学戦都市アスタリスク 闇に潜みし者として 作:RedQueen
「ふわぁ~あ、眠い眠い……おはようさんっと」
大あくびをかましながら英士郎が無造作に扉を開く。
二度寝でも寝足りない英士郎とこれまた眠たそうな雅に綾斗は呆れつつ教室へと入る。
すでに大半の席は埋まっている。あちこちでわいわいと雑談に花が咲いているようで、一見すれば普通の学校と変わらない光景だ。
なんだかんだ言って出席率はちゃんとしているあたり、この学園の生徒も根は真面目なのかもしれない。
「おはよう、ユリス」
「おはよ~」
「……ああ、おはよう」
朝の挨拶をかけると、頬杖をついたままのユリスが短く返してくる。
__が、その瞬間クラスの喧騒がピタリと収まった。
「お、おい、今の聞いたか……?」
「……あ、あのお姫様が挨拶を返しただと……!?」
「聞き間違いじゃないよね……?」
「あいつら、一体どんな魔法使いやがった……!」
「いやまて、そもそもあれは本物なのか……?」
一転してざわめきだしたクラスメイトたちに、ユリスがバンと机を叩いて立ち上がる。
「し、失敬だな貴様ら! 私だって挨拶くらいは返す!」
ユリスは憤懣する方なしといった表情で宣言したが、ざわめきが収まる様子はない。
余程意外なことだったのだろう。
これだけでも普段ユリスがどのような立場にあるのかわかろうというものだ。
(さすがお姫様、朝っぱらからお元気なことで。これをきっかけに親睦を深めるとかいいんじゃねぇか)
雅は内心そう考えながら席につく。すると、昨日空席だった前席が埋まっていることに気がついた。
青みがかった綺麗な髪の女の子が、机に突っ伏すように寝息を立てている。
まさか昨日の今日でまた転入生ということはないだろうから、昨日は休んでいただけなのだろう。
雅は挨拶をかけるかどうか迷う。
寝ている間に声をかけられても迷惑かもしれない。
どうしたものかと悩んでいると、ちょうどその女の子がむくりと顔を上げた。
おっ、ナイスタイミング。
「おっはよ、美少女ちゃん。俺は昨日君の隣の天霧ってやつとこの学園に転入してきた黒摩耶み__」
しかし雅は最後まで口にすることができなかった。
「……え?」
その女の子の顔を見た途端、ぽかんとした顔のまま固まってしまったからだ。
「さ、紗夜…なのか?」
「……」
当の女の子は無表情に綾斗と雅を交互に見つめていたが、やがて小さく首を傾げてぼそりとつぶやいた。
「……綾斗? と、雅?」
「えええっ! な、なんで紗夜がここに!?」
「まじかよ! 久しぶりだな、紗夜」
間違いない。
驚きのあまり立ち上がった綾斗と、目を丸くして驚いている雅を見て目を輝かせた英士郎が身を乗り出した。
「なんだなんだ。おまえら知り合いなのかよ?」
「ま、まあな……知り合いというよりかは……幼馴染、かな」
「幼馴染ぃ?」
英士郎は疑わしそうに二人を見比べる。
「だったらなんでうちの生徒だって知らなかったんだ?」
「いや、幼馴染って言っても、紗夜が海外に引っ越して以来だから……もうかれこれ六年ぶりくらいになると思う」
「へー……そのわりに、こっちの反応は薄いようだぞ」
確かに紗夜は今なお少しも表情を変えていない。
「んー、そうは言っても昔からこんな感じだったからなぁ。これでもきっと驚いてる……はず。きっと」
「うん、たぶん、すごーく驚いてると思う。たぶん」
「本当か?」
「……うん。ちょおビックリ」
「……いや、全然そうは見えないけどな」
ピクリとも眉を動かさない紗夜に、英士郎が力なく突っ込みを入れた。
「でも、本当に久しぶり。元気だった?」
こくりとうなずいて返事をする紗夜。
「だが、それにしても変わんねぇな、紗夜は。なんか昔のまんまっつうか……」
すると、今度はふるふると首を振る。
「……そんなことない。ちゃんと背も伸びた。それにしても雅こそ変わりすぎ。昔は泣き虫で臆病、いつも綾斗の後ろにいた。でも今は雰囲気が全然違う」
「ん、そ、そうかな……ってか、昔の話はやめてくれ。トラウマしかねえわ、ほんと。」
雅は昔のことを思い出し、ぐったりとした物言いで言う。
そして、二人は偶然の再会を果たした幼馴染をまじまじと見つめた。
目はくりくりと大きく、顔立ちはあどけない。身長は最後に別れたあの日からほとんど変わっていないように見えるくらいなので、小学生と言っても十分に通用するだろう。表情がほとんど変わらないので、良くも悪くも人形のような可愛らしさがあった。
「やっぱりあんまり変わってないような……」
「違う。綾斗達が大きくなりすぎ」
すると紗夜はぷくっと頬を膨らませる。
「……でも大丈夫。私の予定では来年くらいには今の綾斗くらいにはなってる。二人もまだ背は伸びるだろうから、ちょうど釣り合いが取れるはず」
いや、無理だろ。綾斗と紗夜……三十センチ近くはあるぞ。
「しっかし世の中狭いもんだ。運命の再会ってやつかもな」
「運命の再会……。うん、矢吹はいいこと言う」
ぐっとサムズアップする紗夜。
こういうノリの良さも昔と変わってないんだな。
「そういえばおじさんたちは元気かい?」
紗夜の父親は落星工学の科学者__それも
「……元気すぎるくらい。自重して欲しい」
「その言い方だと相変わらずなんだろうな」
紗夜の父親に対する二人のイメージは、ずばり「マッドサイエンティスト」だ。
子どもの頃に遊びに行った沙々宮家で、研究室にこもって高笑いをしていた姿が思い出される。雅が恐怖のあまり泣き出すくらいだった。
聞くところによるとかなり優秀な人らしいが、性格に難ありという評価で仕事先を転々としていたらしい。
「私がここに来たのも、お父さんがそうしろって言ったから」
「おじさんが?」
紗夜は制服のホルダーから煌式武装の発動体を取り出した。
グリップ型の発動体が起動し、一瞬で大型の自動拳銃が現れる。その一連の動作にはよどみがなく、かなり手慣れていることをうかがわせた。
「お父さんの作った銃、宣伝してこいって」
「宣伝って、そんな理由で……」
「あの人らしいといえばそうだけど……」
命のやり取りをするわけではないとはいえ、アスタリスクは決して安全な場所ではない。娘を宣伝に使うために寄越したとなれば、あまり良いこととは思えなかった。
「うんにゃ。そう馬鹿にしたもんじゃないぜ。ここで有名になれば宣伝効果は計り知れないからな。実際、ここの運営をやってる統合企業財体だって半分はそれが目的みたいなもんだ」
英士郎が割り込んできてそう説明する。
「でも、紗夜はそれでいいのか?」
「私は私で理由があった。だから平気」
そんな雅の心配をよそに、紗夜はけろりと答えた。
「ほほう。で、その理由とは?」
英士郎はすっかり取材モードになっているようで、メモ帳を片手に真剣な表情だ。
「それは秘密」
そう言いつつも紗夜はチラリと綾斗を見た。
「でもその理由の半分は、もう……」
「ほほう」
英士郎はそれだけで察したらしい。
「そういや沙々宮は入学早々に外出許可申請を出してたよな。あれ、どうなった?」
アスタリスクは一応日本の領土内に位置しているものの、完全な治外法権エリアとなっている。そのためアスタリスクから出る場合には、正当な理由と所属学園の許可が必要だった。
「……まだ許可が下りてない。それがなにか?」
「いんや、もう必要なくなったんじゃないのかと思っ__」
英士郎がニヤニヤしながらそこまで言いかけたところでピタリと口をつぐんだ。
なぜなら紗夜がその喉元に銃口を突きつけていたからだ。
「……無粋な勘ぐりはやめたほうがいい」
「おーらい。了解した。ごめんなさい。すいません」
ぐりぐりとあごを銃口で押し上げられ、両手を上げて降伏する英士郎。
「なんだかよくわからないけど、紗夜は意外と過激だから気をつけたほうがいいよ」
「そのうち不意に撃たれるかもな……」
「そういうことはできれば先に言ってくれ」
「おらおら、さっさと席につけ。ホームルームはじめっぞ」
そうこうしていると匡子が眠そうな顔で教室に入ってきた。
引きずるように持った釘バットが床にぶつかり、がちがちと耳障りな音を立てているのが相変わらず無駄に怖ろしい。
「おらそこ、教室で得物振り回してんじゃ……って沙々宮じゃねーか」
「……おはようございます」
「てめー、昨日はなんで休みやがった。聞いてやるから言ってみろ」
ずかずかと紗夜の前までやってくると、匡子は腕組みをして見下ろした。
「……単に寝坊」
「はっはっはー、そうか寝坊かー」
がつん。
「……痛い」
「アホ! これで何度目だと思ってやがる! 次の休日は補習だからな!」
げんこつをもらった紗夜は相変わらずの無表情だったが、少しだけその目に涙がにじんでいる。
「あはは、朝が弱いところも変わってないみたいだね」
「……お布団には勝てない」
「それは同感だな」
「……」
そんな綾斗と紗夜のやりとりを、隣の席からどこか面白くなさそうな顔でユリスが見ていた。