セイバーは辺りをゆっくりと見回す。その場所―――始まりの広場には、未だ多くのプレイヤーがいた。
困惑の表情を浮かべたり、空に向かって無意味に怒鳴ったり、顔を手で覆い泣いていたりと、皆共通して負の感情を顕にしていた。
そんな中をセイバーとクラインは辺りを確認しながら進む。
そんな彼ら二人の表情はセイバーは真顔であったが、クラインの方は焦り見せていた。
とりあえず端から端に何とか移動した二人、そしてセイバーはクラインの方へ確認をとる。
「どうだクライン、いるか?」
「くそ、ダメだ人が多すぎる」
セイバーの質問にクラインは焦る表情を浮かべ、ただ顔を横に振るだけであった。
二人は件のクラインの仲間を探すが、その場に多くの人がいるために仲間を見つけられないでいる。
実際、いまだこの広場には数千人のプレイヤーがいる。そんな中で現実のように携帯があれば別だが、何もなく知り合いと合流しようとすると骨が折れる。
仕方ないとセイバーはクラインに提案する。
「しょうがないから簡易メッセージを送れ、プレイヤー名は判るんだろ」
「ああ、ちょっと待ってくれ……」
そう言ってクラインはメニュー画面を開き、仲間宛にメッセージを飛ばす。
そのメッセージはあらかじめフレンドとして登録していなくても、プレイヤー名さえ分かっていれば送れるもの。
そんなゲームの機能を利用した後クラインはセイバーに尋ねる。
その表情は先程までの焦り顔とは違い、表情からは心配の色が見てとれた。
「……それで本当に良いのか、キリトみたいに行かなくて?」
最後の確認と言った感じでセイバーに問うクライン。
それだけでセイバーはクラインが何を気にしているか分かった。
そんなクラインにセイバーは笑顔で答える。
「何だ、俺が居ない方がいいのか?」
少しばかりおどけた声音の返答。
そんな返事にクラインは頭を?く。
「いや、そうじゃなくて……。自分の強化とかに時間を使わなくて」
「だから俺は、スタート時でかなりのアドバンテージを取ってるから大丈夫だって。情報の方もキリトに頼んだし、多分アルゴも動くだろうから」
「アルゴ?」
セイバーの言葉に疑問に思ったのか、クラインがセイバーの言葉を取り上げる。
そんなクラインの疑問にセイバーは簡単に説明する。
「ああ、鼠って呼ばれる情報屋だ」
そういって会話を終わらせ、セイバーは人があまりいない少し開けた場所に立つ。
先程からと全く変わらず多くの人々が暗い表情だ。
その空気に当てられ若干セイバーも暗い表情を浮かべるが、すぐに元の真顔に戻る。
ああ、そうだ。回りの人々を見てとある事に気が付きクラインに頼みこむ。
「悪い、少し離れといて」
「まぁいいけど、何でだ?」
「見てりゃ解る」
そう言ってセイバーはクラインを遠ざける。クラインの方もセイバーの言葉を素直に聞いて、少し離れた位置でセイバーを見ている。
そうしたクラインの事を確認しセイバーはゆっくりと深呼吸をする。
吸って、吐いて……。ただそれの繰り返し。
この世界では自発的呼吸は意味が無いと知っているが、セイバーは今からやる事を考え、少しでも自身が落ち着くようにと深呼吸を行う。
そうして出来るだけ緊張を和らげようとするセイバー、実際少しは緊張が和らいだような気がした。
そのままセイバーはこの広場にいる人達に聞こえるよう、できるだけ大声を上げる。
「皆聞いてくれ。俺の名はセイバー、βテストの経験者だ」
いきなりの呼び掛けに、広場にいる人々の視線がセイバーに集まる。
何百、何千もの視線。
過去数回同じような事は経験しているが、今までとは違い彼らがキチンと聞くように話さなければいけない。
そう考え視線に少し気圧されながらも彼は大声で話し続ける。
「今から俺が知ってるこのゲーム、ソードアート・オンラインの攻略のコツとかを教えたいと思う」
何だあいつ?といったような視線や、今までの鬱憤により敵意満々の視線も感じるがセイバーはそれでも話し続ける。
「まずは攻略について、茅場明彦の言葉が本当なら俺達は上の層を目指さなければいけない。でもどうしても外に出たくないって言うプレイヤーもいると思う」
まだ外からの助けと言う希望が残っているからか、今の所野次などは少ない。
しかしやはり浴びせられる多少の野次、セイバーはを防ぐための話から始める。
「そんな町に居るだけでも、キチンと攻略のために出来る事があるんだ」
セイバーは出来る限り多くの人々に伝えるため、まずは死ぬ危険が無い攻略補助の話から始める事にした。そうすればある程度の野次は押さえられると考えて。
一旦言葉を切ったセイバーは右手を振ってメニューを出す。
さらにメニュー画面を可視化状態にしてスキル選択画面にする。
「まずは生産系スキルについて……」
セイバーの言葉を聞いて、半分くらいの人々がセイバーの指示通りメニューを開く。
よし。とその光景を見て、内心喜びなからそのまま説明を続ける。
そのまま『鍛冶』『裁縫』『料理』などの生産性スキルの大切さと今後の攻略においての必要性。またそれにより得られるスキル修得者のメリットなどを説明する。
もちろんデメリットである、戦闘系スキルなどの取れる数が制限される注意事項なども話して、この道を選んだ時に気を付けることも一緒に話す。
そうしてある程度この世界の生産系スキルの話を終わらせ、いよいよ本題の話に移る。
「そして次に実際にフィールドに出てモンスターを倒したりする時、つまり実際に攻略する時に気を付ける事についてなんだけど……」
そこで一端話を切り、自分の話を聞いてる人たちの顔を見回す。
まだまだ不安が表情から消える事は無いものの、いつのまにか野次などは無くなり皆真剣に話を聞いている。
それを確認してセイバーは再び話を続ける。
「βテストの時に考えられたプレイヤーの死亡する原因は、大きく分けて二つある」
先程と変わらず大きな声で広場にいるプレイヤーに説明する。そんな彼の右手は高く上げられ、その指は二本だけ立っていた。
「一つ目はまずプレイヤーが自分の体で戦い慣れていないという点、二つ目は戦闘において必須のソードスキルが使いこなせないという点だ」
そう説明するセイバーは、βテスト時初期に話された事を思い返す。
βテスト初日では参加したプレイヤーの殆どが倒された。勿論その時はデスゲームでは無かったので、死んでしまってもすぐに生き返っていたが。
そうした事が何回か起こり、βテスター達皆で意見を出し合い対策を考えだした。
そして考え出された意見が、モンスターに対しての恐怖心により、現実での感覚と一緒で恐怖で体が動かなくなる。またソードスキルのシステムアシストによる体を勝手に動かされるという感覚に慣れず、アシストに反発してしまう。というものだった。
前者はまず基本的に危険な荒事など殆んど起きない現代人ならではの理由であり、襲いかかって来るモンスターと戦うというのに慣れるのに時間が必要であった。
その点柔道や剣道、プロレスなど他者と直接戦うという行動があるスポーツ経験者は、それ以外の未経験者プレイヤーよりは早く馴染んだ。
そしてもう一つ、システムアシストのよる体が動かされる感覚に違和感を覚えることだ。
これも勝手に体が動く事に戸惑い、思わずシステムに逆らってしまいスキルが中断されるという事がβプレイヤーで議論されだされた結論だ。
そしてこの答えの通り、戦闘やスキルに慣れるにつれてゲームの死亡者はかなり下がった。
そして今回セイバーはβテスト時に行われた練習を教えていくつもりだった。
セイバーは周りの人々の顔を見渡す。
「とりあえず……、君手伝ってくれるか?」
セイバーは少し離れたクラインに頼んだ。
俺!? 思わず自身を指差す少年、そんな少年の疑問にセイバーは笑いながら肯定する。
少年は辺りを見渡すも、やがて覚悟を決めたのかはたまた周りの視線に耐え切れなかったのか、歩いてセイバーの横に立つ。
セイバーは横に立ってくれた少年に礼を言い、再び大きな声で話始める。
「さっき話した問題点の対策は簡単で、HPの減らない圏内での模擬戦で戦闘とソードスキルになれる事だ」
そう話すセイバーの言葉に周りの人々は戸惑っている。
それを予想していたセイバーはさらに話を続ける。
「みんな勘違いしているが、圏内では戦えないのではなくてダメージが与えられないだけで、普通に剣を振れるしソードスキルも発動できるんだ」
そう言ってセイバーは背中の片手剣を抜く、そのまま回りの人にお願いして十分な場所を空けて貰う。
場所が確保できたら剣を構えて剣を振るう、見事な剣舞そしてそのままソードスキルを発動する。
単発の片手剣スキル『スラント』、設定されたソードスキルを衆人の前で披露する。
皆にスキルを見せて証明したセイバー、しかしセイバーは剣を鞘に仕舞わず抜き身のまま持っている。
「これを利用して圏内では模擬戦をしてもらいたい」
そう言ってセイバーは少年に向かい会うように立つ。そして自分に切りかかるよう言う。
少年も多少困惑するも、すぐに自身の武器の両手剣を構えてセイバーに切りかかる。
ゆっくりで剣筋がぶれている剣、そんな剣にセイバーは自身の剣を合わせる。
一合、二合、三合と剣と剣がぶつかり、鉄を鉄がぶつかる音が鳴り響く。そのままセイバーは剣を数回受けると後ろに跳ぶ。
少年は一瞬戸惑うも直にセイバーの考えを理解したのか、両手剣を上段に構える。そして両手剣は淡く光り始め、スキルが経ち上がる事が見て取れた。
そのまま少年はセイバーに向かい突進してくる。それに合わせてセイバーは剣を構え切り込む。
しかし突進してきた少年は途中で動きが崩れてスキルが止まる。そんな相手に対してセイバーは下段から剣を振り上げる。
思わず目を閉じる少年、体の方は固まったように動かない。そんな少年を気にせずに振り切るセイバー。
剣が少年にぶつかる。その場にいる誰もがそう思った。しかし次の瞬間圏内保護のウィンドウが表示される。
それを見るとすぐにセイバーは剣の構えを解く。再び広場に沈黙が戻るが、セイバーはそんな中で話を再開する。
「こんな風に圏内ならHPを減らさず安全に模擬戦ができる、これを利用して皆訓練してくれ」
そこでセイバーの話は一旦終わり、その場にいる人々による一同訓練が始まった。
ある程度の少人数による塊を作り、それぞれで模擬戦をするよう指示をだす。
どうすればいいんだ? 訳がわからない。すいませーん。など次々にセイバーを呼ぶ声が聞こえてくる。
それら全てに対処するのに困難だと思いながらも、出来る限り頑張り教えに回る。
しかし大人数に対して一人と、圧倒的に教え手が足りない状態。そんな状況でもセイバーはできる限り教えて回る。
すると少し離れたところから、青年のような若い男の声が聞こえてくる。
「皆聞いてくれ、俺の名はディアベル。俺も元βテスターだ、皆セイバーさんだけじゃなく俺にも遠慮なく聞いてほしい」
声のした方を向くと薄い青色の髪をした、そこそこ顔の整った青年が立っていた。
そんな声が聞こえ、続いてまた別のところからも声が聞こえてくる。
「俺も元βテスターだ、名前はクリュウ。俺も教えることができる。どしどし頼ってほしい」
今度は少し野太い声で、目を向けると三十代程に見えるガタイのいい男の人が立っていた。
その姿を見て、セイバーは心の底から嬉しさが込み上げた。
、セイバーはその新たに加わったβテスターと共にプレイヤーにソードスキルのコツなどを教えて回った。
そしてプレイヤーに教えるβテスターは合計で7人になっていた。