「はぁあああああああああっ!」
『グルァアアッ!』
目の前にいる巨大なモンスターは【ベアー・ザック】。
まだニールさんがアドバイザーになったばかりの頃から、もしものためにと散々モンスターのことだけは叩き込まれきた。
モンスターの名前は、その姿に似たものの名前が入り、その後ろに下級なら【ザック】、中級なら【バレクス】、上級なら【ディノス】と付けられるらしい。だからこのモンスターは下級ということだが、その階級にも、住んでいる場所の違いやモンスターの種類で強さは違うらしい。ようはモンスターにもステイタスやランクがあるということだ。
迫ってきたヒヅメを、今までは避けてきたが踏みとどまる。授けられた刻印がどれほどのものなのかまず知らなくてはならない。恐怖を押さえ込み、両手に握る獲物の感触を確かめる。振り下ろされた攻撃に、サクは真っ向から受け止めた。
凄まじい衝撃波に辺りが揺れる。そしてサクは、しっかりと受け止めていた。
やっぱり、すごい…!
昨日までとは明らかに違いすぎる。スピード、スタミナ、パワー、どれを取っても物凄いレベルアップだ。
生身のまま戦おうとしていたことに今更ながら冷や汗をかく。そんなことをしている間にも【ベアー・ザック】、その名前の通り大熊のモンスターは第二の攻撃を開始していた。しかしその前にサクが動く。もともとあったスピードがさらに加速し、モンスターを置き去りにする。相手が見失うほどの速度で地を蹴り背後をとる。
「フ…ッ!」
『グラァ!?』
再び地を蹴り右腰に構える【ウルスラグナ】を、相手の核である宝玉目掛けて振り抜く。先程までは別の体の部分を狙い、お金となるらしい宝玉は回収していたのだが(アマリアからのお願いで)、場所を森から洞窟へと変え、相手の強さが上がった今、そんな余裕はもうなかった。名前以外にもニールさんから教わったことによると、モンスターの体に埋められている宝玉は、そのモンスターの命とも言えるもので、そこを破壊さえすればどんな相手でも死に至るという。
己の剣が【ベアー・ザック】の宝玉へと振り下ろされる。
瞬間
『ギュルァアッ!』
「ーっ!?」
サクの攻撃と同時に、新たなモンスターが視界に入っていた。
完全に気づかなかった。目の前のモンスターに目を向けすぎて周りを見ていなかった。今までなんとか凌いできたが、やはり出てしまった経験の少なさ。
あらん限り目を見開き、いやでも悟ってしまう。
『殺られる』と。
その思考のせいで振り下ろしていた剣が減速する。今度は新たに出てきたモンスター、【バード・ザック】に意識を向けてしまい、仕留め損ねた【ベアー・ザック】の攻撃に気づくのが遅れた。
「がは…っ!」
勢いよく脇腹を殴打され、吹き飛ぶ。何度も地面を転がりなんとか手と足で地面を削りながら体制を整えた。しかし今の攻撃をもろに食らったせいで視界が霞む。攻撃力の高い【ベアー・ザック】の横殴りは相当こたえているようだ。もしも刻印を刻まれていなかったらと想像し、冷や汗をかく。ポタッと、先程転がった際にできた傷から血が流れてきた。背後は壁、目と宝玉をギラギラと輝かせながら迫る二体のモンスター、全身に恐怖が伝わり、僕は歯を食いしばった。
瞬間
「えっ?」
光が走った。
『グルァアアッッ!?』
それとほぼ同時、【ベアー・ザック】が血飛沫をあげながら切り刻まれ、あっという間に肉の塊と成り下がった。
光り輝く金色がなびく。
しなやかな体。僕と同じくらいの背丈。一つに束ねてある三つ編み。
瞬間に現れたのは少女だった。
僕は唖然とその後ろ姿を見つめることしか出来なかった。
「もう大丈夫」
「えっ?」
突然聞こえた鈴のように透き通った声に、僕が声を上げると同時に、少女は地を蹴った。
『ギュルァアッッ!!』
僕と同様に、その気配に全く気がつかなかった【バード・ザック】は雄叫びを上げる。
その一瞬。
モンスターが叫んだ一瞬の出来事だった。
舞い上がる【バード・ザック】の首、そして血飛沫。
僕が現状を理解した頃には、少女は剣を振り払い、鞘に収めるところだった。
「怪我、してるね」
再び金の三つ編みが揺れ、その顔が振り返る。
透き通るような肌。整った顔立ち。大きな瞳はまるでサファイアのようだ。胸に薄い鎧が付けられただけの軽装な戦闘服からは、華奢な体が見て取れた。
その姿に息を飲む。あまりに可憐で、あまりに美しい。
硬直する僕の元まで来た少女は、スッと目の前にしゃがみ込んだ。無意識に顔が赤くなっていくのがわかる。そのことに首を傾げた少女は、ほとんど同じ目線で僕を見つめ、片手で僕の前髪を上げた。
「へっ!?」
「じっとしてて」
いきなりのことに身じろぎする僕にそう言って、少女は腰にかけたカバンから色々と取り出した。
「ちょっと染みるかも」
そう言いハンカチを出血する僕の額に押し当てる。
「い…っ!は、ハンカチが汚れちゃいますって!僕なら大丈夫ですからっ!」
「じっとしてて」
「う…っ」
再び言われる言葉に逆らえず、従うことしかできない。優しく拭われることに、一層顔を赤らめ俯く。
「い…っ!」
「ごめんなさい…」
今度は瓶からクリーム状の薬を塗られ、傷に染みる。ビクッと体を動かす僕に申し訳なさそうにしながら薬を塗った彼女は、最後にガーゼを貼り終えると、片手で片付けをし、片手はそのまま僕の髪を撫でていた…。
「あ、あの…」
「珍しい髪だね」
「は、はぁ…。それより、またモンスター来ちゃいますよ…?」
「…そうだね。じゃあ外まで行こうか」
「一緒にですか?」
「私もう帰るところだから」
「そ、そうですか。じゃあ…」
そう言って立ち上がった僕と同時に立ち上がる少女。その手はまだ僕の頭だ。
「あの…、もう傷は大丈夫ですから…」
「……」
僕の言葉に数秒停止した後、やっとその手を離してくれた。
顔を赤らめる僕の隣で、少し残念そうな表情をした彼女は「それじゃあ、行こうか」と歩き出した。
* * *
「助けて頂き、ありがとうございましたっ」
「いいよ、お礼なんて。無事でよかった」
深々と頭をさげるサクに彼女は優しくそう言った。やがて顔を上げると微笑んだ彼女が右手を差し出してきた。
「私はセフィア・カルヴァート」
「さ、サク・ティネルですっ!」
「うん、知ってる」
「へっ?それってどういう…」
「よろしくね」
「あ、はいっ」
そう言って差し出された手に、僕は慌てて握り返した。
「あの、失礼ですがランクって…」
「Cだよ」
「シッー!?」
あまりの驚きに声が詰まる。さっきの身のこなしから半端じゃないと思ったが、三つも上…。そう考えていると、ある考えが頭に浮かんだ。
「あ、あのっ!僕、この一週間で強くならなきゃいけなんです!だからっ、その…っ」
失礼極まりないお願いに言葉を詰まらせていると、カルヴァートさんが察し、頷いて……くれるわけもなく、何も察せられていないようでコクリと首を傾げている。きっとこの人はそういう察してとかができない人だ、という思考をどかし、再び深々と頭を下げた。
「一週間だけ!僕に稽古をつけてくれませんか!?」
いくらなんでも無茶なお願い事だ。派閥が違う中、ついさっき会ったばかりの僕がこんなことを言っても、了承してくれるわけがない。それでも勝たなきゃいけない。強くならなきゃいけない。頭を下げてから五秒はほど経った時、上から声が聞こえてきた。
「なんで強くなりたいの?」
「えっ?」
内容が予想外のことに一瞬唖然とするが、すぐに顔を引き締める。
「一週間後に【アラゲメント】をすることになったんです。それで僕は勝たなきゃいけない」
僕の言葉に、カルヴァートさんが僅かに目を見開く。そしてジッと僕を見つめ始めた。その照れくささで顔が赤らむが、逸らしはせずまっすぐ見つめ返す。そしてカルヴァートさんは、コクリと頷いた。
「え…、い、いいんですか!?」
「うん。みんなには内緒だけどね」
明日からにする?と聞かれ僕は今からお願いします!と答えたのだった。
* * *
「グヘッ!?」
「もっと視野を広げないとダメだよ」
現在、僕はカルヴァートさんと戦っている。理由は、”たった一週間しかないなら経験を一つでも多く積むしかない”。とのことだ。僕達のいる場所の周りには、いくつもの結晶が生えている。ここはカルヴァートさんが見つけた特別な場所らしく、他の誰も知らないんだとか。
迫り来る恐怖を押し込み、ほんの少しでも勝てる希望が大きくなるように強くならなければならない。だけど…
「ゴフッ!?」
「動きが単調すぎるよ」
一撃一撃がありえないくらいのダメージだ。なんだこれ、意識が飛ぶ…。
溝内を蹴り飛ばされ、僕は幾度となく結晶に向かって衝突するというパターンを繰り返していた。
「かはーっ」
一瞬息ができなくなる。蹴られたお腹が熱い。僕はその痛みに喘ぎ散らすことしかできない。そんな僕にゆっくりと歩み寄りながら、カルヴァートさんは口を開く。
「君は戦いに正直すぎる。とくに人との戦いは、いかにズルく戦えるかだよ」
痛みでほとんど内容が聞こえてこない。空気がうまく吸えない。そんな僕をカルヴァートさんはジッと見据える。僕が立ち上がるのを待ってくれている。本当ならこんな情けなんてないぞと唇を噛む。悔しさが、惨めさがこみ上げ、僕は再び立ち上がった。視界が霞む中、足を踏ん張る、目をこらす。
「も…っ、もう一度、お願い…しますっ」
震える手で剣を構え、声を絞り出す。そんな僕をカルヴァートさんは見つめていた。
「今日は終わりにしよ」
「っ!まだやれます!」
「今無理したら、最悪試合にさえ出れなくなるよ」
「う…っ、そ、それは…」
「それに、これ以上長居してるとみんな怒るから」
「みんな、派閥ですか?」
「うん」
確かにもう日が落ち始めている。それにこれ以上カルヴァートさんに迷惑をかけられないので、僕も引き下がることにした。
「明日は午前にしかできないけどいい?」
「は、はいっ」
「じゃあ時間は五時からにしようか」
それに頷き、再び深々と頭を下げた。
「本当にありがとうございます、カルヴァートさん」
「セフィア」
「へっ?」
「セフィアでいいよ」
「で、でもそ…」
「セフィア」
「……わかりました」
ズイッと顔を近づけてきたカル…、セフィアさんの迫力に、僕は頷くしかなかった。そうすると、どこか満足げな顔をするセフィアさんは、気持ち今までよりも元気な声で「じゃあ街まで行こうか」と歩き出した。
僕も【マテリアル】で宝玉を換金してもらうため、その後を追った。
* * *
「ただいま、アマリア」
「おー!おかえりサク!なんだか今日は遅かったじゃないか」
「あ、えーと。つ、つい夢中になっちゃって!」
「うん?」
笑顔で出迎えに来たアマリアの言葉に汗をかく僕、その様子にだんだんと笑顔を消していったアマリアは、目を細めた。
「じー」
「あ…っ、あーそういえばアマリア!き、今日は昨日よりも多くお金がもらえましたよ!」
「怪しい…」
向けられる目線にテンパりまくる僕。嘘をつくのが下手なのは理解しています…。
「サ〜ク〜?」
「な、なんですか…」
「隠し事なんてしたら〜、こうだー!」
「な、なにし…っ、あはははっ!そ、そこはーっ!」
いきなり飛びかかってきたアマリアに押し倒され、くすぐられる。その攻撃に僕は涙目で笑い苦しむしかできない。
「どうだサク!言う気になったか!!」
「いいっ、言いますから!おっ、お願いだから止めてください!!」
息ができずギブアップすると、アマリアは満足気に立ち上がった。そして僕がゼェゼェ言っている中、腕を組んだ。
「で、なにがあったんだい?」
その質問に一度躊躇うが、アマリアにも言うべきだと覚悟を決め、口を開いた。
「せせせせせ…っ」
話す間、だんだんと目を見開いていったアマリアは、終わる頃には興奮状態だった。
「セフィアって、あのセフィア・カルヴァートかい!?」
「そ、そうですけど…っ」
あまりの勢いにサクは大きく肩を揺らす。そんな僕には気づかずアマリアは詰め寄って来た。
「カルヴァートといえば街に知らない者はいないよ!上級者の境界線と言われるランクCに、彼女は踏み込んでいる!」
「あの…、そんなにすごいことなんですか…?」
「当たり前だ!ランク一つあげるのがどれだけのことだか!ランクCなんて、この大都市にもほんの一握りだ!」
もう完全におデコがくっついてる近さだが、今は驚きの方が勝っていた。震える声で本当にすぐ近くのアマリアに尋ねる。
「セフィアさんの派閥はなんなんですか…?」
その言葉にようやく顔を引っ込めてくれたアマリアは、腕を組み、座り込む僕を見つめながら口を開いた。
「この都市最強と謳われる、ラミスの派閥だ」
「都市、最強…」
その言葉に唖然とする。ついさっきまで一緒にいた人が、都市の最強派閥の構成員だったなんて考えられなかった。
これ、他にばれたら…。
「これがばれたら命の危険すら感じた方がいいよ」
考えていたことをアマリアに言われ、汗が噴き出してきた。
「どどどどうしましょうアマリア!?」
「こ、こうなっては仕方ないだろうっ!少しでも強くなるために、君の判断は間違ったちゃいない!……多分」
「今最後にボソッと多分って言いましたよね!?」
「ええいっ!うるさいうるさーい!」
「まっ、ちょっと!あはははははっ!」
そうして僕の悲鳴混じりの笑い声は、外にまで響き渡るのだった。