ポケットモンスター◆スピリットクリスタル◆   作:わた雨

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勝利をつかめ! 極めろ!たいあたり! ◆後編◆

 夜が更け、虫や夜行性の鳥ポケモンの鳴き声が木造の建物の静けさの中に溶けていく。 

 ヒビキは寝袋の中でポケモンセンターの天井を見つめていた。

 

 

――――――

 

 

 敗北を知り、自分に足りなかったものを痛感したヒビキは、時間が経つのも早く感じるほど考え込んでいた。

 脳裏に焼き付いているのはアキラのコーラ(コラッタ)の強力な『たいあたり』。その一連の動作。

 あの『たいあたり』がなぜ強力だったのか。それは分かる。

 足に踏ん張りを効かせて、一気に跳ね上がるバネの動き。

 半身になり、身体の最も『強い』部位に力を込め、相手にぶつかる。

 それがアキラのコーラが使いこなしていた本物の『たいあたり』なのだ。

 

 ならば、アラシの『たいあたり』は何が悪かったのか。いや、それ以前にあれは『たいあたり』ではないのだろう。

 あくまでヒノアラシの場合は、だが。

 まず、頭から突っ込んでいる。そうすると、相手に接する面積が少なくなってしまう上に、自身へのダメージも大きくなってしまう。

 そして、アラシはそこから鼻先を上げて相手を跳ね上げることでいりょくを上げているつもりなのだ。

 それと、走りながらそのまま相手に突っ込んでいこうとするのも良くない。足にふんばりが効かせられず、ぶつかる際の姿勢も悪くなり、いりょくが出ないし外れるとバランスを崩す。最悪の場合、転倒し隙を晒してしまうのだ。

 対して、コーラは完全に『移動』と『攻撃』を分けて動いていた。そのため、アラシの動きに合わせて身体の向きを変えてから、『たいあたり』を繰り出すことが出来たのだ。

 しかも、これはアキラの「セット」「オン」を合図にしてさらに精度を底上げしていた。ただわざを指示するのではなく、トレーナーの視点からタイミングや方向を導いてやるだけでポケモンはずっと戦い易くなるのだ。

 つまり、ヒビキの戦い方はよほどポケモン任せだったのだと言える。

 

 そんなコーラの『たいあたり』とアラシの『たいあたりもどき』がぶつかった結果が、一撃目のあの瞬間だったというわけだ。

 走りながら頭から突っ込んでいくアラシに対して、コーラは込められる力をしっかりと込めて『体』で『当たった』のだ。

 よってアラシは自身の勢い+コーラの『たいあたり』という、普通に受けるよりもダメージの大きい食らい方をしてしまったのだった。

 

 ヒビキの頭の中では以上のことが、語彙は足りないだろうがすべて分かっていた。

 それだけコーラの『たいあたり』は手本として完璧であったということだ。

 

 

―――ヒビキが知らないことを補足するならば、実はアラシが使っていたのは『とっしん』というわざなのだ。しかもケンタロスやサイホーンなどの角があるポケモンの『とっしん』の仕方だった。しかし、ヒノアラシという大して屈強な肉体や頑強な皮膚を持っているわけではない小型ポケモンが使うには、あまりにリスクが大きいわざである。タマゴから産まれ、さまざまな施設を渡り、ウツギ研究所で新人トレーナーに手渡される過程で、他のポケモンからあやまって学んでしまったのだろう。―――

 

 

――――――

 

 明日から特訓を始めようとヒビキは考えていた。

 今のままでは、またアキラに負けてしまう。

 いや、今回は、たまたま負けた相手がアキラだっただけにすぎない。

 あそこでアキラたちに出会わなくても、いつか自分はこの問題にぶつかってしまっていただろう、と。

 タイミングによっては、そこで全てを諦めてしまっていた可能性だってある。

 こんなに早く気付けたのは、むしろ幸運だったと言ってもいいくらいだ。

 ヒビキは胸の中でうずくまるアラシをそっと撫でてやる。大きな怪我はしておらず、体力はひと晩休めば回復するとジョーイさんは言っていた。

「明日から、頑張ろうな……」

 起こさないように囁きかける。今回負けたのは完全にヒビキのせいなのだが、戦うのは結局ポケモンなのだ。2人で頑張らなければ、明るい未来なんか掴むことは出来ない。。

 目蓋を閉じる。今日はもう休もう。明日、必ずモノにしてみせるんだ。本当の『たいあたり』を。

 

 

――――――

 

 

(……?)

 ヒビキはふと目を覚ます。物音がしたわけではない。何かが急に足りなくなったように感じたからだ。

 起き上がり、ポケギアで時間を確認する。暗い場所で眩しく見えるポケギアの液晶に映った時間表示は、就寝を始めた時間からそう経ってはいなかった。

 辺りを見渡す。ポケモンセンターの中。近くには寝袋に入って寝息を立てるコトネ。

 ……何が、足りない。そういえば、身体が軽い。単純に重さが足りなかった。

 アラシがいなくなっている。

 空気の流れを感じて目線をやると、窓が開いていた。レースのカーテンがひらひらと波のようにたなびいている。

 どうやらあそこから外に出たようだ。

(散歩、かな……)

 コーラとの戦いの後、ずっと納得がいかないと言いたげな表情をしていた。悔しかったのだろう。底力を見せたのに、ヒビキにそれでも勝てないと勝負を諦められたことが。

 不満と苛立ちで眠れなかったから、外で気持ちを落ち着けようとしているのかもしれない。

 ヒビキはコトネを起こさないように、物音を立てずそろりそろりと出入り口のドアから外に出た。

 

 夜の森は不気味な雰囲気を醸し出している――という予想に反して、意外とふんわりとした心地のいい雰囲気が感じられた。月が明るいからかもしれない。道路の道の頭上は木々の枝が広がっておらず、空が帯のように南北に伸びている。その群青色の帯には、まるでスワロフスキーのような、キラキラとした輝きが散りばめられていた。

 神秘的な雰囲気に包まれた森を見渡し、アラシを探す。しかし、この辺りには見当たらない。もっと奥まで入っていってしまったのだろうか。

 森の中はさすがに月明かりが差し込んでいない。探しに行くか迷っていた、そのときだった。

 ドシン! という衝撃音が、耳の中に入ってきた。大きな音には感じられなかったが、それは距離があるからで実際はかなりの音量なのだろう。

「なんだ!?」

 ヒビキはすっかり目を醒まし、音の聞こえた方向に向かって駆け出した。

 樹の海へと潜っていき、足の長い草をかき分けながら進むと、月明かりの差し込む空間に出た。

 そこにあったのはひとつの美しい泉だった。夜空を反射しながら、小さく揺れる水面がキラキラと光り輝いている。

 見とれる間もなく、またドシン! と衝撃音が聞こえてきた。……近い!

 ヒビキは泉の辺りを見渡す。すると、見慣れたシルエットが視界に飛び込んできた。

「アラシ……?」

 そこにいたのは、アラシだった。泉を背にして、森の木々に向かって棒立ちしている。

「……あの音、アラシが? まさかね……」

 ヒビキは自分の頭によぎった考えに苦笑し、アラシに向かって歩み出す。

「!!」

 その瞬間、アラシが急に走り出した!

 幹の太い木に向かって行き、そして―――!

――ドシィィィン!

 思い切り、『たいあたり』で突っ込んでいったのだ。泉のほとりに響き渡る衝撃音。幹に弾き返されて宙に放られるアラシの姿を見て、ヒビキは目を丸くして一目散に飛び出した。

 地面に落ちる間一髪のところで、スライディングしながらアラシを受け止める。そして――

「何してるんだよオマエっ!?」

 抱えたアラシに向かって叱咤した。アラシは頭を抱えて唸っている。相当思い切りぶつかったらしい。

「こんなに真っ赤にしちゃって……」

 アラシの頭に手を当てる。アラシは俯いたままヒビキに応えようとしない。

 ヒビキは溜め息を()いてその場にあぐらをかく。足の中にアラシを置き、こちらに正面を向けさせた。

「こんな、やつ当たりみたいなことするくらい悔しかったのか? オレのこと怒ってるのなら、オレに当たってくれればよかったのに……。どうしてわざわざあんな硬そうな木に……?」

 ヒビキはアラシを見つめながら訊くが、アラシはいっこうに目を合わせようとしない。そして、モゾモゾと激しく動き出し、ヒビキの膝下から抜け出すと、また同じ木を睨みつけた。

「あっ! コラ! 待てっ!!」

 木に向かって駆け出すアラシ。歯を食いしばって、頭から飛び込む。

 その間にヒビキは割り込んだ。お腹に力を精一杯込めて、アラシの『たいあたり』を受け止める。

「うぐぅうっ」

 ヒビキは受け止めたアラシを抱き留めながら、後ろに倒れた。

「ヒノヒッ!?」

 アラシが心配そうな表情と鳴き声をヒビキに向けるが、ヒビキは苦しそうな様子でありながらなんとか笑みを作ってアラシに向けた。

「す、すっげぇ痛い。こ、こんなに効くのに、コーラの『たいあたり』より弱いんだな……」

 アラシはシュンとして小さくなってしまった。申し訳なさそうな表情でうつむいている。ヒビキは目を細めてアラシの頭を撫でてやる。優しい声色で、囁きかけるように話し始める。

「そっか。分かったよ。オマエは『たいあたり』の練習をしていたんだな。オレは明日からって言ったけど、今日のが悔しくて、いてもたってもいられなくなったのか」

 アラシはゆっくりと頷く。

「そっかぁ……。でも、さっきのやり方じゃあ、大怪我しちゃうぜ? なにくそと思って頑張ろうとするのは良いと思うけどな、怪我したらどうしようもないじゃないか。分かるよな?」

 アラシは少し間を置いたが、またゆっくりと頷いた。

「……よし、分かれば良いんだ。さてと、それじゃあ……練習再開、するかぁ〜!」

 アラシはハッとして顔を上げた。ヒビキは仰向けのまま、大きく伸びをする。アラシに自分の身体から降りるよう促し、ゆっくり立ち上がった。

 アラシは困ったような顔をしてヒビキを見上げている。明日からと言われていた練習を今、勝手に行っていた事を叱られたと思っていたので、ヒビキが最後に口にした言葉の意味が理解できていないようだった。

 そんなアラシの目線に気付いたヒビキは、にっと笑顔になって言った。

「へへっ♪ 今のでオマエから闘魂注入されちゃったぜ。やっぱり練習は、思い立ったが吉日! やる気のあるうちに! だよな!」

 アラシの表情がぱあぁっと明るくなった。何度も頷き、やる気の炎を背中から吹き出した。

「でも、木に『たいあたり』は禁止な。ちょっと準備するから、待ってろ〜」

 

 ヒビキは走ってポケモンセンターに戻り、必要なものを揃えてすぐさま泉まで戻ってきた。

「即席サンドバッグ!」

「ヒノ〜!」

 ヒビキは寝袋にポケモンセンターで借りられる毛布を詰め込んで持ってきた。見た目はさながら本物のサンドバックのようで、しっかり衝撃を受け止めてくれそうだ。

「これをオレが支えるから、アラシはオレの言うことをよく聞きながら、ひたすら『たいあたり』するんだ!」

「ヒノッヒ!」

 やる気満々の様子で頷くアラシ。瞳の奥に爛々と輝く炎を燃やしている。それはヒビキも同じで、どうやら2人は明日にでもアキラとコーラにリベンジを挑む気になっているようだ。

 

 そうして、真夜中の『たいあたり』特訓は始まったのだった。

 

――――――

 

 

「違うっ! 身体を横にしてぶつかるんだ!」

「ヒノッ! ……?」

「あ、ごめん。うつぶせになる横じゃあなくってな……ええと」

 

 

 

「足を止めて、その場からいっきに! 踏ん張りを効かせるんだ! バネだよバネっ!」

「ヒ、ヒノっ!?」

「真上に跳んでどーする!」

 

 

 

「よーし、足はいいカンジだ! 相手に当たる瞬間に身体に力を込めろ! ギュッとだ! ギュ〜ッと!」

「ヒ、ヒノ? ヒュッ? ヒュ〜ッ!」

「違いがわからないぞ……」

 

 

 

「アゴを上げるな! 横向いてるのに上げても意味ないだろ! アゴは引くんだ、こうっ! ふぃひぅんばっ!」

「プクク……」

「わ、笑うなぁ!」

 

 

 

「かわされたときのことも考えるんだ。身体を直して着地! すぐに相手の方を向くっ!」

「キュッ……キュッ……!」

「……『たいあたり』してからな?」

 

 

 

「走りながらぶつかるんじゃない! 相手の手前でさっきの踏ん張りっ! 方向を変えろっ!」

「ザザーッ! クルクルッ!」

「回るなよ。フュギュアスケートじゃあ、ないんだぜ?」

 

 

 

「よしよし! だいぶ形になってきたぞ! あとは反復練習! 身体に感覚を覚えさせるんだ!」

「ゴクゴク……」

「あ、ちょっと、オレも〜!」

 

 

 

「おおっ! いいぞいいぞっ!? 最初とは力強さが大違いだ……! それに、ほぼ毎回ちゃんとした形になってる!」

「ヒノッー!!」

「OK!! 完璧!!」

 

 

――――――

 

 

 まだ昇っていない朝日が夜の雰囲気を塗り替え始めた。

「―――っくしゅん!」

 即席サンドバッグから毛布を取り出し、木に寄りかかって仮眠を取っていたヒビキは、唐突にくしゃみをして目を覚ました。

 鼻をすすり、ぶるるっと身体を震わせる。寒い。もうそんな季節は過ぎたはずなのにと思い、辺りを見回すと、泉のほとりが朝霧に包まれていた。

「―――ッヒシ!」

「ははは、オマエもくしゃみでお目覚めか。しかし寒いな」

「ズズズ……。ヒノ?」

 鼻をすすったアラシが何か感じ取ったようにピクリと反応し、ヒビキの膝の上から飛び出して泉の方へ駆けていった。

「あ! おい、どうしたんだよ!?」

 ヒビキも慌てて後を追う。深い朝霧に身体が包まれていく。ひんやりと、冷たい。

 泉の(きわ)に立ち、その中央をじっと見つめるアラシ。

(何か……いるのか?)

 ヒビキも同じように、泉と霧を凝視する。

 霧は緩やかに流れており、水面は波ひとつなく静まっている。

 静寂の中、ヒビキとアラシは息を潜めて泉と霧を凝視している。気付けば2人とも、身を屈めていた。何故か、そうしなければならないような空気が辺りを包み込んでいる。肌がひりつくような冷たい空気が。

(何か……いる……!)

 流れる霧の中、泉の中央その水面の上。霧が薄くなる瞬間、そこに。

 ヒビキとアラシは水色の『光』を見た。

 そのときだった。1滴の雫が水面に落ちる音が鳴り響いたかと思えば、ヒビキたちの前に立ち込めていた霧がいっきに流れだしたのだ。

「……あれは」

「ヒノ〜……」

 

 姿を現したのは、しなやかな体躯と4足を持ち、頭に大きな菱形の飾りがあり、雲のような体毛を背負っている――そんな、おぼろげな色彩のシルエットであった。

 

「ポケ……モン……?」

 ヒビキは思わず立ち上がってしまった。

 それに謎のポケモンは気付いたようで、こちらに顔を向けしばらく見つめると、やがておもむろに身体の向きを変えて音も立てずに立ち去ってしまった。

「クリスタルの……ポケモン」

「ヒノ〜」

 ヒビキとアラシはしばらくの間、その場に立ち尽くすことしか出来なかった。

 その清冽な光景は、一生忘れることのない記憶として脳に刻まれたのだった。

 

 

――――――

 

 

 太陽に照らされた円形のバトルフィールドにて、トレーナーとそのポケモンのペア2組が相対する。

「たったひと晩で埋められるジツリョクの差じゃあなかったと思うけどな」

「そんなの分かんないだろ。もしそうだったら、こっからいっきに埋めてやるぜ!」

 両者、不敵な笑みを浮かべながら挑発し合う。外野からはそれぞれに向けて声援が送られていた。

「そりゃおもしろいぜ! リターンマッチ、受けて立つ!」

「昨日みたいには行かないぜ! いくぞアラシ!」

「ヒノッ!」

「試合開始!」

 ゴロウが合図と共に両手を振り下ろした!

 すかさずアキラが指さしながら指示をとばす。

「コーラ! 『たいあたり』セット!」

 コーラが一直線にアラシに向かってくる。アラシとヒビキは身構えた。

 しかし、まだ動かない。接近してくるコーラの様子をじっと窺う。

「……! オンッ!」

「今だ! 『たいあたり』!」

 アキラが合図を出した直後に、ヒビキもアラシに『たいあたり』の指示を出した。

 このタイミングなら、攻撃はかち合う!

(昨日とは違うんだ! 特訓の成果、見せてやれ! アラシ!)

 

「ヒノーッ!」

 

「ラッラー!」

 

 アラシが吹っ飛ばされた。まだまだ『たいあたり』のパワーはコーラに及んでいないようだった―――が、

「いぃ!? コーラ!?」

 なんとコーラが着地に失敗した。表情を少し歪ませている。ダメージがあったようだ。

 吹っ飛ばされたアラシは、転がりながらも上手く体勢を整えた。ダメージはもちろん大きいようだが、まだまだ戦える。表情に力がみなぎっている。

「さすが、どういうわけかケンカ慣れしてるぜ!」

「っ! そんなにたいりょくが高いようには見えないのに! それに、今の『たいあたり』は……」

 アキラの表情から余裕が消えた。本当に、昨日のアラシとは違うことに気付いたようだった。

「良い『たいあたり』だったよ。昨日とはまるで違うぞ」

「それについてはお礼を言わせてもらうよ。コーラの『たいあたり』、マネさせてもらったぜ!」

「たったひと晩で……!?」

「オレは目で、コイツは身を以て覚えてたからな。形にするのは難しくなかったぜ! みたか、オレたちのポテンシャル!」

 ガッツポーズで誇って見せるヒビキ。アラシもそれに合わせて鼻を鳴らして威張った。

「あーあー、調子に乗っちゃって……」

 コトネが呆れて頭を抱えている。ああなったヒビキはもう止められない。良くも悪くも。

 アキラが舌を鳴らして、コーラに下がるよう促した。コーラはアラシとの距離を大きく空けると、こちらに後ろを向けたまま顔だけ振り返る格好をとった。

「コーラ、『しっぽをふる』」

「ラーア、ラーア」

 するとコーラは、くるんと巻かれた可愛らしい尻尾を、さらにぐるぐると振り始めた。

「? なんだ?」

「ヒ、ノ……?」

 ヒビキは訝しげな表情でその様子を見ていたが、アラシがぶるるっと無意識に身体を小さく震わせたのを見て、ハッと気が付いた。

 これは、アラシがビートに『にらみつける』をしたときと同じ……!

「やっべ、油断した! 何かのうりょくを下げられたか!?」

「ヒノ!?」

 アキラがニヤリと口角を上げた。すかさず腕を振って指示を出す。

「あたり! コーラ、たたみかけるぞ!」

「ララッ!」

 コーラが正面を向き直すと同時に、アキラが声を上げた。

「『でんこうせっか』!!」

「!?」

 コーラが凄まじいスピードでこちらに突っ込んできた! さっきまでの『接近』とは大違いの速さで、軌跡が白い光になって伸びてくる!

「アラ―――」

「ヒンッ!」

 指示を出す間もなく、コーラはアラシにぶつかった。真正面からでなく、身体を強く(こす)り付けるようなぶつかり方だ。そしてそのままある程度の距離まで離れられてしまった。

「これが『でんこうせっか』……! 『たいあたり』よりいりょくは低いけど……」

 厄介だな、とヒビキはすぐに感じた。一撃離脱。ローリスクでそこそこのリターンというのは、戦いの軸にするにはもってこいの戦法だ。そしてこの戦法ができるわざは、今ヒビキが最も欲しているものでもあった。

 ヒビキは歯を軋ませていた。自分の欲しいものを相手が持っている。それは男の子にとって、とても悔しいことなのだ。

 しかし、うらやみなど、バトルには関係ない。相手が戦法を変えてきた――今はそれが問題なのだ。問題が出たからには、解答を導かなくては。それが正解か不正解かはともかくとして。

「アラシ、まだいけるな?」

「ヒノヒノ……!」

 起き上がって、頷くアラシ。まだ心の炎は燃え滾っているようだ。なら、その炎は、思いきり外に出してやればいい。ヒビキはアラシに目で訴えかけた。

 

 燃えろ、と。

 

「コーラ、もっと『でんこうせっか』だ!」

「ラララッ!!」

「アラシっ!」

 

 燃やせ、と!

 

 連続の『でんこうせっか』が襲いかかる中、アラシは耐え忍び、身を屈め、そして―――!

 

「ヒノォーーー!!」

 

 背中から激しい炎を吹き上げた!

「ララ〜!?」

 炎は攻撃を仕掛けていたコーラを包み込んだ。その勢いに吹き飛ばされ、熱さに悶絶する。

「コ、コーラ!? 今のは……!?」

「わざ、じゃあないぜ。ただの心の炎だ!」

 ドヤ顔でヒビキは言い放った。

「こ、心の……?」

 アキラは困惑している。わざでもなく、あんな炎の攻撃をしてくるとは思ってもいなかったようだ。

 アキラの応援をしていたゴロウとミキヤスも唖然として立ち尽くしている。

「まーた、恥ずかしげもなく……」

 コトネはまた呆れた表情と共に笑っていた。らしいなぁ、とでも思っているのだろう。

 ヒビキはそれを気にも留めず、畳み掛けるように声を張り上げた。

「そして、新わざいくぜぇ! 『えんまく』だ!」

「ヒノ〜!」

 さっきまでガンガンと燃やしていた背中の炎を、今度はあえて不完全燃焼させて黒煙として一気に吹き出した。

 

 アラシの辺り一面が濃い色の煙で覆われていく。すぐにアラシの姿が見えなくなってしまった。

 見えない敵というのは、恐ろしいものだ。

 アキラは慌てふためいた。同じく困惑してキョロキョロしているコーラに向かって、慌てて指示をとばす。

「み、右か左から仕掛けてくるぞ! 気を付けろっ!」

 それを聞いて、ヒビキはニヤッとした。

 

「だってよ、アラシ!」

 

 煙幕の中からアラシが飛び出した。コーラの右でも左でもなく、真正面から。なんとアラシは、煙幕を吹き出した場所から全く移動をせず―――、

 

―――ただひたすら『たいあたり』の為に力を溜めていたのだ。

 

 コーラはぎょっとした。トレーナーの指示で左右ばかり注意していたため、まさかの正面からの攻撃に驚いて身体を硬直させてしまったのだ。

「コーラ! 『たいあた―――」

 アキラの声がコーラに届くよりも早く、アラシの強烈な『たいあたり』はコーラに炸裂した。あまりの衝撃に大きく吹っ飛ばされていく。

「よっしゃあ!」

 声を上げるヒビキ。目論見があたって喜んでいるようだ。

 だがしかし、喜びもつかの間。直後の目の前の光景にすぐさま目を見張ることになった。

「なめるな!! 根性があるのはおまえのヒノアラシだけじゃない! コーラ!!」

「ララ……ラ〜ッ!!」

 歯を食いしばりながら立ち上がったコーラは、ギッとアラシを睨みつけ、駆け出した。白い光の軌跡と共に凄まじいスピードでアラシの懐に飛び込む。

 アラシも歯を食いしばってそれを受ける。後退りをしたが、倒れることはなかった。

「ああ、分かっているさ! でも、根性勝負ならなおさら負けられないね! アラシ!」

「ヒノォ!!」

 アラシの背中の炎が激しく燃え上がった。熱気がアラシの周りで陽炎となって揺らめき、体毛がほのかに赤くなっていく。

「トドメだ! コーラ! 気合を溜めろ!」

「ララッ!!」

 グッと身体に力を溜めたコーラの周囲に、バチバチと細い紫電ようなものが走っていく。これは『きあいだめ』という、自身を強化するわざだ。どうやら、アラシとのバトルの最中に身につけたらしい。

 

 

―――   『 た い あ た り 』 ! !   ―――

 

 

 互いの闘気と渾身がそれぞれぶつかり合った。

 結果は互角。お互いのポケモンは倒れこみ、周囲のトレーナーたちは皆、息を呑んでそれを見守っている。

 ピクリと、2匹は動き出し、足や身体が震えながらも最後の力を振り絞って立ち上がろうとしていた。

 ヒビキもアキラも声を掛けずに、ただひたすら自分のポケモンのことを信じて見守る。

 ―――そして、

 

「ヒノ……!」

「ララ……!」

 

 片方は目を回して地面に突っ伏し、もう片方は……立ち上がって鳴き声を上げた。

 

 

 

 

 

「ヒ〜ノ〜ォ〜!!」

 

 

――――――

 

「負けたよ。カンパイだ。ホントに1日で超えられちゃったな」

 疲れ果ててスヤスヤと眠るコーラを片手で抱き抱えながら、アキラはヒビキに手を差し出した。

「そんなことないよ。せいぜい肩を並べられたくらいさ」

 握手でお互いの健闘を称え合う。

「それに、頑張ったのはアラシで……。オレはまだまだ弱いまんまだよ」

 アラシはボールの中で燃え尽きたように眠っているのだろう。ヒビキはそのボールを撫でてやる。

「そうそう、アラシのひとり勝ちだよ〜。ヒビキはまだまだってことね」

 ニヤニヤしながらコトネが言うのに対してヒビキはムッと口を尖らせた。

「コトネだって昨日、ミント(チコリータ)が『はっぱカッター』を使えてなかったらどうなってたことか」

「うう……たしかに」

 苦笑いするコトネ。ヒビキはやれやれと溜め息を吐いた。そして再びアキラに向き直ると、笑顔で言った。

「とにかく、これでお互いに1勝1敗だ。まだ勝負は付いてないぜ」

 はっとしてから、アキラは頷いた。1回目の勝負のことはもう全然頭になかったようだ。

「じゃあ、次会った時に必ず決着を付けるぞ。……もちろん、おれが勝つけどな!」

「ぬかせ! 次会うときにはもっともーっと強くなってるから! ぜったいオレが勝つ!」

「おれのリターンマッチも受けてくれよ! もっとすごい虫ポケモン集めておくからさ!」

「ああ、受けて立つぜ、ミキヤス! オレもビート(コクーン)を進化させて戻ってくるよ!」

 ヒビキは足元で微動だにしないビートの頭をこれでもかと撫でてやる。喜んでいるのかどうか分からないが、とにかく撫でまくる。

 男同士の友情が芽生えていく様子を、コトネはどこか羨ましそうに見つめ、微笑んだ。自分にもいつかこういう出会いがあったらいいなと心から思った。

「で、ヒビキたちはこれからどうするの? やっぱり、キキョウシティに行くのかい?」

 ゴロウが尋ねてきた。ヒビキは首を傾げる。

「やっぱりって?」

「だって、ヒビキはジョウトリーグ出場とジョウトチャンピオンリーグ挑戦を目指してるんじゃないのかい?」

 ヒビキは目を輝かせてしきりに頷く。この手の話になるとまるで目の色が変わるのだ。

「ということは……?」

「キキョウにはポケモンジムがあるんだ。知らなかった?」

「マジで!? よっしゃあ!」

 ヒビキは声を上げて喜んだ。この旅の目的の1つ目が次の街にあるということを知ったのだ、目にやる気の炎が燃え上がるのは当然のことである。

 

 

 ヒビキの夢はポケモンマスター。それは最高のトレーナーの称号。

 ポケモンマスターになるためには、ポケモン協会が開催しているポケモンリーグという大会での活躍が必要不可欠だ。

 ジョウト地方のポケモンリーグはジョウトリーグといい、開催地がほとんどの場合シロガネ山の麓のシロガネシティであるためジョウトリーグ・シロガネ大会と呼ばれている。

 ジョウトリーグ・シロガネ大会にて優秀な成績を収めた者、鮮烈な活躍をした者は、ポケモン協会認定ジョウト四天王及びチャンピオンと勝負ができるジョウトチャンピオンリーグに挑戦できるのだ。そこでチャンピオンに勝利し、殿堂入りを果たすことこそが、ポケモンマスターへの道なのである。

 そして、ポケモンリーグに出場するためにはその地方に点在するポケモン協会公認ジム、通称ポケモンジムという対戦施設を巡り、ジムリーダーと呼ばれる、ポケモン協会より任命されているジム責任者のトレーナーに勝利し、その証となるジムバッジを指定個数手に入れなければならないのだ。

 これが、ヒビキの旅のメインの目的なのである。

 

 

 つまり、どうやらキキョウシティにはポケモンジムがあるらしく、そこのジムリーダーとの勝負はヒビキにとって初めての公式試合となるようだ。

 ヒビキとコトネは顔を見合わせて頷き合った。

「そこがヒビキの夢のスタート地点ってことね」

「ああ! 燃えてきたぜ!」

「さっき燃え尽きたばっかりでしょうに……」

「つ、使う燃料が違うんだよ」

「おまえらホント仲良いんだな」

 アキラたちがクスクスと笑っているのを見て、2人は恥ずかしそうにそっぽを向いた。本人たちもそうは思っているが、他人から言われると妙に照れ臭くなってしまうようだ。

「キキョウシティに向かうなら、途中にポケモンじいさんの家があるから、寄っていくといいよ」

 ミキヤスがそう言うと、ヒビキは首を傾げた。

「ポケモンじいさん? なんの人? ……ん、まてよ? ポケモンじいさんってどっかで……」

 思い出そうと唸っているヒビキのよそに、コトネがハッとして声を上げた。

「そうだ! ポケモンじいさんって、ウツギ博士がよろしく伝えておいてって言ってた人のことよ!」

「おお、そうだそうだ。で、この先に住んでるの?」

 道路の先を指差すと、ゴロウが頷いた。

「うん、今ならじいさんの知り合いからポケモン図鑑をもらえるぞ」

「ホントか!?」

「欲しい欲し〜い!」

「よーし、じゃあ、行くか! ポケモンじいさんの家へ!」

「レッツ、ゴ〜♪」

 

 こうして、次の目的地をキキョウシティ……の前にポケモンじいさんの家に定めて、ヒビキとコトネは30番道路を再び歩き始めたのだった。

「オレたちのこと忘れんじゃね〜ぞ〜! ――おれたちは!」

「きずぐすり担当、ゴロウ! シュビッ!」

「どくけし担当、ミキヤス! ドゥバッ!」

「そしてぼんぐり担当、総大将のアキラ! シャヴァダヴァー!」

 

「 さんにんそろって! ヨシノ短パン連合! 」

 

 最後は口上と決めポーズで送り出してくれたヨシノ短パン連合を見ながら、ヒビキとコトネは笑顔で手を振ってお別れした。

「あはは。やっぱり全然そろってない」

「担当も効果音もポーズも前と違うし。いったい何パターンあるんだろうな」

 

 ヒビキとコトネは前を向いて、進む道をしっかりと見据えた。

 トレーナーにとって他のトレーナーは同志でありライバルでもある。さらに、仲間や友達にだってなれる。

 その出会いはトレーナーにとってとても貴重なものだ。

 ヒビキはコトネは無意識に分かっている。それは大切なものとしていつまでも心に残しておかなければならないのだということを。

 そうしてトレーナーは精進していくのだということを。

 ヒビキとコトネはひとつ、トレーナーとして強くなった。

 

 旅はまだ、始まって間もないのだ。

 これからもヒビキたちは出会うだろう。

 たくさんのトレーナーと。

 たくさんのライバルと。

 たくさんの友達に。

 

 勝利も敗北も、たくさん経験していくことだろう。

 

 ポケモンマスターへの道は、いつだってトレーナーで溢れている。

 

 身体をぶつけ合い、足を引っ張り合い、時には手を取り合い、険しい道を進んでいく。

 

 そして道中で得た強さで、立ちはだかる壁を越えて行くのだ。

 

 ひとつ目の壁はキキョウシティにある。

 ヒビキはそれを超えていくための強さを、果たして手に入れることが出来るのだろうか。

 

 

――――――

 

 

「それにしても、すごかったな。コーラとアラシのバトル」

「ん?」

「だよなぁ、おれ、鳥肌立ったよ。最後のあれ。『きあいだめ』と……?」

「あ〜、そういえば、なんだろうな? アラシが赤くなったのって」

「『とくせい』じゃないのか? ヒノアラシなら『もうか』だっけ」

「でも、『もうか』ってほのおが強くなるんだろ?」

「あれ……どう考えても『たいあたり』も強くなってたよなぁ……?」

「もしかすると、アラシって……」

 

「帰ったら特訓だな! ヒビキに負けないようにさ!」

「ああ! オレたちもいつかは旅をするんだ。あいつには負けてられない!」

「トレーナーともいっぱい戦って経験を積まなきゃな……と。言ったそばからトレーナーらしき人物はっけん!」

 

「ちょ〜っとそこの少年! 止まれ止まれ〜!」

「トレーナーと見た! ここを通りたくば!」

「我らヨシノ短パン連合を倒していくんだな!」

 

「……チッ。自転車横並びで……。邪魔だな。ヨシノ……連合? ふん……。弱い奴がつるんで、楽しいか?」

「な、なんだって〜!」

「こいつ、ナメてやがるな」

「思い知らせてやれっ! ゴロウ!」

「あ、おれ? 行けっポッキー(ポッポ)!」

 

「……ふん。……蹴散らせ……!」

 

「ワニワニ〜!!」

 

―――TO BE CONTINUED

 




―――アニメ的次回予告―――

30番道路の途中に住んでいる、ウツギ博士の知り合い

ポケモンじいさんの家にオレたちはたどり着いた!

珍しいタマゴに大発見だと大興奮のポケモンじいさん

だけど、そこにはウツギ博士の知り合いがもう1人いて

有名人だからオレたちはそっちにびっくりしてしまった!

そこに、オレたちの他にもひとりの少年がやってきて

なんと、強いポケモンをよこせとか言い始めたんだ!

オレが弱いとか、ポケモンがもったいないとか好き勝手言う少年

そんなに言うなら、ポケモン勝負ではっきりさせてやる!

って、あれ!? そのポケモンは!?

次回、ポケットモンスタースピリットクリスタル

孤高の少年 赤い髪のスグル!

―――みんなもポケモンゲットで! OK!! 完璧!!
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