ポケットモンスター◆スピリットクリスタル◆   作:わた雨

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ヨシノシティ〜いざ!ポケモンバトル!
ポケモンセンターを守れ! 対決ロケット団!


 ヨシノタウンに到着した頃にはもう、時間は深夜0時を回っていた。

 川を飛び越えたり崖を滑り降りたりなど、様々なショートカットを駆使して身体中擦り傷切り傷だらけになったヒビキだが、無我夢中で猛進していたため体力ほど精神力は消耗していなかった。

 初めて訪れる町ではないのだが、家々の明かりがほとんど消えてしまっているので、暗くて町の雰囲気が読みとれなかった。

 しかし、今のヒビキにとって、そんなことは全く問題ではない。今は自分のポケモンたちのことで頭がいっぱいなのだ。

 

 アラシ(ヒノアラシ)は、毒に侵されている。途中途中で水を飲ませたり、熱冷ましに濡れタオルを頭にかけてあげたりしたが、もうすっかり弱ってしまっていて、ヒビキが思っていたより事は深刻だったということに気付かされた。

 ビート(ビードル)は、少しずつ体力は戻りつつあるものの、アラシが少しばかりやり過ぎてしまったようで、外傷より内傷が大きく、キズぐすりが効かない状態だった。

 2匹の状態が実に良くないことを知ったヒビキは表情を険しくし、焦りを感じて更に無茶に走ったのだった。

 

 ポケモンセンターを探すヒビキ。しかし、変な方角から町に入ってしまったようで、気付けばそこは住宅街の中だった。町明かりが少ないせいで道がよく分からない上に、あまり冷静な判断が出来ない心情であるため、たちまち迷ってしまった。

 すると、目の前に、見たことのある看板を掲げた建物を見つけた。青・白カラーの大きなモンスターボール、そしてその下にアーチを描くように『POLICE』の文字。あれは……!

「交番だ!」

 お巡りさんに尋ねれば、ポケモンセンターの場所を知ることが出来るかもしれない。

 そう思ったヒビキだったが、同時に、こんな深夜に子供が町を出歩いているのはマズいのではという考えも頭によぎった。

 明かりは点いている。中に人はいるのだろうが……。

(自分の身の心配なんてしてる場合か! ええい!)

 ヒビキは躊躇いを振り払い、交番の戸を開いた。つもりだったが、戸は微動しただけで開くことはなかった。鍵が掛かっているようだ。

「あうぅ。す、すみませーん。すみませ~ん! ……あれ? すみませ~っん!!」

 戸を叩いて中の人を呼び出そうとするヒビキだが、返事が返ってくることはなかった。

「明かりは点いてるのに……。居ないのかよ~」

 ヒビキはがっかりしてうなだれた。同時に少し安堵の気持ちがあることに酷い自己嫌悪する。

 と、突然、背後から強烈な光を当てられ、ヒビキは飛び上がって驚いた。

 慌てて振り向くと同時に、

「そこのキミ!!」

 少し怒声気味な声で呼ばれた。ヒビキはビクッと身体を竦ませる。

 目の前に現れたのは、サイドカー付きのオートバイとそれに乗った女性だった。

 女性はその場にオートバイを停め、降りてヒビキに近づいてきた。

「こんな時間に子供が出歩いていちゃダメでしょ!」

「あなたは……?」

 逆光がなくなって目の前がよく見えるようなったヒビキは、声の主である女性の姿をしっかりと視認した。

 女性は、端正な顔立ちで表情はキリっとしており、さらりとした緑色の髪を一本結いにしていた。さらに、警察の制帽を被り、警察の制服を着て、警察のバッジを付けている。

「分かりきったことを聞くのね。私はヨシノタウンのジュンサーです!」

「……で、ですよね」

「そんなことより! こんな深夜に出歩いていったい何をしていたの?」

 予想通りの展開にヒビキは苦笑いして言葉に詰まった。

「近頃は、またポケモン強奪事件が増えてきているって話もあるんだから!」

 そう言って、ヨシノのジュンサーは何やらチラシのような紙をヒビキに見せるように突き出してきた。それはどうやら手配書のようで、写真にはシルエットで2人の人間と左右で耳の長さが違うように見えるポケモンが写っていた。名前も身元も不明で、ポケモン泥棒団と仮称が付けられている。

「ポケモン泥棒団……?」

「町に住んでいるのなら今すぐ(うち)に帰る! そうでないのなら宿に、トレーナーで旅をしているのならポケモンセンターの宿舎に戻りなさい!」

 今の言葉に、ヒビキはハッとした。

「それだ! それですよ、ジュンサーさん!」

「……んん? それ、って?」

 チャンスとばかりに、ヒビキは自身の状況の説明をたたみかけた。

 

 説明を始めるとジュンサーは親身になって聞いてくれた。最後にポケモンを見せながら説明を終えると、うんうんと頷いた。どうやら分かってもらえたようだ。

「緊急事態なのはよーく分かったわ。ポケモンセンターに行きたいなら、私が連れてってあげる! たぶんそれが一番速い方法でしょ! さぁ、乗った乗った!」

 話が分かるジュンサーさんで良かったとヒビキは思っていたがまさか送ってくれるとは、予想外であった。

 ヒビキはサイドカーに乗り込み、ジュンサーはオートバイのエンジンをかけてアクセルに足をかけた。

「飛ばすわよ! しっかり掴まってて!」

「え? わあ! あわわわわわ……!!」

 急発進アンド急旋回アンド急加速。あまり乗り物に乗ったことのないヒビキにとっては29番道路の河川で初めて滝壺ダイブをした時よりも、デンジャラスな体験になった。

 

 

――――――

 

 

 黒い気球が闇夜に紛れて空を漂う。

 何かのポケモンをモチーフにした気球のようで、片耳が長い。動力の炎は黒いカバーで覆われており光を抑えて目立たないようにしている。

 4本の紐で下がっているカゴの中では、影が蠢いており、囁くような声で会話を交わしていた。

「目標捕捉。アハハハハ……」

「準備万端。フフフフフ……」

「悪事遂行。ニャハハハハ……」

 気味の悪い笑い声がヨシノの夜空に吸い込まれて、また静寂に変わる。

 月明かりに照らされたカゴの中で、影のひとつがその満ちた月と爛々と輝く星空を仰いだ。

「今宵は良い夜空だニャ。我々の悪事を大勢で見守ってくれるようだ」

「風も心地良いですよ、先生。ワカバタウンが近いからかしら」

「最高のオーディエンスに囲まれている……。こんな悪事日和は久しぶりだぜ……ん?」

 別の影が、地上に何かを見つけたようで、気球の高度を少し下げる。

 見つけたのは電柱……に張り付けられていたチラシのようなものだった。

 影のひとつが、伸縮棒付き機械式マジックハンドでチラシを素早い手さばきで剥がして手元に持ってくる。

「やっぱり手配書か……。お尋ね人、ポケモン泥棒団……?」

「ちょっと、これ、わたしたちじゃない? 何よ、ダサいネーミングね。センスの欠片もないったら!」

「美学のニャい呼称だ。どうやら、我々のことをただの盗人だと勘違いしている輩がいるらしい。やれやれ……」

 影のひとつがカゴの縁に立った。幼児くらいの大きさだが、腕を組んだそのシルエットは明らかに人間のものではなく、やや頭でっかちで、片耳が長く見えた。他の2つの影も背中合わせに佇み、腰に手を当てたり額に手を添えたりと各々のポーズを決めた。

「ニャらば、示すしかあるまい」

「アタシたちの存在を」

「俺たちの脅威を」

「そして我々の悪の美学を……ニャ」

 夜はさらに更けていく。

 彼らの為に。

 ならば、月と星々は誰の為に輝くのだろうか。

 答えは、誰も知らない。

 

 

――――――

 

 

 ヒビキはヨシノのジュンサーの荒々しい運転に揺さぶられながら、ポケモンセンターへと向かっていた。そこまで大きな町ではないため、もう数分もかからず到着するだろう。

 腰のベルトに付いた、アラシとビートのモンスターボールを撫でながらヒビキは心配そうな顔をする。このままポケモンセンターに連れて行ったとして、もし手遅れだなんて言われたら……。そう思うと、とても不安な気持ちになってくる。

 目をギュッと閉じて何にでもなく願う。どうか間に合ってくれ、と。

 そんなヒビキを気にしたヨシノのジュンサーは、道が直線に差し掛かったところで声をかけてきた。

「よく見たら、キミもずいぶんボロボロじゃない。そうとう無茶したんじゃない?」

「こんなの、こいつらに比べたら……。オレのせいで……。トレーナーになったばかりで、浮かれてたんです」

「大丈夫よ。ポケモンの為に無茶をするキミの想い、きっとポケモンたちには届いているわ。ほら、着いたわ、よっ!」

「うわああああ!!」

 サイドカー付きのオートバイでドリフト。このジュンサーも無茶をする……。

 ヒビキが顔を上げると、大きな建物が目の前に佇んでいた。まるでモンスターボールのような、赤い屋根に白い壁のドーム型の建物で、入口の上の看板にはモンスターボールのマークと『Pokemon Center』の文字が。

「……! ジュンサーさん、ありがとう!」

 ヒビキはサイドカーからすぐに飛び降り、振り返ることなく礼を言って一気に入口に向かって駆け出す。

 ジュンサーは微笑みを浮かべながら、ポケモンの為にひたむきになる少年の後ろ姿を見送った。

(あの子は……良いトレーナーになるわね、きっと。あの熱いトレーナーの未来に、幸あれ……)

 

 自動扉をくぐり、ダッシュで受付のカウンターに向かおうとすると、

「あら? あなたがヒビキくんかしら?」

 横から女性に声をかけられた。視線を向けると、ヒビキはその女性が何の人なのか瞬時に理解した。白衣を着ていたからだ。

「ここのジョーイさん、ですよね!? アラシとビート……オレのポケモンが―――!」

「落ち着いて。話はジュンサーさんから無線で聞いています。すぐ治療してあげるから、ボールを預かるわね」

「は、はい! お願いします……!」

 ジョーイはボールをヒビキから預かると、集中治療室へと消えていった。傍らに2匹、ピンク色の卵体型のポケモンを引き連れていたが、今のヒビキにはそれに興味を抱ける余裕はなく、息を切らしたままその扉を見つめることしか出来なかった。

 そして、不意にズルリと膝が崩れ落ち、その場にへたり込んでしまった。

 もう、ここから先はヒビキに出来ることは何もない。ジョーイとポケモンを信じるしかないのだ。ヒビキもそれはしっかりと分かっていた。

 床に手を付けたまま、爪が食い込むほど拳を握り締める。

「アラシ……。ビート……」

 誰もいないロビーの中央で、ヒビキはパートナーと友達の名前をただただ呟き、願うのであった。

 

 

――――――

 

 

 時計の秒針の音のみが脳に情報として伝わってくる。

 30分は経っただろうか。まるで泥沼に浸かっているような気持ち悪さと身体の重さが、ヒビキの身体を支配している。

 集中治療室の目の前の廊下。その端に備えられている長椅子にヒビキは腰掛け、白く寂しい壁に背中で寄りかかっていた。

 考えているのはもちろんアラシとビートのこと。

 それと、ヒビキ自身も、かつてむしポケモンの毒を受けたことがあったのを思い出していた。

 あの時は辛かった。熱は40度近くまで上がり、寒気があるのに汗は止まらず、身体の痙攣も治まらなかった。まるで風邪の症状をさらに酷くしたような、そんな感覚。

 その時、お母さんは心配そうな顔でひたすら看病を続けてくれた。

 お母さんの潤んだ瞳に映っている自分の姿を見て、ヒビキは思った。

 辛そうな自分を見ていた、あの時のお母さんの心情はどんなものだったのだろうか、と。

 ……おそらく、今のヒビキが感じている胸の痛みこそ、ヒビキがポケモンを思う気持ちと、あの時のお母さんのヒビキを思う気持ちが同じである証拠なのだろう。

 

 やがて、思いを巡らせているうちにヒビキは意識を落としてしまっていた。

 

 

――――――

 

 

「……キ……く……ん。……ヒビキくん!」

「……?」

 自分を呼ぶ声。女性の声だ。よく通る、仕事慣れした声。

 ヒビキは目蓋を開き、顔を上げる。

 そこには、やはり女性がいた。端正な顔立ちに長いまつ毛、ピンクのカラーでボリューミーな縦ロールの髪が特徴的だ。白いナースキャップを被っており、服装はピンクが基調のナース服に白のエプロンをしている。傍らには同じくナースキャップを被ったピンク色の卵体型のポケモン……。

「……!」

 と、ここまで把握した瞬間、ヒビキはその女性がこのポケモンセンターで初めに会ったジョーイだということに気が付き、アラシとビートの治療が終わっているのだと察した。一気に目が冴える。

 そして急に立ち上がり、眉をハの字にしてジョーイに迫った。

「じ、ジョーイさん! ア、アラシとビートは……!?」

「落ち着いて。大丈夫よ。あなたのポケモンの治療は無事済みました」

 ジョーイはにっこりと微笑んだ。

「本当!? よ、よかったぁ〜!」

 ヒビキの表情が緩み、安堵の顔になった。身体の力が抜け、椅子に身体を落として壁にもたれた。

「あとは一晩、安静にして休ませれば元気になるでしょう」

「ありがとうございましたっ! ジョーイさんはアラシの命の恩人です!」

「いえいえ、ポケモンを元気にするのが私の仕事ですもの。それに、命の恩人は大げさね。ポケモンの毒ってね、研究され尽くされているのよ。ポケモンセンターで治せない状態異常は無いわ。でも、体の小さいポケモンは毒が体中に回るのが早いのよ。今後は気をつけてね。外傷や内傷はポケモン自体の治癒力を促進させてあげればすぐに完治するわ」

「すごいんだね、ヨシノシティのジョーイさんは」

「ふふふ♪ どこのジョーイもみんな同じです。ポケモンの健康のことならポケモンセンターにお任せあれ、よ。……でもね」

 不意にジョーイの表情が険しいものに変わった。ヒビキはその雰囲気を感じ取り、姿勢を正した。ジョーイの目をしっかり見て、耳を傾ける。

「私たちにも治せないものがひとつだけあります。……それはね、ポケモンの心の傷よ」

「心の……」

 ジョーイは隣のピンク色の卵体型のポケモンの側頭部に手を伸ばし、優しく撫で始めた。ポケモンは表情を変えないが、身体をジョーイの方に傾けて身を預けている。

「いくらポケモンセンターで優良な治療を受けられるとはいえ、安易にポケモンを酷い目に合わせてはダメよ。ポケモンによっては、2度と同じトレーナーの言うことを聞かなくなることだってあるの」

「ポケモンが、2度と……?」

「特に、あなたのような新米トレーナーはね。まだポケモンと信頼関係をしっかり築けていないうちに無茶をさせることが多いのよ」

 ずきり、とヒビキの胸に痛みが走った。

 ヒビキは、駆け出しだ。十分な信頼関係――絆をアラシと築けているかと訊かれて、あっさりとYESと答えることは到底できない。まだ出会って3日しか経っていないのだ。

 そしてそれはビートに対しても同じ。友達ではあったが、まだビートはヒビキのことをトレーナーとして認めていない可能性がある。なにせ答えを訊いていないのだ。

 ヒビキにはそのつもりは無かったが、アラシに無茶をさせてしまった。

 パートナーのアラシの無茶で、ビートには必要以上の負傷をさせてしまった。

 アラシとビートの為に、ポケモンの為に行動しているという嬉しさに酔い、笑みを浮かべてしまった。

 心あたりが、いくつも出てきてしまう。

 ヒビキには想像できてしまう。

 嫌われてしまった自分を。

 信じて貰えなくなった自分を。

 トレーナーとして絶望されてしまった自分を。

「オレ……。オレは……」

「ポケモンと向き合うときは、覚悟を決めてからにしてちょうだい。トレーナーはポケモンを『使う』人じゃない、ポケモンを『育てる』人だということ、覚えておいてね」

「……はい」

 うつむいて返事をするヒビキ。すっかりこたえてしまったようだ。それを見てジョーイは、ヒビキの肩に手を置いた。ヒビキが目線を上げると、ジョーイは微笑んでいた。

「ポケモンは人間の気持ちにとっても敏感なの。僅かな心の変化でさえ感じられる。だから、私はあなたは大丈夫だと思うわよ」

「え……?」

「だってあなたは、とっても優しい子だと思うもの。ポケモンの為にそんなにボロボロでクタクタになるまで走ってやっとここまで来た。そうでしょう?」

 ヒビキは目を見開いた。そうだけど、ポケモンとの絆は……。

「本当に見限られるトレーナーなんてごく僅かよ。あなたみたいなトレーナーならきっと大丈夫。まぁ、ちょっと拗ねられたりはするかもしれないけれどね」

 

―――ポケモンの為に無茶をするキミの想い、きっとポケモンたちには届いているわ―――

 

 ジュンサーの言葉を思い出す。

 ヒビキの覚悟は決まった。

 その想いを、しっかりとポケモンたちに言葉で伝えようと。

 たとえ信用を失ってしまったとしても、時間をかけて取り戻していこうと。

 彼らのトレーナーでいようと。

「……よし! ジョーイさん、オレ、覚悟を決めたよ。アラシたちのところに行く!」

 ジョーイの目をしっかりと見ながら、ヒビキは力強い口調で言った。

 ジョーイは静かに頷き、ヒビキを手招きした。集中治療室の中に、まだアラシとビートはいるらしい。

 治療室の扉の前に立ち、ジョーイが取っ手に手を掛けた。

―――その時だった。

 

―――バリィィィィィッン!! バラバラバラバラバラ!!―――

 

 何かが割れて、破片の雨が床を打ち付ける音が建物全体に響き渡った。

「!? な、なんだなんだ!?」

 音のした方向は、真後ろ。真後ろは……。

「ロビーからだわ!」

 扉の取っ手から手を放し、反転して駆け出すジョーイ。

 ヒビキは集中治療室の扉を一度見やったが、アラシたちに会いたいのをぐっとこらえると、ジョーイの後を追った。

 

 ロビーに付くと、そこはヒビキが入ってきた時とは明らかに様子が変わっていた。

 1箇所、丸くくり抜いたような形の天井窓はガラスが中央から割れて穴ができており、夜空が見えてしまっていた。

 床には天井窓のガラスの破片が散乱しており、キラキラ光っている。

 そして、部屋全体にはドス黒い(もや)のようなものがかかっており、視界が非常に悪くなっていた。しかも臭いがキツく、鼻が曲がりそうだ。

「うわっ。これって……」

 口と鼻を抑えながら、ヒビキはすぐに察した。これは自然に出来た靄ではない。何かが故意に発生させたものだと。

 医療施設でこんなものを扱うなんてありえない。明らかに身体には毒だ。

 靄を払って状況を確認しようと、上着を脱いでそれを両手で広げ、バサバサと仰いで靄を吹き飛ばそうとする。

 すると、靄の中からひとつの影が飛び出してきて、ヒビキを突き飛ばした。

「うわあ、何だ!?」

 ヒビキは突き飛ばしてきた相手を見る。

 そこにいたのは、風船のような水色の胴体に人相の悪い目、両サイドに大きな、額には小さな赤い半透明の丸い部位があり、胴体から下からは2本の触手をぶら下げたクラゲのようなポケモンだった。どういう原理なのか分からないがふわふわと宙に浮いている。

 そのポケモンを見たジョーイが、すぐさま声を上げた。

「このポケモンは……メノクラゲ!!」

 そして、そのクラゲのようなポケモンの横にも、別のポケモンが蠢いていた。

 ヘドロのようなドロドロベトベトの体に目と口と両手があるポケモンだ。悪臭の原因はどうやらこのポケモンのようだ。何がそんなに楽しいのか、すごくニッコニコの笑顔である。

「こっちはベトベター……!! この子たちがこの『くろいきり』を出しているのね!」

「メノクラゲにベトベターかぁ。初めて見たよ」

 そんなのんきなことを言ってる場合じゃないでしょ、とヒビキはジョーイに一喝されて苦笑いする。

「いったい誰がこんないたずらを?」

 

――― 「 それはもちろん、我々さ!! 」 ―――

 

 突如、響き渡った複数人の声に、ヒビキとジョーイはぎょっとした。

 瞬間、スポットライトのような光が空から降り注ぎ、靄の中に佇む新たな影を照らしだした。

「な、何なのあなたたちは!?」

 シルエットは、3つ。背の高い人間と女性と思われる人間、そして、その間にいる頭でっかちで左右非対称の耳とするどいツメを持つあれは……なんだ?

「だ、誰だオマエら!?」

 靄が少しずつ薄くなっていき、シルエットの正体が徐々に露わになっていく……!

 

「何だ、誰だ、と聞こえたら―――」

 

「―――答えてあげるが、悪の美学」

 

「縦横無尽に地を駆けて―――」

 

「―――変幻自在に空も翔ぶ」

 

「夜空に輝く銀河のほとりに―――」

 

「―――咲かせて魅せるは、悪の華!」

 

「サコン!!」

「ミツナリ!!」

「 そしてマスクド=ニューラ大先生!! 」

「然り」

 

「悪を極めるロケット団の我らには―――」

 

「ビッグバン――無限の未来が広がるぜ」

 

「ニャんて、ニャ」

 

 独特の口上とキレのあるポージングの数々に、ヒビキとジョーイは唖然として眺めていることしか出来なかった。

 ヒビキたちから向かって右側には、右手を腰に当て、少し肩越し気味にこちらを見るかのような身体の向きのポーズを決め、顎を上げて挑発的な目で見下しながらサコンと名乗った女性が現れた。鮮やかなマゼンタの髪色でシャギーのかかったウルフカットの髪型をしており、前髪はアシンメトリーになっていて左目はほとんど隠れている。グロスとルージュを塗っているのか唇は鮮やかに紅く艶がある。服の上からでもウェストがくびれているのが分かり、スタイルは良く、美人の類だ。傍らにはメノクラゲが控え、こちらの様子を無表情で伺っている。

 向かって左側。左手で右腕の肘を支えるように腕を組み、右手の親指と人差し指を顎に挟むように添えたポーズをとって色気のある流し目と共にミツナリと名乗ったのは、ビリジアンの髪色で女性とは逆のアシンメトリーが全体にかかったショートヘアの美青年だった。目は隠れていない。こちらの傍らにはベトベターが構え、ニコニコ笑顔で身体を上下に伸び縮みさせている。

 ふたりとも、男女用の違いはあるが胸に大きなRの文字がプリントされているユニフォームを着用していた。

 そして、2人の真ん中で異様なオーラを放っているのが、マスクド=ニューラと呼ばれたポケモンだった。濃紺の体色の猫のような容姿であり、顔には片翼のアゲハ蝶を模した煌びやかで怪しげな仮面を付けている。手の先には鋭い鉤爪を光らせ、腕を組んでいる。左耳は緋色の装飾のような毛が生えており、同様の毛が尻尾のように臀部から3本並んでいた。額と胸元には金色の楕円形の部分があり、少し出っ張っている。眼光は鋭く、狡猾そうな雰囲気を醸し出しており、落ち着き様からは大きな自信さえ感じられる。

「け、結局なんなんだぁ?」

「アハハハハ! 物分りの悪い子供に用はな〜い」

「フフ……。俺たちの狙いはズバリ! ここにいるポケモンさ!」

「なんですって!? もしかしてあなたたち、例のポケモン泥棒団ね!」

「センスのない呼び名で呼んでくれるな。我々はロケット団だと名乗った筈だニャ……?」

 ギロリ、とマスクド=ニューラの仮面の下の眼光が光る。ジョーイはその迫力にたじろいたが、引かずに強い眼差しで見つめ直す。

「ロケット団は2年前に解散したはずよ!」

「目の前の現実を見てもそう言えるなら、アンタは実に愚か者ね」

「己の愚かさを悔いながら、ポケモンたちが奪われるのを見ているがいいさ」

「行くのよメノクラゲ!!」「行け……ベトベター!!」

 ふたりがポケモンに指示を出した。メノクラゲとベトベターがジョーイとヒビキに迫ってくる。

「ロケット団か。見たまんまの悪党みたいだな。なんだか頭にきたぞ。ジョーイさん! 早くポケモンたちのところへ!」

「ええ! ヒビキくんは早く逃げてね! おねがいラッキー、時間を稼いでちょうだい!!」

「ラッキーーー!」

 卵体型の薄いピンク色のポケモンが、メノクラゲとベトベターの前に立ちはだかった。両手を広げて2匹を通せんぼうしている。その隙にジョーイはもう1匹のラッキーと共に集中治療室の方とは別の通路へ走っていった。

「あらあら、2対1で勝てると思っているのかしら」

「指示を出すトレーナーもいない。無謀だな。時間稼ぎに使われるなんて可哀想に……」

「2対1じゃない! 2対2のトレーナー付きだ!」

 ヒビキが声を張り上げて前に出た。相手を睨みつけながら構える。

 ヒビキはラッキーの技なんか知ってはいないので、指示は出せない。しかし、この状況を見過ごすわけにはいかなかった。

 トレーナーよ、ポケモンの為であれ。――それは、何も自分のポケモンだけに限った話ではない。

 回復させるため預けている間に、悪党なんかにポケモンを奪われてしまったら、どんなトレーナーだって悲しんでしまうはずだ。そしてその悲しみは、ぶつける相手も無く、洗い流すことも出来ず、そのトレーナーの心に一生残る傷になる。ヒビキにはそれが分かっていた。

 自分のポケモンを初めて手に入れたあの喜び。それとは真逆の悲しみなんて、自分じゃなくても受けて欲しくない!

 その思いだけが、ヒビキを駆り立てた。とてもじゃないが人間がポケモンに敵うはずがない。それでもヒビキはメノクラゲとベトベターに立ち向かうことを決めた。

「なーに? このガキんちょ。あたしたちに楯突く気?」

「タテでもヨコでもナナメでも何でも突いてやらあ!」

「アホだな……。素直に逃げてりゃ痛い目見ずに済んだものを……」

「アホでけっこうドードリオ! おりゃぁあぁぁぁ!!」

 ヒビキが目の前のメノクラゲに突撃する。メノクラゲは驚く様子もなく、冷静に触手を振るってヒビキに打ち付けた。ヒビキは痛みに顔をしかめるが、足を踏ん張り歯を食いしばりメノクラゲに接近する。

「……生意気なガキんちょね。メノクラゲ、もっと打ちのめしておしまい!!」

 メノクラゲが両の触手をムチのようにしならせて連続攻撃を繰り出してきた。触手のムチがヒビキの身体にビシビシと打ち付けられていく。ヒビキは腕を交差して身を固めているが、痛みはどんどん増していくばかり。その時、

「ラァッキィ〜!」

 ラッキーが耳に響く『なきごえ』を発した。メノクラゲは身体を震わせ、攻撃のテンポが遅くなった。ムチの強さも少しだけ弱くなっている。

「ラッキー! 助かるぜ!」

 ヒビキはメノクラゲに飛びかかり、その宙に浮かぶ体に両手を回してしがみついた。メノクラゲはあたふたし、宙に浮く力の制御が上手くいかなくなって地面に落下した。ヒビキはそのまましがみついてメノクラゲの動きを封じる。

「ちょっとぉ!! アタシのメノクラゲから離れなさいよ!」

「『なきごえ』か。小癪な。ベトベター!『ヘドロこうげき』!」

「ベトベト〜♪」

 ミツナリの指示を受け、ベトベターが楽しそうに口からヘドロの塊を数発発射した。ヘドロはラッキーの顔に命中したが、ラッキーは怯むことなく、すかさずエプロンのポケットからナプキンを取り出し顔を拭き取った。つやつやの卵肌が一瞬のうちに蘇る!

「おおっ! 打たれ強い! やるじゃんラッキー!」

「オレのベトベターの『ヘドロこうげき』が!?」

「狼狽えるニャ。ラッキーは特殊攻撃にめっぽう強いだけだ。しかし物理攻撃には……ニャ」

 いったいどこから出してきたのか、高貴なディティールの椅子に足を組んで座っているマスクド=ニューラがミツナリに助言を与えた。

「さすが大先生! ようし、ベトベター『はたく』攻撃!」

 ベトベターがラッキーに近付き、ニコニコ笑顔で平手打ちをお見舞いした。頬を思い切りはたかれたラッキーは、大きな体に似合わず軽々と吹っ飛んでしまった。

「ああっ! 打たれ弱い!? しっかりしろラッキー!」

 ヒビキが声を掛けるも、ラッキーはコロコロと床を転がり、目を回してダウンしてしまった。

「あとはガキんちょだけねぇ。メノクラゲちゃ〜ん『からみつく』ですっ♪」

 メノクラゲの触手が、しがみつくヒビキの首や身体に絡みつき、ぎゅっと締め上げる。

 ヒビキは苦しそうに悶え、腕を緩めてしまった。その隙にメノクラゲは再び宙に浮き、ヒビキから逃れる。

「アタシのかわいいメノクラゲちゃんに抱きついた罰よ!『ようかいえき』!」

「クラララララ!!」

 メノクラゲが体を後ろに倒し触手の付け根のところから緑色の液体を発射した。

「うわあぁーーー!!」

 緑色の液体はヒビキの身体と腕に当たるとたちまち服を溶かし、皮膚に届いた。ジュワー、と気持ちの悪い音と共に焼けるような痛みが襲う。

 痛みに耐え切れず身悶えするヒビキ。自分に出来るのはここまでか、と悟り始めていた。

(でも、時間は稼げたぜ……! 今のうちにジョーイさんがみんなのポケモン――モンスターボールを安全な場所に移したはずだ……!)

 身を丸めて痛みに震えるヒビキだったが、自分の出来ることはやり遂げたと笑みをつくって目線を上げた。

 そこに見えたのは、マスクド=ニューラの姿。少々離れているが、椅子に座り肘掛に頬杖を付いて仮面越しにヒビキを見下ろしているのが分かった。すると不意に、口角を微妙に上げて笑みを見せた。

「……そろそろか、ニャ」

「……え?」

 ヒビキの表情から笑みが消えた。マスクド=ニューラが頬杖を解いて立ち上がり、鋭い目を光らせてヒビキを見下した。冷徹な眼光が、ヒビキの心を凍てつかせていく。

「勇気ある少年よ。悪に立ち向かうその意気は見事だった。だが、英雄になるには力も知力もまだまだ及ばなかったようだ、ニャ」

「な、なんだって……?」

 絶望の予感がヒビキの脳裏を掠める。顔から血の気が引いていき、鼓動が早くなる。

 なんだ? なにを言っているんだ? 何を知っているんだ? コイツは……!

 不意に、床に着いているヒビキの片耳に、足音が響いてきた。それはジョーイさんが向かった通路の方から聞こえてくる。それも……複数。

 

 ヒビキは絶望の予感が的中したことを感じてしまった。

 

 床に着いた耳とは逆の耳から声が、聞こえてくる。聞きたくなかった、苦しみの声が。

「待ちなさい! 待ち……待って! お、お願いだから待って!! 返して! それはみんなの……みんなの大切なポケモンが入ったモンスターボールなのよー!!」

「アハハハハ! 作戦大成功! さすがアタシのかわいいナゾノクサちゃん♪」

「フフフフフ! 素晴らしい働きだ! オレの愛する第2の相棒マダツボミ!」

 そして、歓喜の声を上げるロケット団の2人組。

 待てよ。作戦? ナゾノクサ? マダツボミ? まさか……まさか!?

 ヒビキはマスクド=ニューラを見上げる。自分がどれだけ絶望した顔をしているのかも分からずに。

 マスクド=ニューラは、笑った。声を出さずに。歯も見せずに。目も細めずに。ヒビキに笑みを見せてきたのだ。

 

「スマートに頂く事こそ悪の美学。悪事は遂行された。さらばだ、ニャ」

 

 マスクド=ニューラは姿を消した。しかし本当に消えたわけではなく、消えたように見えるほどの速度で瞬時にその場を離脱したのだった。

 そして、直後にヒビキの目の前を何かが通過した。首を動かしてよく見ると、頭から葉っぱを生やした藍色の丸い身体と2本足を持ったポケモンと、(つぼ)のような(つぼみ)の頭部に茎で出来た細い体、両手のような大きい葉っぱを持ち、根で出来た足で歩き回るポケモンだった。くさタイプと思われる2匹のポケモンが、薄いベージュの袋を一緒に担いでいる。

 袋の中身の想像は容易だった。モンスターボールだ。みんなのポケモンが入った、モンスターボール。

 ヒビキたちはまんまとロケット団の作戦に乗せられたのだ。

 メノクラゲとベトベター、2匹が出した『くろいきり』、口上を披露しながら登場したサコンとミツナリと彼らが先生と慕うマスクド=ニューラ。

 これらに気を取らせているうちに、ナゾノクサとマダツボミにモンスターボールを回収させていたのだ。

 おそらく、最初にガラスを割ってモンスターボールをポケモンセンター内に投げ込んだ時点で、陽動役と実行役に分けて同時に投げていたのだろう。

 ヒビキとジョーイがロケット団の口上と演出に唖然となっている間に、くさポケモン2匹は通路を抜けていったというわけだ。

 痛みをこらえて手を伸ばすが、届かない。目で見える以上に距離があった。ヒビキは涙ぐむ。

 悔しい。ポケモンたちを。トレーナーたちのパートナーたちを守れなかったことが、悔しい!

「さてと、もたもたしてると警察が来ちまうぜ、ベトベター!」

 ミツナリがナゾノクサとマダツボミから袋を受け取り、ベトベターに呼びかける。ベトベターはそれに笑顔で応えると『はたく』で2匹目のラッキーを吹っ飛ばして転進。ミツナリの元へと戻っていく。

「ずらかりましょうそうしましょう♪ メノクラゲぇ〜!」

「きゃあ!」

 サコンの合図でメノクラゲは触手でジョーイの足を払って転倒させ、こちらも転進。サコンの側まで交代した。

「それでは退散! アデュー!」

「さすれば撤収! アディオス!」

 サコンとミツナリが出口まで走り出した。4匹のポケモンもそれに続いて駆け出す。

 ヒビキは最後の力を振り絞り、やけどで痛む腕を酷使して立ち上がる。

 しかし、足がなかなか前に進まない。走ることがままならない。無茶をする体力が足りない。

 このままでは逃がしてしまう。

「待てオマエら!! 逃げんじゃ、ねえぇぇぇ!!」

 みんなの大切なポケモンたちが、連れ去られてしまう。

「逃げんじゃ、ねぇよ! 逃がして、たまるかよおぉぉぉ!!」

 もう手立てがない。

「くそぅ……! ちくしょお……!」

 何も、出来ない。

(ごめんな。みんな。アラシ……ビート……やっぱりオレ、オマエらのトレーナー失格だよ。これでみんなのポケモンを守れていれば、胸を張ってオマエらの前に行けたのに。もう会わせる顔なんてないよ。……くそぅ)

「くっそぉぉぉおぉぉぉぉ!!」

 

 

 

 

 

「ヒノヒ〜!!」

「ビ〜ビィ〜!!」

 

 

 

 

 ―――ポケモンセンターに響く鳴き声。

 それは確かに、ヒビキの名前を叫んでいた。

 ポケモンに尽くす心意気を示すトレーナーの想いを感じた、心からの叫び。

 ヒビキの炎に共鳴し、燃え盛る小さな炎の大きな雄叫び。

 絶望の闇の中から引っ張り上げてくれるような光を感じ、ヒビキは目を見開いてそれを見やった。

「ヒノォ!!」

「ナゾ〜!?」

「ビイィ!!」

「ツボォ!?」

 アラシが『たいあたり』でナゾノクサを大きく()ね上げ、ビートが『いとをはく』でマダツボミをぐるぐる巻きにした。

「ナゾノクサ!?」

「マダツボミ! なんだこいつら、いったいどこから!?」

 ロケット団が足を止めた。いきなり2体を戦闘不能にされ、動揺しているようだ。

 その隙にアラシとビートは出入り口を背にして立ちはだかる。ロケット団の退路を塞いだのだ。

「アラシ……ビート……オマエらぁ……!!」

 ヒビキは涙目でパートナーたちの名前を呼んだ。アラシもビートも包帯だらけで痛々しい姿だったが、しっかりとした表情で地面に立っている。

「まだ全然治っていないのに、カッコつけやがって……! ……カッコイイぜホントに……!!」

「ヒノヒノヒノ!」

「ビービービィ!」

 しっかりしろ! なさけないぞ!

 そう言われているようで、ヒビキは己を奮い立たせる。

「分かってるって……。行くぜ! アラシ! ビート!」

 アラシがメノクラゲに突撃し、ビートが『どくばり』でベトベターに攻撃し始めた。

 しかしレベルが違うのか、アラシはメノクラゲの触手のムチを突破できず、ビートの『どくばり』はベトベターにまったく効果がないように見えた。劣勢だ。

(くそぅ……。オレが動ければ……)

 そう思っていると、ジョーイがヒビキのところに駆けてきた。手には小瓶を持っており、中には黄色いドロドロの液体が入っている。ジョーイはそれをヒビキに差し出してきた。

「それは?」

「ラッキーの『タマゴうみ』で産んだタマゴよ。飲めば体力が回復して元気になるの。傷とやけどは治らないけど、身体を動かせるようにはなるはずよ。アドレナリンのような感じね」

「アド……? なんだか分からないけど、ありがとうジョーイさん!」

 小瓶の蓋を開け、一気に飲み干す。やや塩味のある濃厚な味わいが喉を通り抜けていく。むせそうになるがぐっと我慢して、大きく息を吐き出した。

「おおっ! 身体の怠さが無くなった! ソッコウセイってやつ!?」

「私は、逃げてねってあなたに言ったはずよ。こんなやけどまでしちゃって! 大人の言うことは聞くものよ?」

「ごめんなさい! お説教は後でしっかり聞きますから!」

 ヒビキは駆け出す。全速力で。狙うは……!

 ベトベターとビートのたたかいに気を取られているミツナリが、その手に持っているみんなのポケモンが入った袋!

 飛びかかり、袋を掴む。しかしぶん取るには至らず、ミツナリとの引っ張り合いになってしまった。

「このガキ! まだ動ける体力があったのか!」

「離せ! 返せ! これはオマエらが盗っていっていいものじゃない!」

 少しずつ引き寄せられていくヒビキ。子供の力では大人に敵わないのは分かりきっている。

 だから、ガキんちょは悪知恵を使う!

 目には目を! 歯には歯を! 悪党には悪知恵を!

 ヒビキは手の平に忍ばせていたガラスの破片を袋の底に突き立て、引き裂いた! ロケット団が侵入するために割った天井窓のガラスの破片だ。

 袋からモンスターボールがぶちまけられ、床を転がって四方八方に散らばっていく。

「ああっ!? モンスターボールが!」

「な、なにやってるのよミツナリ!?」

 あたふたしながらも、ミツナリは近くのボールを拾い集めようとする。

「させるかっての!」

 それをヒビキがミツナリの手もろとも蹴り飛ばす。不意の激痛に悶絶するミツナリ。それを笑いながら、ヒビキは声を張り上げた。

「今だ! アラシ! ビート! ジョーイさん! モンスターボールを片っ端から『開ける』んだ!」

 アラシは身を(ひるがえ)し、ムチを躱してボールを追った。鼻先でボールのボタンをつついて回る。小回りが効き、非常にすばしっこいため効率がいい。

 ビートは『どくばり』攻撃から『いとをはく』へとシフト。ロケット団の妨害に入った。ボールを回収しようとするサコンの足に糸を絡ませ転倒させる。ジョーイさんの仕返し代行だ。ざまあみろとニヤける。

 次々と開けられていくモンスターボール。続々と飛び出してくるポケモンたち。

 そう、ヒビキの狙いは散らばったモンスターボールを回収することではなかった。

 ロケット団が沢山のポケモンを盗み出すことが出来るのは、持ち運びやすいモンスターボールにみんな入ってしまっているからだ。

 開けてポケモンを出してしまえば、その大きさはボールの数十、数百倍。簡単には盗めなくなる。

 さらに、ヒビキのポケモンは1対1だとまだロケット団のポケモンには勝てない。ならば味方を増やせば! 2人ともども一網打尽に出来る!

 ボールの中のポケモンは、外の状況を意外と理解できている。ある程度音は聞こえているのだ。

 自分が盗まれそうになっていること、自分を助けようとしている人がいること。頑張っているポケモンの仲間がいること。

 遮蔽物(しゃへいぶつ)があると外には出れないが、解放された場所なら……!

 ヒビキたちがボールのボタンを押していく間にも、勇気を出したポケモンたちが次々に飛び出してきた。

 コラッタ。オニスズメ。コクーン。バタフリー。イシツブテ。ズバット。オタチ。レディアン。ブルー。サンド。ドードー。ニドクイン。ロコン。ピカチュウ。ニョロゾ。サワムラー。ギャロップ。

 ヒビキの知らないポケモンがたくさん。壮観だ。

「おおっ! すごいぜみんな! いいぞいいぞ!」

「みんなも、たたかいましょう! みんなと、トレーナーを守るために!」

 明るい雰囲気がポケモンセンターの中に溢れていく!

 悪に負けない希望の光が満ちていく!

「これって、なんか……とっても」

「やばーい……カンジ?」

 ものすごい剣幕のポケモンたちにすっかり囲まれて、気圧(けお)されているロケット団。身を寄せ合って、青ざめた表情をしている。手にはモンスターボールのひとつも握られていない。つまり、盗もうとしたポケモンすべてに囲まれてしまったのだ。

「どーする悪党! タゼーにブゼー、ルールムヨーだぜ!」

「観念しなさい!!」

「先生も先に戻ってしまった……」

「これはもしかしなくても大ピンチ! まさかまさかの」

「 失 敗 だ ! 」

 顔を向かい合わせ、声を揃えてそう叫ぶとメノクラゲが『くろいきり』を、ベトベターが『どくガス』を吹き出した。

「ああっ! また真っ黒に!」

「往生際が悪いわね……」

 ひこうタイプのポケモンが霧とガスを払うと、ロケット団は出入り口を抜けてしまっていた。外には気球が準備してあり、2人と2匹はそれに乗り込む。

 その背後からは、警察隊とそのポケモンたちも迫っているのが見えた。もう少し早ければ間に合っていたのに!

 膨らむとニューラをモチーフにした気球だと分かり、上昇を始めた。

 ヒビキが助走をつけて飛びつくが、手が届かずに空振りしてしまった。

「くそぅ! 逃がしちゃう!」

 気球の性能が良いのか、驚くほどの速度でぐんぐん上昇していく。

「アハハハハ! 逃げるが勝ちさ! 捕まらなけりゃ万々歳!」

「フフフフフ! 獲物は諦めても悪の命運は諦めず! それも悪の美学!」

 ヒビキは辺りを見渡す。力の強そうなポケモンはいないか……?

 目にとまったのは、水色の怪獣のようなポケモン。ヒビキは名前を知らなかったが、それはニドクインだった。

「どうせ逃がしてしまうなら……! いっけぇぇぇえぇぇぇ!!」

 遥か上空にまで登ってしまったロケット団に対して、ヒビキは吠え、指を差した。

 

 

「ここまでくれば安心でしょうね」

「しかし、あそこから失敗してしまうとは、先生に申し訳が立たない……。……んん?」

「どうかしたの?」

「いま、目の前を何かが上に通り過ぎて行ったような……」

「上って、まさか? そのまさか?」

「…………」

「…………」

 

「 ヤ な 予 感 ! ! 」

 

 気球の球皮をビートが食い破った。

 すぐさま球皮を蹴って空中に離脱する。上手いもんだ。

 

「 おーーーーーぼーーーーーえーーーーーてーーーーーろぉーーーーー…… 」

 

 風船に穴を開けられた気球は、空気を一気に放出しながらまるでジェット風船のように遥か彼方へ飛んでいってしまった。

 落下してくるビートをしっかりキャッチしながら、ヒビキは満面の笑みを夜空に向けた。

「ハハハ! 飛んでった飛んでった! いい気味だぜい!」

「ビビビビビビ♪」

「ヒノヒノヒノヒノ♪」

「サンキューな! ええと、ニドクイン!」

「グイィィン♪」

 ヒビキの最後の作戦はビートをニドクインに投げてもらって、気球をビートに破かせたのだった。鳥ポケモンに頼むのも良かったのだが、ビートの体は細長く空気抵抗が少ないため、直線的なスピードはこっちの方が速いとヒビキは考えたのだ。結果、対空迎撃をさせる暇もなくビートは球皮に取り付けた。見事な作戦勝ちだ!

 

 

――――――

 

 

「改めて、お礼を言わせて貰うわね。ありがとう。ヒビキくん! あなたのおかげでみんなのポケモンは救われました」

「私たち警察一同からもお礼を言わせて貰います。ありがとう! さすが私の見込んだトレーナーね♪」

 状況確認とある程度の復旧を終えたジョーイとラッキーたち、そしてヨシノのジュンサーと警察隊がヒビキに感謝の言葉を贈ってくれた。

 ヒビキは照れ笑いを浮かべながら、両手を身体の前で左右に振る。

「オレのおかげなんかじゃないです。お礼なら、いちばん頑張ったアラシとビートに言ってやって下さい」

「もちろん! アラシくんとビートくんにも、言葉では言い尽くせないくらい感謝しています」

 一同が微笑んで頷く。みんなアラシとビートの活躍を認めてくれているようだ。

 ヒビキは誇らしくなって、頬を染めながら2匹を両腕で抱き抱えた。

「ヒノッ♪」

「ビィ〜♪」

 2匹とも喜んでくれているようだ。

 その笑顔を見て、ヒビキは嬉しい気持ちと一緒に、申し訳ない気持ちが膨らんでくる。腕に感じる包帯の感触が、より一層その気持ちを大きくしていく。

 気付けば、涙が出ていた。ホロホロと、我慢できずにこぼれ落ちていき、頬、顎を伝ってアラシとビートに滴っていく。抱きしめる腕にも力が入って、震えてしまっていた。

「また……無理させちゃったな、アラシ。オレのこと、嫌いになってないのかな……? まだオレ、オマエと出会ったばかりなのにもうこんなにボロボロにさせちゃって……。本当にごめんな……ごめんなぁ……。

 ビートも。オレのことまだトレーナーって認めていないなら、怒ってくれて良いんだぞ……? オレなんかと旅したくないんなら、あの林に帰っても良いんだぞ……?」

 震える声で泣きじゃくるヒビキ。周りの大人たちは温かい眼差しで、ポケモンのことを想って泣く少年を見守っている。アラシとビートはお互いの顔を見合い、そして同時にゆっくり深く頷くと、一緒になって―――

 

「げふうぅぅぅ!?」

 

―――ヒビキの両頬目掛けて頭突きを食らわした。

 クシャクシャになっていた顔を更にグシャグシャにされて、ヒビキは一瞬意識が飛びかけた。そのまま後ろに倒れこみ、両腕からアラシとビートが脱出した。

 2匹はさらに追い打ちをかけるが如く、ヒビキに取り付いてぶったり噛んだりくすぐったり揉みくちゃにした。

「あうっ! ぶはっ! オマ、エらっ!? ちょっとまっプ……! なに……はは……! ……こ、の! ……ジョートーだこらぁ〜!!」

 ヒビキの堪忍袋の緒も切れ、反撃に入る。突如として大乱闘になってしまったヒビキたちを見て、大人たちは唖然と見ていることしか出来なかった。

 しかし、次第にその光景が可笑しく見えてきて、みんなお腹を抱えて大爆笑し始めてしまった。

「なんて似たもの同士なのあなたたち! あははははははは!!」

「さっ、さすが私の見込んだトレーナーとパートナーたちだわ! はははははははは!!」

 ボロボロのヒビキとアラシとビートのケンカはしばらく止むことがなかったが、その心情はみんな、お互いに感謝し、認め合い、信頼し合っていたのだった。

 

(ありがとう。アラシ。ビート。オマエらはオレの最高のパートナーだ!)

 

 確かな絆の芽生えに、ヒビキはとても満足そうな表情を浮かべるのだった。

 

 

――――――

 

 

「まさか、作戦を成功させたあの状況から失敗していたとは、ニャ。……呆れたもんだ」

「……申し訳ありませんでした、先生。まさかあそこまで形勢を逆転されてしまうなんて……」

「全てはあのガキんちょと、そのポケモンたちの所為ですわ。とんだイレギュラーでした……」

「なるほど、ニャ……。英雄ではなかったが、無謀で運を呼び込む勇者の類だったというわけだ」

「ゆ、勇者、ですか?」

「と、とにかく! 態勢を立て直して作戦を練り直して、再襲撃しましょう!」

 

―――「たわけ!!」―――

 

「ヒィッ!?」

「フゥッ!?」

「狙った獲物は逃さない――それは良い心掛けである。しかし、それはいちどの悪事の中で、ニャ。失敗した悪事を2度繰り返すのは悪の美学に反する行為だ!! 恥を知れっ!!」

「は、はは〜っ!!」

「仰る通りでございます大先生!! 初めに教えてもらった悪の美学を、我々つい忘れてしまっておりましたっ!!」

「……ニャア。最近成功続きで気の緩みでもあったのだろう。これが刺激になったのなら、それもまた小さくない収穫だというもの」

「まっこと、仰る通りでっ!!」

「大変刺激になりましたともっ!!」

「ふむ……そうだ、ニャ。折角だ。奴を追尾(つけ)て、勝つまで他の悪事は働かないことにしようか」

「へ……? 勝つまで、ですか?」

「それはポケモンバトルで、ですか?」

「違う。悪事で、ニャ。やつは勇者。善そのもののような奴だ。周りのことは置いておいて、己の信じる善のみを実行する。そんな奴に付けられた汚点は、しっかり拭わねば更なる悪の美学の高みには登れん。停滞してしまう、ニャ」

「つまり、あのガキの前で悪事を働き、遂行出来れば我らの勝ち……」

「悪の美学を極めたらんとする我らに付いた汚点をすすぐことが出来る、と」

「でもって? 失敗すれば負けって事で、我々はずっと高みを目指す道が途絶えたままってワケか……」

「何言ってんのよ! あんなガキんちょ、2度目は無いわ!! けちょんけちょんよ!!」

「油断はしないことだ、ニャ。今宵の失敗が教訓になったのなら、慎重に正確に確実に仕返すべきだろう」

「待ってろよあのガキ……。そのときが来たらたっぷりと悪の恐ろしさを叩き込んでやる」

「次こそあのガキんちょの脳裏にロケット団の怖さを刻み込んでやるわ」

「さあて、無謀の勇者よ……。見せてもらおうか。本当に我々と張り合える善かどうかを、ニャ」

 

「それで、あの〜?」

「いつになったら樹に引っかかった我々を助けて頂けるのでしょうか……?」

「……頑張れ。それも訓練だ、ニャ」

 

「 そ、そんなぁ〜〜〜!! 」

 

―――TO BE CONTINUED

 

 




―――アニメ的次回予告―――

ヨシノシティの北、30番道路にオレたちはやってきた!

目指すは次の町、キキョウシティ!

と思っていたら、早々に3人組の少年にからまれてしまった

しかもその中のひとり、たんぱんこぞうのアキラは

ポケモン勝負で勝たないと、ここを通さないなんて言い出したんだ!

相手はオレと同い年、いきなりライバル出現だ!

いいぜ! そのバトル! 受けてやろうじゃんか!

はじめての、トレーナー同士のポケモン勝負だ!

絶対に勝利をゲットしてやるぜ!

次回、ポケットモンスタースピリットクリスタル

勝利をつかめ! 極めろ!たいあたり!

―――みんなもポケモンゲットで! OK!! 完璧!!
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