湾岸ボカロフォギア~story of urban highway circuit~ 作:ヘリーR
過去一長い未更新期間を記録してしまいました。楽しみにされていた方には、申し訳ありません。
今回、後書きはありません。それでは、本編へどうぞ!
「……分かった。頑張ってね、恵未」
前のFCが道を空ける。新生した《草薙竜》であるそれを抜き、アクセルを一気に奥まで踏み込む。
前を思いっきり走ってくれと言われたならば、その通りにするまで。自身が最も得意とするC1で、全力を出す。
エイトの旋回性と回頭性の良さを活かしたコーナリング。壁接触スレスレのライン取りで、ミラーを覗くこともなく蛇のようにうねる道を駆け抜けていく。
前に出てから初めてミラーを見たのは、銀座下のS字を抜けて江戸橋に差し掛かるまでの短いストレートだった。
寧亜の耳は4ローターの特異なサウンドをずっと捉えている。やや離れてはいるが、しっかりとFCのライトがミラーに映っていた。
「……さすが。ここまでついてきた。なら………江戸橋も、最短距離で……!」
一度外へ膨らんでから分岐すれすれを狙ったライン取りで江戸橋へ突っ込む。極力スピードを殺さないコーナリングで道幅を目一杯使い駆け抜けていく。
バックミラーの反射をチラ見で捉える。後ろのFCも同じラインを狙うようだ。
舵角を抑えた突っ込み。しかし、やはりというべきか、フロントヘビーになったFCはうまくスピードを乗せて走れない。
だが……江戸橋を抜けた後に、寧亜は息を飲む。
「……!」
やや離れた距離が、すぐに縮まる。立ち上がりが
(抜け速重視のらいん……! 立ち上がりで詰める戦法……!)
そう。FCが取ったラインは、侵入こそ同じだったが、コーナー内でのラインが異なっていた。コーナリングスピードをやや犠牲にしつつも、立ち上がりで一気に速度を乗せるライン。
これまで何度か、自分のエイトを恵未には運転してもらったことがある。その寧亜だからこそ、気づき、驚く。
(そんな簡単に……走り方を変えられる……?)
恵未の運転は、どちらかといえば寧亜に近い、コーナリングスピードを活かしたやり方だった。それが、ここに来て急に変わったのだ。
「……うん。こんな感じだね……。いいよ、もっと教えて、あなたの走り方!」
より速く。より近く。愛車に自らを近づける。その望む走り方を、掴んでいく。
フロントヘビーにはなったが、そのパワーとトルクは以前とは比較にならないほど大きくなっている。他のロータリーマシンとは一線を画すハイパワーFR。それが今の《草薙竜》なのだ。
であれば、そのハイパワーをより生かすなら、無闇にクリッピングポイントを狙ったコーナリングよりも、コーナー出口の立ち上がりを重視する。微細ではあるが、確かに異なるライン取り。
「クルッと向きを変えて踏んだほうが速い」―――かつて誰かが、ある車に試乗して体感で放った言葉。それに近い走り方を、恵未は一晩で手に入れようとしている。
底知れないセンス。齢23でUHCにおける名声を欲しいままにしたその力は、今ここにおいても発揮されているのだ。
C1を駆け抜ける2つの機影。ベージュとライトグリーンのそれが放つ快音は、しばらく鳴り響き続けた―――。
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時をほぼ同じくして。フラットレーシングのガレージ。翌日は休みだという七秋とともに、黒木はR33に手を入れていた。
「……よし。今日はここまでにしよう」
連日七秋に教示している黒木。この日はもう日付が変わろうと言う頃に、黒木はストップをかけた。
「もう、ですか? 明日は休みですけど……」
「いや。たまには違う趣向を凝らしてみてもいいかと思ってね。―――UHCに出よう」
「!」
七秋は驚く。これまで彼はそんな素振りも見せなかったのだから。
「君は助手席ってことにはなるけどね。僕のRの乗り味を体験してもらいつつ、なんか語らえればって話さ」
深夜。C1を駆け回っていた2台のRE車が帰路についた頃。
横羽エリア。狭いその道を勝手知ったるごとくに駆け抜ける白きR33。
かつてあの「悪魔」を追い、孤高の身となり、そして
「…………」
「この速度域が初めてってわけでもないだろう? 黙るほどに、何か気づきがあったかい?」
「……思い出すと、つい。自分はきっと、もっと荒い運転をしていただろうって」
「気付けるなら、そこから進歩はある。君の目を覚まさせてくれた『本物』……《青桜》を追いたいのなら、それを大切にするんだ」
「……はい」
荒れた路面を四輪で蹴り、R33は鮮やかに走る。難コースだが、手慣れたものである。
「そういえば君は、C1で負けたんだってね。僕のメインステージはここ横羽と湾岸―――超高速エリアだから、かなりパワーに振ってある。一度ブローさせたけれど、懲りずに800馬力出せるようにしてある」
「……………」
「別に馬力が全てじゃないし、Rだけが唯一の正解ってわけでもない。まだここが首都高速だった頃、僕は教えられてね。
………君がどんなRを望むかで、その性質は変わる。環状にこだわるなら馬力は抑えて、低回転域のトルクを上げたほうがいいだろうし。オールマイティを狙うなら、バランスを考えなきゃだ。……どうしたい?」
優しく問う。しばらく沈黙が続き、RB26の快音だけが耳に届く。
「……《青桜》と、その時一緒にいたアテンザは、どこでも速かった。真似をしたいわけじゃないけれど……追いかけていきたい。なら……俺が目指すのは、オールマイティなRです」
「……OK。なら、僕のとは違うアプローチをしなきゃナ」
再びの沈黙。白いR33はほんの短いC1区間へと差し掛かる。
C1内回り。浜崎橋から江戸橋までをすぐに抜け、新環状へと入る。
「……そういえば、黒木さんのRはノーマル然としてますよね」
沈黙を破ったのは七秋。素朴な疑問を黒木にぶつける。
「ああ……さっきも言ったけど、僕は湾岸と横羽がメインコースだからね。空力パーツはコーナーで安定して曲がるためには必要だけど、直線では
「横羽って確かにスピード乗りますけど、コーナーもまあまあ多くないですか?」
「……まあね。湾岸線よりは苦戦するヨ。だけど追加のエアロパーツを着けるほどじゃあない。33Rの可変ウィングは、見た目に似合わず効果大きいからナ。あとは腕でなんとかなる範囲さ」
「なるほど………」
気がつけば湾岸線エリアへと入り、海ノ上SAが近づいていた。
「……さて。UHCの休憩所と言えばここだよナ。軽食がてら、先の話でもしようか」
軽食と言いつつ、黒木はブラックコーヒーしか頼まなかった。七秋の方は、ブラックコーヒーとクロワッサン。バター香るそれを頬張る彼のそばには、休憩所のラックから持ってきたと思われる1つの雑誌が置いてある。
「おや。それはRの専門誌だね。最近見れていなかったんだが、どんなことが書いてあるんだい?」
「僕も
「35Rか……。RB26ではなくなってしまったんだよネ、あれ。おまけにスカイラインとも袂を別って、純然たるスーパーカーになってしまった」
そう語る黒木の顔はやや渋い。
「……嫌いですか? 35R」
「………どうかナ。33Rにこだわって、RB26と向き合い続けたからこそ、複雑な気持ちではある。だけど、時代の流れって言うのかな。抗えないものはあるから、こうした変化は仕方のないことなのかもしれないけどネ」
「……そう、ですね………」
「別に35Rを否定する気はないんだ。でも、僕はこれまでの僕のやり方をこれからも貫き通すつもりだ。今の所は、触れるつもりはないかナ」
話しているうちに、コーヒーは空になった。七秋もクロワッサンを食べ終えている。
「―――そろそろ戻ろうか。明日は休みなんだろう? せっかくだから泊まってきナヨ。どうせRを仕上げるんだし」
「……ぜひ、お願いします」
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戻ってくると、深夜にも関わらず見慣れない車がガレージの前に停まっていた。
「―――皮肉だナ、35Rとは。一体どうして
赤いR35GT-R。黒木の33Rが近づくと、待っていたと言わんばかりにそのドアが開いた。
「………!」
「……黒木さん?」
顔に驚愕の色を滲ませる黒木。その後表れた表情は、険しい。
ガレージ横に車を停め、黒木と七秋も車を降りる。
「よう。久しぶりだな、黒木」
「……ええ。お久しぶりですね、元木さん」
「!」
七秋はその名を聞いて驚く。元木―――元木泰郎。先程海ノ上SAで見た雑誌の先月号に載っていた人物だったからだ。
(CCRの元木さん……! 35Rで谷田部350km/hを記録したR200のトップ……!)
CCRファクトリー代表にして、連綿と続くGT-Rチューナー集団『R200CLUB』のまとめ役。それがこの男である。
「相変わらず33Rに乗ってるんだな、お前は。つくづく感心するよ」
「元木さんの方は、早くも乗り換えたんですね。前乗ってた34Rはどうしたんですか?」
「さすがにガレージに置いてあるさ。エンジンからして違うからな。チューンの仕方も全く別物だ。ならチューナーとして売るわけには行かないだろ」
「それもそうですね。……用件はなんです?」
黒木のその言葉を待っていたと言わんばかりに、元木は笑みを浮かべる。
「首都高は、
「………!」
黒木は静かに驚いた。七秋の方はと言うと、あたふたしすぎて何も言い出せない。
「一週間後だ。それまでに第2世代GT-Rを全種揃えてこい。すべて1台ずつである必要はない。4台で来ようが5台で来ようが、俺たちは勝つ。勝って名声を挙げる」
「もうサーキットの方で十分得ているでしょうに。こちらの世界でも上に立たないと気が済まないってことですか。……分かりました。心当たりはありますから、なんとかなるでしょう。―――で、そちらはあのメンツで来るんですか?」
「そうだな。俺、JAPAN、JPPの変わらぬ布陣だ」
「そうですか。……会えるの、楽しみにしてますヨ」
「ああ。こっちも楽しみにしてるぜ。お前たちを負かす日をな」
そう言って元木は35Rに乗り込み、またたく間に視界から消えていった。
「……やれやれ。懲りない人たちだ」
「く、黒木さん? どうするんですか?」
「ああ。申し訳ないけど……君のRが直るのはもう少し先になりそうだ。構わないかい?」
「……ええ。今のやり取りで、ただ事ではないのは分かりましたから。ここから1週間は、自分のことに集中してください。俺も手伝えることがあれば協力します」
「ありがとう。やることは多いからナ。
………………UHCを彼らに明け渡すわけには行かない。こちらも総力戦と行こうじゃないか」
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「―――何か、ある。そんな気がする」
自身の持つガレージ前で夜風に当たっていた三玖。そのシャッターは開けられており、中に坐すシアンの33Rは動く時を今か今かと待っている。
「この胸騒ぎ……感じてるのは私だけかな? R」
―――…………。
「なんだか、変な感じがする。胸騒ぎだけど、2種類あるような……。嫌な胸騒ぎと、嬉しい胸騒ぎ。―――まあ、どっちにしたって、私はあなたを信じて踏み抜くだけなんだけどね」
時刻は既に早朝5時。下弦の月が中空に輝く明け方の空に、《青桜》の咆哮が轟く―――。