それではどうぞ。
翌日、過去に例のない討論会が明日開かれることが発表された。その直後から同盟(「学園の差別撤廃を目指す有志同盟」のことをそう呼ぶようになっていた)の活動が一気に活性化した。始業前、休み時間、放課後、賛同者を募る同盟メンバーの姿が至るところに見られるようになった。
彼らは皆、赤と青で縁取られた白いリストバンドを着けていた。リストバンドの意味を知っている者からすれば魔法科の学生がこれを身に着けているなど冗談でも笑えない。リストバンドの真実を知った生徒の中には自責の念にとらわれる生徒も出てくるかもしれない。だが謙吾にそんなことを彼らに教える親切心はない。謙吾にとっては高校生は自分の行動に責任を持つことのできる年齢だ。つまり「知りませんでした」では済まされない。他人に偽の情報を掴まされたとしても見抜けなかった本人が悪い。
謙吾は傭兵時代にいやという程情報の大切さを味わってきた。一歩間違えば命が危なかったなんてこともあった。だから決して他人から聞いたことをうのみにすることはない。それが例え十分に信頼している者であっても。「神経質になりすぎじゃないか」と言われたこともあったが彼は決して曲げることはなかった。
騒がしい勧誘作業も一段落し、最初の授業のが始まる直前には大半の生徒が授業に向けて準備していた。魔法科の生徒は実技が重視されるのは確かだが、覚えることが膨大にあるため一般的な高校と比べても優秀な生徒が多い。そのためか受験生でもないのにも関わらず休み時間に勉強している生徒も多い。
そんな教室が今日は騒がしい。理由はキョロキョロと教室を見ている一人の女子生徒ののせいだ。その人物は目当ての生徒を見つけたのか微笑むと、まるで自分の教室かのように我が物顔で歩いていく。生徒は突然のことに言葉を発することが出来ずただ目で追うだけだ。そして、ある男子生徒の机の前で立ち止まる。机の主は、疲れて寝ているのか机に突っ伏したままだ。気づいている様子はない。
女子生徒がポンポンと肩を叩く。
「狸寝入りはやめてください、謙吾くん。起きているのは分かっていますよ」
ゆっくりと上体を起こす。目を擦りあくびをして伸びをする。
「こんな朝早くからご苦労様です、生徒会長。こんな一生徒である僕に何でしょうか?」
悪意のある言葉を微笑みながら聞き流す。周りの生徒は、生徒会長である真由美に軽口を叩く謙吾に驚きの目線を送ると同時に二人の間柄に好奇の目で見る。
「おはようございます。謙吾くん少しよろしいですか?」
録でもないことが起こりそうな気配がして身構える。
「えっ、今ですか? 授業ありますけど...」
「あー、それは・・・」
何やら携帯端末を触りだす。
「はい、完了。これで問題なし」
端末には『承認』の二文字。話が勝手に進められていきいまいち状況を理解できず、混乱して言葉のでない謙吾を引っ張り強引に連れていく。このままなし崩しにいけば大変なことになると思い謙吾はなんとか抵抗しようとする。
「ち、ちょっと待ってください!」
真由美は構うことなくどんどん進んで行く。
「ほら、男の子は細かいことは気にしないの。早く来て」
謙吾は結局詳しい事情を聞かされぬまま連れて行かれた。
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謙吾は見たことない部屋に連れていかれた。謙吾は部屋を見渡す。部屋に窓はなく壁は灰色の無機質な壁。カメラや盗聴器などの類は
「そこに座ってください」
真由美の表情がいつもより固い。
「それでお話とは?」
謙吾もいつも以上に警戒心を上げる。彼女にボロを出せばとても面倒なことになるに違いない。十師族とは思えぬ程、物腰が柔らかいと思えば、頭の回転の速さは恐らく同じ世代なら群を抜いている。達也も確かに速いほうだが相手に警戒心を抱かせやすいタイプだ。そこが真由美と決定的な差だ。彼女の話術(?)は自分から警戒心を解かせてしまう。
だが今日の彼女は克人と似た雰囲気を出している。これが七草家・長女としての彼女だろう。つまりこれは七草家の代理としてだ。謙吾は舌打ちしたい気分だ。自分の出自が万が一知られれば謙吾一人で解決できなくなる。四葉家と共に日本の魔法師を引っ張っている存在だ。
「そうね、無駄な話はなしにして本題に入りましょう。昨日あなたが校門であっていたあれは何?」
(やはりあれに気付いたのは会長だったか...。本当に厄介な目をお持ちだ。あれの存在自体を見たとは思えない。恐らく不自然な揺らぎを見たのだろう)
完全に今の謙吾は袋のネズミだ。最早できることといえば
「どういうことですか? 私には全く分かりません」
誤魔化すしかない。謙吾の返しが予想通りだったのか真由美は小さくため息を吐く。
「ん~、やっぱり誤魔化すのね。本当はわたしだって自分の学校の生徒を疑いたくはないわ。でもね、わたしは十師族。その責務は果たさなければならない。あなたが話さないならこっちから言うわ。学校の防犯システムが異常を知らせてきたの。でもカメラには何も映っていない。最初は誤作動かとも思ったけども一応私の目を使ったわ。でも不自然なとこはなかったわ。けどね何か引っかかったの。わたしほど知覚系の魔法がすぐれてないと分からないと思うわ。それでその原因が分かったわ」
真由美はまっすぐ謙吾を見つめる。謙吾も目をそらさない。
「それはあなただったの。あなたを見た時何故か存在が意識外に置かれた。そして改めて
謙吾はゆっくり長く息を吐く。
「
「まだよ。学校で起きたことだからわたしはできる限り大きくしたくないのよ。だから、わたしは当事者であるあなたから先に事情を聞くことにしたの」
(ノイズのようなモノが見えたとかだったらまだしも『黒いもやもやしたモノ』ってほとんど見えてるし...。これは、先輩に貸しが大きくつくが仕方がない)
目を閉じて大きく深呼吸する謙吾。
「......わかりました。あれは先輩のおっしゃるとおり日本の魔法ではありません。古くからの知り合いの魔法です。そして、私が情報を仕入れている人物でもあります。普通の人ではあれに触れることも感じることもできません。向こう側からもこちらに干渉することはできません。先輩の質問に答えるならあれは『ある情報屋の連絡手段』ですね」
嘘はついていない。『黒いもやもやしたモノ』は情報を伝えにきたしあの魔法は物理的に人に影響を与えることができない。核心の部分には全く触れていないが。
真由美は、しばらく謙吾に探るような目線を向けた後に微笑む。
「そう、本当は聞きたいところだけど謙吾くんを信用して、これ以上は止めとくわ。貸しってことにしといてあげる」
真由美に不確定な貸しを作るのはとても不本意だが甘んじて受け入れるしかない。
「いつかお返しします」
謙吾の言葉に満足そうにうなずいた。
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夕食後、いつもなら一日の汗と垢を洗い流している時間、達也は買ったばかりの電動二輪を走らせていた。
行く先は、八雲の寺だ。
彼の腰には、ほっそりした、それにも関わらず少しも骨ばったところのない腕が巻きついている。背中に押し当てられる妹の、二つの膨らみ。成長途上の、であることは間違いないが、決して僅かな、でも微かな、でもない。十五歳になったばかりとしては、少なくとも平均を上回っていることは間違いなかった。
だからと言って、達也の心臓が激しいビートを刻む、などということはなかった。実の妹が相手なのだから、当たり前(?)のことなのだが。
それにせいぜい十分前後の道程だ。背徳的なことは精神的にも肉体的にも何も起こらず、二人は八雲の寺に着いた。
門人による手荒な歓迎、はなかった。この訪問は修行の為のものではなく、電話でアポイントをしっかりと取ってある。もっとも、丁重な出迎えもまた、あるはずもなく、勝手知ったる境内を二人はどんどん進んでいった。
外灯だけでなく、建物の中から漏れてくる光も無い。曇天の夜空は月明かりも星明かりも無く、高い塀で街の灯りも遮られた境内はほとんど真っ暗だった。
深雪がそっと、達也の腕に手も伸ばした。袖を握る力はそれほど強くないし、その手が震えてもいない。それでも達也ほど夜目の利かない深雪が、暗闇に対する原初的な不安を覚えていること、想像に難くなかった。
狭くもないが、特に広いというほどでもない境内だ。程なく二人は、玄関にたどり着いた。テレビホンどころか呼び鈴すらついていない玄関の引き戸を開けて、来訪を告げようとする達也。しかし彼が引き戸の取っ手に手をかけたにと同時、
「達也くん、こっちだよ」
まるで人の気配が無かった縁側の方から、彼を呼ぶ声が聞こえた
ビクッ、という震えが、袖を掴まれた達也の腕に伝わった。達也は呆れて苦笑いを浮かべる気にもなれない。暗いところでいきなり声をかけて相手が驚くのを楽しもうとするなど、いい年をして子供じみた真似を、と思ったのである。
八雲は縁側に腰掛けていた。沓脱石に足を投げ出している。
「こんばんは、師匠。お休みでしたか?」
「やあ、こんばんは、達也くん、深雪くん。それはまさかだ。いくら僕でも約束をしておいてそんなことはしない」
達也の嫌味を八雲は素で流した。のらりくらりと
二人を見上げて目を細め、しみじみと、まるで脈絡のないことを呟いた。
「それにしても、君たちは兄妹の霊気は見事だねぇ。こうして明かりの無いところで見ると、いっそう鮮やかだ」
「霊気、ですか?」
「君たちには霊子放射光と表現したほうがわかりやすいかな?」
首を傾げた深雪に、八雲は何時になく真面目な顔で答えた。
ただでさえ細い目をいっそう細めているのも、決してにやけているのではなく、普通に見たのでは見えにくい『何か』に目を凝らしているのだろう。
「まばゆいばかりに輝いて尽きることのない深雪くんの霊気と、一滴も無駄にこぼしていないクッキリした輪郭を持つ達也くんの霊気。そして、二人を繋ぐ」
「師匠」
達也が急に、八雲の言葉を遮った。八雲は細めていた目をいつもどおりに戻して、少しバツ悪げな顔になった。
「悪い悪い、これは禁句だった」
「いえ、俺の方こそ失礼な真似を」
達也が軽く頭を下げて、この話題はここまで、のサインを出す。
「それで、今日はいったい何の用かな?」
「中津謙吾についてです」
達也の言葉に八雲の表情が明らかに変わった。
「ご実家は何て言ってるんだい?」
「まだ、連絡がきていません」
八雲は達也の言葉に「そうか」とつぶやき、縁側に腰を下ろすよう、達也と深雪に勧めた。達也が八雲の隣に座り、兄よりも随分遠慮がちに深雪が達也の隣に座ったのを見て、八雲が前置き抜きで語り始めた。