学戦都市アスタリスク 闇に潜みし者として   作:RedQueen

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誤字・脱字がある場合は申し訳ありません。


導かれる三つの意思

ここに来る前に軽く調べてみたが、サイラスは序列外だし公式序列戦に参加した経歴もない。その実力は未知数だ。

それに襲撃者は最低でも三人いた。あの黒ずくめの一人がサイラスだとしても、まだ他に二人仲間がいることになる。

 

「__わかった。話だけは聞いてやろう」

 

ここは相手の出方をうかがったほうが良いとユリスは判断した。

 

「そうこなくては。実は僕もあなたと同様、ここでの目的はお金を稼ぐことでしてね。気が合うはずだと思っていたのですよ」

 

サイラスも尊大な笑顔でうなずく。

 

「おわかりでしょうが、こちらの条件はあなたの《鳳凰星武祭(フェニクス)》出場辞退です。プラスして、今回の襲撃と僕が無関係であることを証言していただけると助かります」

 

「私のメリットは?」

 

「あなたと天霧綾斗くんの身の安全では不足ですか? もちろん、黒摩耶雅くんもいれて、ですが?」

 

「話にならんな」

 

ユリスはばっさりと切り捨てた。

 

「そんなものはここで貴様を叩きのめせばすむことだ。それに私が黙っていたとしても、すでに生徒会は貴様にたどり着いているはずだぞ」

 

「そっちはどうとでもなります。なにしろ僕がやったという証拠は一切ないのですから」

 

「大した自信だな」

 

「事実ですから」

 

ユリスとサイラスの視線がぶつかり合う。

と、そこへ割り込むように、低く怒りに満ちた声が響き渡った。

 

「これはいったいどういうことだ、サイラスッ!」

 

「……レスター?」

 

ずかずかと大股でやってきたのはレスター・マクフェイルだった。

ユリスは一瞬身構えたが、その怒りは明らかにサイラスへと向けられている。

 

「やあ、お待ちしていましたよレスターさん」

 

「ユリスが決闘を受けたというから駆けつけてみれば……今の話は本当なのか? てめぇがユリスを襲った犯人だと?」

 

どうやらさっきのやりとりを聞いていたらしい。

 

「ええ、その通りです。それがなにか?」

 

「ふざけるな! なんでそんなマネしやがった!」

 

「なんでと言われましてもね。依頼されたからとしか答えられません」

 

「依頼だと……?」

 

レスターは驚きと怒り、そして混乱が入り混じった表情をしている。

これが演技ならば大した役者だが、そんな器用さを持ち合わせていないことはユリスもよく知っていた。一つため息をつき、口を開く。

 

「こいつはな、どこぞの学園と内通して《鳳凰星武祭(フェニクス)》にエントリーした有力学生を襲っていたのだ。知らなかったのか?」

 

「……!」

 

レスターは言葉もないといった顔だ。

彼にとってはよほど従順な取り巻きだったのだろう。

そんなレスターを嘲るような目で見ながら、サイラスが肩をすくめる。

 

「僕はあなた方と違い、正面切ってぶつかり合うような愚かしいマネを繰り返すのはごめんなんですよ。もっと安全でスマートに稼げる方法があるのなら、そちらを選択して当然でしょう」

 

「それが同じ学園の仲間を売ることだと?」

 

「仲間? ははっ、ご冗談を」

 

サイラスは笑いながら首を振った。

 

「ここに集まっている者は皆敵同士じゃありませんか。チーム戦やタッグ戦のために一時的に手を組むことはあっても、それ以外ではお互いを蹴落とそうとしている連中ばかりです。あなた方のように序列が上位の人はよくおわかりでしょう? 必死で闘って、血と汗を流して勝って、ようやくそれなりの地位を手に入れたと思ったら、今度はその立場を付け狙われる。僕はそのようにわずらわしい生活は真っ平なんですよ。同じくらいに稼げるのであれば、目立たずひっそりとしていたほうが賢いと思いませんか?」

 

「……まあ、貴様の言い分にも一理あるな。確かに我々は同じ学園に所属しているが仲良しこよしの関係ではないし、名前が広まればわずらわしさも付いて回る」

 

「おい、ユリス……!」

 

心当たり抜群だったのか、顔をしかめるレスター。

 

「だが__決してそれだけではない」

 

「おや、これは意外ですな。あなたはどちらかと言えば僕に近い方だと思っていたのですが」

 

「こちらも心外だ。貴様のような外道と一緒にされるとはな」

 

ユリスはこれで話は終わりとばかりにサイラスをにらみつける。

 

「ぶちのめす前に聞いておくぜ。なんでわざわざオレ様を呼び出した? まさかオレ様がてめぇの味方をするとでも思ったのか? だったら大馬鹿野郎としか言えねぇな」

 

「いえいえ、あなたは保険のようなものですよ。もしユリスさんとの交渉が決裂した場合、誰か代わりに犯人役をやっていただく必要がありますからね」

 

「……てめぇ、本当に馬鹿なのか? オレ様がはいそうですかと引き受けるわけがねぇだろ」

 

「なに、お二人とも揃って口がきけなくなれば、あとは適当な筋書きをこしらえますからご安心を。ま、そうですね、お二人が決闘の挙句、仲良く共倒れというのが一番無難なところでしょうか」

 

その言葉にレスターの堪忍袋の緒は完全に千切れとんだようだ。

 

「おもしれぇ、てめぇのチンケな能力でオレ様を黙らせられるっていうなら、ぜひともやってもらおうじゃねぇか」

 

そう言って煌式武装(ルークス)の発動体を取り出すと、その巨体に負けないサイズの戦斧《ヴァルディッシュ=レオ》が出現する。

 

「レスター、あまり先走るな。なにを仕掛けてくるかわからんぞ。やつも《魔術師(ダンテ)》なのだろう?」

 

「ハッ、あいつの能力は物体操作だ。せいぜいそこらの鉄骨を振り回すくらいしかできやしねえさ。それよりユリス、てめぇは手を出すんじゃねえぞ!」

 

言うが早いかレスターは地を蹴った。一瞬でサイラスとの距離を詰めると、巨大な光の刃を唸らせて三日月斧を振り下ろす。

 

「くたばりやがれ!」

 

が、その寸前。

 

「なにっ!?」

 

突如として吹き抜けから降ってきた黒ずくめの大男が二人の間に割って入り、レスターの一撃を受け止めた。

__それも素手で。

 

「ぐうぅぅ!」

 

それだけでも驚異的なのに、大男はレスターが渾身の力を込めてもびくともしない。力では星導館学園随一を自負していただけに、これは衝撃だったのだろう。

驚いた表情を浮かべつつも、一度大きく距離を取る。

 

「へっ! そうかそうか、そいつがご自慢のお仲間ってやつか」

 

「仲間? くくっ、馬鹿を言わないでください」

 

サイラスがパチンと指を鳴らすと、大男に続いてさらに二人、黒ずくめの男たちが姿を現した。

 

「__こいつらは、僕の可愛いお人形ですよ」

 

男たちが黒ずくめの衣装を脱ぎさる。

その下から現れた体は、まさしく人形だった。

顔には目とおぼしき窪みがあるだけで鼻も口もない。関節は球体で繋がっており、全体的につるんとしている。

強いて言えばマネキンに近いが、それよりも遥かに不気味な外見だった。

 

「戦闘用の擬形体(パペット)か……?」

 

ユリスが冷静に観察する。

戦場では遠隔操作の擬形体が実用化されているが、それらを運用するには専門の施設が必要のはずだ。

 

「あんな無粋なものと一緒にしないでくださいね。こいつらに機械仕掛けは一切使っていませんよ」

 

それが本当ならば動くはずがない。

だが現実に、目の前の人形たちはまるで人のようになめらかに動いている。

 

「__なるほど、それが貴様の本当の能力というわけか」

 

なぜ襲撃者の気配をギリギリまで感じ取れなかったのかようやくわかった。単純に、相手が無機物だったからだ。最初から殺気が存在しないのであれば、感じ取りようがない。

 

「てめぇ、隠してやがったのか……! 自分じゃナイフを操るくらいが関の山だとほざいてやがったくせに……ッ」

 

「まさかそれを信じていたんですか? あははは! や、これは失敬。ですが冷静に考えてくださいよ。わざわざ手の内を見せてあげる馬鹿がどこにいますか?」

 

サイラスは大げさに肩をすくめてみせる。

 

「レスターさんの言葉通り、僕の能力は印を刻んだ物体に万応素(マナ)で干渉し操作すること。それが無機物である以上、たとえこの人形のように構造が複雑であっても自由に操ることが可能です。もっとも、それを知っている人間はこの学園に居ませんけどね」

 

これでユリスにもサイラスの自信の根拠が半分まで理解できた。

 

「貴様はターゲットをその人形共に襲わせていた。そして貴様が人形をコントロールできることを誰も知らないのであれば、なるほど貴様を捕まえるのは難しいだろうな」

 

綾斗の話によればサイラスには完璧なアリバイがあるのだという。それもこの能力なら当然だ。どの程度の距離まで能力が有効なのかはわからないが、状況さえ確認できれば現場にいる必要はない。それこそ人形にカメラでも持たせておけばどうとでもなる。

 

「くだらねえ! そんなものここでてめぇを張り倒して風紀委員なり警備隊なりに突き出せばそれですむことだ!」

 

「それはあなた方が無事にここから帰れたらの話でしょう?」

 

「いいだろう、だったら次は本気で行くぜ……!」

 

レスターが星辰力(プラーナ)を高めると、《ヴァルディッシュ=レオ》の光の刃が二倍近くに膨れ上がる。ユリスも何度か見たことがある、レスター必殺の流星闘技(メテオアーツ)だ。

それはもはや斧というより巨大なハンマーといったほうがいいだろう。

 

「くらいやがれ! 《プラストネメア》!」

 

裂帛の気合と共に振り下ろされたそれは、人形たちを三体まとめて吹き飛ばしていた。

派手な音を立てて柱に激突し、破片が飛び散る。受け止めた柱に亀裂が入るほどの威力だった。

その一撃で三体のうち二体は完全に破壊されたようだ。いずれも手足がもげて、あらぬ方向へねじれている。

もっとも大男タイプの人形はボディにヒビが入っただけですんだらしい。柱から体を引き剥がすと、何事もなかったかのように再びレスターと向き合った。

 

「ほう、ちったぁ丈夫なやつもいるらしいな」

 

それを見たレスターがニヤリと笑う。こちらも自信は十分といった感じだ。

 

「これは対レスターさん用に用意した重量型ですからね。ノーマルタイプとは防御力が違います。体格も武器もあなたに合わせてあるんですよ。いざという時、あなたの代わりを務めてもらうためにね」

 

「オレ様に罪を着せるためってらけか。ってことはそっちでクロスボウを構えてる人形はランディ役か?」

 

「ま、そんなところです」

 

「ふん、わざわざご苦労なこったが、残念だったな。そいつは無駄になりそうだぜ!」

 

再びレスターが《ヴァルディッシュ=レオ》を振り下ろす。

が、その刃が重量型に届く寸前__

 

「っ!?」

 

柱の陰から現れた新たな人形が二体、レスターに光弾の雨を浴びせていた。

 

「ぐああああああああああああああ!」

 

「レスター!」

 

ユリスが思わず飛び出そうとしたその瞬間、ユリスを囲むようにしていた人形が一斉にして崩れ落ちた。

その切り口からは黒い何かが生きているかのようにうごめいている。それらは人形から離れると次第に暗闇へと吸い込まれるように消えていく。

 

「……あなたがなぜここに?」

 

サイラスはユリスの背後を見据えてそう口走る。

 

「ここへ招待したのはこちらのお二方で、あなたのようなサプライズゲストはお呼びではないのですがね、黒摩耶雅くん」

 

「つれないこと言いなさんなよ、サイラス・ノーマン。そんなこと言われると俺、間違ってキミを殺しちゃうじゃないか」

 

ユリスの背後には見るからに鋭そうな得物をぎらつかせた雅の姿があった。いつもながらの軽い口調と緩やかな笑みを浮かべている。

 

「……天霧綾斗くんは一緒ではないのですか? まあ、一人や二人多くなったとしても、僕は構いませんよ。以前僕があなたの就寝を見計らって襲った際は返り討ちにあいましたが、今回はそうもいきません」

 

サイラスは相変わらず余裕たっぷりで雅を見下すようにしてから指を鳴らす。

すると、サイラスの周りにいた人形が雅とユリス、レスターへと銃やクロスボウを向ける。

レスター自身、闘志は失ってはないものの、膝を突き苦しそうな表情だ。皮膚は裂け、血をにじませている。

とっさに星辰力(プラーナ)を全て防御に回したのだろう。

もっとも星辰力は無尽蔵ではない。

それが尽きれば意識を失ってしまうし、この場でそうしなければ当然それだけではすまないだろう。

 

「この程度の数でいい気になるなよ。何体かかってこようと私の炎で全て燃やし尽くしてやる」

 

「何体かかってこようと? いいでしょう、お望み通りにしてあげます。僕が同時に操作できる最大数、百二十八体の人形でね」

 

「ひゃく……」

 

ユリスは驚きのあまり一歩後ずさる。

その直後、吹き抜けから一体、また一体と人形が飛び降りてくる。

その数は十や二十ではきかない。

サイラスは数体を自身の周りに配置し、残りの人形でユリスや雅を包囲している。

その手には剣や斧、銃といった煌式武装(ルークス)が握られている。 

と、そこでサイラスの目線がレスターへと移った。

 

「……今だ闘おうという強い闘志、さすがはレスターさんですね、ですがそれも終わりです。では__ごきげんよう」

 

サイラスが腕を振ると同時に、サイラスの周囲にいた人形がレスターへ向かって一斉に襲い掛かる。

 

「やめろ、サイラ__」

 

「安心しなよ、ユリス。あいつが来たからさ」

 

ユリスが叫んだ瞬間、雅がそれを遮った。

それと同時、風が疾った。

 

「ごめん、遅くなった」

 

現れた少年の右手には純白の大剣が握られている。

その少年の足元には胴から綺麗に両断された人形が散らばっている。

 

「沙々宮とクローディアのおかげでここを見つけることが出来たんだよ。それより雅さぁ、なんで場所が特定できたのに教えてくれないんだよ」

 

「ごめんごめん、忘れてたって言えば納得?」

 

「だろうね、雅のことだし……」

 

「……なんかひどくね、それ」

 

雅と綾斗は人形に囲まれた状態でも気軽に笑いを交わす。

そんな二人を目の前にしてユリスはため息をつく。

 

「おまえら、緊張感というものはないのか?」

 

いや、それよりも。

 

「さっさとこいつらを片付けるぞ。話はそれからだ」

 

ユリスは真剣な眼差しでそう告げた。

 

「……ああ、そのつもりだよ、ユリス。いけるね、雅?」

 

「おうよ、綾斗」

 

二人は返事を交わすと、この人形共の操者であるサイラスに向き直る。

 

「今のが《黒炉の魔剣(セル=ベレスタ)》の力ですか……なるほど、確かに少しばかり厄介ですね。《紅戒の呪爪(ヴェスペ=ヌヴァイ)》と合わせるとさらに」

 

《黒炉の魔剣》や《紅戒の呪爪》といえばユリスも名前を聞いたことがある。星導館学園が誇る純星煌式武装(オーガルクス)の中でも、トップクラスに強力な能力を秘めた純星煌式武装だったはずだ。

いや、そもそも純星煌式武装は《魔術師(ダンテ)》である雅とは相性が悪いはず。これまでも能力者で且つ純星煌式武装の使い手となった者は、おそらく十人といないはず。雅、おまえは一体__。

 

「しかし使い手が二流ではせっかくの純星煌式武装も宝の持ち腐れというものです。綾斗くん、あなたの闘いぶりは何度か拝見しましたが、正直に言ってこの学園においては凡庸の極みといったレベルですね。今はうまくやられましたが、百体を超える僕の人形たちを相手に何ができると__」

 

「__黙れ。不意打ちしかできないのはあなただろう、サイラス・ノーマン」

 

 

綾斗らしからぬ、底冷えするような声だった。

その迫力に気圧されるように、サイラスが一歩後ずさる。

それに追い打ちをかけるように雅が言い放つ。

 

「自分が優勢に立ってると思ってるのがそもそものテメェの落ち度だぜ、ヒヨッコ」

 

「ヒ、ヒヨッコ……い、言ってくれますね。でしたら試してみますか?」

 

サイラスが指を鳴らすと、居並ぶ人形たちが一斉に煌式武装(ルークス)を構えた。

 

「これだけの数をたった三人でどうにかできるというならやってみるがいい!」

 

四方から光弾が乱れ飛び、その合間を縫って剣や斧、槍といった煌式武装を持った人形たちが飛び掛ってくる。

しかし。

 

「__内なる剣を以って星牢を破獄し、我が虎威を解放す!」

 

 


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