「グフッ!」
「ゴフッ!」
「ブフッ!」
まだ霧が濃い早朝の森に間抜けな声が響く。
自分の唯一の武器だと思っていたスピードがまったく通用せず、完全にその自信は砕け散った。
僕が【ウルスラグナ】を使うのに対して、セフィアさんは鞘でのみ。しかしこの中でボロボロなのは僕だけだった…。
何度目かの気絶から目を覚ます。そしてその時には決まって…
「あ、あのー…」
「まだ寝てていいよ」
「は、はぁ」
髪の毛(主に前髪)をセフィアさんは触っている…。
その状況に顔が熱くなってしまうが、セフィアさんは気づいた様子はない。僕は我慢できずになんとか起き上がった。
初めて稽古をした日から早くも五日、今までのダメージで身体中が痛いが、そんなことかまってられないと起き上がった。そんな僕の後に立ち上がるセフィアさんは、フラフラな僕を見て、シュンと音がしそうな感じに落ち込んでしまった。
「ごめん。加減とかわからなくて…」
「い、いえっそんな!頼んだのはこっちですし!」
そんなセフィアさんに必死で抗議しようとすると、クスッと微笑んだセフィアさんに、今度は顔を赤くする。そうしてずっと俯いていると、ポンっと頭に手を乗せられた。それに顔を上げると、セフィアさんが優しく微笑んでいた。
「確かに強くなってきてる」
「!、本当ですか!?」
「うん。君は飲み込みが早いね」
初めて褒められたことに子供のように目を輝かせてしまう。そんな僕に、セフィアさんはまたクスッと微笑んだ。
「きっとだいぶステイタスが上がってると思うよ」
そう言ったセフィアさんの顔が、登ってきた太陽に優しく照らされる。三つ編みにして一つにまとめてある金色の髪がその光によって輝き、霧が晴れることによって、顔が鮮明に見えてくる。その姿は神秘的はものを感じる美しさで、その中に可憐さも残っている。目の前にいるセフィアさんに、僕はもう何度目かしてきたように顔を赤らめた。
それと同時にセフィアさんは太陽に気づき、頭に乗せていた手を離した。
「そろそろ帰らないと」
「……」
「?、サク?」
「えっ?あっ、そ、そうですかっ!ありがとうございました!!」
呆然としているサクにセフィアが小首を傾げていると、「はっ!」と気がついたサクはガバッと勢いよく頭を下げた。その様子に、セフィアは僅かに驚かされたが、すぐに「じゃあまたね」と手を振り行ってしまった。
それからずっと頭を下げたままだったサクは、再び勢いよく顔を上げ、ブンブンと首を振った。
「なんだか、セフィアさんといるとおかしいんだよな…」
そう呟いたサクは、今度はモンスターを相手にするべく洞窟に向かって行った。
* * *
「た、ただいま…」
「おっかえりー!サクー!!」
一日中ハードな特訓をし、ボロボロで帰ってきたサクを、アマリアが元気よく迎えた。
「あ、アマリア。これ今日の稼ぎです。相変わらず少ないですけど」
「おおー!いつもすまないサク…っ」
サクが袋をアマリアに渡すと、少量にも関わらず、瞳をうるうるとして本当にありがたそうにその袋を包み込んだ。そんな隊長の姿に、今だけは疲れを忘れ、笑みがこぼれてしまう。年も変わらない少女は、その可愛らしい顔で再び元気よく笑った。
「それじゃあご飯にするかい?お風呂にするかい?それとも”ステイタス”にするかいっ?」
「その三択いつまで続けるんですか…」
「ずっとだよ、ずっと!で、どれにするんだい?」
「…じゃあ、ステイタスで」
「だめだ!先にお風呂に入ってくれ!」
「やっぱりそうなるんじゃないですか…」
いつものやり取りに、だから意味ないんじゃないかなと思いながらサクはお風呂に入るのだった。
お風呂から上がり部屋に入ると、アマリアはもうベットの上に座っていた。そしてベットをパシパシと叩く。
「サクはここに寝転がってくれ」
「わかりました」
そうして言われるがままベットに寝転がる。これには毎回なんとも言えない気分になるが、アマリアがソファーだと狭いからいいんだと、ベットで行われている。
基本的にステイタスとは、戦っている最中にすでに上がっている。普段は見えない刻印に刻まれてゆくのだ。そして今やっているのはその刻印を引き出し、ステイタスを確認することだ。
「どれどれ〜。おっ!敏捷がまた上がったね!」
「ほ、本当ですか!?」
「ああ、もう少しで100を超えそうだよ…うん?」
突然アマリアが言葉を止めたので、僕は後ろを振り返った。
「?、どうしたんですか?」
「……サク。私に隠しているディメントがあるかい?」
「ブッ!!」
いきなりの質問に吹き出してしまう。刻印にはステイタスの他にディメントも載っているのかと今更ながらに気づいた。
「ななななんのことですかっ?」
汗をダラダラ流す僕を見下ろしていたアマリアは、「はぁ…」と溜息をついた。
「君って本当に嘘が下手だな。まさか背中越しからでも丸わかりだとは思わなかったよ」
「う…っ」
呆れながら言われた言葉にだいぶ傷ついていると、アマリアはもう一度溜息をつき、「よく今までやってこれたな」と呟いてから、ステイタスをメモし終え、僕の背中から横にずれた。僕が上体を起こすと、目の前でアマリアが正座しているので僕も完全に取り乱しながら正座をする。向き合ったアマリアは、数秒僕を見つめてから口を開いた。
「…まぁ君がどうしても言いたくないというのなら、私も強制はしないよ。誰にだって隠し事の一つや二つあるものだからね。私は君がそれを言ってくれるまで待つよ」
真っ直ぐな瞳で見つめられたまま真剣な表情で告げるアマリアに、僕は再度俯いた。
「すみません…」
「いいんだ。私だって話してないことはあるしね」
その言葉に目を見開く。それはおそらく、一族が全滅したというあの事件のことについてだろう。頭をかき、そっぽを向いてしまったアマリアに、僕は何か言おうとした時。グゥ〜ッと僕のお腹から情けない音が上がった。
「……」
「……」
これには二人して固まってしまう。それと同時に、ある記憶が頭をよぎった。その瞬間
「あはははははっ!」
声を上げて笑い出したアマリアにギョッとし、顔を赤らめる。
「そ、そんなに笑わなくても…っ」
柄にもなく口を尖らせると、「ごめんごめんっ」と涙をぬぐいながらアマリアが謝罪した。
「君はよくお腹がなるなと思ってさ」
「…あ」
その言葉に思い出す。初めてアマリアと会った日にも、自分がお腹を鳴らしてしまったことを。途端に顔が熱くなる。
「あ、あれはアマリアにご飯食べる前に連れてこられたからでっ、今回だって!」
「ああわかってるんだ。悪かったよ。じゃあご飯にするか!」
さっきまでの雰囲気とはガラリと変わった雰囲気の中、僕達はほんの少しの食べ物を準備し始める。気づけば僕も、アマリアにつられて笑ってしまっていた。
* * *
肌寒さを感じる中、霧の深い森の中で、カキンカキンという音が響き渡る。
【アラゲメント】当日。
昼から始まる試合に、サクはギリギリまでセフィアと稽古をしていた。
次々と迫り来る攻撃の雨に、サクは全神経を集中させ、はじく。力の差を考えた判断に、セフィアは僅かに笑みを浮かべた。初めは一つとして防げなかった攻撃を、すべてとは言えないが、確実にさばき始めていた。そして、一歩。前に踏み込む。そして、直後。再び襲ってきた鞘の突きを、サクはギリギリまで引き寄せ、その下を潜り抜けた。
僅かに目を見開くセフィアに向かって剣を振り抜く。
今しかない…っ!!
一瞬、たった一瞬のこのチャンスはこれが最初で最後だと悟る。以前よりも増したスピードにのせ、サクはセフィアに向かって水平切りを食らわせた。はずだった…
「グブゥッ!?」
「おしい」
気づくと飛ばされているのはいつも通り、サクだった。地面を勢いよく転がり、最後にゴーーーンと盛大に結晶の柱に顔面をぶつけるのだった。
「〜〜〜〜〜〜〜っ!!」
その衝撃に悶絶する。顔を押さえ暴れるサクを唖然と見ていたセフィアは、自分の手を見下ろし、その形のいい眉を曲げた。
「また力の加減間違えた…」
しかし以前ならとうに気絶していたが、今は悶えるだけとなっているのはいいことだと、サクに小走りで近づいながら、そう思うのだった。
「もう鼻血止まった?」
「は、はい。すみません最後まで…」
「そんなことない。君は強くなった」
そう静かに告げるセフィアの言葉にサクは体を揺らす。確かに今回初めて、反撃ができた。防御もろくにできなかった時からは、自分も進歩できているのかと右手を確かめるようにギュッと握りしめた。
「じゃあ、頑張ってね。応援する」
その声に顔を上げると、セフィアさんが手を差し出していた。そして僕は、その手を力強く握り返した。
「勝ってきます」
その時、二人の姿が太陽に照らされる。いつもの終わりを告げる合図だ。僕達は手を離すと一度頷き合い、その場を後にするのだった。
【アラゲメント】まで、残り三時間。
* * *
「準備はできたかい?」
ボロボロだった体をお風呂で洗い、スッキリとする。服を着、靴を履き、扉の前に立てかけていた相棒、【ウルスラグナ】を手に取った。前方で立つアマリアに視線を送ると、緊張の色が滲んだ顔のアマリアはコクリと頷いた。
「じゃあ行こうか、【アラゲメント】に」
「はいっ!!」
僕達は大きく足を踏み出して行った。
「まさか今回の場所があの時と同じ闘技場だとはね」
「ははは…」
その場所は、僕がザリュウスさんと実技をやった時と同じ闘技場だった。おそらく一騎打ちということでここを選んだのだろう。
「サクくーん!」
「えっ?」
そんなことを考えていると、遠くから呼ばれ顔を向ける。いたのはこちらに走って来るニールさんだった。
「ニールさん?どうしてここに?」
「自分がアドバイザーやってる子だし、言っても長い付き合いじゃない。当たり前でしょ」
「は、はぁ」
「むっ、また君か」
僕が首をかしげると、その大きめな胸をえっへんと張ったニールさんが答える。自分よりも巨大な胸を睨みながら、アマリアが僕の後ろからヒョコッと顔を出した。
「仕事はいいのかい?こんなところでイチャイチャしようったってそうはいかないぞっ」
「は、ははは…。以前にも言いましたがこれはアドバイザーとしての行動で」
そう言って苦笑いしたニールさんは、再び僕と向き合った。
「来たのはね、渡したいものと言いたいことがあったからなの」
「?、なんですか?」
「じゃあまず渡したいものね」
そう言うと僕の手を取り、その上に短刀を握らせた。
「こ、これは…?」
「腰にでもつけておきなさい。万が一のためよ」
その言葉に頷き、相変わらずの心配性だなと顔を綻ばせてしまった。
「最後に言いたいことね」
「は、はいっ」
ピンと指を立てたニールさんは、表情を変え、真剣になり
「絶対勝ちなさい」
「っ!」
そう一言、僕に告げた。僕はその言葉に息を止める。そして顔を引き締め、ニールさんを見つめ
「はいっ!!」
力強く返事をした。
「じゃあ、私はこれで、失礼します。アマリア様」
「ああ」
先ほどまで機嫌が悪かったアマリアも、今のやり取りを見て微笑んでいた。そうしてニールがいなくなると、再び顔を引き締め、前方を見つめる。
「わざわざ挨拶かい?ヨダン」
「ーっ!?」
いきなりのアマリアの言葉に目を見開き、彼女の視線を追う。
「ああ、今日僕の構成員になる子だらね。顔合わせをしておかなくては」
その存在に一瞬出遅れて気づいたサクは体に力が入った。歩いてくるのは、後ろに派閥の副隊長であるレスカルを連れたヨダンだった。ニヤニヤと笑いながら歩いてくる。自分達から二M程離れて止まったヨダンは、アマリアとの会話後、サクへと視線を向ける。そしてその瞳を細め、舌なめずりをした。
「やぁ、やっと会えたねぇ〜。サクく〜ん」
「…っ」
声が出せない。そう思いサクは目を見開いた。今まで味わったことのない艶かしい視線がサクの全身にまとわりつく。すぐにでも食われてしまいそうな恐怖がサクを襲った。隣のアマリアが、拳を握りしめ顔を歪める。
「この変態めぇ…っ!」
「変態とはまた失礼だな。私は君なんかとは違ってしっかりとサク君を養っていける。貧乏派閥とは違うんだ」
「うぐ…っ!」
笑顔で返すヨダンの言葉に、グサッと痛いところを突かれたアマリアはよろめいた。そんなこんなでまた始まる隊長同士の言い争いの隣で、サクは自分より背の高い男と向かいあった。
好んだ相手を派閥に入れるだけあって、その男性は整った顔立ちをしている、世に美男子というものだ。女性に負けず劣らずのツヤがある黒髪で、前髪は斜めに流している。体は細めだが、顔からは凛とした男らしい表情が伺えた。黒いスーツのような西洋の服を着、真っ直ぐとこちらを見つめていた。
「貴様か、サク・ティネルというのは」
「……はい」
不意に動いた口から出された言葉に汗を流しながら頷く。そうしてじっとこちらを見ていた、アマリアから聞いていた話によるとレスカルという男性は「ふっ」と鼻で笑った。
「隊長は女と間違えてはいないか」
「うぐ…っ」
アマリア同様に痛いところを突かれた僕はよろける。自分でも気にしてるのに…と思いながらも耐える。
「勝てるなどと考えないことだな、下級ディメンター」
そう最後に言うと、レスカルさんはいつの間にか言い合いが終わっていたヨダンさんと行ってしまった。
「ムキーっ!相変わらずムカつくーっ!!」
おそらく言い合いに負けたアマリアが、地面をバンバンと叩きつけ、大声で叫んだ。その光景にサクはギョッとする。
「サクっ!!」
「は、はいぃっ!」
バッとこちらに振り向いたアマリアは、なおも大声で僕に言った。
「なんとしてでもあいつを馬鹿にしてやるぞ!!」
「戦う趣旨ずれてません!?」
完全に取り乱しているアマリアに、サクはとばっちりを受けるのだった。
* * *
「んっ、おーいセフィアー!こっちこっち!」
前方からそう大声で呼ばれた彼女はコクリと頷いた。
そうそう行われないこの行事に、セフィアの派閥も闘技場に来ていた。その存在に、周りのもの達は仰天し、しかもセフィアという名前を聞き、その騒ぎはさらに大きくなった。
『セフィアって、セフィア・カルヴァートだよな!?』
『本当だ!うおっ、メッチャ可愛いぞ!?』
周りからの言葉に平然と…という器用なことはできないセフィアは、心底気まずそうに俯きがちで仲間の元へ向かった。
「ここ座ってセフィア!」
自分を呼んだ少女、ルシア・アーレンスが隣の席をバンバンと叩いた。癖のあるセミロングの黒髪で、前髪はピンで留めてある。服装は紅色のパレオと胸巻きの組み合わせだ。その露出の多い格好から覗く肌は白く透き通っている。その美しさから、周りからは多くの視線を向けられていた。
「ったくうるせぇな。アホルシア」
その隣では苛立ちを見せる青年、カラム・ベアリットはルシアに悪態をつきながらセフィアに視線を送る。
「周りなんか気にするなよ」
「…うん」
「カラムって何気優しいよねー」
「うっせぇ!」
頷くセフィア達を見ていたルシアはニヤニヤとする。そんな彼女にチョップを食らわせ、前を向いてしまったカラムは口を開いた。
「他の奴らはどこ行ったんだか、まぁ今回の【アラゲメント】なんてほぼ結果わかってるしな」
「ホント可哀想だよね〜今回戦う人っ」
そんな二人の会話にセフィアは中央に目を向ける。経ったの一週間だったが、ともに戦った少年はまだ姿を現していない。あの珍しい赤髪に幼い顔が浮かび上がる。まだ何か話している二人の隣でセフィアは一人心で囁いた。
ー君ならできるよ
* * *
外からいろいろな音が聞こえてくる。実技の時とは比べ物にならないほどの喧騒に、心拍数がさらに上がる。
アマリアはもう客席に行ってしまった。相手は反対側の控え室にいる。今は自分一人の空間だった。
大きく深呼吸をする。頭に浮かぶのはアマリアの姿。彼女を一人残してはいけない。只々そのおもいだけでここまでやってきたんだ。あの日に誓った、僕がアマリアを守る。
呼吸は自然と落ち着いている。頭を落ち着かせ、今までセフィアさんから教わった言葉を思い出していく。
「サク・ティネル。時間だ」
その時ドアが開け放たれ、一人の男性が入ってきた。もう一度大きく息を吐く。そして閉ざしていた瞳を開いた。
「よしっ」
そう一言気合を入れたサクは、大きく闘技場へと踏み込んだ。