「サ〜ク〜く〜ん?」
「いや、その…。本当にすみませんでしたっ!!」
現在【マテリアル】にいる僕は、カンカンに怒っているニールさんの前で土下座をしていた。
* * *
「さーて、それじゃあ儀式といこうじゃないか!」
手当てやらでバタバタしていたが、やっと落ち着いた今。アジトであるオンボロ風車小屋の中で、そう言ってアマリアさんが手を叩く。
そんな彼女に僕は口を開いた。
「あのっ、ちょっと待ってくれませんかアマリアさん」
「…、なーサク」
「?、なんですか?」
どこかいつもと違うアマリアさんに僕が首を傾げていると、彼女は口を尖らせ、そっぽを向きながら切り出した。
「その…。き、君には特別にっ、私にタメ口を使うことを許すよっ、あと名前も呼び捨てで構わない」
「えっ?」
どこか照れくさそうに言うアマリアさん。そんな彼女の言葉に、最初キョトンとしてしまった僕は、やがて考える。
派閥の隊長というのは、絶対的な主従関係にあるものだ。
本来ならば隊長と呼ばなくてはいけないのを名前で呼んでいる時点で多少ダメなことなのだが、それをタメ口というのは…。
「うーん」と考える僕はやがて、ポンっと手を叩いた。
「それじゃあ名前だけ、その、呼び捨てで…。これでも相当いけないことですけど…」
「むー、君も頑固だねぇ。まー、それでも特別に許すとするよっ」
なぜか少し機嫌が良くなったアマリアさ…じゃなくてアマリアは、やがて「あ」と思い出したように首をかしげた。
「で、待ってくれとはなんでだい?」
「あっ、えっと、実はあ…アマリアが僕を連れてきた日に、ちょうど他の派閥に入るところだったんです…。それでその準備をしていたらアマリアが…、ということで…」
「ぬっ!?そうだったのかいっ?どうりで一人だけ部屋にいたというわけだ。私はてっきりハブられているのかと」
「何気にひどいこと言いますね…。まぁ、一部からはそうでしたけど…」
「?」
「ま、まぁそれはいいとしてっ。その日にいなくなっちゃった僕は、きっと逃亡したと思われてると思うんです…。だからちゃんとわかってもらったあとに、その、刻印を…」
これにアマリアだったら「そんなこと知るかーっ!」とか言うかと思ったが、「むむむー」と考えたアマリアは顔を上げた。
「…わかった。なんとしてでも許可を取りに行くよっ」
「えっ?行くって…」
「当たり前だろっ?君の隊長として私も行くっ」
逆に色々といけないことが起きそうな気がするけど…。と汗をかいていると、「そうと決まれば善は急げだ!」と言って僕の手を取りアマリアは駆け出した。
* * *
…ということがあって現在に至る。
僕が土下座する隣で腕を組み立つアマリアは、「むむむー」とニールさんを睨みつけていた。
「というかこの子は一体…?」
「いや、それはその…っ」
そんなアマリアを見て汗をながすニールさん。そんな彼女にこの子に連れ去られました、なんていうのもな…。とアタフタしていると。「はっ!」と何かに気づいたようにニールさんは声を上げた。
「ま、まさかサク君の彼女さんっ!?」
「違いますからっ!?」
「むっ、なんだ違うのかい?」
「アマリアも何言ってるんですか!!」
「あー、そうかっ。私達はもう彼女とかいう浅い関係ではなかったね」
「えっ?それって、結婚…」
「だから違いますからっ!?」
なぜか乗っかってきたアマリアは、まるでニールさんに自分達の関係を見せつけるかのように腕を組んでくる。そんな彼女に僕はアタフタしている中、ニールさんは一層怖さを増した気がした…。
「に、ニールさん…?」
「派閥にお呼ばれしたその日に彼女とデートだなんて。随分なことねぇ」
「だ、だから本当に違うんですよっ!!」
「じゃあ何よ、説明しなさい」
「だからしようとしてるのに二人がややこしくしてるんじゃないですか!!」
もう涙ながらに抗議する僕に、ニールさんは「はあぁぁ…」と溜息をつくと、口を開いた。
「早朝だから誰もいないけど、時期にみんなくるわ。君がいないって大騒ぎしてたんだから、ここじゃ危険ね。奥に行こうか」
「は、はい…」
「奥だと…っ、まさかサクに卑猥なことをするつもりじゃあるまいなっ!?」
「アマリアは少し黙っててください…」
未だにニールさんを睨み続けるアマリアに溜息をつき。僕達は奥の部屋、面談室へと向かった。
* * *
「まぁ、執務長達にも言いに行かなきゃならなくなるとは思うけど。まずは私が話を聞くわ」
その言葉に頷き、迷ったが、ニールさんなら信じてくれるかもと思い、全て本当のことを話した。
真っ直ぐにエメラルドの瞳をこちらに向けていたニールさんは、話し終えると溜息を漏らした。
「まったく君は、よく面倒ごとに巻き込まれるわね」
「ははは…」
「なっ、面倒ごととはなんだっ!」
僕が空笑いする隣に座っていたアマリアが立ち上がる。そしてニールさんをビシッと指差した。
「だいたいなんなんだい君はっ!」
「私はサク君のアドバイザーを務めさせていただいておりますニールです。先ほどは派閥の隊長とは知らずに失礼いたしました」
「アドバイザー…」
その後もニールさんを見つめていたアマリアだったが、やがてソファーにドカッと座った。
「怪しい…」
「あ、アドバイザーとしての立場を理解しているつもりですが」
「ふーん、ならいいんだけどね」
そうしていると、朝の六時を伝えるチャイムが鳴り響いた。その音にニールさんは立ち上がる。
「それじゃあ、執務長のところに行こうか。きっと分かってもらえないだろうけど…」
そうして苦笑いを浮かべるニールさんの言葉に顔を引きつらせながら、僕達はそのあとについて行った。
* * *
「納得しがたい話だな」
ですよねーと、説明した後に返された言葉に僕達は心を一つにしそう思った。
現在部屋にいるのは、僕達三人と執務長。そしてガンダルフさん達上層部の面々だ。
殆ど包囲されているに近いこの状況に涙が出そうになる。アマリアはそれとは対照的に、部屋中を目を輝かせ眺めていた。
そんなアマリアに目を向けた執務長は、「アマリア様、でしたか」と口を開く。
「本当に貴方様は隊長の器の持ち主なのですね?」
「ああ、いかにもっ」
キョロキョロとしていたアマリアは執務長に向き直り大きく頷く。そんな様子を、僕はハラハラしながら眺めていた。
「それで刻印はもう?」
「いやそれがねぇ、私が何度もやろうとするのに、サクが抵抗するもんだからまだできていないんだよ」
そうしてやれやれというポーズをとるアマリアから目を離した執務長は今度は僕に視線を向ける。
「本当か?」
「は、はいっ」
「ならば検査させてもらおう」
「……へっ?」
執務長の言葉に素っ頓狂な声を上げると同時に、ガンダルフさんに腕を掴まれ隣の部屋に移動される。
「失礼するぞ、サク」
「えっ?ちょっ、ま…っ!?」
そして脱がされる。
すると部屋の扉が開き、執務長が…。
「疑うつもりはないが、己の目で確かめないと納得できない性分なんでな」
そうして身体中を確かめられる。
そんな行動に僕は「なななな…っ!?」と混乱しまくるのだった。
その頃部屋に残された二人の女性は、「ギャァアアアアッ!?」というサクの悲鳴を聞きながらそわそわとしているのだった。
なんとか納得され、クタクタになりながら執務室へ戻る。そして顔を赤らめる二人の元へ戻った。
「さささサクに一体何を…っ!?」
「本当かどうか確かめただけですよ」
「た、確かめめめめめ…っ」
僕以上にパニック状態のアマリアに、プルプルと肩を震わせるニールさん。そして「サクはもっと飯を食えっ」と笑うガンダルフさんに僕はおし黙るしかなかった…。
「では刻印がまだ刻まれていないのなら、君にはすぐに昨日話した派閥へ行ってもらう」
「ーっ!」
瞬間顔を上げる。そして今もなお無表情の執務長に口を開く前に、アマリアが前に出た。
「この子は私の派閥に入ると言っただろうっ!」
「しかし初めに契約を交わしたのは向こうです」
「そ、それは…っ」
「我々は規則に則ってことを進めなければなりません。ここで彼を貴方様に差し出すわけにはいかないのです」
淡々と言葉を紡ぐ執務長に、アマリアは何も言い返せない。当たり前のことだ。規則を街の管理所である【マテリアル】が破っていいはずがないのだ。
俯くアマリア。そんな彼女に僕は何も言えずにいた。
「昨日すでに派閥の隊長が見えていた。見つけたら早急に連絡するようにと言われている。一緒に来い」
「ま、待ってくださ…」
「抵抗するというのなら、彼女を裁かざる負えなくなる」
「ーっ」
「もっと現実というものを見ろ。サク・ティネル」
わかっている。彼らは決して悪ではない。この街の規則に則ってこうしているだけだ。だけど…。
再び横を向く。ニールさんは役人として、何もすることができないというように手をきつく握っている。僕の隣にいるアマリアは未だに俯き続けていた。
「では行…」
「【アラゲメント】を申し込む」
執務長の言葉を遮り、僕の隣にいたアマリアの声が部屋に響いた。
その場の全員が目を見開く。それと同様に僕もアマリアを見つめた。
今まで俯き続けていたアマリアは顔を上げ、力強い眼差しで執務長を見据える。その言葉にはさすがの執務長も僅かに目を見開いた。
「【アラゲメント】…。それは本気で?」
「当たり前だ」
【アラゲメント】とは、派閥同士の抗争に決着つけるために制定されたものだ。
両者ともでルールを決め、それに従い戦う。以前戦った闘技場も、それに使われるものの一つだ。一つのものを賭けにし、戦う。それが【アラゲメント】。
「私はこの子を賭けとし、申し込む」
そんな彼女に対して、誰もが何も言うことができなかった。
理由は簡単。あまりにも、無謀だからだ。
本来派閥とは、何十人も従える隊長によって形成される集団。そんな相手に対し、全くもって名の知れないアマリアの派閥、しかもその数は強いて言うなら僕一人。かなうわけがない。
「どうだい?これならちゃんと規則に則っているぞ」
その言葉に執務長は一瞬目を伏せると、頷いた。
「わかりました。承認します」
「なっ!?執務長!?」
まさかの返事に周りの上層部が騒ぎ出す。そんな執務長に、アマリアは再び口を開く。
「それと、戦うのはこの子にしたい」
「そうではないと成り立たないでしょうしね」
「ーっ!」
アマリアの派閥のことを知っていた執務長に驚く。そんな執務長は初めて溜息をついた。
「一カ月前に、一人の少女がしつこく頼み込んできたと聞いていますからね」
そんな執務長に、アマリアだけでなく僕とニールさんも頭を下げた。
「ありがとうございますっ!」
「ただし、この戦いで負けたなら、潔くサク君を渡していただきますよ」
「ああ、恩にきるよ」
そうして僕達はなんとか首の皮一枚つながったのだった。
* * *
「アマリア様は可愛い顔して物凄いことを思いつくね…」
「まぁ今回はそれに助けられましたけど…」
今は【アラゲメント】の手続きのため、アマリアはいない。そんなアマリアを待つのに、僕達は人目を避けるため面談室で座っていた。
僕を呼んでくれていた派閥も、そのことを聞き、今日中には来るという。
溜息をつく僕にニールさんは顔を覗き込んできた。
「なに、サク君不安なの?」
「当たり前ですよ。まだなんの派閥か聞いてませんけど。構成員一人の僕達がやり合うなんて無謀もいいところです」
再度溜息をつく僕に、ニールさんは覗き込んでいた顔を前に向け、足を揺らしながら優しく言った。
「サク君は、なんでそんなにもアマリア様を?」
「…自分でも、よくわからないんです」
「へ?」
あはは…と苦笑いするサクにニールはキョトンとする。
そんな中、サクは前を向き、微笑んだ。
「でも、なんか放っておけなくって。決めたんです。誓い合ったんです。いつまでも一緒だって」
「そっか…」
僕の言葉を聞き終えると、ニールさんは「よっと」と椅子から立ち上がる。
「だったら頑張らないとねっ、サク君は」
「そう、なんですけど…。もう本当にあの人は無茶苦茶だ…」
初めて会った時から苦労させられるアマリアを思い出す。
いつも陽気な彼女を、でもほんの少しのことで壊れてしまいそうな彼女を…。
「信じてるんだよ、君を」
「えっ?」
突然かけられた言葉に顔を上げる。目の前にいるニールさんは優しく微笑みながら言った。
「でも、無謀すぎます」
「無謀上等じゃない。なんたって君は、【レックレス】でしょっ?」
目を見開く。ディメントを使わずに戦う自分に向けて付けられた、無謀者【レックレス】。
その名前を口にしたニールさんは、にしっと笑いながら僕の頭に手を置いた。
「また見せてよ、君の無謀ぶりを、ねっ」
その言葉に顔を赤らめながら微笑む。そして僕は、腹をくくった。
「はいっ!」
自分が決めた、アマリアと誓い合ったことを貫くため。僕は大きく頷いた。