IS インフィニット・ストラトス ~天翔ける蒼い炎~   作:若谷鶏之助

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 時間が時間だ、足早に歩いて実際に倉庫の裏へと来た俺。

 未知の場所へ初めて踏み込むとき、不安感と同時に不思議な高揚感がしないだろうか。そんな特有の期待感に急かされながら、倉庫の裏を覗き込んだわけだが……。

 

「…………」

 

 結論から言って、何もなかった。手入れされていない芝、というか雑草の生い茂る空き地といった風景。当然、門限直前のこの時間に誰かいるわけもなく。人以外に何か特別なものがあるわけでもない。何の変哲もない、ただの空き地であった。

 

(……気のせいか)

 

 何か引っかかるような感覚を覚えて、この場所へ来たのだが。どうやら完全に気のせいだったらしい。無駄足だったことを確信して立ち去ろうとした俺だったが、踵を返す寸前、視界の奥に人影が見えた。

 

(誰かいるのか? こんな時間に? ……まさかな)

 

 一瞬ありえないと考えたが、それを見間違いと判断することはできず、俺は振り返った。

 やはり、そこに人影はあった。俺は幽霊だとか、そんなオカルトは信じない。あれがそういった類のものではないとするならば、あれは人間以外の何者でもない。

 ゆっくり距離を縮めていくにつれて、その人物の容貌がはっきりしてくる。背が高い、ぱっと見て一七〇センチは越えているだろうか。長い黒髪を風に流す後ろ姿……どうやら女性らしいが、黒のコートに身を包んだ風貌は、どう見てもIS学園の関係者といったなりではなく、明らかに怪しい。

 あれが外部の人間ならば、どうやって学園に忍び込んだのか、問い質す必要がある。蒼炎のイメージを固めておき、いつでも呼び出せるようにしておきながら、俺は一歩一歩と近づいていく。

 ついに、その人物との距離は五メートルほどの距離まで迫った。目の前の怪しげな人物は、俺の気配に絶対気づいているはず。しかし、特別何かのアクションを起こそうとしているようには見えず、じっと遠くを見つめていた。風が止み、辺り一帯が静寂に包まれたそのとき、俺は口を開く。

 

「誰だ。ここで何をしている」

 

 俺はわざと声を低くして問いかけた。首にかかったリングとチェーン、相棒の蒼炎は既に展開準備が完了している。もし即座に逃走を図ったとしても、ISで追撃すれば必ず追いつけるだろう。

 相手から返答があることは期待していなかったが、意外にも反応があった。

 

「――いいところですね、ここは」

 

 澄んだ声が返ってくる。その瞬間、俺の心臓がどくんと脈打った。

 

「……な、んだ……」

 

 声からしても、女性と断定して良さそうだが、もうそんなことはどうでもいい。

 何なんだ、この胸騒ぎは! 奥から湧き上がる、体が震えるほどの強烈な鼓動。明らかに普通じゃない。

 

「ぐ……っ!?」

 

 直後、強烈な頭痛が走り、俺は左手で頭を覆った。

 

『――さん! ――さん!』

『――ですよ。いつか、私が――』

『――ああああああああっ!』

 

 俺を呼ぶ声、優しく語り掛ける誰か、そして悲鳴。激痛が走ると同時に、断片的な映像と音がフラッシュバックして脳裏に焼き付く。

 なんだ、これは。俺は知らない。こんな記憶はどこにも――……。

 いや、以前にも一度だけこんなことがあった。箒と買い物に出かけたとき……そうだ、あの時も俺はこうやって頭痛に襲われて……!

 

「ぐ……! はあ、はあっ」

 

 動悸が切れ、グラグラと激しく視界が揺れる中、女が再び言葉を発した。

 

「先日訪れた際は、長居はできませんでしたから。残念に思っていたんですよ」

「な、何?」

 

 ……以前、だと? 

 俺が入学する前だとするならば俺が知らない可能性はあるが、口ぶりからしてそこまで前のことのようには思えない。だが、俺が入学して以降、こんな風貌の人物は見たことがない。ならばいつ、この女は学園に……。考えうる可能性としては、一学期のトーナメント、もしくは二学期の文化祭。ただゲストとして招かれたとしたら、堂々と正面から入ってこればいい話だ。何もこんな場所でコソコソしている必要は無い。

 待て。文化祭……? 確かあのとき、「亡国機業」の襲撃者オータムの逃走を補助したサイレント・ゼフィルスの操縦者がいたはず。あのとき、セシリアとラウラの専用機に残っていた襲撃者の音声データは――。

 

 ――この程度ですか? ドイツの遺伝子強化素体(アドヴァンスド)――天羽翔の『妹』よ。

 

「まあ、今回もさほど長居はできなそうですけれど……目的は、果たしました」

 

 この声と……一致している!

 

「ッ……《荒鷲》!」

 

 IS全体纏うよりも早く、右腕部装甲と可変式大型実体剣《荒鷲》を部分展開してライフルモードに構えた。

 どくん、どくんと依然心臓はやかましく主張してくる。むしろ、さっきより段々と大きくなっていくようだ。加えてズキズキと痛む頭を抱えながらも、照準だけはズレないように右腕に力を込めた。

 

「動くな……! お前は、この場で拘束する!」

 

 武力行使。手荒だとか、浅慮だとか、もうそんなことは言っていられない。ことは急を要すると俺は直感的に判断した。そしてこの女は、間違いなく学園に害をなす者であると。

《荒鷲》を構えても、女の後ろ姿から動揺した様子は見られない。接触して一分は経ったろうが、女はまだ一度もこちらを振り返っておらず、その顔は確認できていない。

 とにかく、この女を逃がすわけにはいかなくなった。この女は、強奪したイギリスの第三世代機を駆っていたと同時に、文化祭襲撃事件及び暗躍する「亡国機業」の重要参考人だ。必ずこの女は、鹵獲する!

 

「ふ、ふふふっ」

 

 突然、不気味に笑い始める女。それを聞いて、俺は《荒鷲》を一層強く握る。

 

「何が可笑しい……!」

「ふ、ふふ。いえいえ……そんなに複雑な理由ではないのですよ。ただただ、嬉しいだけなのです」

「……嬉しい、だと?」

「ええ、そうですよ。だって、私は――」

 

 そう言って、女は。ゆっくりと振り返る。長い黒髪がふわり舞い、見えなかった素顔が露になった。

 

「今日と言う日を、ずっと待っていたのですから」

「――な、に……!?」

 

 振り返りさまに髪をかき上げた女の素顔は、俺が予想だにし得ないものだった。

 

「――ああ、何年振りでしょうか、この再会は」

 

 どくん、と。今まで経験したこともないような脈動が、心臓から全身を駆け抜けた。

 

「七年くらいでしたか。まあ、どうでもよいことです」

 

 女は両の腕を大きく広げ、手首から藍色のネックレスを垂らした。

 藍色の雫を象ったそれが、光輝いて女の体を包み込んでいく。やがて、藍色の装甲となったそれは、蝶の羽のような翼を持ったIS――イギリス製第三世代機『ブルー・ティアーズ』二号機、通称『サイレント・ゼフィルス』へと変化する。

 

「この日を、ずっと、ずぅっと待っていましたよ……」

 

 まさに最高の一瞬とばかりに、歓喜を隠そうともしない女の、その素顔は。

 

「……お、俺と、同じ……!?」

 

 ――俺と、酷似していた。

 そして、俺とそっくりの笑顔で、こう言った。

 

 

 

「……ね、兄さん(・・・)?」

 

 

 

 ……兄さん? 兄さん、だと?

 

「に、兄さんだと……!? ふざけるなっ!!」

 

 湧き上がる強烈な嫌悪感。自分と瓜二つの容姿を持つこの女は、

 知らない。誰なんだ、お前は。何故そんなに俺に似ている。何故俺を兄さんと呼ぶ。

 認めない。俺を兄と呼ぶのは、ラウラ一人。そして俺の妹は、ラウラ一人だ!

 そして、許してはならない。今、目の前でサイレント・ゼフィルスを纏うこの女は、紛うことなき俺の敵だ!

 

「蒼炎っ!」

 

 やかましく騒ぎ立てる心臓とぎしぎし軋む頭痛に気付かないフリをしながら、右腕だけ部分展開していた蒼炎を、一気に全身に展開した。

 女は、サイレント・ゼフィルスの右手に銃剣をコールし、それを構える。

 

「――さあ、兄さん。私と踊りましょう。誰にも邪魔されない、二人だけの舞踏会をね」

 

 俺は《孔雀》のウイングスラスターを展開、蒼い燐光を振りまく『蒼炎・煌焔』は、サイレント・ゼフィルスへ加速する。右手に握った《荒鷲》をソードモードへと変形させ、サイレント・ゼフィルスに斬りかかる。

 

「はああああああっ!」

 

《荒鷲》の刀身が、銃剣とぶつかり合い、眩い火花が散った。

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