学戦都市アスタリスク 闇に潜みし者として 作:RedQueen
「天霧辰名流剣術初伝__
剣閃らしきものが煌いたかと思うと、炎の花弁が十文字に切り裂かれる。
「なっ……まさか、
流星闘技とはマナダイトへ星辰力を注ぎ込むことにより、一時的に
正式には過励万能現象と呼ばれるものだが、一朝一夕でできるようなものではない。
それ相応の修練と、なによりも煌式武装の綿密な調整が必須とされている。
ユリスが戦慄に近いものを覚えた次の瞬間、炎の切れ目から現れた黒い影が一息で間合いを詰めていた。
「こ、このっ!」
反射的に迎え撃とうとしたユリスを、綾斗の鋭い声が打つ。
「伏せて!」
その意味をユリスが理解する前に、体ごと押し倒された。
息がかかるほどの距離に迫った綾斗の顔に、ドクンと心臓が跳ね上がる。
その瞳に宿る光が、別人のように真剣だったからだ。
「お、おまえ、なにを……!」
それでも抗議の声を上げようとして__思わず目を見開いた。
今までユリスが立っていた場所で、一本の光り輝く矢と黒の光を放つ銃弾がぶつかり消えたのだ。
どちらも実体ではなく、煌式武装が作り出したものだろう。
煌式武装は
「__どういうつもりだ?」
黒の銃弾はともかく、光の矢は明らかにユリスを狙った攻撃だった。
おそらく爆発にまぎれての不意打ちを目論んだのだろう。事実、どこから狙撃してきたにせよ、あのタイミングでは誰にも気付かれなかったに違いない。極めて不本意ではあるが、何者かの矢に対する狙撃か綾斗が助けてくれなければそれは完璧に成功していたはずだった。
「どういうつもりって……それは俺じゃなくて撃った本人に聞いてほしいな」
困ったように綾斗が答える。
持ち主も
「そうではない! なんでわざわざ私を__」
と、そこまで言って、はたと気付いた。
何者かがユリスの発展途上の膨らみを、思いっきり鷲掴みにしているのだ。
もっとも、何者かもなにもない。
今ユリスを抱きすくめるようにしてのしかかっているのは綾斗しかいないのだから、必然的にその手の持ち主も綾斗ということになる。
それを理解した途端、ユリスの顔がぼっと赤く染まった。
「……あ」
遅れてそれに気がついた綾斗も、あたふたと飛びのいて頭を下げる。
「ご、ごめん! いや、あの、俺は別にそんなつもりじゃ全然なくて!」
デジャヴであった。
「おお! なんだあの野郎、お姫様を押し倒してやがったぜ!」
「ひゅー! すげえ度胸だな!」
「情熱的なアプローチだわ!」
いつの間にか戻ってきていたギャラリーも勝手に盛り上がっている。
それがまたユリスの怒りに油を注いだ。
「お、お、お、おまえ……!」
ユリスの怒気に反応して、周囲に炎が吹き出す。
しかしその炎は次の瞬間には完全に消えてしまった。
ユリスがなにが起きたのか一瞬戸惑ったその時、ギャラリーの中から目もくらむような金色の髪をなびかせた一人の少女と、銃型の煌式武装を手にしている雅が現れた。
「お二人さん、残念ながらお楽しみ時間は終了~」
「そうですよ。確かに我が星導館学園は、その学生に自由な決闘の権利を認めていますが……残念ながらこの度の決闘は無効とさせていただきます」
「……クローディア、一体なんの権利があって邪魔をする?」
「それはもちろん星導館学園生徒会長としての権利ですよ、ユリス」
クローディアはにっこり微笑むと、自分の校章に手をかざした。
「赤蓮の総代たる権限をもって、ユリス=アレクシア・フォン・リースフェルトと天霧綾斗の決闘を破棄します」
「あ、あと俺との決闘もね」
クローディアが言うと、それまで赤く発光していたユリスと綾斗の校章がその輝きを失う。
「ふふっ、これで大丈夫ですよ。天霧綾斗くん」
「はぁー……」
「よかったな綾斗。これで今回の決闘とはサイナラだ」
雅はそう言って、綾斗に手を差し出す。その手をつかみ、立ち上がると今度こそなんとかなったと綾斗は額の汗をぬぐい、大きく息を吐く。
「ありがとうございます……えーと生徒会長、さん?」
「はい。星導館学園生徒会長、クローディア・エンフィールドと申します。よろしくお願いします」
三人はゆったりとした雰囲気だがただ一人、いかにも不満そうな顔でクローディアを睨みつける人物がいる。
「いくら生徒会長といえども、正当な理由なくして決闘に介入することはできなかったはずだが?」
「理由ならありますとも。彼らが転入生なのはご存じですね? すでにデータは登録されているので校章が認証してしまったようですが、彼らには最後の転入手続きが残っています。つまり厳密には、まだ天霧綾斗くんも、黒摩耶雅くんも星導館学園の生徒ではありません」
笑顔のまますらすらと説明するクローディア。
「決闘はお互いが学生同士の場合のみ認められています。だとしたら、当然この決闘は成立しません。違いますか?」
「くっ……!」
ユリスは悔しそうに唇を噛んだ。
言い返そうとしないところを見ると、どちらに理があるのかはわかっているらしい。
「はい、そういうわけですから、みなさんもどうぞ解散してください。あまり長居をされると授業に遅刻してしまいますよ」
その言葉に集まっていたギャラリーたちも三々五々に散っていく。
「あっ!」
そこで、綾斗はさっきの狙撃を思い出した。
ひょっとしたらユリスを狙った犯人がこのギャラリーの中にいるかもしれない。
だとしたらこのまま帰してしまうのはマズい。
「あの、ちょっと待っ……!」
そう思って声を上げかけた綾斗の肩を、ユリスがつかんだ。
「捨て置け。どうせもうとっくに逃げている」
「ユリスの言うとおりだぞ綾斗。矢を撃った本人はギャラリーが解散するとっくの前に、な」
「それに《冒頭の十二人》が狙われるのは別に珍しいことではない」
「ええ、残念ながらそういうケースは少なくありません。ですが、今回のはさすがにやりすぎです。決闘中に第三者が不意打ちで攻撃をしかけるなど言語道断。風紀委員に調査を命じましょう。犯人が見つかり次第、厳重に処分いたします」
へえ、クローディアさん気付いてたんだ。あの大勢の中から矢が見えたってことはこの人も相当な人物なんだな。
「ところで……先ほどは、その……あ、ありが、とう」
と、ふいにユリスがばつの悪そうな顔で綾斗に向き直った。
先ほどというのは、その不意打ちからユリスをかばった件のことだろう。
「ああ、うん、それはいいんだけど……もう怒ってない?」
思いのほか柔らかかった感触を思い出しつつ、おそるおそるたずねてみれば、ユリスは頬をわずかに染めながら視線をそらす。
「それは__まあ、怒っていない、こともないが……助けてくれたのは確かだからな」
いまいち釈然としない表情だったが、それでもしっかり綾斗に向かって頭を下げる。
「おお、これはまさしくあれですなー、クローディアさん?」
「ええ、そのようですね、雅くん?」
綾斗とユリスをよそに二人は不自然に笑みを浮かべていた。
「私とて、あれが不可抗力だったことくらいはわかる」
確かにハンカチを届けた時とはケースが違う。
実際、綾斗にとってもあれはギリギリのタイミングで、余計なことなど考えている余裕はなかった。いくら星辰力が防御力を高めてくれるとはいえ、不意打ちではそれもままならないからだ。
「だから、今後のことは貸しにしてくれていい」
「貸し?」
「ああ。わかりやすいだろう?」
「まったく相変わらずですね、あなたは」
「綾斗も少し、いや、だいぶ鈍感だからな」
クローディアはややあきれた様子で言った。
「もう少し素直になったほうが生きやすいと思いますよ」
「大きなお世話だ。私は十分素直だし、これで人生になんの支障もない」
「あら、でしたらタッグパートナー探しのほうもさぞかし順調なのでしょうね?」
「う……そ、それは……」
ユリスは言いづらそうに視線を落とした。
なんともわかりやすい。
「《鳳凰星武祭》のエントリー締め切りまであと二週間。あまり余裕はありませんよ」
「わ、わかっている! それまでに見つけてくればいいんだろう!」
ユリスはくるりと背を向け、肩を怒らせて寮へ戻っていく。
「あ、いや、雅。少しだけ後で話に付き合ってくれないか?」
「え、あ、ああ、わかった」
「でしたら私と綾斗くんは先に生徒会室に向かっていますわ」
クローディアはそう言って、綾斗と共に校舎に入っていった。
ユリスはそれを見届けると、少し間をあけてから言葉を発した。
「雅、おまえは何者だ?」
とうとう休みが明け、猛勉強期間開始。
仕方がないことだけど、頑張るしかいけない……のか。
精神崩壊しない程度に頑張りたいと思います。
「自分よ、ガンバレ!」