「よいしょっと」
空を見上げると、雲ひとつない晴天だった。
アマリアに頼まれたものを買い込んでいたら、すっかりお昼になっていたようだ。僅かな空腹感を感じながら、せっかくの休日にお使いをしている自分に苦笑いする。
まぁ街を歩いているのは楽しいし、別に嫌なわけじゃないからね。などと言い訳しながら、1度腰を下ろしていたベンチから起き上がり、歩き出した。
その時
「うわぁっ!?」
前方で声がした。
そしてそちらに視線を向けると
何故か上から木箱が…
「え」
次には
「ブヘグ!?」
もろに顔面に直撃した。
「〜〜〜〜ッッ!?」
顔の痛みに悶え、何が何だかわからなくなっていると。
再びさっきの声がした。
「すみません!大丈夫ですか!?」
「あ…は、はい。大丈夫です」
そうして鼻を押さえながら苦笑いし、そちらに顔を向けて
瞬間、サクは目を見開いた。
目の前にいるのは、1人の少女だ。
クリクリとした癖っ毛は、2つに縛られている。
赤いワンピースの上に白いエプロンをつけていて、歳は12か3ほどだと思った。
その少女を
自分は知っている。
慌てて駆け寄ってきた少女は、いつの間にか鼻血が出ているにも関わらず、ただ呆然と立ち尽くしているサクの顔を見た瞬間
こちらもピタリと動きを止めた。
2人の間だけに静寂が訪れる。
それを破ったのは、目を見開く少女だった。
「サ…ク?」
その声を聞いた瞬間
サクは一気に顔を歪めた。
「リルーーーーーーーッッ!!!」
「え!?ちょ!?」
大量の涙を吹き出しながら飛び込んできたサクに、あまりの速さに驚くことしかできなかった少女、リルは
思いっきり抱きしめられた。
「なななななな…っ!?」
途端顔を真っ赤に染めるリルになど構わず、サクはえんえんと号泣しながらギューっとリルをなお抱きしめる。
周りからの視線など一切気にしていない少年に、リルは固まっていることしかできなかった。
* * *
「落ち着いた?」
「…うん、ごめん」
勢いでしてしまった行動に、僕は縮こまって頭をさげる。
周りの人達の視線から避難するため、リルに連れてこられたのは、彼女の借りているという一室だった。
長ソファーにリルが座り、隣をポンポンと叩くので、僕も恐縮しながら隣へ座り、何故か顔を赤くして背けている少女を再度見つめる。
見るからにヤンチャそうな面影は多少残っているものの、どこか大人びた気がする。表情もどこか前とは違っていた。背も伸びて、サクとは10Cほどしか差が無くなっている。
そんなことを思っていると、不意にリルが、訝しそうに顔を覗き込んできた。
「サク、何笑ってるの?」
「へっ?笑ってたかなっ?」
「うん。だらしなく頬が下がりっぱなしだった」
ぐいっと詰め寄る強気な感じは、以前と何も変わっていないことに、どこか嬉しくなってしまって、今度は自覚ありで頬を緩めてしまう。
「本当に、元気そうでよかったよ」
あの頃のことは、よく覚えている。
初のクエストでの依頼者だったリルは、自分の母親の病気を治すために、シラユリの花が必要だったのだ。
壁外の事なんて無知な僕とフィリナは、案の定散々な目にあったわけだが、シラユリの花は取ってくることができた(僕は気絶してしまっていたが…)。
しかしリルの母親はもう手遅れになっていて、クエストを達成することはできなかった…。
その後のことは詳しくしらなかったから、リルが今まで何をしていたのか分からなかったけど。
「まぁ元気だけが取り柄だからねっ。なんだかんだでやってきてるよ」
すっかり逞しくなった彼女に、僕はもう一度微笑む。
そうしていると、ジワジワと目の奥が熱くなった。
「え、サク…?」
困り顔で眉を下げるリル。そんな彼女に
気づけば頭を下げていた。
「今まで何の力にもなれなくて、本当にごめん…」
母親がこの世を去ってしまってから、リルどれだけ悲しかっただろうか。どれだけ寂しかっただろうか。
もともと家族のいない僕なんかじゃ分かるわけもない痛みに、リルはずっと1人で耐えてきたんだ…。
こういう無力な自分が大嫌いだ。
グッと唇を噛む。
俯くサクを見つめるリルは、次にはスッと視線を外し、天井を見上げた。
「聞いたよ。フィリナちゃんのこと」
「ーっ」
目を見開く。
バッと顔を上げると、リルはこちらを向いていた。
「…私、1年前にマテリアルに行ったの。生活も安定してきたから、サクとフィリナちゃんに大丈夫って伝えたくて…。でもそこでフィリナちゃんのこと聞いたら、頭が真っ白になって、そのままマテリアルを飛び出しちゃって…」
そうして俯いてしまうリルを、サクは見つめていたが、やがて
今度はそっと抱きしめていた。
「え…」
狼狽する彼女を包み込みながら、僕を瞳を閉じる。
逞しくなっても、まだ幼い彼女が、何でこんなにも苦しまなければいけないのか。
母親だけでなく。すっかり懐いて、まるで姉妹のように接していたフィリナまでもを、失うなんて…。
この子は強い子だと思った。実際そうだろう。今もこうして自分で立って、生きている。でも
完璧な人間なんて、いやしないんだ。
「リル…」
この子は自分1人で抱え込んじゃう子何だと思う。だからきっと
「辛い時は、泣いてもいいんだよ」
我慢してるに決まってる。
あの時のフィリナと同じで。
「ーッ」
ピクリと肩を揺らしたのがわかった。
そして次には
静かにしゃくり上げる声が聞こえた。
「サクの…ばかぁ…っ」
「…ごめん」
リルの言葉につい苦笑いする。
気付けばしがみ付いて泣きじゃくる彼女の頭を、僕はただ撫で続けていた。
* * *
「あ、あのー。リルさん…?」
「フンっ」
スッカリご機嫌斜めの彼女に僕はガックリとうなだれる。
日も暮れかかってきた夕方に、帰る僕の見送りに、リルは外に出て来てくれたのだが…。
なんか悪いことしちゃったかな…。リル、プライドとか高そうだし…。
そんなションボリしているサクを、彼女は横目で見てから、僅かに顔を赤らめた。
「さっきは、その…あ、ありがと」
「へ?」
「…なんか、スッキリした」
目をパチクリとさせるサクは、やがて、ほりゃんと頬を緩めていた。
「どういたしまして」
ニコニコとするサクにさらに顔を赤らめるリルは、次にはスッと息を吸い込み、真面目な顔に変わる。
「?、リル?」
そんな彼女に首を傾げたサクに、リルは正面に向き直った。
「サク。さっき、私に何の力にもなれなかったって言ってたよね」
「え、う…うん」
「それ、全然違うから」
「え」
まっすぐにこちらを見るリルに、サクはただ見つめ返すことしかできない。
そうしていると、リルは引き締めていた表情を、僅かに緩めた。
「サクとフィリナちゃんには、本当に感謝してるもん。壁外に行っちゃう前に、2人といろんなおしゃべりして、私初めて、とっても楽しかったの。あんな性格だったし、お母さんが心配だったしで友達がいなかった私には、あの時間は…」
そこまで言うと、リルはスッと己の胸の上に手をそえ、瞳を閉じる。
そしてやがて、ゆっくりと瞼を上げると、彼女は優しく微笑んでいた。
「今まで、ずっと私の支えになってくれたんだ。あの思い出は、私の一生の宝物。だから、ずっとお礼が言いたかった…。ありがとう、サク」
再び目頭が熱くなるのがわかった。
でも、ここで泣くのはなんか違うと思うから、僕はゴシゴシと拭って
「こっちこそ、ありがとうリル」
いっぱいに笑って見せたのだった。
歩きながら、サクは大きく手を振る。
「また来るからねー!!」
その言葉に、一度動きを止めたリルは、次にはくしゃりと顔を歪め、大きく手を振り返す。
「絶対…絶対だよ!!」
また、必ず。
もう会えなくなる苦しみは、痛いほど分かってる。
だから
「約束だからね!!」
サク。あなただけは、生き続けてね。