急いで中に入り、ゼェゼェと呼吸する。
そして
「プ…ッ」
フィリナが噴き出す。
愉快そうに笑う彼女を見て、堪えきれず僕も噴き出した。
「さーやるぞー!補習!!」
「そうだね」
今日もまた、一日が始まる。
やっと輝きつつある日が
ずっと続くと信じていた。
* * *
「ねぇサク!せっかくの休みだし街行ってみようよ!」
突然、フィリナがそう誘ったときはポカンとした。
「二人で…?」
「うん!」
「街分かるの?」
「たぶん!」
「たぶんって…」
一年一緒にいて、フィリナがいつも無計画なのは知っている。
でも今回のは許していいのか…?
「行こうよ行こうよ!私一度外に出てみたいの!」
「えー…」
確かにその願望はある。
僕達はディメンターを目指してマテリアルの養成所にいる。
毎日マテリアルの中にいて、殆どが訓練なので、出ようにも出られないのだ。
中には卒業してから初めて外に出た人だって多くいる。
「僕達子どもだし、危ないんじゃ…」
「子どもの言うセリフじゃないな!」
あっさり断ち切られ、グイッと腕を引かれる。
「大丈夫だって!その辺ちょこっと歩くだけだから!」
「え、いやちょ…っ」
「レッツゴー!」
そうして僕らは、初めての街へ出たのだった。
「わーっ」
フィリナが頬を染め、目を輝かせる。
そこにはたくさんの人。
大通りにはズラリと店が並び、ガヤガヤと賑わっている。
「すっごーい!窓から見るのと全然ちがーう!!」
完全に興奮しているフィリナに、僕は脱力し溜息をつく。
確かに感動したが、それよりも不安が買ってしまってソワソワしてならない。
「…ねぇ。もう帰らない…?」
「何言ってるのサク!まだまだこれからじゃん!」
腕を引かれる。
「これからって、お金ないし…っ」
「見てるだけでも楽しいじゃん!」
「でも…」
「いいからいいから!」
あれからたくさんのものを見た。
香ばしい香りが立ち込めるお肉のお店。今まで見たことがないくらいたくさんのアイスがあるお店。蜂蜜の甘い香りの漂うパイのお店。
どれも初めて見るもので、気づけば僕も表情を緩めていた。
「いやー!楽しかった!!でもそろそろ帰らないとね」
大満足のフィリナはそういって体を伸ばした。
すっかり夕方で、歩いていると、街が今度は違う色を見せてきていた。
灯されていく光、賑わい出す酒場。
街は休むことを知らない。
完全に不安などどこかへ行ってしまっていた。
だからフィリナの提案に反対しなかった。
「ね!せっかくだし遠回りして帰ろうよ!こことか通れるよ!」
フィリナの指差す裏道を、反対しなかった。
完全に浮かれていたのだ。
こんなことになるなんて…。
「ーッんんーっ!」
「大人しくしやがれ!!」
「フィリナ!!」
体が熱い。
頭が揺れる。
呼吸が乱れる。
吐き気がする。
痛い。
痛い痛いイタイ…っ。
腕を打たれた。
あまりの激痛に体が動かない。
それはいきなりだった。
背後から思いっきりやられたのだ。
吹っ飛び壁にぶち当たる。
フィリナの悲鳴に近い叫び声が聞こえた。
ような気がする。
今フィリナは一人の男に取り押さえられている。
どうやらここは街の奥の方だ。
誰もいないし、意外と広い。
「へへっ。こいつを売りに出しゃ、また一儲けだ」
歪む視界の先で、ぼんやりと聞こえる声でそう言い笑う男。
そう、今まで気づかなかった。
僕は痛みに慣れていない。
骨が折れたんじゃないかと心臓がバクバクいう。
いや、おそらく折れたんじゃないか。
声が出ない。
喉に何かが突っかかったように、一言も。
「小娘は高く売れるからなぁ。…それに」
視線をこちらに向けられ息がつまる。
「赤髪なんてついてるぜぇ。どの位の値がつくだろうなぁ」
「ーっ」
正直売るとか高いとか、先ほどから言っている男の言葉は、一体何なのか意味がわからない。
男が一歩歩み寄ってきた。
手をこちらに出してくる。
嫌だ。
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ…っ。
「はぐ!!」
「イデェエエ!?」
「…っ」
その時、フィリナが男の手を噛んだ。
不意打ちだったからか、男は手を引っ込める。
塞がれていた口が開いた。
「サクに手を出すな!!」
大声を出しても、街には聞こえないだろう。
だけどフィリナはそんなつもりで叫んでいない。
僕を、助けようと…?
「やぁああああっ!!」
飛びかかる。
何やってるんだ。
手が退いたんなら逃げろよ。
何やってるんだ。
何で、僕を助けている。
声を引きしぼる。
「フィリナ逃げて…!」
「嫌だ!」
「逃げろよ!!」
「嫌だ!!」
フィリナは男にしがみ付き動かせまいとしている。
そんなことしていたら…。
「何なんだコイツはぁああっ!!」
その時
「うぐ…っ」
フィリナの蹴りが入った。
「ーっ」
ポタリポタリと血が伝う。
どうやら自らが持っていた刃物に蹴りの反動で刺さったようだ。
一瞬静まり返る辺り、そして…。
「フィ…ッ」
「ぶっ殺ぉおおおおおす!!」
「うぐ…っ!?」
勢いよく地面に叩きつけられたフィリナは、首を絞められる。
「ク…ッ。あ…」
「死ね死ね死ね死ね死ねぇえ!!」
何なんだ。
結局殺すのか。
方向性が急に変わった。
こんな生き物が世界にいたのか…?
って、そんなこと考えてる場合じゃないだろう!!
「くっ、ぐ…っ!」
やられた右腕はやはり動かない。
立てよ、立て!!
左手を使い、歯を食いしばり体を起こす。
「サ…ク…っ、に…っ。げ…」
嫌だ。
フィリナはいつもワガママで、僕の意見なんか聞きもしないで、いっつもこの腕を引く。
疲れるし、巻き込まれるのはいつもだし…。
でも
だからこそ、フィリナがフィリナだったから、
僕は今こうしている。
「いつも君のワガママに付き合うと思うなよ!!」
僕は…
「誰が逃げるか!助けてやる!!」
ディメントを解放する。
その瞬間
炎が、舞い上がった。
「な…っ、何だよあれぇ…ッ!?」
「サ、ク…」
この一年。
毎日特訓した。
君と。
決めたんだ。
いや、今確信した。
僕は…。
「はぁああああああああああッッ!!」
男の顔が、限界まで引きつった。
燃え盛る炎を
僕は放った。
* * *
「こんな時間まで、ていうか街に来たりするからこういうことになるんだ!わかっているのか!!」
「「は、はいぃぃっ!!」」
教官にこっぴどく叱られ、その後も辺りは色々と騒がしいものだった。
あれからマテリアルに通報が届けられ、もっとも、人攫いの通報ではなく、火事だと思い込んだ人のものだったらしいが。
男は捕まり、フィリナの怪我は幸い軽い怪我だけだった、アザぐらいだろう。
僕は右腕を骨折だ。人の心配より自分のをしろと教官に怒られた。
そして夜。
月の光がさし、僕らを照らした。
二人肩をくっつけ、座ってる。
今僕らは、あの場所にいた。
「はぁ…」
息を吐いてみると、フワッと出るものは、まるで煙のようだ。
「冬は星がキレイ」
いつもより静かな声で言ったこの声は、まるで鈴のように綺麗で、そちらに顔を向ける。
上を見上げるフィリナは大人しくて、こうしてれば可愛いのに、などと思ってしまう。
「桜は、まだ少し後だけどね」
そう言って前を、今は寂しい桜の木を見つめる。
「あ」
そんな時、視界に白いものが入ってきた。
「雪…」
二人でぼーっと眺める。
この時が永遠に続けばいい、何て考えてるのは何故だろう。
フィリナが僕の手を握った。
「サク。今日初めて叫んだし、初めてあんなに喋った…。それに、初めて見た、あんな顔」
クスッと笑われ、「う…」と頬を赤らめる。
「それは…、フィリナが、無茶するから…」
「うん。ごめん」
やけに素直に謝られると、かえって気が狂う。
フィリナの手は温かくて、何だか、落ち着く。
「僕さ…」
「うん?」
自然と声が出ていた。
優しくフィリナに問われ、一度息を吸い。
彼女の目を見た。
「僕、決めたんだ」
まだ8歳の、もうすぐ9歳の間抜けな決意。
「これからは」
子供じみた考え、ちびっ子の考えに過ぎない。
「君のために、進むよ」
それでも、心からそう思えたんだ。
君は目を見開き、すぐに無邪気な笑みになる。
その顔が見たい。
僕にとって初めて見た光だ。
君という存在が。
僕を救ってくれた。
君は頷く。
「うん。ずっと一緒だよ」