湾岸ボカロフォギア~story of urban highway circuit~   作:ヘリーR

18 / 30
 嵐の前の……何とやら。


act.17「嵐の前の」

 その日の午後3時。『ステップランブル』には鳴、階の他、三玖、蓮、輪もいた。

 そこへダークピンクの派手なアテンザが入ってくる。

 

 「あら、キャロル……」

 

 客として入ってきたわけではないと分かりつつも、一応店から出て出迎える。

 

 「こんにちは、鳴先輩。階先輩はお久しぶりです」

 「ああ、久しぶり。元気なようで何よりだよ」

 

 そして、キャロルの目は傍らに停まっていたシアン色のR33を一瞥した後、三玖に向く。

 

 「……決めたか?」

 「………はい。私は、ウィングは着けません。それが私の意思であり、Rの意思でもあるから」

 「……フ。寸分違わず《青桜》の意思と言う訳か。それでいい。自分の色を貫いていけよ」

 「……! はい!」

 

 キャロルからの予想外の励ましに、三玖は笑顔を浮かべてそれに応じる。

 鳴、階、蓮、輪の4人もそんな三玖の様子を微笑ましく見ていた。

 

 そしてキャロルは再びあたりをキョロキョロと見回す。何かを探しているようだが……?

 

 「……何か、捜し物?」

 「いえ。実は今日ここに来たのは、そう言われたからなんです。午後3時に『ステップランブル』に来いと」

 「んん……? そんな客は今日はまだ来てないと思うけど……」

 「………いや、来ましたね。どうやら、少し遅れてお出ましのようだ」

 

 近づいてくるエンジンサウンド。その方向を見やれば、ダンデライオンイエローのエボ3がこちらに向かって走ってくる。

 

 「………」

 

 無言のままエボ3から降りてきたのはロングの金髪の美女。そのスタイルの良さとある種の妖艶さに、三玖と輪は数秒見惚れてしまった。蓮が無反応だったのは言うまでもない。

 ちなみに階は下心丸だしの顔で見惚れていたがその1秒後には姉に絞め上げられたので相手側には気付かれなかったようだ。

 

 「……薄々勘付いてはいたけれど。神居の側に付いたのね? 百合永」

 「そりゃ、前々から慕っている人ですから。鞍替えなんてあり得ませんよ」

 

 彼女の名は燃黄(もえぎ)百合永(ゆりえ)。神居の従兄弟で、レーサーとしてもチューナーとしても、そして人間としても神居を慕っている。

 そこにもうひとつ、別の思いも混ざっていることは、まだ本人も自覚していない。

 

 「外で話すのもなんだから、中に入らない? ラウンジあるから」

 「ええ、是非とも」

 

 一行は『ステップランブル』のラウンジに入り、広めの円卓を囲んで座る。

 

 「……で、キャロル。あなたの言ってた待ち人は百合永だったんでしょ? 早速本題に入ってくれないかしら」

 「では、単刀直入に。……初春」

 「は、はい」

 「お前の―――《青桜》の偽物が出ていることは、承知しているか?」

 「え……?」

 

 ここ数日、三玖はUHCを走っていない。ウィングレスにすることを決めてから、その最終調整を赤青姉弟がしていたからだ。それ以前に出会ったことがないので、知る由もない。

 

 「いえ、全く……」

 「となると、やはり最近出てきたポッと出か……」

 「ちょっと、私達にもよく分かるように教えなさいよ。何があったの?」

 

 話の趣旨がうまく掴めない鳴たちに、百合永がフォローする。

 

 「そのままの意味ですよ。偽物が現れたんです。キャロルと私は、今日の午前4時頃、ソイツにあったんです」

 「でも、それが何か問題なんですか? 私は真似されることは別に悪いとは思わないんですけど……」

 

 真似されている張本人である三玖があまり問題視していないのを見て、キャロルはため息をつく。

 

 「……優しいんだな、お前は」

 「い、いえ……」

 「―――だが、そいつが他の車をクラッシュに追い込んでいると知ったら?」

 「―――ッ!!」

 

 三玖の顔が一瞬で驚愕の色に染まる。

 そして、うつむき、黙り込んでしまった。

 

 「今朝、被害に会った人物に遭遇し、連絡が取れるようにしてもらった。今からテレビ電話をつなぐ」

 

 キャロルがポケットからスマホを取り出し、セリカXXのドライバーにテレビ電話を入れる。

 

 『……もしもし』

 「もしもし。今朝の件についてだ。話を、してもらえるか?」

 『あ、ああ……だけど、その前に本物の《青桜》を見せてほしい。いるんだろ、そこに?』

 「……わかった」

 

 キャロルは無言でスマホの画面に三玖を映す。

 

 「……ど、どうも。こんにちは……初春、三玖です………」

 『驚いたな……こんなに若い女の子が《青桜》だったなんて……』

 「……話を本題に戻そう。さあ、話してくれ」

 

 そして、XXの男は淡々と話し始めた。

 

 やたら派手なエアロの、シアン色のR33が猛烈な速度で追ってきたこと。

 

 あまりにも速かったので、すぐに道を譲ろうとしたこと。

 

 そして―――前に出たR33が、突如ブレーキを踏んで自車のラインに被せてきたこと。

 

 慌てて避けたXXは、そのまま壁に左フロントから突っ込んだ―――――。

 

 「……ほぼ、俺らがされたやり口と同じ、というわけか……」

 「そのようね……」

 

 キャロルと百合永は自分たちもかなり危ない状況にあったことを改めて思い知る。

 そして―――。

 

 「―――許せない」

 

 三玖が、ポツリと呟いた。

 顔はうつむき、肩はわなわなと震えている。

 

 『そうだよな、自分の名前騙られてこんなことされちゃあ……』

 「偽物であること自体はどうだっていいんです」

 『……え?』

 「誰かの真似をしていようが、していまいが、誰かをクラッシュに追い込む……その行為そのものが、許せない……!!」

 『………』

 

 その時、三玖の隣に座っていた鳴は、見てしまった。そして、戦慄した。

 うつむいた三玖。その目が―――普段の三玖からは想像もできないような冷たい眼光を迸らせ、怒りに燃えていたところを―――。

 

 「……鳴さん、階さん。私のRは、今夜までに完成できますか?」

 

 おもむろに席から立ち上がり、コーヒーメーカーの元へ行き、コーヒーを入れつつ三玖は赤青兄妹に訊ねる。

 

 「え、ええ……できるけど………まさか、あなた……」

 

 その顔は後ろを向いていて鳴たちからは確認できない―――しかし。

 

 「言うまでもないじゃないですか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

       ―――――潰します」

 

 その声音は地獄の底から響くように冷たく、低く、他人を恐怖の渦に陥れるには十分すぎるほどだった―――。

 

 

 

 

 「……そうこなくてはな。俺も協力する。あのいけ好かない偽物に、今夜痛い目を見せてやるとしよう」

 

 平静を保っていたキャロルは協力を約束した。そして。

 

 「というわけで、そろそろ俺は戻ります。潰すなら―――試作段階のクルマでは、不十分でしょう?」

 「……あれで完成ではないのね」

 「次がメインですよ。……心臓部(エンジン)に、手を入れます」

 「え? もう夜までそう長くないわよ。間に合うの?」

 「準備は既に整っていますから。5時間もあれば、終わりますよ」

 「そう……その言葉、信じるわよ、キャロル」

 「ええ。では、夜にまた」

 

 キャロルはラウンジを出て、アテンザに乗り帰っていった。

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 帰ってきたキャロルは、早速ガレージに愛車を入れ、作業に取り掛かる。

 

 「さて―――いよいよ出番だ」

 

 キャロルが向かったのは、ガレージの横にブルーシートを被せ置いてあるモノ。

 ブルーシートを外せば―――そこには、V型4気筒のエンジン。

 

 「実走をしていないからまだ分からんが、不備はないはずだ。……予定通り動けば、完成する」

 

 そのエンジンは、メーカーのものではない。キャロルが1から組んだ、完全なオリジナル。

 

 「とりあえず配線をイジらないとな。もとは直4のあったスペースに、V4は入らん」

 

 言う前からすでにエンジンルームをイジるキャロル。すべては、自分のエンジンを載せた、唯一にして最速のクルマを作るために―――。

 1時間もしないうちに、V4エンジンが載るだけのスペースを作り、他機材の配置も完璧に仕上げた。『チューニングの錬金術師』の呼び名は、伊達じゃない。

 そして―――エンジンを載せる。ピッタリと収まった。

 

 「軽く走らせるか。ぶっつけ本番でクルマを走らせるほど、オレもバカじゃない」

 

 ガレージ前の試運転用道路を、何度か往復。初めはゆっくり負荷をかけ慣らし、徐々にアクセルの踏み込み具合を深めてゆく。

 アテンザは一切の不備、不調なく轟音を響かせ走る。初の動作とは思えないくらい、滑らかに。

 

 「……よし。これなら問題なくUHCをかっ飛ばせるだろう。楽しみだ」

 「―――音が今までと違うな。エンジン換装か?」

 「……いつの間に」

 

 突然声がしたかと思えば、ガレージの壁に翼がもたれかかっていた。

 

 「何、聞き慣れぬ音が聴こえたのでな。お前がまた何か企んでるかと思って見に来たのさ」

 「……相変わらず勘の強いやつだ」

 「フフ。褒め言葉として受け取っておこうか。……それで。完成したのか?」

 

 そう尋ねる翼の視線の先には当然ながらアテンザ。これまででも存在感ある外見だったが、エンジン換装を経てその存在感は見た目だけのものではなくなった。走れば人を引きつける―――そう、あの『悪魔』と似たような、ある種の魔力を帯びている。

 キャロルは不敵な笑みを浮かべ、答える―――。

 

 「―――ああ、完成したとも。我がオリジナルのV4ツインターボエンジン、『チフォージュ·シャトー』の搭載を持って、《ダウルダブラ》は完全体へと至った」

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 一方。《青桜》は、鳴と階の手によって、調整が終えられようとしていた。

 

 「……三玖さん。走るときは、冷静に。怒り心頭で走っても、いい走りはできないから」

 

 蓮が三玖を落ち着かせるために言葉をかける。キャロルらから話を聞いたときほどではないが、まだ平常心に戻りきれていない。

 

 「……うん。ありがとう、蓮くん。大丈夫」

 「……それなら、いいけれど」

 

 三玖が普段見せない表情をしただけに、蓮も不安が隠せない。しかし、時間は刻々と近づいてきている。

 

 鳴と階がガレージから戻ってくる。《青桜》の調整が終わったようだ。

 

 「さて、三玖。止めはしないわ。今のあなたは、きっと止めても力づくで行く」

 「鳴さん……」

 「だから、信じる。あなたがしっかりと偽物を負かして、戻ってくることを信じてる。―――絶対、負けるんじゃないわよ」

 「………はい!」

 

 

 

 《青桜》と《ダウルダブラ》、共に準備は整った。

 向かうは夜の『旧·首都高』。邂逅の時は、もうすぐそこだ―――。




 今回の話を書くにあたり、『チフォージュ·シャトー』をどうしようか悩みました。V4なんて滅多に聞かない、だけど(個人的な話ですが)キャロル関連は『4』にこだわりたい……。結果、『チューニングの錬金術師』というパワーワードにすべてお任せしてV4というレアエンジンを本来直4の載っているアテンザに積むという力技を使いました。現実にうまく行くかは全く存じ上げぬところです。まあ、某チューナーさんはR32にVR38換装したって話もありますから、できないことではないのでしょう。多分。ハイエースにもVR38載せれるくらいだし……。
 まあそういうわけなので、リアルとはだいぶ乖離してしまっていると思います。あくまでフィクションですので、優しく受け止めてくれればと思います。

 次回、盛大に嵐が訪れます。お楽しみに!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。