湾岸ボカロフォギア~story of urban highway circuit~   作:ヘリーR

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お久しぶりです、お待たせしました。
長々と待たせておきながらやや短めです。いや、もともとが短めなんだけれども。


act.25「暴力的四重奏」

 70スープラとアルシオーネ、そして2台のメルセデスSLSが海ノ上SAを出てから5分。

 

 「………はぁ………………」

 

 SLSがバックミラーから完全に消え去ったのを確認し、新太はため息をつく。

 

 「SLSならノーマルでも湾岸線は多少食いついてくるだろ……踏み切れないのは論外だぜ」

 

 新太の眼は一度前に戻り、それからチラリと自身の左を確認する。耳には、何度聴いても飽きそうにない天使の咆哮に混じり、水平対向6気筒の爆音が聴こえてくる。

 

 「……ここまでついてくるか。これが本物……こういうのを待ちわびていたんだ俺は。それに―――」

 

 新太は、2台のエンジンサウンドに紛れてかすかに聞こえるシャラシャラ音をしっかりと捉えていた。

 

 「この音―――トリプルプレートクラッチか。あの男、やはり只者ではなさそうだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 対しアルシオーネに乗る弦十郎。まるでノーマルのクラッチを踏むかのように軽くトリプルプレートクラッチのペダルを踏み、5速からファイナルの6速へとシフトアップ。本来4速オートマのはずだが、そこは彼が信頼してやまない研究者肌の女性メカニックによってオリジナルの6速ミッションへと換装されている。

 

 スタートから変わらず横並びで走り続ける2台。拮抗していると思うのが普通だが、当の弦十郎は舌を巻いていた。

 

 (向こうはほぼノーマルの外装……リトラクタブルヘッドライトの弊害で空気抵抗は増大、リフトもしやすいはず……。それなのに、差がつかないとは)

 

 高速域へと入るほど、空気抵抗の差は大きく響いてくる。セオリーに倣うならば、リトラクタブルの車は固定式へと換えるのが普通だ。

 しかしながらそのセオリーに従わない者も多い。横の70スープラしかり、神居の180SXしかり、《草薙竜》もリトラのままである。

 リトラクタブルが好きでその車を使っている人も少なくないということだ。わざわざ固定式(スリーク)に換えるくらいなら、初めからリトラクタブルの車を選ばない。

 そして、リトラクタブルのままながら、湾岸線でアルシオーネと並んで走れるその速さに、弦十郎は驚いていたのだ。

 

 (一体、何馬力あるんだ……?)

 

 驚いているのも束の間、大井Uターンが迫ってくる。

 指定されたルートは海ノ上SAから湾岸線下り、大井Uターンから横羽線上り、ほんの少しのC1内回りを経て江戸橋JCTから新環状右回りへ、そしてそのまま道なりに海ノ上SAへ戻ってくるハイスピードコース。SLSが追いついてくる気配はないので、実質2台のタイマンである。

 

 横並びのまま大井Uターンへと差し掛かる。弦十郎のアルシオーネは左―――すなわち、外側に位置取っている。

 さすがにこのままコーナーに入るのは危ないと思ったのか、70スープラが少し早めに減速する。

 

 「……よし!」

 

 弦十郎はブレーキ、クラッチ切り、そしてハーフアクセルを巧みに使いこなし、しっかりクリップを突いてコーナーを抜ける。すぐに来る右コーナーも同じように抜け、前にアルシオーネ、後ろに70スープラの順で横羽線へと合流した。

 

 短い直線区間、弦十郎は前方に、同じく『本物』のオーラを放つ2台を認めた。

 

 「ほう……これは面白くなるぞ」

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 「……気配がある。何か、来ますね」

 

 まだ大井の合流に至る前、後ろのレイナRからのプレッシャーをひしひしと感じながらも、翼は別の気配を感じ取っていた。

 

 「うん……俺もかすかに感じる。ものすごく濃い気配じゃないかな、これ」

 

 城島も翼に賛同する。迫ってくる大井の合流、近づく重い気配―――。

 合流地点を通り過ぎ少し進んだところで、バックミラーに新たな機影が写り込む。

 

 「―――来たッ!」

 

 2対のヘッドライト。片方は細目で、もうひとつは四角い、リトラクタブルヘッドライト。

 

 「……車種、分かりますか? 城島さん」

 「ん〜……遠いな。だがどうやら直線区間に強い車らしい。すごい勢いで近づいてくるぞ」

 

 決して遅くないFDとR32への距離を詰めてくる2台。翼の耳がその珍しいサウンドを把握するのと、城島が車種を言うのはほぼ同時だった。

 

 「アルシオーネと70スープラ……しかしなんか音が変だな。V型の音が聴こえるぞ」

 「……この前、キャロルが言っていた……1LR換装のやつか」

 「な!? 1LRってLFAの……」

 「つい最近になって、界隈の話題を掻っ攫ってるんですよ。V10搭載70スープラ、《火焔の天使》」

 「へ、へぇ……UHC、思った以上にスゴイ所のようだナ……」

 

 説明をしつつ、しかし翼にはもう一台が気になっていた。

 

 (アルシオーネから感じるこの『圧』を、私は知っている……? どこかで……感じたことがあるような………)

 

 4台は横羽区間を抜け、C1へ。短いながら、テクニカルエリアにおいては無類の強さを誇るFDが3台を離しにかかる。

 汐留S字、銀座下を抜け、橋脚ゾーンのS字を抜ける頃には、多少の距離ができていた。

 しかし―――そこから江戸橋分岐に差し掛かるまでのごく短い直線区間。

 ダークブラウンのアルシオーネが一気に距離を縮めてきた。

 

 「……ッ!? 思ったより離れないとは思っていたが……この短い直線で追いつかれるとは………!」

 

 サイドバイサイド。勢いそのままに頭ひとつ分前に出たアルシオーネが右へと向かう。翼はやむを得ずそちらの分岐に従った。

 

 「だがまだだ……ここの右コーナーで再び前に出る!」

 

 江戸橋分岐·新環状方面の右コーナー。インに位置取っていたアルシオーネは早めに減速体勢に入る。翼はそこに上から被せるようにアウトインアウトのラインでコーナーへ侵入した。

 ―――『圧』の正体が気になったのだろう、翼は横目でちらりとアルシオーネの運転席に目をやった。

 

 「………ッ!?」

 「うおッ!?」

 

 驚いた翼はその反動でFDのバランスを崩してしまう。左右へとブレながら、なんとか姿勢を直しコーナーを抜ける。

 

 「びっくりしたぁ……。どうしたんだい、翼ちゃん? あのアルシオーネに何か?」

 「い、いえ……すみません、その……よく知る人物だったものですから………」

 

 

 

 (あの方であれば、あの『圧』も納得だ……。だが、正体がわかったならば恐るるに足らず! 正々堂々、勝負してくれる!)

 

 ―――だが。江戸橋分岐で新環状方面へ入られた段階で、半ば勝負は決していた。

 いくつかのコーナーを抜ければ長いストレート。弦十郎のアルシオーネ、そして《火焔の天使》がそのパワーを遺憾なく発揮できる場所だ。コーナリングマシンのFDに勝ち目はないように思える。

 

 「………こちらで勝負できるとすれば」

 「―――車重、だナ。馬力差を埋めれるとすれば、そこしかない」

 

 アルシオーネも、70スープラも、そしてレイナのR32も、それなりの車重がある。

 しかしFDは軽量であることを前提として作られたマシン。勝機があるとするならば、そこに。

 馬力では足下にも及ばないバイクが、スポーツカーに勝るとも劣らない速さで走れるのと同じ原理。

 ホイールベースの短さとその軽さによる直進安定性の低さ。そこを空力パーツやドライバーの技量で捻じ伏せることができれば、気の遠くなるような直線であっても食らいつくことは可能。

 そして―――キャロルの組んだ各空力パーツはその条件を満たし、翼の若くして熟達されたその技量は、可能性を見事ものにした。

 

 「………ほう。こいつは驚いた。直線で並みいる海外産ハイパワー車よりも食らいついてくるロータリーマシンがいるとはな」

 

 ミラーを見て、新太は一人感嘆の言葉を口にする。

 

 「こいつもまた『本物』……て訳か」

 

 しかし、食いつくのが限界。距離を詰めることも、もちろん追い抜くこともできず、ただ離されぬように他の3台の後を追う。

 ―――それでも、翼の心は歓喜に満ちていた。

 

 (超高速エリア……湾岸線でも、離されることはない……。ロータリーマシンにも、可能性は大いにあるわけだ)

 

 新たな愛機の可能性に気付けたことがとにかく喜ばしいのである。そうして彼女の口元が笑みを浮かべたとき、初めてその旋律を知覚した。

 

 「………あまりに必死で気づきませんでしたが。すごい、良い音奏でてますね」

 「当事者(ドライバー)を除けば、聴衆は俺一人かナ。全く、贅沢な音楽を聴かせてもらったヨ」

 

 

 

 直列6気筒――RB26の轟音(バリトン)

 

 V型10気筒――1LRの美音(ソプラノ)

 

 水平対向6気筒――EG33の重低音(バス)

 

 そして2ローター――13Bの鋭い高音(ファルセット)

 

 

 

 ようやく夜が深まろうとしている午後7時頃。あまりにも獰猛な、しかして美しい―――暴力的四重奏(バイオレンシャルカルテット)

 外で聴く者が誰もいないのが勿体無いほどのそれが、湾岸線に鳴り響いていた―――。

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 ようやくポツリポツリと車が増え始めた海ノ上SA。四重奏は終幕を迎え、各車の乗り手が邂逅する。

 

 「………えーと、この状況は何なのかな、レイナちゃん?」

 「私も知らないですヨ」

 

 蒼いFDの乗り手、風鳴翼と、ダークブラウンのアルシオーネから降りてきた風鳴弦十郎が、無言のまま睨み合っている。

 長いような短いような、そんな無の時間の後、弦十郎が口を開いた。

 

 「…………江戸橋JCTで俺だと気付いたとき、動揺したな、翼?」

 「……はい。しかし、これは私の不覚。常在戦場の精神が未熟である証です」

 「自覚があるなら良い。お前のスキルは認めるに値するが、心が砕けては勝てる勝負にも勝てん。今後も精進を怠るなよ」

 「はいッ!」

 

 

 

 「へ? 何何? どーゆーこと? なんかすごいレベルの話になってるんだけど? ………分かります?」

 「いや………俺も、わかんないです」

 

 動揺する城島に問いかけられた新太は首を振る。レイナはと言えば、口をあんぐり開けて固まってしまっている。

 

 そして翼と弦十郎が同時に3人の方を向く。3人は思わず体がビクついてしまった。

 

 「城島さん、レイナさん、紹介します。こちらは風鳴弦十郎。私の叔父に当たる者です」

 「新太くん、こちらは俺の姪の風鳴翼だ。テレビで見たことくらいはあるだろう?」

 

 「「「は、はぁ………どうも………」」」

 

 思考が追いついていない3人は、なんとも地に足がついていないような返事をしてしまうのであった。

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 「……しかし、驚いたな。風鳴って珍しい名字だと思ったら、まさかあの歌姫の親戚とは」

 「ははは、驚くのも無理はないな」

 

 いち早く平静を取り戻した新太が率直な所感を述べる。風鳴という名字は、日本においてある特殊な事情を抱えた姓なのだが、それはまた別の話。

 城島とレイナも遅れて平静を取り戻し、会話が盛り上がっていく。

 城島がただ一人の聴衆となった四重奏の話もあれば、純粋に速さへの各々の賭ける思いなど、いろいろな話が飛び交う。

 

 「………そうだ。弦十郎さん、あんたのアルシオーネについてちょいと気になることがある」

 「長いから弦でいいぞ。で、何だ?」

 「……C1区間におけるあの速さ。いくらFRと4WDの差があるにしても、湾岸で俺と張り合ったクルマがあんだけ安定して走れるとは思えないんだ。どういうチューニングなのか気になってな」

 「ああ……なるほどな。君のスープラは、直線に特化した湾岸仕様と言うわけだ」

 「ご明察。ホームコースは湾岸、周回するにしてもみなとみらいと横羽くらいしか走らない。だが……だからこそ、C1をべらぼうなスピードで抜けてったあんたには心底驚いたんだ。やり方次第、チューニング次第で、直線番長なクルマでもイケるんだってな」

 

 弦十郎は顎に手を当て少し考える。しかし、すぐに首を横に振った。

 

 「俺は実践派でな。だいたいは走りながら得た感覚的なモノだ。チューニング面では俺はとあるメカニックに一任していてな。細かいことはよくわからん」

 「そうか………。俺も少し、C1なんかを練習してみることにするよ。今日みたいなことが今後ないとは言えないしな」

 「ああ。是非練習を積んで、いつか俺と首都高一周バトルでもしようじゃないか」

 「善処するよ。アンタを失望させたら後が怖そうだからな」

 

 幕を閉じた四重奏。奏者達は解散し、各自帰路に着いたのだった。

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 都内某所。とあるこじんまりしたガレージにて、ツナギを着た眼鏡の男が愛車の手入れをしていた。

 そこへ1台、客が訪れる。

 

 「おや、おおよそ聞いていた通りだ。全く、キャロルも余計な世話を焼くナ」

 

 シアン色のゴツいエアロをしたR33。車体右側面には、痛々しいクラッシュの痕跡がはっきりと残っている。

 

 「あの……伝え聞いた通りの場所に来たのですが、あなたが………?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ああ、話は聞いてるヨ。俺がFLATレーシングの黒木隆之だ。君の33R、責任を持って復活させよう」




 四重奏と銘打っておきながら、私、音楽には疎いほうです。聴くのは好きだし、カラオケなんかもまあまあ行きますが、用語なんかはちょっと……。

 細かいことだと、ソプラノやバリトンは四重「唱」じゃないかと思われるかもしれないです(調べました。仮にこれも間違っていたらご指摘願います)。



 また長々と更新が空くかと思いますが、何卒ご愛顧よろしくお願いしますm(_ _)m
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