あれからもう4年が経つ。
僕は13歳だ。
季節は春に差し掛かろうとし、あの日見つめた桜の木は、僅かに蕾が開き始めていた。
そんな木の前に、僕は立っている。
「サクーっ」
名を呼ばれ、顔を向ける。
そこには彼女がいた。
暖かい風が吹き、彼女の白いワンピースと黒い髪が揺れる。
髪の毛はすっかり伸び、腰の辺りまであるだろう。
あのちびっ子が、すっかり大人びたな。
同い年のくせにそんなことを思ってしまう。
でも確かに、彼女、フィリナは成長した。
綺麗になった。
もっとも、こんなこと言えないけどね。
「ねっ、また蕾が一つ開いたよっ。満開までどのくらいかな?」
昔より落ち着いた、でもキラキラと輝く声と笑顔で僕に尋ねてくるフィリナは、ピョンと僕の隣に並んだ。
そんな彼女に微笑み、木を見上げる。
確かに以前よりピンクが増えている。
ここへは一週間に一度ほどしか来られないので嬉しいことだ。
「うーん、今回は早そうだね。あと一週間掛かるかどうか…。多分、そんなにかからないよ」
「ほんとっ?やった。そしたらまた2人で見に来るんだから、去年みたいに怪我しないでよっ?」
「ははは…。ディ、ディメントがまだシックリこなくて…っ」
「もう。あれから四年経つのにまだ馴染まないの?」
「スミマセン…」
新しい炎のディメントを覚えたあとは、周りは大騒ぎだった。
最速のディメント応用…?なんてのを身につけたとか言って。
まぁ、それから補習もなくなって助かったけど。
いや、助かってないな…。
あれからフィリナは、先を越されたと悔しがりながら補習を続けてて、なぜか僕も付き合わされ…。
「結局止めれなかったんだっけ…」
「ん?どうかしたの?」
「い、いや別に…っ」
あれからフィリナも大分上達した。
平均には、僅かに劣るものの、あれから考えるとすごい進歩だ。
「はぁ…。明日からまた訓練だね」
「えっ?前はあんなに嬉しがってたのに」
「あのねぇ。いつまでもあんなはしゃぎ回ってるわけないじゃない」
「は、はい。スミマセン…」
フィリナはクスッと笑い。耳に髪をかける。
そんな動作に、ついドキッとしてしまってたりして。
あれからフィリナは、大分女の子らしくもなった。
昔は「ワッハッハー!!」みたいな感じで、よく僕を踏み台にしてカブトムシなんか捕まえたりするほどのワイドルぶりだったと思えば、物凄い進化だ。
そのこともあり。フィリナは結構モテるらしい。
クラスのマドンナ、てきなのかな…?
噂ではファンクラブまであるんだとか…。
「?、何渋い顔してるの?」
「へっ?渋かったっ?」
「うん。こーんな顔してたよっ」
そう言って自分の目を指で引っ張るフィリナは、やっぱりフィリナだと思わせてくれて、おかしい。
「あはははっ。それすごい顔だよっ」
「む?サク今までこうだったよ?」
「……マジですか」
最近はなぜか違う意味でフィリナに負けてしまっているが、前よりはマシだ。
「おっ、いたいた。おーいサク!」
「?」
バリトンの声が響いた。
この声は…
「ガンダルフさん!」
「久しぶりだなーっ。おっ、フィリナちゃんも一緒かい」
「こんにちは、ガンダルフさんっ」
にこやかに頭をさげるフィリナに、ガンダルフさんはニコニコと微笑んでいる。
「あぁこんにちは。いやほんと綺麗な子じゃなー。どうじゃ?サクのお嫁にならんかっ?」
瞬間、温度が急上昇…。
「ふぇ!?って何言ってるのガンダルフさん!?」
「あ!それいいかも!」
「フィリナも何を!?」
「えっ?嫌だ?」
「のぬ!?い、嫌じゃ、な…ぃ…けど…」
「ん?”な”の次何て?」
「な、ナスビよりは甘いんじゃないかな…!?」
「なにそれ?」
言えるわけない!いや今すこし言っちゃったけど…言えるわけない!!
周りにも良くこうしてからかわれるけど、何も言えてない僕っていいのかな…?
「おーとっ、イカンイカン。今日は用があってな」
「へっ?用?」
「ああ。ちょっくらついて来てくれ」
「あっ、それって私もいいですか?」
「おーいいぞいいぞ」
そうして僕達は全く心当たりがないまま、ガンダルフさんについて行った。
* * *
「単刀直入に言うとね。君、まだディメントあるよ」
「……へ?」
ホントに単刀直入に言ったんですけど…!?
「それホントポポロちゃん!?」
「ちゃん言うな!コレでもお爺ちゃんだぞ!!」
「いや、見ればわかるよ」
ここは上層部、ディメント養成科研究本部。簡単に言うと、上層部の一つで、養成所のディメンター達のデータを任されている部隊だ。
今いるのは面談室だが、研究本部とだけあり(マテリアルの中だが)資料や何やと、ごった返し状態だ。
目の前のソファーに座るのは、身長は僕より明らかに低い老人だ。白髪でヒゲがもっさりで、身長がないからか、体に合わない大きな、地面を引きずってしまうほどの白衣を着ている。
フィリナが隣で話す中、僕は恐る恐る手を挙げる。
「あの…、そのディメントというのは…?」
「ああ。この前の検査でわかったんだ。しかしディメントというのは未知のものだからね。わかっていることも少ない。技が発生するまでどんなものかは分からないんじゃ。ランク何に匹敵するか、とかな」
「は、はぁ…」
「まぁとりあえず、気長に待つことだな。ディメントが発生したら報告することが義務なのでな。何か変化があったら報告に来い」
何気によくしゃべるなポポロちゃん…
口に出すとまたうるさいので、心の中に留めておく。
確かにディメントの報告は、上層部の仕事ではあるのだが、こうもあっさりしたものなのか。
どうやら帰っていいようなので、一礼し、ドアに手をかけた。
「あ、それと言い忘れていたが」
「え?」
「もしディメントが己の能力以上のものの場合、色々と面倒なことになるから、正体がわかるまでは慎重にいけよ」
「? は、はぁ…」
慎重にって言われても…。
「じゃあもういいぞ」
「は、はい…。失礼しました。ガンダルフさんも、また」
「ああ、頑張れよ」
「じゃあねポポロちゃんっ」
「ちゃん言うな!!」
バタン
強制的に閉め、歩き始める。
今のようなやり取りは毎度のことなのだ。
「おっ」
「うん?どうかし…、へ!?」
声がしたので隣を向いた瞬間、固まる。
フィリナが近い、顔が物凄く!!
じーっと見つめられ、ダラダラ汗を流しながら固まる。
顔赤いよな…?気づかれてたらどうしよう。
「? サク顔赤いよ?」
バレてたーーっ!?
「え…っ、そ、そんなこと…ないよ…?」
「ふーん、まぁいいやっ」
いいんかい!!
「それよりさっ」
「うん?…って、え?」
頭をポンポン触られる。
状況が理解できないでいると、相変わらず顔の近いフィリナはニコリと笑った。
「サク私より背、高くなった!」
「…へ?」
予想外のコメントに呆然としてしまった。
確かに、前は同じくらいだったが、今は僕の方が僅かだが高い、かな?
「いやーついに抜かされたなーっ」
「はは、そうだね」
つい苦笑いが出てしまう。
そんな僕をちらりと見たフィリナは、何故だかニコニコと微笑んでいる。
「? どうかした?」
「べっつにー♪」
* * *
「ではこれより、発表する」
部屋一帯は静まり返り、緊張で張り詰めている。
教官は紙を見て言った。
「今回のペナルティは、サク・フィリナペア」
「「うぐ…っ」」
「「「いぇーーっい!毎回のパターン!!」」」
一気に騒がしくなる一帯。
この状況は簡単に言うと…
ドベのペア決めだ。
一ヶ月の成績が合計で一番悪いペア(ペアは2年前に決めている)は、それから一週間、ペナルティが課せられる。
雑用から何まで、でも今回は特になってはいけなかった…。
何故なら、今回はペナルティと一緒に…
「クエスト頑張!それとチーム結成おめでとう!」
ということになるからである。
「サク!何してくれちゃってんの!得点は合計なんだからちゃんとやりなさいよ!!」
そうしてフィリナに僕は頭をブンブン揺らされる。
前半にフィリナが大人しくなったって言ったの、前言撤回…っ
「ぼ、僕のせい!?だいたいフィリナだって、この前の筆記で赤点だったじゃないか!!」
「ぬ…っ、当たり前じゃない!私が出来ないのは当然!だからサクが頑張ってって言ってるの!」
「そんな無茶苦茶な!?」
「お前達止めなさい!」
それからは、想像通りグダグダだった…。
「はぁ…、クエストかぁ。おかしいと思わない!?普通上位者がやるものなのに!」
「まぁ軽いものだろうし、経験を積ませるってことだと…」
そう言いながら、手元の紙を見る。
そこにはチーム結成の申請書。どうやら名前を書くらしい。
「まっ、サクとチーム作れたんだからいっかー」
「飲み込み早いな…。えっと、ここに書けばいいんだよね」
そう言いながらペンを取り出す。そんな僕の隣に座るフィリナは、ヒョコッと覗き込んできた。
「ね、前から思ってたんだけど。サクって名字は?」
「ああ。ガンダルフさんのを使ってるんだ。ガンダルフ・バーホップさんのを借りて、サク・バーホップ」
「サク・バーホップ…。似合ってないね!強そうな感じで!」
「ははは…、自覚済みです…」
相変わらずのストレートに涙が出そうだ。
ていうか強そうだから似合わないって酷くない?
「うーん。それはもう決まっちゃってるの?」
「え?いや、正式には…。ガンダルフさんはいいんだぞって言ってくれるんだけど、なんか違う気がして…」
「じゃあさっ。私のあげる!」
「………へ?」
頭が真っ白になる。
え、今なんて言った?
なんかさらっと凄い、物凄い事を言われたような…。
い、いやいや。きっと今のは幻聴だ…っ。
フィリナが、み、名字あげる、だなんて…。
「私、両親死んじゃってもういないし、兄弟とかもいないし!」
やっぱり言っていた!?
「い、いやっ、だだだダメだよ!!」
「いいじゃん!私が許可してるんだから!」
「いやいや!そそそそういう問題では無くてですね…っ。えっと、あの…っ。自分の名字は、そそそんなにアッサリあげるものではないのであって…っ」
「アッサリなんかじゃないもん」
「……え?」
瞬間、フィリナは真剣な表情になったことに停止する。
誰もいない部屋の中が、しんと静まり返った。
「私、他の人になんかあげたりしないし、軽い気持ちなんかじゃないよ。サクだから、あげたいの」
顔が熱いのがわかる。
今僕は、湯気が出そうなほど真っ赤だろう。
手先が痺れるようだ。
フィリナがまっすぐ見つめてくる。
晒せられない。
確かに、彼女の目は、本気だ。
「サク、人の目見れば色々わかるよね…?だったら私のもちゃんと見て」
「う、うむむむむ…」
やばい。今まで生きてきた中で、最も究極な問題だ…。
フィリナは視線を晒さない。
「え、と…」
「さぁさぁさぁっ」
「や…」
「や?」
「やっぱりこれは、今決めていいことだとは思わないから…っ、だ、だからこれからゆっくり考えていこう!とりあえずこれはガンダルフさんので書くよ!」
「逃げたな〜」
じっとりとした視線を感じるが、ムシムシ…。
黙々と紙に書き込み、僕はまともにフィリナと目を合わせられないのだった…。