ポケットモンスター◆スピリットクリスタル◆   作:わた雨

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ワカバタウン〜ぼうけんの始まり
はじめてのパートナー!


 カーテンの隙間から朝の日差しが差し込んで、ヒビキの顔に容赦なく1日の始まりを告げる。

 ヒビキはまどろみの中、急に明るくなったまぶたの中を、不快そうに寝返りをうって真っ暗に戻した。昨日よく眠れなかった分、起きるのが辛い。

 結局、起きられずそのまま寝入ってしまう。

 とその時だった。

「おきろーーー!!」

「おわあぁ!?」

 怒号の目覚ましでヒビキは飛び起きた。何事かと周囲を見渡すと、見覚えのある服装の人物がベッドの傍らに立っていた。

 そこにいたのは、ひとりの女の子だった。細身の体躯で身長は幾分かヒビキより高い。大きな赤いリボンの付いた白くて丸い帽子をかぶっており、おさげ髪がひょこりと顔を出しているのが特徴的だ。

 両手を腰にあて、さぞご立腹そうな顔をしている。彼女の名前はコトネといい、ヒビキの幼馴染みだ。

「お、おはよう。コトネ」

「おはよ〜。じゃないよ! もう9時だよ? ウツギ博士のところに行く時間!」

「えっ!? マジで?」

 ヒビキはセットされていなかった目覚まし時計を見る。時針は9を、分針は5を、秒針は25、26、27……。

「……マジだ」

「マジだよっ! 早く着替えて行くよ! あたし、先に下りてるね」

 コトネはヒビキの部屋を出て、階段を下りていった。ヒビキは急いで衣装タンスから肌着と上着、ズボンを引っ張り出し、パジャマを脱ぎ散らかして着替える。クローゼットからはお気に入りのメッセンジャー・バッグと帽子を取り出し、ポケギアもしっかりと腕に装着した。

「OK! 完璧!」

 階段を駆け下りて1階に着くと、ヒビキのお母さんとコトネが、何やら楽しそうに話をしている。お母さんはヒビキに気がつくと、にっこりと微笑みかけてきた。

「おはよう、ヒビキ。コトネちゃんの目覚ましは効いたかしら」

「こうかてきめんだよ。母さんなんで起こしてくれなかったのさ」

「これからはひとりで起きなきゃいけないのよ。今日からあなたはトレーナーなのよ?」

「むぅ……。そりゃそうだ」

「ダメみたいならコトネちゃんに毎朝モーニングコールでもしてもらおうかなって、今話してたところよ」

 えぇ〜、とヒビキは露骨に嫌そうな顔をする。

「毎日あんなじゃ朝から疲れちゃいそうだ。起きれるようがんばるよ」

「なんだとぅ」

 コトネは頬を膨らませる。リスみたいだ。

「それより、早く行こうぜ! そのためにオレを起こしたんだろ」

「そうだけど、朝ごはんは大事だよ」

「そうよヒビキ。トレーナーは身体が資本。パンくらいちゃんと食べていきなさい」

 そう言うとお母さんは食卓に、お皿に乗った2斤のパンとマグカップに入ったミルクを用意した。パンとパンの間にはワカバタウンの特産品であるみかんを使った、甘酸っぱいジャムが挟まっていた。ヒビキはそれを座ってあっという間に平らげると、ごちそうさまと手を合わせてお辞儀をした。

「よしっ! 出発だ!」

 立ち上がり、バッグをしっかりと背負って、帽子をつばを後ろ向きにしてかぶる。最後に玄関で靴を履き、準備万端だ。

「それじゃあ、行ってくるよ母さん!」

「ヒビキ」

 ドアノブに手をかけて、ドアを開こうとするところで、お母さんはヒビキを呼び止める。ヒビキは振り返って、お母さんの方へ顔を向ける。

 お母さんは、またヒビキに微笑みかけていた。そして、右手を親指を立てて前に突き出した。

「10歳の誕生日おめでとう! はりきって、いってらっしゃい!」

 それを聞いたヒビキもまた、同じようにグーサインを突き出してにこやかに答えた。

「へへっ♪ いってきます!」

「コトネちゃんも、いってらっしゃい」

「はいっ! いってきまーす!」

 

――――――

 

 ジョウト地方。古の伝承と遺跡が数多く残されており、歴史的な建造物と四季折々の自然とが調和してまさに『雅』と言える情緒を醸し出している、和の国を代表する地方だ。

 その地方の東端に位置するワカバタウンは、年中を通して爽やかな風の吹く田舎町である。町中にはいたるところに風向計が設置されており、町の北側に広大に広がる丘には巨大な風車もそびえ立っている。別名『風の生まれる場所』、『始まりの風が吹く町』とも呼ばれている。特産品はみかんとお茶であり、どちらも全国的に見てもとても高い品質で高い評価を得ている。子供と若者が非常に少なく、活気に欠けているように見えるが、心地よい空気とシロガネ山を源流とする綺麗な水、のどかな景色に魅了されて移住してくる中年夫婦が意外と多い。豊かな自然のおかげで森や草原、川とそのほとりにはたくさんの動物やポケモンたちが住み着いている。歴史的な建造物はこれといってないが、訪れれば誰もがふるさとに帰ってきたような気持ちになれる町である。

 

「う〜ん。天気は良いし風も気持ちいい、最高の誕生日和だな!」

「誕生日和って。なにそれ変なの」

 清々しく伸びをしながら言ったヒビキに、コトネが苦笑いをしながらツッこむ。しかし、ヒビキは別にボケたわけではないらしく、チッチッチッと舌を鳴らしながら人差し指を左右に振った。

「今日は、新ポケモントレーナー、ヒビキが誕生する日だぜ?」

「なるほどね〜。でも、そんなことより早く行こうよ、あたしたち、遅刻してるんだよ?」

「そうだった。でも大丈夫! 今、オレたちには追い風が吹いている! 急いで研究所へレッツゴー!!」

 ヒビキは目的地の研究所へ身体の向きを変え、勢いよく駆け出した―――瞬間だった。

「ルリルリ〜!!」

「げふぅっ!?」

 謎の鳴き声と共に強烈な衝撃を背中に受けて、ヒビキは思いっきり前にヘッドスライディングしてしまった。

「あ、マリン! どうしたの。一緒に行きたいの?」

「ル〜リ」

 マリンというニックネームで呼ばれたポケモンは、マリルというみずねずみポケモンだった。濃い水色と白のツートンカラーのまん丸い体に、短い手足と耳、そしてギザギザの先端にボールが付いているような尻尾を持っている。可愛らしい外見のポケモンだ。

 マリンはコトネのポケモンだ。実はコトネはヒビキより誕生日が2ヶ月も早いため、先にトレーナーカードを持っていて、トレーナーとしてすでにマリン(マリル)をゲットしているのだ。

 マリンは追いついたことに喜んでいるのか、ぴょんぴょんと飛び跳ねている。ヒビキの上で。

「いいかげんにどけろ〜!!」

 ヒビキは怒りの形相で起き上がると、マリンを揺り落としながら素早く立ち上がった。マリンは地面にコロンと転がると、ダルマのように綺麗に起き上がって、ヒビキを見てはクスクスと笑う。

「こいつ、いい度胸してんな。オレがポケモンを手に入れたらまっ先に倒してやろうか?」

「そんなこと言わないの。マリンはヒビキにじゃれついただけだよ? それより早く行こうよ! ウツギ博士を待たせちゃ悪いよ」

 ふたりと1匹は急いで駆け出した。ヒビキの思っていた通り、追い風は心地よく加速を助けてくれて、遅れを一気に取り戻せそうなそんな気持ちにしてくれたのだった。

 

 ウツギ博士は、ワカバタウンに自宅兼研究所を構えるポケモン研究者である。優しそうな顔つきに丸レンズのメガネをかけており、すっきりとした短髪で体格は細長い男性だ。ポケモンの進化の研究の権威であり、その分野においては一番とも言われることがあるほどだ。代表的な研究成果として有名なのは、ピカチュウはすでに進化したポケモンであり、進化前であるピチューの存在を初めて発見したことである。そして更に立て続けに『幼体(ベビー)ポケモン(ピィ、ププリン、ブビィ、エレキッド、ムチュール等)』を発見するなどの快挙を成し遂げたのだ。人柄は温和で全く怒ったりせず、ヒビキたちイタズラっ子男子たちの行為にも寛容だったり、困っているお年寄りを放っておけなかったりなど、親しみやすく町のみんなから愛されている。しかし、優しすぎるのが玉にキズであり、助手に(たしな)められていることもしばしば。妻子持ちであり、良いパパさんというイメージも持たれている。

 ウツギ博士はポケモン協会に属する正式な研究者であり、キャリアも10年以上と長いため、トレーナー推薦の権限を持っており、今回のヒビキのトレーナー申請依頼を快く承諾してくれた。そして、カードの申請は誕生日に合わせて本人に渡せるように申請してくれたため、ヒビキは今日、ウツギ博士からトレーナーカードを受け取って、晴れてポケモントレーナーとなることが出来るのである。

 更に、ヒビキはもう1つ楽しみにしていることがあった。実は、ヒビキはウツギ博士と、誕生日とトレーナー資格取得のお祝いとしてパートナーポケモンを1匹貰える約束を交わしているのだ。自分のポケモンを持てる、それにかなりの期待をしているヒビキは今日がたまらなく待ち遠しかったのだ。

 そして、やがてヒビキたちは研究所の入口の扉の前に辿り着き、扉を開く。

 運命の時は、訪れた。

 

――――――

 

「やあ、ヒビキくん、やっと来たね! 誕生日、おめでとう!」

 おめでとーう! と、ウツギ博士に続いて助手のみんながいっせいに祝福の声を上げ、手持ちのクラッカーを鳴らした。研究所は開放的な大部屋と水回りのある部屋のみの作りになっており、ヒビキの誕生日を祝うための手作りの装飾が施されている。中央には、大玉のくす玉が用意されており、ヒビキが駆け寄ってそれの紐に飛びつくと、パカリと割れて垂れ幕と色とりどりの紙吹雪を吐き出した。降り注ぐ紙吹雪にはしゃぎながら垂れ幕を見上げると、『ヒビキくん、誕生日&トレーナー資格取得おめでとう!!』と達筆な文字で筆書きされていた。

「さあ、ヒビキくん、これが君がトレーナーであるという証だよ。これを受け取ったその瞬間から、世界に1人だけのポケモントレーナー『ヒビキ』の誕生だ」

 ウツギ博士はヒビキに1枚のカードを差し出した。それは、トレーナーがトレーナーである証、トレーナーカード。生年月日から経歴、自分のポケモンの情報にいたるまであらゆる情報をデータとして記録でき、ポケモン協会に把握、管理して貰うシステムを利用するための身分証兼データカードである。

「わあ……! これがオレのトレーナーカードかあ! やったあ! やったぜ〜!!」

 ヒビキはトレーナーカードを受け取ると両手で自分の顔の正面に掲げると、感慨深そうに眺めた。これで自分はポケモントレーナーになったんだと、嬉しさと感動が目を通して雫となって滲んでくる。

「ヒビキ、泣いてる〜。よっぽど嬉しいんだね〜」

「う、うるさい! 嬉し泣きして悪いかよ! オレはずっとずぅぅっとこの日を待っていたんだ。コトネだってそうだっただろ」

「そうだけど、さすがに泣いてはいないよー」

「サイコーに嬉しいよ! ありがとう、ウツギ博士!」

「それは本当に良かった。ヒビキくんの夢がひとつ叶ったというわけだ。さて、これで君は晴れてポケモントレーナーになったけれど、トレーナーは常に高みを目指すもの。君の次の目標――夢はなんだい?」

 ウツギ博士がヒビキに訊ねる。ヒビキは涙を袖で拭い、トレーナーカードを握り締めた。そして、ウツギ博士に決意のこもった瞳を向け、根拠の無いたくましい自信を乗せて高らかに宣言する。

「ポケモンマスターになる! それが、オレが次に叶える夢だぜ!」

 ヒビキはどうだと言わんばかりの表情で鼻を鳴らして胸を張った。コトネは感心したように真顔で頷きながら拍手をしている。助手のみんなも、温かい目をしてヒビキの夢を応援しようと拍手を贈った。いつだって、子供の夢は大人にとっては輝いて見えるものだ。かつて自分たちもそうされたように、応援するのは当たり前だ。

 ウツギ博士は腕を組んで深く2度頷くと、何かを心に決めた様子で口を開いた。

「うんうん。とても高くて険しくて君に相応しい夢だ。僕は素晴らしいと思うよ」

「へへへ……どんなもんだい!」

「だけどね」

 ウツギ博士は、両手を膝に付けて屈んで顔をヒビキに近づけると、これは大事なことだと悟らせるように真剣な表情でゆっくりと言う。

「それは決して君1人で成し遂げられる事じゃあない。分かってるよね」

 ヒビキは真剣に尋ねてくるウツギ博士に一瞬たじろいたが、言われたこと、そして伝えようとしていることをしっかりと理解すると、それに応えようと真面目な顔で無言で頷く。

 ウツギ博士はしっかりとそれを確認すると、表情を緩めて身体を起こした。

「よし。それなら、その夢を一緒に追いかけるパートナーがいないとな!」

 そう言うと、白衣のポケットから3つのモンスターボールを取り出し、それぞれのボールのボタンを押して床に置いた。

 するとボールがいっせいにパカリと開き、研究所が一瞬の光に包まれた。やがて光は収縮し、3つのシルエットを形成する。そして光が弾けて消えると、そこには3匹の、それぞれ容姿も特徴も異なるポケモンが現れていた。

「チッコ〜!」

「ワニワニ〜!」

「ヒノ〜!」

 3匹は元気ななきごえを上げ、周囲をキョロキョロと見渡した。

「わあ〜! 見たことないポケモンだ」

「キャ〜♪ みんなかわいい〜!」

 ヒビキとコトネはしゃがみこんで、興味津々にポケモンたちを眺める。ポケモンたちも、研究者たちとは違う、あまり見たことのない人間の子供に興味を示しているようだ。

「あ〜、この子、頭から生えてるおっきい葉っぱからいい匂いする〜♪ たぶん草タイプかな」

 コトネは1匹を両腕で抱き上げた。頭から生えた萌葱色(もえぎいろ)の葉が特徴で、浅緑色の体の草食恐竜の子供のような姿をしている。

「当たりだね。その子はチコリータというくさタイプのポケモンだよ。頭の葉っぱはいい匂いでみんなを和ませてリラックスさせる他にも、湿度や温度も探っているんだ。日光を浴びて光合成をするのが好きで、葉っぱから日光を取り込んで栄養を作れるんだ」

 ウツギ博士もしゃがみこんで、チコリータの葉っぱを優しく揉んであげる。するとチコリータは気持ちよさそうな表情を浮かべた。

「や〜ん♪ メロメロになっちゃう〜♪」

 どうやらコトネはチコリータが気に入ったようだ。

「はははっ。こっちのワニみたいなポケモンはすごく元気いいぞ。目立ちたがり屋だ」

 ヒビキは青色の身体をした2足歩行のワニのような姿のポケモンを眺めていた。よく見ると背中には緋色の軟骨質の板が生えている。口は大きく縦に開けるようで、歯も大きく鋭い。噛まれたらとても痛そうだ。同様に手足の爪も尖っていて攻撃的であり、愛嬌と凶暴性の対立する2面を持ち合わせた見た目をしている。

「その子はワニノコ。みずタイプのポケモンだね。動くものに反応してすぐに噛み付いてみる習性があるんだ」

「おおっと! それは危ないなあ」

 頭を撫でようとして伸ばした手を急いで引っ込めるヒビキ。それを見てワニノコは不思議そうに首を傾げた。

「人には噛み付かないように教えてあるけど、いきなり手を出したら間違えて噛み付くこともあるから注意が必要だね。口が大きくて表情筋があまりないから感情とは別に表情があまり変わらないのがちょっぴりシュールだね。そこが良いってトレーナーも多いんだけれど」

「なるほどなるほど。おまえはみずタイプか。よしよし」

 ゆっくりとワニノコの頭に手を伸ばしてみると、ワニノコは自分から頭を差し出した。人間の言葉も直接的な意味ならすぐに理解できるというところが、ポケモンと動物の大きな違いのひとつでもある。今のヒビキとウツギ博士の会話をちゃんと聞いていたらしかった。

 ウツギ博士が残りの1匹を持ち上げて自分の正面に降ろす。

「そしてこの子がヒノアラシ。ほのおタイプのポケモンだよ」

 そのポケモンは、ネズミとヤマアラシの中間を取ったような姿をしており、鼻および口元が細長く尖っている。色は口元から身体全面と手足が黄蘗色(きはだいろ)で、鼻の上から背中にかけてが紺色。背中には斑点のように紅緋色(べにひいろ)の楕円形の模様が4つ規則的に並んでいる。目が非常に細く、眼球が全く見えない。口も小さく、常に身体を丸めているためなんだか弱々しい印象を受けてしまう。

「野性的には臆病な性格で、自分の身に危険が迫ると背中から炎を吹き出して身を守るんだ。もちろん、いざ戦うときになったら口からも火を吹くよ。立っているときとゆっくり歩くときは2足歩行だけど、走るときは4足歩行でとてもすばしっこいんだ」

「ははは。臆病なんだ。自信なさそうな感じするもんな」

「……ヒノォッ!!」

 ヒビキの言葉を受けてカチンときたようで、ヒノアラシはとてつもない勢いで背中から炎を吹き出した。それに驚いて、コトネは抱いているチコリータを守るようにして背中を向け、ヒビキは後ろに転んで尻餅をついてしまった。

「ぶあっちいぃ〜!!」

 そしてウツギ博士は後ろのすぐ近くにいたため見事に炎が直撃。白衣が燃えて研究所の中を転げまわっている。

「びっくりしたあ」

「嫌われちゃったね、ヒビキ」

 ヒノアラシは拗ねてしまったようで、みんなにそっぽを向いて離れてしまった。ヒビキはその様子を、何か思うところがあるかのように見つめた。

 しばらくして服を消火したウツギ博士が、汗だくになって戻ってきた。やれやれといった顔で額の汗をハンカチで拭うと、ヒビキたちに笑顔を向けた。

「ははは、どの子も実に魅力的だろう? この中から1匹だけ選んで欲しいんだ。それが僕からヒビキくんへのプレゼントだよ。もちろん、コトネちゃんにもね」

「すご〜い! この子たちから選べるの? ねぇねぇヒビキ、どうするの?」

「……」

 ヒビキはもう一度、ヒノアラシに目をやる。まだ機嫌は直っていないようで、研究所の隅っこでムスムスといじけて床を手でコツコツ小突いている。

「ヒビキ? ねぇどうするの? ……あたし、先に選んじゃうよ」

 コトネがしつこく急かしてくる。最後の言葉は遠慮がちな小声だったが、チコリータを大事そうに抱いたままなので、言いたいことははっきりと分かる。ヒビキはコトネの方を向くとにっこりと笑顔を見せた。

「ああ、先に選んで良いぜ。コトネはオレより先にトレーナーになったのに、ウツギ博士からポケモン貰うのも、冒険の旅をするのも待っててくれたんだもんな。先に選ぶ権利があるよ」

 それを聞いたコトネの顔がぱあっと明るくなった。

「ありがとうヒビキ! そんなこと言ってくれるなんて、誕生日になってトレーナーになって少し大人になったね。余裕があるってカンジ♪」

「照れるから褒めるなって。というか、チコリータが良いんだろ?」

「うんうんっ♪ キュートでラブリーでいい香りなんだもん♪」

「なんだかお似合いだしな。コトネにピッタリのポケモンだぜ」

「僕も賛成かな。チコリータもコトネちゃんのこと気に入ってるようだしね。それに、そのチコリータはメスだから、女の子同士の方がお互いの事をよく分かり合えるんじゃないかな」

「女の子なの!? もっと嬉し〜!」

 コトネはさらに瞳を輝かせてチコリータに頬ずりする。チコリータも満更ではなさそうだ。

 さて、そうなると、ヒビキはワニノコかヒノアラシのどちらかを選ぶということになる。ヒビキは交互に繰り返し見つめた。

「ワニノコが良いんじゃない? 元気いっぱいで明るいし」

「僕もそうおもうな。人懐っこいからオススメするよ」

 コトネとウツギ博士はそろってワニノコを勧める。確かに、すぐにヒビキに近寄ってきて、アピールをしてきたワニノコはとても魅力的だ。たたかわせても強そうで良い。

 でも、そうじゃない。これは人生でたったいちどだけの選択。これから始めるポケモンマスターを目指す旅において、はじめてのパートナーを決めるのだ。

 そうじゃないんだ。ヒビキは分かっている。いや、信じている。いつもそうやって今日この日、10歳の誕生日まで生きてきた。

 ―――直感だ。

 何か引っかかること、気になっていること、ふと思ったこと。

 すべて『なんとなくこれだ』と分かった瞬間から、ヒビキは答えを得る。

 ヒビキは目を閉じて腕を組む。10歳ながらの思考で、いちトレーナーとして考える。

 さすがに悩まないワケがない。しかし、すでに答えは考える前から出てしまっていた。

 ならばそちらを選ばなければ。

 当然だ。

 ヒビキは何歳になっても、何になっても、ヒビキなのだから。

 ここでその直感を信じれなければ、ヒビキはヒビキじゃない。

 目を、開ける。腕を、(ほど)く。口を、開く。

 

「決めたよ。オレのはじめてのパートナーは―――ヒノアラシだ!」

 

「!!」

 

 ヒノアラシは、振り向いた。さっきのやりとりの後で、まさか自分が選ばれるなんて思いもしていなかったようで、困惑している。

 ガーン! と、選ばれなかったワニノコは口をあんぐりと開いて非常にショックを受けているような顔をした。

 ヒノアラシは身体もヒビキたちに向けると、そのまま動きを止めてヒビキを見つめる。どうやら考えているようだ。自分がなぜ選ばれたのかを。

 しかし、さっぱり分からない。しきりに首を傾げたり、左右に振ったりしている。

 そこにヒビキが、言う。

「考えるな! オレはオマエを選んだんだ。オマエはどうしたいんだ? 思いついたこと、しろよっ!」

 ヒノアラシはその言葉にハッとした。したいこと。思いついたこと。選ばれた瞬間、思ったこと―――!

 そして歩き出す。ヒビキのもとへ。

「よし、いいぞ、こいっ!」

「ヒノッ」

 歩みは速くなる。前足も使って4足で駆けていく。ヒビキは両腕を広げて、ヒノアラシを迎える用意をした。

 やがて、ヒノアラシはヒビキのところまでたどり着き、勢いよく飛び込んだ。ヒビキの胸に―――。

 

「ヒノォォ!!」

「げふぅ!?」

 

―――ヒノアラシの たいあたり!

 怒りのたけの込もった強烈な一撃が見事に決まった。……本日2度目のたいあたりである。

「やったなコノヤロー!」

 しかし、今度はやられっぱなしではなかった。すぐに体勢を立て直したヒビキは素早い動きでヒノアラシに飛びつくと、お返しに両手でヒノアラシの頭にぐりぐり攻撃をお見舞いする。

「ヒノノッ!?」

 ヒノアラシは痛がり、必死になって抵抗してぐりぐりから抜け出すと、ヒビキの腕から顔へ飛びついて鼻を小さな口でかじった。

「あでででで」

 ヒビキも慌ててヒノアラシの身体を持って顔から引き剥がすが、ヒノアラシは細やかな毛並みを滑らせるようにヒビキの手から逃れると、再びたいあたりをお腹目掛けて繰り出す。ヒビキも負けじと腹筋に力を入れて踏ん張った。

「コイツ……!」

「ヒノ……!」

 そこからはもう、何が何だか分からない取っ組み合いが続いた。

「どうしちゃったの2人とも……」

「さあ……なんなんだろう」

 コトネとチコリータ、ウツギ博士に助手のみんながみんな、状況を理解できずに呆然と2人のケンカを見つめることしか出来なかった。ワニノコだけは、まだアゴが外れそうで心配なくらい口を開いたまま固まっている。選ばれなかったことが相当ショックだったらしい。あれだけアピールしたのに。

 結局、最後はヒビキもヒノアラシもクタクタの状態でお互いにずつきをし合い、力尽きて床に仰向けに倒れてしまった。

「だ、だいじょうぶ……?」

 呆れるのと心配そうなのが半々くらいの表情で、コトネがヒビキの顔を覗き込む。チコリータも頭の葉っぱをうちわにしてヒノアラシを仰いであげている。両方とも、散々床を転げ回ったためすっかりボロボロになっていた。

「選んだポケモンといきなりケンカなんて。どうしたの?」

 コトネが訊くと、ヒビキは息を切らしながらも白い歯を見せてにっこりと笑顔を返した。

「OK! 完璧!」

「……?」

 ヒビキの高らかな声に、ヒノアラシは反応して鼻をヒクヒクと震わせる。

「……でた、いつもの口癖」

 コトネの表情が呆れ100%の苦笑いなった。もう心配はいらないらしい。ウツギ博士もやれやれと息をついた。ワニノコはまだ固まっている。

 ヒビキは身体を起こすと、ヒノアラシに向かって笑いかけた。

「思った通りだ。オマエ、熱っちぃーじゃん!」

「……ヒノヒノ?」

「バカにされたら怒る、ナメられたら見返してやる、やられたらそれ以上にやりかえす。負けず嫌いの熱いヤツじゃんオマエ」

 ヒノアラシも身体を起き上がらせ、座り直した。そしてヒビキを見返すと、鼻をフゥーンと鳴らした。

「オマエもな、ってか? ははは、その通りだよ。オレも負けるのは大ッ嫌いだ」

 息がやっと整い、ヒビキは立ち上がった。そのままヒノアラシに歩み寄ると、片膝をついて手を差し伸べた。

「オレ、オマエとならこれから先、ずっと一緒にたくさん熱いバトルが出来ると思ったぜ! オマエはどうなんだよ、ヒノアラシ!」

「……!」

 その手を見て、その言葉を聞いたヒノアラシも、立ち上がってヒビキを見上げる。細目なので見えないが、きっとその瞳はキラキラと輝いて、炎が燃え盛っているのだろう。

 ヒノアラシは両足を踏ん張って、力を込めた。そして―――

「ヒッッッノ〜〜〜ッ!」

―――背中からやる気の漲る炎を吹き出しながら、今度こそ、たいあたりでなくヒビキの胸に飛び込んだ。ヒビキはしっかりと両腕で抱き留める。

「あっちっち。あはは♪ よろしくな、ヒノアラシ!」

「ヒノヒノッ!」

 ヒノアラシは、自分の体温とは違う新しい温もりに包まれて、とても嬉しそうな表情を初めて見せてくれたのだった。

 

 

 ―――こうして、1人と1匹は、出会った。

 これからジョウトで巻き起こる様々な事象に、炎のような熱さで挑んでいく最高のコンビが、今ここに誕生した瞬間であった。

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