学戦都市アスタリスク 闇に潜みし者として 作:RedQueen
「先にはじめるぜ。いいな?」
「構いませんか、お二人とも?」
「ああ、うん。どうぞ」
「ご自由にあれ」
俺にとって一番二番は関係ない。残った
レスターは手馴れた様子で六角形が並んだ壁の隅に置かれた端末を操作しはじめた。巨大な空間ウィンドウがいくつも表示され、真剣な表情でそれと向き合っている。
「あれは?」
一歩引いたところで眺めていた綾斗が、隣に立つクローディアにそっと尋ねた。
「星導館学園が所持している純星煌式武装の一覧です。ちなみに現在の総数は二十二。これは六学園中トップなんですよ」
「へぇ」
「一覧には形状と名前、その能力が記載されていますので、希望するものを一つ選んでください。表示がグレーになっているものは現在使い手の元にあるものです。つまり貸し出し中というわけですね」
「ということは、ええっと」
「七人。そんだけ使ってるのか、この学園」
「ふふっ、雅くんのおっしゃるとおり、今うちの学生で純星煌式武装を使っている学生は七名。そのうち四名は《
つまり《冒頭の十二人》の三分の一は純星煌式武装の使い手ということになる。それだけで純星煌式武装がいかに強力な武器なのかわかろうというものだ。
「よし、これでいい」
やがてレスターは一覧から一つを選んでウィンドウを閉じる。
と同時に六角形の模様が一つ輝き、それは場所を組みかえるように滑らかに動きながらレスターの前にやってきた。さらには低い音を響かせて、模様が壁からせり出してくる。
どうやら模様に見えたものは収納ケースだったようだ。
「うふふ、無駄にこってますよね」
「それ、せめて設計した人たちの前で言うなよ」
「……ええ、わかっていますわ」
今の間はなんだったんだ。ほんとに言ったりしないだろうな、クローディア。
「あら?」
と、クローディアが驚いたように目を見開いた。
「マクフェイルくん、《黒炉の魔剣《セル=ベレスタ》》を選びましたか。これはまた……」
「《黒炉の魔剣》?」
「ええ、かつて他学園から“触れなば熔け、刺さば大地は坩堝と化さん”と恐れられた強力な純星煌式武装です」
「……ずいぶんと仰々しいね」
「確かにそれに見合うだけの力を秘めていますから。ああ、いえ、それはいいのですが、そうではなくてですね」
クローディアはそこまで言って、困ったように苦笑した。
「……あれが、履歴が改竄されていたという件の純星煌式武装なんです」
「ええっ!?」
「それって、まさか!?」
レスターはケースから発動体を取り出すと、部屋の中央に進み出てガラスの向こうへ合図を送っている。綾斗は思わずその手元を凝視した。雅も綾斗ほどではないが鋭い眼差しで発動体を黙視している。
「あれが……姉さんが使っていたかもしれない純星煌式武装……」
「……こんなタイミングでお目にかかれるとはな」
見た感じは
「さぁて、いくぜえ……!」
レスターが発動体を起動させると、まずはその柄が再構築されていく。かなりの大きさだ。そして間髪入れずにその柄の部分が開き、光の刀身が現れた。
《黒炉の魔剣》という名前の割に、透き通るような純白の刀身をしている。見た目には片刃のようで、巨大な光の刀といった印象だ。
もっとよく見ようと身を乗り出した瞬間、綾斗の心臓がドクンと強く脈打った。まるで得体の知れない化け物と目を合わせてしまったかのような戦慄。
「……お、おい、大丈夫か、綾斗?」
雅は綾斗の一瞬の異変を察し問いかける。
「う、うん、何ともないよ」
「……そうか」
もっともそれはほんの一瞬の感覚で、すぐに消え失せていた。
(今のは……?)
綾斗が首をひねったが、そこでどこからかスピーカー越しの声が響いてきた。
『計測準備できました。どうぞはじめてください』
それを受けてレスターは《
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
爆発的に
『現在の適合率、三十二パーセントです』
スピーカーの声にレスターの顔色が変わった。
「なぁめるなあああああああああああああ!」
《黒炉の魔剣》を握る腕の筋肉が膨らみ、割れんばかりに歯を食いしばる。
それは何者をも圧倒的な力でねじ伏せようとする強い意志の具現だ。
だが《黒炉の魔剣》はそんなものは歯牙にもかけずといった体で、突然猛烈な閃光を放つとレスターの巨体を弾き飛ばした。
「ぐあああっ!」
どういう力が作用しているのかはわからないが、《黒炉の魔剣》はしばらく宙に留まったままそんなレスターを見下ろしている。
まるでうるさくまとわり付く虫を払ったかのようだ。
「拒絶されましたね」
「見事に拒絶されたな」
クローディアと雅が同時にぼそりとつぶやいた。
「話には聞いていたけど、
「ええ、といってもコミュニケーションが取れるようなものではありませんけど」
『最終的な適合率は二十八パーセントです』
「まだまだぁ!」
壁際まで吹き飛ばされたレスターは猛然と体を起こし、めげずに再度《黒炉の魔剣》を構える。
「がんばるねぇ」
「ああいう、がむしゃらに力を追い求める姿勢は嫌いではありませんが……強引なだけで口説き落とせる相手ではないようですね」
「よくわかるね?」
「私も純星煌式武装の使い手ですから」
マジか。そいつは知らなかった。
「マクフェイルくんは前回、前々回とやはり名の知れた純星煌式武装を選んでいますが、どれも今回と同じような結果でした。強力であればなんでもいいという節操の無さを見抜かれているのかもしれません。その割り切り方は決して悪いことではないのですけど……」
クローディアはそこで言葉を切って、レスターに目をやった。
なんとか押さえ込もうとしているようだが、何度やっても弾き飛ばされてしまっている。
「くそがぁ! なんでだ! なんで従わねぇ!」
「少なくとも、アレはそういう態度をお気に召さないようです。まあ、気難しいことで知られた
「俺もあれはちょっとなぁ……」
「アレは比較的古い純星煌式武装になりますが、使いこなせた学生は今までに二人__ああ、『彼女』を入れるならば三人ですね」
「姉さんが、あれを……」
そのうちに、レスターは《
近づいただけで跳ね飛ばされてしまうのだ。
『適合率、十七パーセントです』
適合率は低下する一方で、レスターももはや苛立ちを隠そうとしない。
「いいから……オレ様に従ええええ!」
怒号を上げて掴みかかったレスターだったが、今度は一際大きく吹き飛ばされた。
思い切り壁に叩きつけられ、さすがにがくりとひざを折る。
「ぐっ……!」
『適合率、マイナス値へ
「ああ、これはいけません。本格的に機嫌を損ねてしまったようです」
珍しく慌てた口調でクローディアが一歩踏み出しかけたが、ピタリとその足が止まった。
理由はすぐにわかった。空中に浮かんだ《黒炉の魔剣》が猛然な熱を発しているのだ。
十メートルほどの距離があるのに直火で炙られているような気さえしてくる。
『た、対象は完全に暴走しています! 至急、退避してください!』
スピーカーから焦った声が響き渡った。
『対象の熱量が急速に増大中!』
言われるまでもなく、雅たちはその熱を感じている。
このままでは蒸し焼きになりかねない。
「アレは本来熱を刀身に溜め込む剣です。制御する使い手がいないので、少々外に漏れ出してしまっているみたいですね」
「こういうことってよくあるの?」
「純星煌式武装の暴走ですか? いいえ、記録では何度か見たことがありますが遭遇するのは私も初めてです。逃げますか?」
「そうしたいのは山々なんだけど……」
すでに室内はサウナのような状態だ。
「アレに背を向けたら背後から容赦なく刺されそうだな」
「そんな気軽に言わないでよ」
汗がひっきりなしにこぼれ落ちる中、《
その切っ先が綾斗に向けられる。
どういうわけか綾斗が狙われているらしい。
「はぁ、仕方ないか」
「……でも、これってチャンスかもしんねぇぜ。綾斗が《黒炉の魔剣》の暴走を止めさえすれば、だけどな」
「ほんと雅って他人任せだね」
「お褒めに与り光栄です」
「……褒めてないよ、まったく」
綾斗は緊張感のない雅はほっといて、その切っ先をしっかりと見据え、
まあ、緊張感がないってのは俺が言えたことじゃないか。
《黒炉の魔剣》はしばらく綾斗とにらみ合ったあと、突如として襲い掛かってきた。
猛烈な速度で迫り来るそれを間一髪でかわし、異常な熱気に目を細めつつも柄に手を伸ばす。しかしそれを握ろうとした途端、《黒炉の魔剣》は空中で向きを変えるようにして綾斗の胴を薙いだ。
とっさに床を蹴って距離をとったものの、制服に一筋、焼き切れたような跡が走った。
「……これって弁償してもらえるのかな?」
「おいっ!」
緊張感のない台詞にレスターのツッコミが入る__と思いきや、それは注意を促す声だったらしい。
《黒炉の魔剣》は一瞬で天井一杯まで舞い上がると、綾斗の頭上から急降下してくる。
完全な死角からの攻撃だったが、綾斗はそれを待っていたかのように体をひねり、すり抜ける《黒炉の魔剣》の尻尾ならぬ柄をひっつかまえた。
「あっつ!」
想像はしていたものの、その柄はとてつもない熱さだった。
星辰力を掌に集中させてなお肉が焼けるのがわかる。
それでも綾斗は手を離さず__そのまま《黒炉の魔剣》を床に突き立てた。
「……悪いけど、しつこくされるのは嫌いなんだ。君と同じでね」
その途端、部屋に満ちていた熱気がかき消える。
《黒炉の魔剣》も今までの暴れっぷりが嘘のように動きを止めた。
「ふぅ……」
一同が唖然とする中、雅とクローディアの二人だけがパチパチと手を叩く。
「さすがは綾斗、お見事です__適合率は?」
その言葉の後半が自分たちに向けられたものだとわからなかったのだろう。
装備局の職員はしばらく呆然と立ち尽くしていたが、はっと我に返った様子で報告した。
『きゅ、九十七パーセント、です……!』
「結構」
クローディアは満足そうにうなずいてから、レスターに視線を向ける。
「そういうわけです。あなたには残念ですが、異議はありませんね?」
「……」
レスターはまだ信じられないといった表情で綾斗を見つめていたが、やがて悔しそうに唇を噛んでその拳を床に叩きつけた。
そこで、クローディアが次に視線を雅に向けた。
「……さて、では雅くん、あなたの番です」
「さ、さっそくだねぇ、クローディア。ふぅ、そんじゃあはじめますか」
雅は軽い足取りでレスターが操作していた端末へと向かう。
そして、端末を操作して空中ウィンドウを開く。
「……ふむふむ、はぁはぁ……よし、これでオーケーだ」
数分後、雅は一覧から一つの純星煌式武装を選びウィンドウを閉じる。
と同時にレスターが選んだときのように、六角形の模様が一つ輝き滑らかな動きで雅の前にきた。そして低い音を響かせ、模様が壁からせり出してくる。
「やはり無駄に凝ってますよね」
「無駄って……」
生徒会長に言われてはこれを設計した人も立つ瀬がないだろう。
「まあ、雅くん、それを選びましたか。」
クローディアの表情が少し強張る。
「まさか《
「《
「ええ、《紅戒の呪爪》は純星煌式武装の中でも最古の部類に入る純星煌式武装になりますが、《黒炉の魔剣》同様、使いこなせた学生は今までに三人です。いずれも特待生として招請され、相当の実力を持ち合わせた方々でした。……しかし……」
そこでクローディアは気まずそうに口ごもる。
そして、次の瞬間にはある現状を語った。
「しかし、三人とも使いこなせたのは多くて一週間程度。それを過ぎると急に性格があからさまに豹変し、人を襲うこともありました。おそらく、《紅戒の呪爪》に意識を飲まれたのでしょう。それが知れて以来、使おうとした者は誰一人いなくなりました」
「じゃ、じゃあ、なんでまだ保管されてるんだい? そんなに危険なら処分することはともかく、厳重に保管するべきじゃ……あっ」
綾斗はそこまで言いかけたが、ある一言を思い出した。
それは星導館学園にきた初日、生徒会室にてクローディアが言っていた言葉、「我が星導館学園が特待生としてのあなたたちに期待することはただ一つ、勝つことです」。そう、勝つこと、だ。
それに、アスタリスクでは危険は付き物。それを知ったうえで、彼らは登校し、純星煌式武装の適合率検査の書類の手続きを済ませた。つまり、彼らは危険を承知しそのような事態へとなってしまった。
クローディアはそれを自分の責任として感じているのだろう。
「もし、このまま雅くんが適合率検査を成功させ《紅戒の呪爪》の影響で暴走したら、私たちに彼を、雅くんを止められるのでしょうか?」
「それはないよ」
綾斗はきっぱりと答えた。
「え……?」
「雅は暴走なんてしないよ、絶対に」
「その根拠は……」
「それは、彼を信じているからだよ」
綾斗が導き出した根拠は意外にも単純だった。
しかし、どこか説得力もある。綾斗の笑顔がそれを物語っている。
クローディアはそんな綾斗を見て、安心したのかいつもの表情にもどる。
「……ふふっ、わかりました。私も彼を信じます。そもそも彼を特待生として招請したのは紛れもなく私自身なのですから」
雅はケースから発動体を取り出し、部屋の中央に進み出る。
《黒炉の魔剣》とほぼ同じで、
雅が発動体を起動させると、手甲が再構築されていく。そして、それを装着すると手甲から瞬時に三本の白銀の鉤爪が現れた。こちらも《紅戒の呪爪》という名前の割に、透き通るような白銀だ。
『計測準備できました。どうぞはじめてください』
スピーカー越しの声に雅は目配せだけをして、
すると、雅からは類を見ないほどの莫大な星辰力の高まりを感じ取れた。
それに呼応してか、白銀の輝きが消え失せ、名前どおりの紅と化した。
それと同時、適合率が計れたのか、スピーカーから声が響いてきた。
しかし、その声は動揺を隠しきれていない様子だった。
『て、て、適合率は、九十九パーセント、です……!』
雅はその結果に不服だったのか、ため息をつきながら近づいてきた。
「あと一パーセントだったのに、おっしいなあ~、俺ってば」
「い、いや、十分だと思うよ」
「はい、これまでにないよい結果ですよ、雅くん」
クローディアは笑顔のままそう答える。
ほんとうに、彼なら《
「ふふっ、これにて今回の適合率検査は終了とさせていただきますわ」