ディメント   作:もやしメンタル

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第44話《生き続ける》

「よいしょっと」

空を見上げると、雲ひとつない晴天だった。

アマリアに頼まれたものを買い込んでいたら、すっかりお昼になっていたようだ。僅かな空腹感を感じながら、せっかくの休日にお使いをしている自分に苦笑いする。

まぁ街を歩いているのは楽しいし、別に嫌なわけじゃないからね。などと言い訳しながら、1度腰を下ろしていたベンチから起き上がり、歩き出した。

その時

「うわぁっ!?」

前方で声がした。

そしてそちらに視線を向けると

 

何故か上から木箱が…

 

「え」

次には

「ブヘグ!?」

 

もろに顔面に直撃した。

 

「〜〜〜〜ッッ!?」

顔の痛みに悶え、何が何だかわからなくなっていると。

再びさっきの声がした。

「すみません!大丈夫ですか!?」

「あ…は、はい。大丈夫です」

そうして鼻を押さえながら苦笑いし、そちらに顔を向けて

瞬間、サクは目を見開いた。

目の前にいるのは、1人の少女だ。

クリクリとした癖っ毛は、2つに縛られている。

赤いワンピースの上に白いエプロンをつけていて、歳は12か3ほどだと思った。

その少女を

自分は知っている。

慌てて駆け寄ってきた少女は、いつの間にか鼻血が出ているにも関わらず、ただ呆然と立ち尽くしているサクの顔を見た瞬間

こちらもピタリと動きを止めた。

2人の間だけに静寂が訪れる。

それを破ったのは、目を見開く少女だった。

 

 

「サ…ク?」

 

 

その声を聞いた瞬間

サクは一気に顔を歪めた。

 

 

「リルーーーーーーーッッ!!!」

 

 

「え!?ちょ!?」

大量の涙を吹き出しながら飛び込んできたサクに、あまりの速さに驚くことしかできなかった少女、リルは

 

思いっきり抱きしめられた。

 

「なななななな…っ!?」

途端顔を真っ赤に染めるリルになど構わず、サクはえんえんと号泣しながらギューっとリルをなお抱きしめる。

周りからの視線など一切気にしていない少年に、リルは固まっていることしかできなかった。

 

* * *

 

「落ち着いた?」

「…うん、ごめん」

勢いでしてしまった行動に、僕は縮こまって頭をさげる。

周りの人達の視線から避難するため、リルに連れてこられたのは、彼女の借りているという一室だった。

長ソファーにリルが座り、隣をポンポンと叩くので、僕も恐縮しながら隣へ座り、何故か顔を赤くして背けている少女を再度見つめる。

見るからにヤンチャそうな面影は多少残っているものの、どこか大人びた気がする。表情もどこか前とは違っていた。背も伸びて、サクとは10Cほどしか差が無くなっている。

そんなことを思っていると、不意にリルが、訝しそうに顔を覗き込んできた。

「サク、何笑ってるの?」

「へっ?笑ってたかなっ?」

「うん。だらしなく頬が下がりっぱなしだった」

ぐいっと詰め寄る強気な感じは、以前と何も変わっていないことに、どこか嬉しくなってしまって、今度は自覚ありで頬を緩めてしまう。

 

「本当に、元気そうでよかったよ」

 

あの頃のことは、よく覚えている。

初のクエストでの依頼者だったリルは、自分の母親の病気を治すために、シラユリの花が必要だったのだ。

壁外の事なんて無知な僕とフィリナは、案の定散々な目にあったわけだが、シラユリの花は取ってくることができた(僕は気絶してしまっていたが…)。

しかしリルの母親はもう手遅れになっていて、クエストを達成することはできなかった…。

その後のことは詳しくしらなかったから、リルが今まで何をしていたのか分からなかったけど。

「まぁ元気だけが取り柄だからねっ。なんだかんだでやってきてるよ」

すっかり逞しくなった彼女に、僕はもう一度微笑む。

そうしていると、ジワジワと目の奥が熱くなった。

「え、サク…?」

困り顔で眉を下げるリル。そんな彼女に

気づけば頭を下げていた。

「今まで何の力にもなれなくて、本当にごめん…」

母親がこの世を去ってしまってから、リルどれだけ悲しかっただろうか。どれだけ寂しかっただろうか。

もともと家族のいない僕なんかじゃ分かるわけもない痛みに、リルはずっと1人で耐えてきたんだ…。

こういう無力な自分が大嫌いだ。

グッと唇を噛む。

俯くサクを見つめるリルは、次にはスッと視線を外し、天井を見上げた。

 

 

 

「聞いたよ。フィリナちゃんのこと」

 

 

 

「ーっ」

目を見開く。

バッと顔を上げると、リルはこちらを向いていた。

「…私、1年前にマテリアルに行ったの。生活も安定してきたから、サクとフィリナちゃんに大丈夫って伝えたくて…。でもそこでフィリナちゃんのこと聞いたら、頭が真っ白になって、そのままマテリアルを飛び出しちゃって…」

そうして俯いてしまうリルを、サクは見つめていたが、やがて

 

 

今度はそっと抱きしめていた。

 

 

「え…」

狼狽する彼女を包み込みながら、僕を瞳を閉じる。

逞しくなっても、まだ幼い彼女が、何でこんなにも苦しまなければいけないのか。

母親だけでなく。すっかり懐いて、まるで姉妹のように接していたフィリナまでもを、失うなんて…。

この子は強い子だと思った。実際そうだろう。今もこうして自分で立って、生きている。でも

 

 

完璧な人間なんて、いやしないんだ。

 

 

「リル…」

この子は自分1人で抱え込んじゃう子何だと思う。だからきっと

 

 

「辛い時は、泣いてもいいんだよ」

 

 

我慢してるに決まってる。

 

あの時のフィリナと同じで。

 

「ーッ」

ピクリと肩を揺らしたのがわかった。

そして次には

 

 

静かにしゃくり上げる声が聞こえた。

 

 

 

「サクの…ばかぁ…っ」

「…ごめん」

リルの言葉につい苦笑いする。

気付けばしがみ付いて泣きじゃくる彼女の頭を、僕はただ撫で続けていた。

 

* * *

 

「あ、あのー。リルさん…?」

「フンっ」

スッカリご機嫌斜めの彼女に僕はガックリとうなだれる。

日も暮れかかってきた夕方に、帰る僕の見送りに、リルは外に出て来てくれたのだが…。

なんか悪いことしちゃったかな…。リル、プライドとか高そうだし…。

そんなションボリしているサクを、彼女は横目で見てから、僅かに顔を赤らめた。

「さっきは、その…あ、ありがと」

「へ?」

「…なんか、スッキリした」

目をパチクリとさせるサクは、やがて、ほりゃんと頬を緩めていた。

「どういたしまして」

ニコニコとするサクにさらに顔を赤らめるリルは、次にはスッと息を吸い込み、真面目な顔に変わる。

「?、リル?」

そんな彼女に首を傾げたサクに、リルは正面に向き直った。

「サク。さっき、私に何の力にもなれなかったって言ってたよね」

「え、う…うん」

「それ、全然違うから」

「え」

まっすぐにこちらを見るリルに、サクはただ見つめ返すことしかできない。

そうしていると、リルは引き締めていた表情を、僅かに緩めた。

「サクとフィリナちゃんには、本当に感謝してるもん。壁外に行っちゃう前に、2人といろんなおしゃべりして、私初めて、とっても楽しかったの。あんな性格だったし、お母さんが心配だったしで友達がいなかった私には、あの時間は…」

そこまで言うと、リルはスッと己の胸の上に手をそえ、瞳を閉じる。

そしてやがて、ゆっくりと瞼を上げると、彼女は優しく微笑んでいた。

「今まで、ずっと私の支えになってくれたんだ。あの思い出は、私の一生の宝物。だから、ずっとお礼が言いたかった…。ありがとう、サク」

再び目頭が熱くなるのがわかった。

でも、ここで泣くのはなんか違うと思うから、僕はゴシゴシと拭って

「こっちこそ、ありがとうリル」

いっぱいに笑って見せたのだった。

 

 

 

歩きながら、サクは大きく手を振る。

「また来るからねー!!」

その言葉に、一度動きを止めたリルは、次にはくしゃりと顔を歪め、大きく手を振り返す。

「絶対…絶対だよ!!」

また、必ず。

もう会えなくなる苦しみは、痛いほど分かってる。

だから

 

 

「約束だからね!!」

 

 

サク。あなただけは、生き続けてね。

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