―――旅立ちの前夜―――
「明日の準備はバッチリ完璧! 歯磨きもしたし、もう寝ようか、アラシ」
「ヒノ〜」
明日の旅立ちの支度を済ませ、就寝の準備をするヒビキ。
水色の生地にモンスターボールがたくさんプリントされたパジャマに着替えていると、アラシは遊んでいたサッカーボールにドロップキックを食らわして部屋の隅のプラスチック箱に追いやった。
「ナイスシュート! 器用だなぁ」
「ヒノヒノ〜♪」
褒めるヒビキをよそにアラシはベッドに飛び込んだ。掛け布団の上にうつ伏せで寝転び、上機嫌な声を上げる。
布団の柔らかさが心地いいようだ。そのまま寝入ろうとしている。
しかし、ヒビキはアラシのモンスターボールを取り出すと、アラシの方に開閉ボタンを向けた。
「オマエはこっちな」
開閉ボタンから赤い光の線が飛び、アラシを捉えた。光はアラシを包み込んでそのまま収縮し、ボールの中に戻っていく。
モンスターボールはポケモンを収納するハイテクな道具であり、中はポケモンにとって心地いい空間になっている。あまり広くはないが、大抵のポケモンは野生としての巣や寝床は狭くて暗いところに作るものであるため、かえって狭い空間の方が落ち着くらしい。
野生は土に穴を掘って住処にするというヒノアラシも例外ではないはずだ。
ところが、
「うわっ!」
「ヒノッヒノ〜」
モンスタボールから勝手にアラシが出てきてしまった。モンスターボール最大の謎。開発者いわく「中から自由に出られる仕組みにはなっていないはずなのにポケモンは勝手にボールから出てくることがある」とのこと。もっとも、ボールは『檻』ではないから、そこは修正せずに量産・流通させているらしいが。
「どうしたんだよ、アラシ」
ヒビキが眉をひそめてアラシに聞くと、アラシは鳴き声でひとつ短く返事をし、またベッドにダイブした。
「そこで寝たいってか?」
「ヒ〜ノ♪」
どうやらボールの中よりヒビキの布団の方がいいらしい。
「そうなのか? ボールの中ってすごく快適なんだろ?」
「ヒ〜ノ」
ゆっくり首を振るアラシ。分かってないなぁと言わんばかりの表情だ。
「……いやダメだ。ここはトレーナーとしてしっかり
「……」
ヒビキの言葉を聞き、アラシはしょんぼりとするが、素直に頷き、ベッドから降りてきた。
「よし、偉いぞ。戻れ、アラシ!」
「……」
再度ボールにアラシを戻し、ほっとしたヒビキはやっとベッドに這入る。
延長紐の付けられた証明のスイッチを3度引っ張り、部屋を真っ暗にした。
ボールは枕元に置き、ヒビキはそれを見ながら囁く。
「おやすみ、アラシ。明日から、頑張ろうな……」
そうしてヒビキはすぐに眠りについた。一日中はしゃいで、本人が思っているよりも疲れていたようだった。
ある程度の時間が経ち、ヒビキもすっかり寝入っていた。
しかし、まだ浅い眠りだったようで、モゾモゾと身体に感じた気配と感触にふと目が覚めてしまった。
気配は布団の中から。感触はお腹から胸の方へと上がってきて―――
「……アラシ」
―――ヒビキの胸元と掛け布団の間から、アラシが顔を出した。
「……また勝手にボールから出たのか。そんなに布団が良いのか?」
アラシは首を振った。どうやら違うらしい。その表情は不安げで、弱々しい。
「……なら、ボールに戻れよ。明日のためにちゃんと寝るんだ」
「ヒュゥゥ〜ン……」
「……」
今の鳴き声で、ヒビキは全てを察した。アラシの背中を布団の中で撫でながら、とろんとした目と声で呟く。
「はは……。一人じゃ眠れないのか。……意外とさみしんぼなんだ」
「……ヒュルヒュル〜」
「それなら……しょうがないなぁ」
ヒビキは目を閉じた。アラシの心情を、すべて受け入れて、眠りにつく。
(……ポケモンって、あったかいんだなぁ)
「……スー……スー」
アラシもそのままヒビキの胸の中で寝息を立て始めた。
アラシもまた、人間の温かさを初めて知ったようで―――
(…………♪)
―――今までで一番、安らかに眠れる夜になったのだった。