「彼女は、もういない。フィリナは、僕が殺したんだ…」
サクが口を閉じると、辺りは静まり返る。
アマリアはその瞳を見開き、固まっていた。
ルーカスも言葉を失っている。
そんな中、動揺が隠せないながらシルアが口を開いた。
「あの、サクさん…。”消えた"、とはどういうことですか…?」
そう、最後にサクの言った"消えた"とは、ただの表現なのか。死んでしまったこと、破壊されてしまったことの例えなのか。
もしくは…
話している中、ずっと俯いていたサクは、一瞬顔を歪めたような気がした。しかしそれは一瞬で、彼は瞳を閉じ、膝に乗せた手を握りしめる。
本当に、辛そうだ。
それでもサクは口を開いた。
力のない、擦れた声で。
「消えたんだ。跡形もなく、何もかもが」
その言葉にシルアとルーカスは目を見開く。
アマリアは只々俯き歯をくいしばる。
「…それは、どういう…」
ゆっくりと尋ねたシルアに、サクは初めて顔を向けた。
その顔は、とても顔色の良いものとは言えない。
「僕の、もう1つのディメントがそれだったんだ」
三人は、言葉を失う。
先程に言っていたもう1つのディメント。
それがまさか…
「それだったということですか…?」
「…うん」
そう答えサクは己の手を見つめる。
「それからわかったんだ。僕のもう1つのディメントは、全ての存在を消滅させる。それこそ跡形もなく。破壊されるとか、そういうのじゃないんだ…。なにもかも、その存在そのものが消え失せてしまう…」
「そ、そんなディメント。存在するのか…?」
ルーカスが、信じられないという様子で呟いた。
そこでアマリアは思い出す。
派閥に正式に入ったサクの刻印を確かめている時、もう1つ、何か別のディメントがあった。サクに尋ねても教えてくれなかったのは、そういうことだったのだと。
「で、でも…っ、確かに強力なディメントだとは思います。下手をすれば、世界すらも…。っしかし!ディメンターは、己の力をコントロールできるはずでは!?」
身を乗り出したシルアの質問に、サクは俯く。
そんな中、ルーカスの表情が一層硬くなった。
「ディメントの、"暴走”」
「ーっ、暴走?なんですかそれは…?」
初めて聞くシルアは、訳がわからない。
そんな中、ルーカスはサクを見つめる。
「そうなのか…?」
やがて、彼は小さく頷いた。
それにルーカスは息を飲む。
蘇るのは姉の姿。
ディメントに支配され、両親を殺すあの顔は、一生忘れないだろう。
そしてその時、サクに過去の話をしている最中、彼の様子がおかしかったことを思い出す。
「…僕は理性をなくし、フィリナをこの手で殺した…。どうしようもない、死んでも償えない。そんな過ちを犯した…」
浮かぶのは桜の木下、こちらを振り向き、笑う少女。
自分の、生きる理由となったもの。
「もう、あれから2年も経った。生きる理由もないくせに、僕は生きてる…こんな人殺しの僕が」
アマリアの握りしめる手の力が強まる。
「本当は、生きる資格なんて、僕にはないくせに…」
「私は!!」
その時、立ち上がったアマリアに、手を掴まれ驚愕する。
そして彼女は、その手を自分の胸に押し当てた。
「あ、アマリア何を…っ」
「私は、消えない!!」
「ーっ」
瞬間、サクは動きを止める。
「聞いていればなんだッッ、なんだなんだ!!このバカ!アホ!マヌケ!!」
歯を食いしばり、顔を真っ赤に染めている。
いきなりの彼女の行動に、サク達は目を見開く。
「生きる資格!?理由!?なんなんだよ!!言ったじゃないか…ッ、君は私に言った!!ずっとそばにいるって!自分を許してあげてって!あれは何か!?嘘か!?口だけか!?相手には言っておきながら、自分は良いっていうのかよ!!」
肩で荒い呼吸をするアマリアは、驚愕する彼と視線を合わせ、至近距離で見つめる。
気づけば、彼女の瞳からは涙が溢れ出していた。
サクは只々放心していた。
思い出される記憶。
自分が、アマリアの派閥に入ろうと決意したあの時のこと。
僕は、言った。
『ずっと一緒にいる』と。
「お願いだから…っ。君がそんなこと、言わないでくれ…っ」
顔を歪め、涙を流すアマリアに。サクは少女の面影を感じた。
その時になって、ようやく気づく。
自分がなぜ、この派閥に入ろうと思ったのか、なぜアマリアとこんなにも関わろうとしたのか、なぜ『ずっと一緒にいる』などと言ったのか。
似ているのだ。
無理に強がるところ、いつも笑っているところ、グイグイ僕の腕を引っ張って、いつも僕はされるがまま、そのくせ涙を流したりするような弱いところ。
「フィリナ…」
いつも彼女は笑っていた。
彼女が光をくれた。
僕の世界に、色をくれた。
僕に、恋をくれたんだ。
大好きだったんだ。
「う…っ、ぐ…うぅ…っ」
サクの瞳からは、とめどなく涙が溢れていた。
「あ、あぁああ…あああぁぁ…ッ」
泣きじゃくる。
そんなサクを、己も涙を流しながらアマリアが優しく抱きしめる。
シルアとルーカスは、そんな二人に微笑んだ。
四人の周りが、暖かくなってゆく。
「やっと泣いてくれたね、サク。思ってみれば、初めて見たよ。いつも私だけ泣いてて、隊長として示しがつかないからね」
「いつでも頼ってくれよ。俺たちは仲間だ。何があっても、支えてやる」
「私は、サクさん達に救われました。この命、皆さんに尽くそうと誓っています。一人で抱え込まないでください」
それからも、サクは泣き続けた。
今までの分を、すべて出し尽くす涙だった。
* * *
「さて、そろそろ出るとしますか」
そう言い男は仮面をかぶる。
そして両サイドからは二人の人物が前に出た。
「ったく。お前があの時あんな遊びするから、もう一度やることになる」
「あの時あたし達もちょっとやばかったよね〜!プクク」
一人は鎧で覆われ。もう一人は青の帯びる髪、カルトラの証をなびかせる。
「まぁそう言ってくれないでくださいよ。あの時は素晴らしかったじゃないですか」
そう言って両手を広げる。
仮面から覗く瞳は細められる。
「では、ラウンド2、いや3を始めましょう」
男が指を鳴らした
瞬間
『グルァアアアアアアアアアッッ!!』
一斉にモンスターが現れる。
「ー!?」
「…ジンラス」
「ああ、きおったわい」
セフィアも前を見据える。
いた。しかも先程より多い。
その数、約100体。
「2倍かい。まったく、もう少し老人を労らんか」
隊長に報告しに行くと、ジンラスは場所を後にする。
セフィアは、風になびく髪を抑え、振り返る。
「サク…」
「ーっ、何か今音がしませんでしたか…?」
この中では最も聴覚の優れるシルアは、そう言い辺りを見渡した。
それに一同は顔を上げる。
あれから約30分後のことだった。
「音って、どんな音だシルア!」
「何か、地鳴りのような、雄叫びのような…」
「モンスター…」
掠れた声で、サクがつぶやく。
あれから泣きっぱなしだったサクは、目が腫れ声もカラカラだ。
しかしその目だけは、明らかに初めよりも力を帯びている。
「先程のモンスターではないでしょうか」
シルアはそんなサクにホッとしながらも、すぐに顔を引き締める。
「どうする、隊長」
サクの前で座り込むアマリアに視線が集められる。
そんな彼女は、下を向いていた顔を上げ、サクを見つめた。
「サク、行けるかい?」
たった一言、問う。
そんな彼女と視線を合わせるサクに、迷いはなかった。
「はい」
瞬間アマリアは立ち上がる。
「おそらくまた集められ、戦いが始まる。相手はまだ分からないが、ルーカスとシルアくんが戦ったという相手は、間違いなくこの事態の主犯だ。無理をしないで、と言いたいが…」
アマリアは3人を見つめる。
全員、大きく頷く。
「2度は負けねぇ!!」
「あの女は、私が倒します」
「もう大丈夫です」
アマリアも頷く。
「勝とう!!」
アマリアの予想通り、すぐに召集がかかった。
セフィアさん達【ラミス派】はすでに前線へ向かったということで、いつかのように、モンスターを殲滅しているらしい。
僕達は再び後衛近くに陣取っている。
「これだけのモンスターを、いくらテイマーでも呼び出せるんでしょうか…?」
隣にいるシルアさんが、そうして前方を見つめる。
確かに、先程の50のモンスターの2倍だ。
いつら操れると言っても、そもそもそれほどの数が一斉に攻めてくるだろうか…。
「ーっ」
その時、ある考えが頭をよぎり目を見開く。
「まさか…」
「? どうかしたんスかサクさん」
「へぁ!?」
「ーっ!?」
「うぉっ、マキ!?」
ヒョコッと僕達の間に顔を出した少女に、僕達は仰け反りかける。
「あ、えっと…いつから?」
「ちょうど今っスよ」
「そ、そうですか…」
相変わらず緊張感のない様子のマキさんに苦笑いしていると、後ろから肩を叩かれた。
「どうもどうも。久しぶりってこともないか」
「ハル!それに…」
「また会えたな」
「ご、ご無沙汰してます」
副隊長であるファルカーと、ユニスさんだ。
気づけば【フィルス派】全員が僕達の周りにはいた。
「次こそ暴れてやるっスよー!」
「こんな後ろじゃ、そうはいかないんじゃ…」
「ユニス!そんなこと言ってちゃだめっスよ!」
そんなやりとりに微笑み、そしてすぐに引き締める。
何もかも、ここからだ。
それに、もしかしたら…
今回の元凶は、あの時の男なのかもしれないのだから。
確信はない。ただ、あの男の使った瞬間移動のディメントであれば、今回のモンスターも説明がつく。
操る必要はないのだ。
ただ、連れて来れば、モンスターは勝手に暴れ出す。
「前方より約30のモンスター!全派閥、戦闘準備!!」
その時、先頭を行く派閥の副隊長が叫ぶ。
彼はこの後衛の一歩手前の僕らを仕切る男性、ディルドだ。
ガタイがよく、見るからに強面な表情で、眼帯までつけている。先ほど聞いた話だとランクはDだという実力者だ。
その声に一同、【ラミス派】と【ヨダン派】以外の5の派閥はそれぞれ獲物を構えた。
「…っ、来やがったな!!」
「いくら最強派閥でも、全てを通さないのは無理みたいだね」
「というより、あえてこちらの後衛に任せて、無駄な戦闘を省いた可能性もあるな」
「おー!流石はファルカー頭いいっスね!」
ファルカーさんの意見は一理ある。それに、あの人達がモンスターを逃すとは、正直考えられないし…。
「行くっスよー!!」
そう言って行ってしまったマキさんを【フィルス派】のみんなは追いかけて行き、僕達だけとなる。
「どうしますかサクさん…!」
「うん。このまま戦ってたら、きっと相手から来る。…狙いは、僕なんだから。それに、下手に動いたら逆に危険だし…!」
「了解だ!」
言い終えたと同時、ルーカスが駆け出し大剣を振り上げる。
迫ってきていたモンスター達は、この場にいる約30の僕らとすでに戦いが始まっていた。
こちらに来るモンスターに、回し蹴りを叩き込むシルアさんは、何故かいつもより、なんだか凄い。
とても凄いんだけど、けど駄目だ
「シルアさん!あまり前に出ないように!」
「…はいっ」
もしかしたら、先ほど言っていた同族のことを意識しているのかもしれない。
無理もないか。責任感の強いシルアさんだ。同族に仲間を傷つけられ、自分の力が及ばなかったのだから。
でも…っ
「今!自分のなすべきことは!?」
「…っ。モンスターを、倒すことです…!」
「うん!だから焦らない!!」
「はい!!」
相手の振り下ろした刃を振り払い宝玉をウルスラグナで貫く。すぐ後ろから迫ってきていたモンスターには、腰から素早く短刀を抜き、切り払った。
シルアさんもちゃんと周りが見えている。上段蹴りを相手のモンスターに食らわせ吹き飛ばし、すぐに僕の後ろにつく。
ルーカスも背中を僕らに任し大剣で一気に二匹を薙ぎ払った。
三人背中を合わし、前のことに集中する。
離れてもすぐに定位置に、なんとか安定してきた1つのフォーメーションだ。
「な!?」
その時、いきなり6匹が突っ込んでいた。
これは、まずいかも…っ
「【ヴェロス・エストレア】!!」
瞬間、幾つもの光の矢が放たれた。
完璧なコントロールで約10のモンスターが一瞬で灰へと変わる。
そんな光景に僕は目を見開く
「マヤさん…!」
「何やってるんですか!?そんなんじゃぜんっぜんお姉ちゃんに及びませんね!」
「うぐ…っ」
杖でビシッとこちらを指しながらそう言い放つマヤさん。
「そういえば、マヤさんだけ後衛に下がったんだっけ」
そんなことを思っていると、次々に後衛にいた魔法使いの人達が一斉にやってくる。
「死にたくなけりゃあ一旦下がれ!!」
ディルドさんの叫び声より前に、すでに一同は走り出している。
そんな中、5人の魔法使い達は一斉に詠唱を始める。
残りのモンスターは、10と少し。
そして次には
一斉に魔法が放たれる。
炎や雷、光線など、5人違った攻撃が飛び交い
爆発
激しい爆風に顔を腕で覆いながら目を開く。
そこにはもう、先ほどまでしていたモンスターの鳴き声はなかった。
「す、すごい…」
これが、魔法…
「すぐ前衛と合流だ!!」
「「「おぉおおおおおおおおッッ!」」」
一気に勢い付き駆け出そうとした
その時
「わぁー、思ってたよりモンスター達ザコだったねぇ、プクク」
「あ、あいつッッ」
ルーカスが叫ぶ。
「カルトラ…」
シルアさんが手を握りしめる。
ついに現れた、今回の、いや
あの時からの、倒すべき相手が
あの声、あの話し方。忘れない、どうしたって忘れられない。
「…来た」
僕はそう、呟いた。