IS インフィニット・ストラトス ~天翔ける蒼い炎~ 作:若谷鶏之助
早いもので、もう四月も下旬になる。翔たちが入学してから三週間が経とうとしていた。
そんな中、一人の少女がIS学園の前に立っていた。
「ここがIS学園……良さそうなとこじゃない」
少女は、小柄な体に似合わないボストンバッグを肩に担いでいる。その髪は黒く、長い髪は左右で結われていて、所謂ツインテールと呼ばれる髪をしていた。どこか幼さの残る顔立ちに、きりっとしたつり目。東洋人であることは簡単に分かるが、日本人であるかと言われればそれはノーだ。彼女は
「あいつ、元気かな……」
彼女の言う「あいつ」とは、今話題の男性IS操縦者の一人だ。元気なところしか見たことがないから、まず間違いなく元気なのだろうが、こう言ってしまうのは、何と言うかお約束というやつである。中学生のときは仲良くしていたから、また会えるのは嬉しい。
「……あ、あれ?」
ふと寮の前を見ていると、和服を着て素振りをする異様な「男」を発見した。男は明らかに「あいつ」では無い。それに、本来IS学園に男はいないはずである。これは間違いなく男性IS操縦者の二人目だ、と彼女は確信した。
面。胴。小手。突き。その男の素振りの動きは力強く、それでいて無駄な動きが一切ない洗練された動きで、剣道など名前だけしか知らない彼女でも美しく感じるほどのものであった。
「へぇ~、なかなかカッコいいじゃない」
二人目の男性IS操縦者というからどんな人物かと興味を持ったものだが、思った以上に好印象だ。彼女が素直にそんな印象を抱くのも何ら不思議ではない。その人物は、彼女の気になる「あいつ」の無二の幼馴染なのだから。
「それにしても、受付ってどこなのよ……!」
少しイライラしながら、事務室らしき場所を探すが、見つからない。地図もあるにはあるがよく分からない。生来ガサツな性分な彼女には、紛らわしい学園の地理は天敵だった。
「あ、いたいた。探しましたよ」
そう言って彼女に声をかけたのは、一年一組副担任の山田真耶先生であった。
先生に会えた。とりあえずはなんとかなりそうだ。彼女はほっと安堵して、まだ見ぬ「あいつ」に思いを馳せた。
「ようこそ、
彼女の名前は、凰鈴音。中国の代表候補生。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「というわけでっ! 織斑一夏くんクラス代表就任おめでと~っ!」
「おめでと~っ!」
パパパンッと勢い良く爆ぜるクラッカー。一夏はそのテープをいっぱいに受けて、非常に沈んだ表情をしていた。一夏にとっては、華やかなテープも鉄の鎖同然だろう。原因は俺とは言え、同情を禁じ得ない。
わざわざ言わんでも分かると思うが、今寮の食堂で一年一組のクラス代表就任パーティーが行われている。何故だか知らないが明らかに一組のクラスメイトではない人が多数いらっしゃる。敬語で話している人がいる辺り、先輩の方々もいらっしゃるのだろう。
「いやー、これでクラス代表対抗戦も盛り上がるねえ」
「ほんとほんと」
「ラッキーだったよねー。同じクラスになれて」
「ほんとほんと」
おい、そこの相槌売ったやつ、ちょっと待て。お前は二組の人じゃないのか。いいのかそれで。
「人気者だな、一夏」
箒が不機嫌そうに言った。一夏に惚れている箒のことだ、一夏が人気なのは気に入らないのだろう。
「……本当にそう思うか?」
「ふん」
一夏は鈍感、箒はヤキモチ、と。いつも通りの構図に安心感すら覚える。
ちなみに、俺はと言うと、両サイド(ちなみに右はセシリア)から女性に寄られて心中穏やかではなかった。その距離はもはや五十センチもない。はっきり言おう。冷静に状況判断して、ツッコミをしている場合ではない。
「天羽君って本当に強いんだね! 織斑君とオルコットさんとの試合、すごかったもん」
「……どうも」
女性に囲まれた状態では、こんな気の利かないことしか言えない。ああ、頼むから一刻も早くこの場から出して欲しい。
「(翔さん、がんばってくださいな)」
こそこそとセシリアが俺に言った。地味に距離が縮まったのを俺は敏感に感じ取り、近づいた分だけ体温が上がってしまった。セシリアの場合俺が女性が苦手なのを知っている。なのに何故寄ってくるのだろうか。
もしかして慣れる訓練のつもりなのか? だったら余計なお世話だと言わせてもらおう。
「(そう思うなら離れてくれ、頼む)」
何にしても、限界だ。
むぎゅっ
「――っ!?」
と思ったら突然セシリアに思いっきり足を踏まれた。な、何故……!?
「純情を弄んだ罰ですわ」
「…………」
セシリアが怒って言うが、何故怒っているのか俺にはまったく検討もつかない。声をかけても、セシリアはぷい、とそっぽを向いたまま。とりあえず謝ったが機嫌を直してもらえないらしい。困ったものである。
最近どうもセシリアが不機嫌になることが多い。俺といるときはにこにこしているが、俺が誰かと話していると途端に不機嫌になる。特に箒と話しているときにそれが顕著だ。俺が何をしたというのだ。
「はいはーい、新聞部でーす。話題の新入生、織斑一夏君と天羽翔君に特別インタビューをしに来ました~!」
オーと盛り上がるクラスメイトプラスアルファ。
インタビューだと? やめてくれ、本当に。
「あ、私は二年の
俺と一夏に名刺が配られた。「二年、整備課、新聞部」という肩書きが書いてあり、デザインも立派なものである。黛薫子、覚えておいて損はない名前かもな。
「ではではずばり織斑君! クラス代表になった感想を、どうぞ!」
押し付けられたボイスレコーダーに困惑しつつも、一夏が答えた。
「まあなんというか、がんばります」
無難に平凡を足してさらに二乗したような答えだ。俺でももう少しマシなコメントをするぞ。
「え~。もっといいコメントちょうだいよ~。 俺に触るとヤケドするぜ、とか!」
えらく恥ずい。前時代的すぎる。一瞬考え込んだ一夏が、ぽんと手を叩いて言う。
「自分、不器用ですから」
……お前もだぞ、一夏。
「じゃあまあ、適当にねつ造しておくからいいとして」
いや、ダメだろう。どこがインタビューだ。
そんな俺の心中のツッコミを他所に、ボイスレコーダーは俺の方を向いた。
「次は天羽翔君! あれだけの実力があるにも関わらず、クラス代表を譲ったその真意は!?」
ずい、とボイスレコーダーが迫る。面倒だった、と言えば一夏に殴られそうなので適当に理由をつけることにした。
「一言で言えば、一夏のほうが適任だと思ったからです。そもそも――」
「じゃあ面倒だったからってことで。敗者は黙って勝者に従えってことね」
「…………」
おかしい。ねつ造されたはずなのに、何故か真実が暴露されている。
「最後に、代表候補生のセシリアちゃんにもコメントを頂いておこう!」
「承知しましたわ」
待ってました、と言わんばかりにセシリアが話し出す。英国貴族たるセシリアには、人前で話すことなど何でもないはずだ。
「一夏さんなら、ちゃんとクラスをまとめてくれると思っていますわ。わたくしとしても代表決定戦は得たものが多かったと――」
「長くなりそうだからカット」
……滅茶苦茶だ。セシリアがバン、とテーブルを叩いて立ち上がる。
「最後まで聞きなさい!」
「じゃあ適当にねつ造しておくね~。織斑君に惚れたってことにしておこう」
「困りますわ。やめてください」
セシリア、露骨に嫌そうな顔で即答してやるなよ。一夏がショックを受けているではないか。
「は~い、じゃあ三人で並んでー。写真撮るねー」
俺と一夏とセシリアの、一組専用機持ちの三人だ。
「あの、撮った写真は頂けますわよね?」
「そりゃもちろん」
それなら、とセシリアは納得した様子だ。
「それじゃあさっさと並ぶ」
黛先輩に言われるまま、俺たちは並ばされた。強引なやり口だが、言い返そうと思わないのは、言われる前にやる行動の早さが理由のようだ。
黛先輩はクラス代表の一夏をセンターにしたいらしいが、セシリアが何故か断固拒否して聞かないので、俺がセンターになることに。今回は黛先輩の方が正しいと思うんだが。
「セシリア」
「なんですの?」
「ち、近い」
おかしい。三人で撮るはずなのに、俺とセシリアの距離が異常に近い。俺の肩とセシリアの髪が触れている。
い、いかん。そろそろ汗が……。
「じゃあ撮るよー。35×51÷24は?」
知るか。
「え、えっと……2?」
「ぶー。74.375でしたー」
だから知るか、と。
パシャッ、とシャッターが切られた。
「な、なんで全員入ってるんだ?」
一夏の疑問は尤もだった。一組メンバープラスアルファは恐るべき行動力でもって写真に入っていた。まさかの箒までもが。
「そりゃ、ねえ。セシリアだけうちの男子独り占めなんてダメでしょー」
「ほんとほんと」
いやだからお前は二組の以下略。
結局この「織斑一夏代表就任パーティー」はまだまだ続き、ついに時刻は十の文字を過ぎていったのであった。至近距離に女性が居続けた結果、俺の精神力は尽きた。後から一夏に聞いたが、そのときの俺は干したスルメのようであったという。
ちなみに、セシリアと箒は始終不機嫌だった。箒は分かるがセシリアは何故だ? 俺が何をしたというんだ、本当に。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「織斑君、天羽君おはよー」
「ああ、おはよう」
朝、席に着いたら女子が話しかけてきた。俺もこの何週間かで挨拶ぐらいはできるようになった。進歩したものである。
「ねえ、転校生の噂聞いた?」
転校生? 聞いたことがない。一夏の方を見たら、一夏も首を横に振った。しかしこの時期にか。編入してくるなんて、なかなかのやり手だ。しかもここはIS学園だぞ?
「なんでも、中国の代表候補生らしいよ」
「中国、ねえ……」
一夏には何か思い出すものがあったのだろうか、感慨深そうに呟いた。
「このクラスに編入してくれるわけではないのだろう? 騒ぐほどのことでもあるまい」
箒は一夏が他の女子を気にしているのが嫌なのか、今日も不機嫌そうだ。箒が機嫌の良さそうなときは少ないな、本当に。
「どんなやつなんだろうな」
「……気になるのか?」
「まあな」
箒はふん、と一夏から視線を窓の空へと向かわせる。またヤキモチか。本当に一途だな、箒。
「おはようございます、翔さん」
セシリアがにこにこした表情で挨拶をしてきた。すっかり機嫌は直ったらしい。よかった。セシリアにも転校生の話が行くと、セシリアは顎に手を当て考え込む。
「転校生ですか……。わたくしの存在を危ぶんでの転校かしら?」
……俺は違うと思うな。
「そういや、クラス
そう言えばそうだった。
ちなみに、クラス
食のために死ぬ気になる気持ちはよーく理解できるが、正直俺にとってはむしろ女子の凶暴化による弊害の方が大きい。
言っていなかったが、俺はそれほど甘いものは得意ではない。食堂の定食なら死ぬ気だったのだが。
「まあ、やれるだけやってみるさ」
一夏らしい、しっかりとした言葉だった。頼もしい限りだな。必殺技も完成しつつある。
「織斑君、がんばってね!」
「フリーパスのためにもね!」
「今のところ専用機を持ってるクラス代表って一組と四組だけだから、余裕だよ」
当然ながら、クラス
「――その情報、古いよ」
突如、教室の外から声が聞こえてきた。聞き覚えの無い声である。
「二組も専用機持ちがクラス代表になったの。そう簡単には優勝できないから」
小柄な体に、ツインテールの髪の毛。勝気な印象を与える瞳。誰だろうか。全く知らない。
「鈴……? お前、鈴か?」
一夏は誰だか知っているようだ。その少女を指差し、驚いた顔で見ている。
「そうよ、中国代表候補生、凰鈴音。今日は宣戦布告に来たってわけ」
凰鈴音と名乗る少女は、不敵に笑った。
俺には確かに、また波乱が起こる予感がしていた。