学戦都市アスタリスク 闇に潜みし者として 作:RedQueen
星導館学園
ふわりと舞い降りてきたそれを、俺の親友である綾斗がほとんど反射的につかんでいた。
初夏の朝日を受けてまばゆく輝くその姿は、一瞬純白の羽のようにも見えたが__ただのハンカチだった。
「……風にでも飛ばされたのかな?」
「まあ繕い直したような跡もあるし、捨てたってことじゃなさそうだな」
だとしたら、一体どこから……。
そう思いながら二人は周囲を見回そうとして、苦笑する。
なにしろ綾斗も雅もついさっきこの都市へ__この
「仕方ない、あとで事務室にでも届けておこうか」
「それが最適だろう。下手に歩き回っても無駄そうだし」
綾斗がハンカチをポケットにしまった時、木々の向こうから、かすかに慌てた様子の声が聞こえてくるのに気がついた。
鈴のように透き通り、それこそ小鳥たちの歌声にも負けないくらいに可憐で、鮮烈な強い意志を感じさせる声。
「……ええい! よりにもよって、どうしてこんな時に……!」
間違いだった。一瞬でも“小鳥たちの歌声にも負けないくらいに可憐”と思ったのは。
もれ聞こえてきたのはあまり可憐とは言い難い悪態だった。
「とにかく、遠くまで飛ばされないうちに追いかけねば……!」
「……なるほど、彼女が」
「それの落とし主、だろな。こうも早く見つかるとは意外だわ」
「四階か……まあ、足場もあるし問題ないかな。雅もあの部屋に行く?」
「いや俺はいい。拾ったのは綾斗だし。俺はここらへんで待ってる」
そう言って鉄柵にもたれかかると綾斗は軽々と鉄柵を飛び越え、木の枝に手を掛けて登っていく。
そしてそのまま手頃な枝から一息で窓枠へと飛び移った。
「しっかし、この学園ほんと広いな。これから過ごす場所だし地理ぐらいは把握しといたほうがいいか」
そう呟いていると、先程綾斗が向かった部屋からある気配が漂ってきた。
そして次の瞬間には窓から飛び降りる綾斗と少し遅れて巨大な火球が空中で花と化し、蕾を開いていた。それはまさに灼熱の花弁を重ねた、爆炎の大輪だ。
「……いやいやいや」
「おい、直球に聞くぞ。何があったんだ、あれは何なんだ?」
「ほう……今のをかわすとは、中々やるではないか」
「ん、君はさっき部屋にいた……ってなんでそんなに怒ってるんだ?」
「へえ、あなたはそこの変質者の仲間なのね」
少女は声に怒気をにじませたまま話しかけてくる。
「おい綾斗、お前変質者だったのか。すまん、俺が気づいてやれなくて……」
「ちょっと! 俺は変質者じゃないし、それで謝られるのは精神的に辛すぎるよ!」
「私を無視するとはいい度胸だな。……いいだろう、少しだけ本気で相手をしてやる」
再び少女の星辰力が高まるのを感じた綾斗は急いで両手を上げてそれを牽制した。
「わわっ、ちょっと待った!」
「なんだ? 大人しくしていればウェルダンくらいの焼き加減で勘弁してやるぞ?」
「ちょっと寒いぐらいだしいいかもな」
「全然よくない! それになんで命を狙われるか理由を聞きたいんだけど……」
「乙女の着替えを覗き見たのだから、命をもって償うのは当然だろう」
そんな物騒なことを少女は平然と言ってのける。
「うむ、それはたしかにそうだ。綾斗、俺は決してお前を忘れない」
「そのジョークはもういいから少し黙ってて」
雅は返事をしてから二人から離れた位置に座った。
「それで、さっきお礼を言ってくれたのは……?」
「もちろんあのハンカチを届けてくれたことには感謝している。だが……それとこれは別の話だ」
「……そこは融通を利かせてくれてもいいんじゃないかな」
「あいにく、私は融通という言葉が大嫌いでな」
少女は微笑みながら、ばっさりと切り捨てる。
綾斗は取り付く島もない。
「お~い、話は終わっ__」
「「黙ってて」」
「は、はい」
二人の即答に怯む雅。
「そもそも届けるだけなら窓から入ってくる必要はないだろう? ましてや女子寮に侵入してくるような変質者は、それだけで袋叩きにされてもおかしくないのだぞ」
「……え? 女子寮?」
綾斗は鳩が豆鉄砲をくったような顔で、ゆっくり少女と建物を見比べた。
つつーっと綾斗のこめかみから汗が流れる。
「まさか……知らなかったのか?」
「知らないもなにも、俺とあのバカ『誰がバカだ!』は今日からこの学園に転入する予定の新参者で、しかもここにはちょっと前に着いたばかりなんだ。誓って嘘じゃない」
綾斗はそう言うと、真新しい制服を広げてみせた。
下ろしたての制服はまだ着慣れていないので、上着もズボンもいまいち硬い。
少女はそんな綾斗をしばらくいぶかしそうな目で見つめていたが、やがて大きく息を吐いた。
「わかった。それは信じてやろう」
「やっと終わったか、待ちくたびれたところだったわ」
「だが、やはりそれとこれとは話が別だな」
笑顔でそう言った少女の周囲に、再び火球が出現していた。先ほどのものより小型だが、今度は全部で九つ。
「咲き誇れ__
「うわっ!」
「ちょっ!」
愛らしい桜草を模した九個の火球の内、五つが綾斗に、四つが雅へとそれぞれ違った軌道で迫ってきた。
二人が身をよじってかわすと、地面に着弾した火球は鈍い炸裂音と共に弾けて消えた。
「おい嘘だろ。コンクリートが……えぐられているだと。あんなのが直撃したら俺達どうなることやら」
雅が冗談混じりに話している間も残った火球が二人目掛けて攻め立ててきた。
「わわわわっ……!」
「おっとっと……」
しかし綾斗も雅も間一髪のところでその攻撃を凌いでいた。
時に飛び跳ね、時に身をかがめながら、ギリギリのところでかわしきる。
その動きに、少女は改めて驚いたように目を見開いた。
「なるほど、ただの変質者とその仲間というわけではないようだ」
お、これはなんとかなるんじゃないか。
「並々ならぬ変質者共だな」
ならなかった。てか、俺が“変質者の仲間”から“変質者そのもの”にランクアップしてるし!
「相互理解って難しいなぁ……」
「来園初日からこんなのってありなのか?」
ついついそんなぼやきが口をつく。
「ふん、冗談だ」
すると少女は綾斗を半眼でにらみながら、ばさりと髪をかき上げた。
「おまえが善意でハンカチを届けてくれたのは事実のようだし、私の、その……き、着替えを覗いたのも、ま、まあ、一応わざとではなかったと信じてやってもいい。あ、あくまで一応だぞ!」
「ほほう、この流れは……俺はお邪魔かな」
雅は二人に聞こえないくらいの小声で呟いた。
「……本当に?」
綾斗は何度もぬか喜びをさせられたせいもあり、さすがに慎重になって尋ねている。
少女は不承不承といった感じでうなずきつつも言葉を続けた。
「しかし、ここがどんな建物なのか確認しなかったのはおまえのミスだし、いきなり窓から入ってくるようなマネは非常識きわまりないし、わざとじゃなかったらなんでも許されるわけではないというのもわかるな?」
「それは……ごもっとも」
「よかったな綾斗、ようやく許してもらえたのか」
「おまえたちにはおまえたちの言い分があって、私は私でこのままでは怒りが収まらない。となれば、ここはこの都市のルールに従おうか。幸いおまえたちもそれなりに腕が立つようだし、文句はないだろう?」
少女はそう言って、綾斗と雅の顔をまっすぐに見つめた。
「おまえたち、名前は?」
「……天霧綾斗」
「俺は黒摩耶雅」
「そうか。私はユリス。星導館学園序列五位、ユリス=アレクシア・フォン・リースフェルトは汝天霧綾斗への決闘を申請する!」
今回は休みだったけど、平日になるとテスト勉強が厳しい。
時間がある限り、投稿は続けたいと心に誓います。