学戦都市アスタリスク 闇に潜みし者として 作:RedQueen
二人が男子寮についた頃には、あたりはすっかり暗くなっていた。
女子寮とは校舎を挟んでちょうど反対側。あちらがクラシックな欧風式の造りだったのに比べて、こちらはごく普通のマンションタイプだ。
「えーと、二一一号室だったっけ」
「その部屋は……二階の角部屋…だな」
今度はしっかりと案内図を確認してから部屋に向かう。
棟が分かれているとはいえ、共有階には中等部や大学部の学生の姿もあってなかなかに新鮮だ。すれ違う学生がことごとく好奇の目で見てくることには面食らったが、綾斗はもう開き直ってにこやかに手を振って応え、雅は少々の笑顔と会釈で済ました。
二一一号室には、真新しいネームプレートの「
「よう、おかえり。遅かったじゃん」
「ちょっといろいろあってさ」
「うん。いろいろと」
一応ノックをしてから自室の扉を開けると、ベットに寝転がっていた
「へぇ、思ってたより広いんだなぁ」
「けど、三人となると狭くも思えるような。それに基本的に二人部屋なんだろ。矢吹、本当に二人も加わっていいのか?」
「いいっていいって。面白いやつなら大歓迎だ」
いまだに寝転がったまま、矢吹は答えてきた。
おおよそ十畳程度の室内には最近設計されたような新品の二段ベッドと二つの机。
それぞれの下ろしたてのシーツの上にはバッグが一つ無造作に置いてある。上段のほうはバッグに加え小さい古びた小箱がある。先に送っておいた荷物だろう。
「おまえら荷物はそれだけなのか? 少ないな」
「着替えくらいなものだから。矢吹こそあんまり物を置いてないんだね」
英士郎の机には手書きのメモが貼り付けられていたり書類らしきものが山をなしていたが、それ以外はいたって簡素なものだ。
「無趣味なもんでね。部活動くらいしかやることがないのさ」
「ああ、そうだ。その新聞部殿に聞きたいんだけど、レスターって男子学生はどんな人なんだい?」
「レスター? レスター・マクフェイルか?」
「うむ。鍛えられた筋肉は凄かったなぁ、俺も少しは彼を見習わないとな。序列も九位入りだし、目力も相当なもんだったし」
「見習うか見習わないかは知らんが、それなら間違いない。《
英士郎は上半身だけ起こすと携帯電話を操作して空間ウィンドウを呼び出した。
そこに映し出されたのはまさしくさっき二人が会った大柄な男子学生だ。
「レスター・マクフェイル。星導館学園一年で序列九位の《
「おおー、すごいな」
「ま、このあたりは普通にネットで拾える情報だけどね。これ以上のが欲しいってんなら、そっから先はまた別の話だ」
「と言うと?」
「これが必要ってことさ」
英士郎は人差し指と親指で丸を作ってみせた。
「お金を取るの!?」
「おいおい、当然だろ。この学園の生徒は__というより他所も大体似たようなもんだから、このアスタリスクにいる学生はだな、大きく二種類に分けられるんだ。一つはお姫様たちみたいに本気で《
「……矢吹は諦めてるのか、《星武祭》?」
「おうよ。同じ《
「それって、放課後矢吹が呼び出されてたやつなのか」
「そのとおり。《星武祭》以外のやりがいなり楽しみなり稼ぎ方なりを見つければいい。それがおれの場合は新聞部なわけだ」
「しかし、部活動で収入があるのか? あったとしても少しぐらいじゃないのか」
学生のクラブ活動からはどうにも「稼ぐ」というイメージがわかない。
「おいおい、失敬だな。こういっちゃなんだが、かなりなもんだぜ? おまえさんらもネットなりテレビなりでアスタリスクの映像を見たことあるだろ。あの手の映像で学園内が舞台だったら、まず学生の報道系クラブが撮影したもんだと思っていい。外部の報道機関は協定によって学園の敷地内には入れないからな」
それを聞いてピンときた。
「ははぁ、なるほど……。つまり矢吹たちはそういった映像なり情報なりを、外の報道各社に売っているわけか」
「そういうこった」
英士郎はにんまりしながら指を立てる。
「手に職をつけてるやつらは他にも多いんだぜ。クラブでいえば煌式武装のカスタマイズを請け負ってる落星工学研究会なんかは、装備局よりずっと腕がいい。ま、さすがに六学園随一の技術力を持つアルルカントとは比べられないけどな。あとは大きな声じゃ言えないが、学園内での決闘に関して開かれる賭場の多くは学生が胴元だ」
「……そういうのって学園側が取り締まったりしないの?」
「まあ、普通は取り締まられるだろうな。此処が普通な場所、ならだけど」
二人には学生の領分を逸脱しているのではないかと思えたのだが、英士郎は立てた人差し指を小さく振った。
「ちっちっち。今の世の中、金が動くのに文句をいうやつはいないさ。そもそも学園の上にいるのは統合企業財体なんだぜ?」
統合企業財体は経済活動が活性化し、発達することを最重要視している。
そのためにはお金が流動することが必須となるので、消費活動は世界的な風潮として推奨されていた。
このアスタリスクもそうした土台の上に成立しているのだ。
「それから……そうだな、簡単なとこでは有力学生の取り巻きになるってのもあるな。特に《
「ああ、それってレスターにもいた二人のことか?」
雅はレスターの後ろに控えていた二人の学生を思い出した。
「あー、こいつらか?」
英士郎が端末を操作すると空間ウィンドウがさらに二つ展開される。
片方は痩せ気味、もう片方は小太りの男子だ。外見は対照的な二人だったが、その卑屈そうな目つきだけはよく似かよっていた。
「そうそう、この人たちだ」
「痩せてるほうはサイラス・ノーマン。一応《
「本当にぽんぽん出てくるんだね……」
「さすが新聞部。情報に関してのことはスペシャリストだな」
二人は正直閉口していた。
有力学生の情報だけならともかく、その取り巻きまで把握しているというのは並大抵ではないはずだ」
「へっへっへ、恐れ入ったか?」
英士郎はウィンドウを閉じると、そのまま勢いをつけてベッドから飛び降りる。
「さってと、そんじゃそろそろ飯にしようぜ。食堂まで案内してやるよ」
「その前に、レスターについてもう一つ聞かせてほしいんだけど」
「お?」
「彼、ユリスとなにか因縁でもあるのかな?」
その質問に英士郎は嬉しそうに笑った。
「なるほどねぇ。なんでいきなりレスターの話を聞きたがるのかと思ったら、そういうことか。おまえさん、本気であのお姫様狙いなんだな」
「綾斗は昔っから好意を持った相手の情報は掴んでおきたい性分だからな」
「ちょっ、変なことを、って矢吹何メモってんの!?」
雅の言い分は完全に間違っているが、あの少女がなぜか気になることは確かだった。
「ははっ、いいってことよ。ただし、さっきも言ったがこっから先は有料だぜ?」
「俺は払わ__」
「もちろん、雅にも払ってもらうからな?」
「はっ、にんで俺も__」
「も・ち・ろ・ん。払ってもらうからな。まあ綾斗よりかは安くすむからさ」
「わ、わかりましたよ。ったく、しゃあねえな」
仕方なくうなずいた雅を待って、英士郎が再び空間ウィンドウを開く。
今度は動画だ。画面では炎を駆使して戦う少女が華やかに舞っている。
それに対するは巨漢の男子。身の丈ほどもある巨大な戦斧を振り回してはいるが、一見しただけでもその劣勢は明らかだった。
「こいつは去年の公式序列戦だ。当時レスターは序列五位。お姫様は序列十七位だった」
「ということは……」
「そう、勝ったのはお姫様。これで晴れてページ・ワン入りした記念の試合さ」
「一方、レスターにとっては屈辱の試合ってことか」
「そうなるな。実際レスターはこの後も公式序列戦で二回お姫様に挑んで、見事に負けている」
公式序列戦とは一ヶ月に一回開かれる学園選抜試験だ。
決闘は双方の合意が不可欠なので、闘うことを拒否し続けることができる。一度上位にランキングされた学生がその地位を守ろうと逃げ続けることを防止するため、こうして一ヶ月に一度は闘わなければならない仕組みになっているのだ。原則として、公式序列戦では序列が下位のものから指名された場合拒否することはできない。
「もっとも同じ相手、同じ序列へ指名できるのは二回までだ。そうでないと八百長もできちまうからな」
「__ああ、だからレスターはあんだけユリスとの決闘にこだわってるのか」
「レスターはプライドが高いし、気性も激しい。どうしてもやり返さないと気がすまないんだろう……無理だとは思うがね」
英士郎はそう言って端末をポケットにしまった。
「おまえさんらはどう思う?」
「さっきの映像を見る限りじゃ、勝ち目がないわけでもないと思うよ」
「運も実力のうち。そのうちに勝てるときがあるかもな」
相性は悪いが、それでもレスターの強さはかなりのものだ。勝負は時の運もあるし絶対はない。
「ただ__目が違う」
「ほぉ」
ユリスの瞳はレスターを見ていなかった。
あれはもっと遠くの、遥か遠い場所を見定めている目だ。
一方でレスターはユリスしか目に入っていない。
あれではきっと、レスターがユリスに及ぶことはないだろう。
__そして綾斗にはユリスと同じような眼差しに、確かな覚えがあった。
「ありがとう、矢吹。で、情報料っていくらくらいかな?」
「お願いだから安く頼むぜ、矢吹さんよ」
特待生なので入学金も学費も無料の二人だったが、それほど資金に余裕があるほうではない。なにしろ綾斗の実家はほとんど潰れかけているボロ道場だ。雅は実家どころか記憶も失っていたところを当時の綾斗に出会し、道場で共に育った。
小遣い程度はバイトでどうにかしていたが、それとて節約しないといつまで持つかわからなかった。
「おしっ、んじゃ今度こそ飯だ飯! 行くぞ、天霧! 黒摩耶!」
しかし英士郎は綾斗、雅の首にがしっと腕を回すと、そのまま引きずるように部屋を出る。
「わわっ! ちょ、ちょっと矢吹」
「乱暴過ぎんだろ、おまえ」
「うちの学食は和食か洋食か選べるんだが、おまえさんらはどうする?」
「え、ええっとじゃあ和食で……」
「……俺は洋、いや、やっぱ和食で」
「和食なら今日の献立は鰆の幽庵焼きに厚揚げ豆腐、大根と竹輪の煮物だったな……。よし、じゃあ厚揚げ豆腐と煮物をもらっとくぜ」
「……は?」
「転入祝いだ。今回はそのくらいで勘弁しといてやるよ」
英士郎はニヤリと笑うと、首に回した手をほどいて二人の背中を軽く叩く。
「どうだ、おれっていいやつだろ?」
「自分で言わなきゃ、もっとね」
「そうそう。言わなきゃ、な」
二人は苦笑して、その背中を叩き返した。