「おいっ、聞いたかっ?あの街で噂の【汚れた能力者】とこの前ここから逃げ出したっていう【レックレス】が派閥組んだんだってさっ」
「はっ!?アイツ派閥進出してんのかよ!?」
「言っても構成員ゼロだった所の弱小派閥だろ」
「それがさっ!そいつらが他派閥に【アラゲメント】申し込んだんだって!」
『えぇえええええええええっ!?』
【アラゲメント】が開催される時は、街はお祭り騒ぎになり、あちこちに知らせのポスターが掲載される。
どこぞで嗅ぎつけた情報屋達が、我先にと街中に伝えるのだ。
ただでさえ娯楽を求める人々はこういうことにはとことん突っかかる。しかも今回は、前代未聞の事態だ。未だ未定のことにも関わらず、町中は騒ぎに騒いでいた。
「どどどどうしますかアマリアっ!?」
「ど、どうするって…言ってしまったものはしょうがないだろうっ。つい勢いで言ってしまったんだ!」
「勢いでって…。少しでもアマリアに感謝してたのが間違いだった…」
現在、風車小屋(アジト)。
広まりに広まった【アラゲメント】のおかげでアジトにこもる二人は(このアジトの存在は誰にもばれていない)、申し込んだアマリア自身でさえも汗がダラダラの状態だ。
あれから一日が経ち、進んだことといえば、相手の派閥から了承が得られたことと、相手の派閥がどこなのかということ。
「よりにもよってあの変態ヨダンが従える派閥だったとはね…」
「知ってるんですか?その派閥のこと」
「私達選ばれた器同士で今まで集まることはあったんだよ」
「えっ!?アマリアもそんなすごいところに行けるんですか!?」
「つくづく私を馬鹿にするがな…忘れないでいただきたいなっ!これでも隊長!人を従えす選ばれた器だぞっ!!まぁ行くのは食べ物目当てだけど…」
僕の言葉にプッツンとキレてしまったアマリアが、ズンズンとこちらに迫りながら指を僕の額に当て突き進んで来る。しかし最後のボソッと言った本音には僕は苦笑いした。確かに、器となった人達は周りから掲げられ、昔は祀られさえしたらしい。それに刻印を刻むことで僕達に及ぼす影響はどこの隊長からしてもらおうと同じだ。皆が同じスタートラインに立ち、それぞれの才能、努力で鍛え上げられてゆくのだそうだ。
「しかしそんなことも知らないなんて、本当に【マテリアル】は何も教えてくれないんだね」
「はい…。外に出ることもほとんどなかったので、有名な派閥とか人とかも全く…」
「ふぅん。まぁ、この騒動が解決したら色々と教えてあげるよっ」
「その自信はどこからくるんですか…」
スカートを閃かせながら親指を立てるアマリアに苦笑いしかできなかった…。そうしていると、笑っていたアマリアは深刻な表情へと変わり、座り込む。
「とはいえ、問題なのは。その肝心の刻印を君に与えることができないということだ。つまり君は生身の体で刻印の刻まれた者達を相手にしなければならない」
「そんなに変わるものですか…?あるのとないのとでは」
「ああ、相手の強さ、ランクにもよるけどね」
「ランク?」
「刻印を刻まれた後、体に蓄積されるステイタスがある一定の数値を超えるとランクアップするんだよ。その一つのランクの違いで圧倒的に力は変化する。そして今のサクはランクなしだ。ちなみに一番下がFでそこからE、Dと上がっていく」
「…一つでどのくらい違うんですか?」
全く想像のつかないことに僕が汗を流しながら聞くと、アマリアはピンと指を立てた。
「キュウリと神様くらいだ」
「なんかちょいちょいキュウリ入れてきますね…。あとその例え全然意味わかんないです」
「むっ…!?まぁ実際に体験しなきゃ分かんないだろうねっ」
少しむくれながら言った言葉に、そんな無責任な…と溜息をついた。そこで先ほどの言葉が蘇る。
「そういえばさっき、その…へ、変態ヨダンって言ってましたけど。どういう…?」
「どうもこうもないさっ、あいつは気に入った者を手に入れるのには手段を選ばない。今回了承したのは、完全になめられているからだろう」
後半メラメラと黒いオーラを出しながら話すアマリアの言葉に僕は汗を流した。
「気に入ったって、僕ヨダンさんとなんて会ったことありませんよ…?」
「さぁね、君が気づかないうちに通りすがったりしたんじゃないか」
「通りすがる?たったそれだけのことでここまでしますか?」
「それがあいつだよ」
目に入った僕を気に入り派閥へ招待した。あまりにも信じがたいことに背中が冷たくなった。そんな僕の前でアマリアは立ち上がった。
「ともかくっ、これからそいつと話し合いをしなくちゃならないからね。君にしてほしいことは一つだ」
そうして僕に真っ直ぐ向き合ったアマリアは、子供っぽい面影を消し、凛とした表情で口を開いた。
「少しでも己のディメントに慣れるんだ」
「ーっ!」
「ある程度使ってもへばらないくらいにはなってくれ」
アマリアの出した決断は、ランクでかなわないならディメントを駆使するしかないということだ。今の自分では一度使うだけでもバテバテになる状態だ。そんな僕に彼女は耐久力をつけろということだ。
「でも、そんなことが短期間にできるんですか…?」
「そんなこと知らないよっ、でもやってくれ。私はほんの少しでも期間を延ばすよう努力する」
僕の質問にハッキリと言い切るアマリア。相変わらず無茶苦茶な要求に、僕は顔を引きつらせた。
「頼んだよ」
最後にそう口にしたアマリアは、僕に背を向けるとドアを開けた。
一人きりになった僕は思考を巡らす。
いくらアマリアが期間を伸ばせると言っても、せいぜい一週間ほどだろう。その間に自分の耐久力を向上させるには多少の無理は必要だ。
すなわち、壁の外。
モンスター達と実戦を重ね、ディメントを使い続けるしかない。
そう決めた僕は、すぐに純白のサーベル【ウルスラグナ】を掴み、外へ駆け出した。
* * *
「随分と遅かったじゃないか、てっきり逃げ出したのかと思ったが」
「4日かそこらだろ、そんなことよりヨダン。君はまたいやらしいことを考えてはいないだろうねっ?わ・た・し・のサクに」
『私』を強調するアマリアに、ヨダンは肩を竦めた。
「嫌だなぁ、いやらしいだなんて。それに、いつからあの子が君のになったんだ?まぁすぐに私の者になるがね」
「ぐぬぬぬ…っ」
申し込みがアマリアからあったにも関わらず、やっと顔を出したアマリアにヨダンは苛立っていた。いつもなら相手にしない口喧嘩にも乗っかっているのはそのせいだ。【アラゲメント】決定からすでに四日経っている。
「話を進めても宜しいでしょうかお二方」
会って早々火花が散る二人を中断させる執務長ファルディニルは、頷く二人を確認してから再度口を開いた。
今後のルールなどを決めるため【マテリアル】にて相対するアマリアとヨダンは、現在数名の上層部と会議室にて話し合いが行われていた。
【アラゲメント】が決まると【マテリアル】では、物資や人員の配置、宣伝、戦場となる舞台など作業に追われていた。
「それでは時間も押していますので、進めさせていただきます」
まずは両者に書類での手続きが行われる。
「賭けの内容はサク・ティネルの所有権、これでよろしいでしょうか?」
「もちろんだ」
「ああ」
両者がうなづくのを確認し、次に決闘の内容について話が始まった。そこでバッとアマリアが手を挙げる。
「キュウリのみじん切り競争なんてどうだい!?」
「却下だ」
「それでは決闘になりません」
「うぐ…っ!」
なんとか戦いから切り離そうとしたアマリアだったが、即否定され、失敗に終わった。
「自分のところが構成員ゼロ、唯一いるあの子もランクなしだからって私は甘くはないぞ」
そう言って笑うヨダンは、押し黙るアマリアを見据え「だが」と口を開いた。
「そこまで鬼でもないからな、一騎打ちはどうだ?」
「!!」
「一人しかいない君の派閥に合わせているんだ、悪くないだろう。お互いの代表、と言ってもそっちはサク君だが、その二人が戦うんだ」
明らかにこちらが不利なのは間違いない。刻印の刻まれていないサクが、向こうの派閥の団員相手に勝てるのかと考える。しかし戦うことしか許されない【アラゲメント】では、それが一番の選択だった。
少しの間俯いた後、アマリアは頷く。それにヨダンはニヤリと笑った。
「よし、では決まりだ。私からは副隊長のレスカルを出そう」
その言葉に、アマリアは最も気になる事柄を尋ねた。
「ランクはなんだい…?」
「Eだ」
アマリアの質問に一層笑みを浮かべて言った言葉にアマリアは目を見開く。そんな彼女を見てファルディニルは口を開いた。
「これではあまりにも決まりすぎてはいませんか?」
「?、何が言いたい?」
「刻印は刻んだ後でも消すことも可能です」
今度はヨダン共々目を見開く。つまりファルディニルはこう言っているのだ。
「サク・ティネルに刻印を刻ませるというのか…?」
「貴方様が勝てばその刻印は数日で消えることになりますがね」
淡々と話すファルディニルに呆然としていたヨダンは「はは…っ」と笑った。
「たった、たった数日で何ができるっ」
「だったら構わないかい」
ヨダンの言葉の直後、そう問うアマリアにヨダンは汗を流しながら笑った。
「ふっ、いいだろう。だがさっきも言ったように…」
「じゃあ決闘は一週間後だ!それじゃあ!」
「なっ!?一週間後だと!?」
いきなりそう告げ走り去ったアマリアに全員が目を見開く。ファルディニルはまたもや溜息をついた。
「速くっ!速くしないとっ!」
【マテリアル】の廊下を全速力で走り抜けるアマリアは、一秒の時間も惜しんでサクのもとへと向かった。
* * *
「た、ただいま…」
「サクっ!遅いじゃないかっ早く来てくれ!!」
「えっ?は、はい!?」
ディメントを使った特訓のためボロボロになって帰ってきたサクをアマリアが引っ張る。わけがわからないサクはなすすべなくベットまで連れて行かれた。
「さぁ、寝るんだサク!!」
「えっ?そこはアマリアのベットじゃ…」
「いいからっ!!」
「は、はいぃぃ!?」
いきなり言われたことに完全に理解が追いつかないでいると、アマリアが今までにないほどの形相で叫ぶ。そんなアマリアにサクは従うしかなかった。
ベットに恐る恐るうつ伏せに寝転がる。古いベットはギシッと音を立てた。
「あの、それでどうすれば…って!?」
汗を流しながら後ろを向いたサクは目を見開いた。そこにはサクに馬乗りするアマリアが…。
「な、なにしてるんですか!?」
「ええぃっ!大人しくしろ!!」
顔を髪同様真っ赤に染めるサクにアマリアが声を上げる。
「いいかいっ!これから君に刻印を刻む!」
「えっ?で、でもそれっていけないんじゃ…」
「許可がもらえたんだ!だから大人しくするんだ!」
硬直するサクにアマリアはそう告げると、バッとサクの服を上にあげた。
「なっ!?」
「それじゃあいくよっ」
大切な儀式にもかかわらずドタバタと始まることに、サクは全くついていけない。そうしていると、サクに馬乗りするアマリアは一度深呼吸し、その瞳を閉じた。瞬間
「!!」
辺り一帯が光り輝く。いや、輝いているのはアマリアだった。風も徐々に発生する中、その風に髪をなびかせアマリアは口を開いた。
「【我は今この命の導き手となり得る者】」
その透き通るような声に乗せられる、まるで歌のような言葉。一層光が増す一帯にサクは唖然とする。
「【その痛みを、苦しみを、そして喜びを】」
美しく言葉を紡ぐアマリアは、その瞳をゆっくりと開き、両手をサクの背中へと触れさせた。
「【全て分かち合うことを誓おう】」
その瞬間、サクの背中へ模様が刻まれてゆく。それは今初めて見えたアマリアの首に掛けられる、彼女の瞳と同じスカイブルーを輝かせた宝玉の首飾りと同じ模様だ。それは今現在も輝いている光に相応しい太陽、そしてその光を反射し己の光とする月、その二つが合わさるシンボル。
「【ラティール・メシア】」
そうアマリアが唇から紡いだ瞬間、あまりの眩しさにサクは目を閉じた。ほのかに感じる背中の暖かさはアマリアの手の者か、それとも…
「おーいサクっ、もういいよ」
ポンポンと頭を叩かれ思考を停止させる。気づけばその暖かさも消えていた。
アマリアが背中から離れ、隣に座る。そんな彼女と向き合って、自分も起き上がりベットに座った。
「いいかいサク。残された時間はあと一週間。その間に少しでもステイタスを上げるんだ。ランクアップは無理だけど、ここからの君の頑張りでどうなるかわからなくなる」
「わからなくって…?」
「戦う内容は一騎打ちに決まった。相手はランクE」
「なっ!一つのランクでだいぶ違うって言いましたよね!?」
「ああ、今の状況では君は相手のワンランク下だ。でも…」
そこまで言ったアマリアはサクの手を握る。その行動に顔を赤らめるサクに顔を近づけ、優しく言い聞かせるように囁いた。
「君ならできる。なんたって君は、格上のディメンターに実技で勝利し、いくら低級モンスターといえど、生身の体で倒して、こんな私を救ってしまったんだからね」
そうして微笑むアマリアに、サクは目を見開いた。
彼女は自分を信じてくれている。このちっぽけな力を、ちっぽけな可能性を。
「それに約束したじゃないか、ずっと一緒だって」
最後にそう口にしたアマリアの言葉に一度俯き、そして再び見つめる。
「やれることは一つだけ、ですね」
「ああそうともっ!」
はにかんで笑う僕に向けて、にしっと笑うアマリア。
僕は新たにアマリアの派閥の刻印を刻み、正式な構成員として戦いに臨むこととなった。