湾岸ボカロフォギア~story of urban highway circuit~   作:ヘリーR

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act.5「悩める竜とおっとり猫」

 『ステップランブル』を出てからの《草薙竜》車内。

 運転する恵未はまだ目のまわりが赤い。

 

 「普通に運転してるときは、なんともないのに……。ねえ、神居?OHはダメなの?」

 「OHはむしろ逆効果だ。今までの使用で、ハウジングがすり減っている。これ以上OHなんかしたら、ローターとハウジングの間に隙間が生じてREがREとして機能しなくなる」

 「そっか……ホントにもう、ダメなんだね………」

 「……………」

 

 FCは赤信号で停止する。

 しばらく無言の車内が続く。

 青信号になり、FCはゆっくりと発進する。

 

 「…………恵未。お前は、FCと別れたくないんだよな?」

 「そりゃ、そうだよ」

 「このREとも?」

 「……………」

 

 恵未は沈んだ表情のまま、しばらく黙ってしまった。

 再び赤信号でFCが停止する。

 

 「……本音を言えば、もちろん、別れたくないよ。でも、この際ワガママは言えないから……」

 「……」

 「このFCがまた元気に走ってくれるなら、それ以上のことは望まない。神居が向こうで言ったように、新生《草薙竜》となってくれれば、私はまたこの子と走れるし、この子も嬉しいだろうから…」

 

 そう言って恵未はいとおしそうにFCのステアリングを撫でる。

 青信号になり、FCは再びノロノロと発進する。

 まるで別れの時を惜しむように。

 

 「確かに、今私たちが乗っているこの《草薙竜》とはお別れだけど、また生まれ変わった《草薙竜》にいずれ会えるのなら、それで構わない」

 「……分かった」

 

 神居は決意した。

 

 「お前のために、必ず新しいREを手に入れて、《草薙竜》を甦らせる。絶対に、このFCを亡き者にはしない」

 「神居…………」

 

 運転中にも関わらず、恵未の目からは再び涙が流れ出ていた。

 

 「………ありがとう。待ってるからね」

 「………ああ」

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 かくして二人は神居のガレージに着いた。

 神居のガレージは赤青姉弟の『ステップランブル』のように堂々とした佇まいは持っておらず、知る人ぞ知るといった場所に建っている。

 ガレージ名もこぢんまりと『蜻蛉屋』と書いてあるだけだ。

 名前だけではチューナーの店とは到底思えない。しかし、それでも大阪に出張するほどの知名度はあるのだから、かつてのトップレーサー《黒蜻蛉》のネームバリュー恐るべし、と言ったところか。

 

 そんな『蜻蛉屋』には、既に先客が来ていた。

 ベージュのマツダ・RX-8。

 その脇には車の色よりもさらに薄いベージュの長い髪をした、小柄な少女が立っていた。

 

 「…………あ、来た」

 「寧亜か。一体どうした?」

 「最近ものすごく簡単にれっどぞーんまで回っちゃうから、良いのか悪いのかよく分かんなくて。車はあるのに、神居、いないんだもん」

 

 待っていた少女の名は六茶(ろくさ)寧亜(ねいあ)。身長は150センチもないだろうか。先述の通り小柄だが、これでも22歳である。

 口調までもがまだ幼い少女のようにあどけなく、おっとりとしている。

 

 「………でーと?」

 

 寧亜の突拍子のない質問に、神居は驚いてしまう。冷静を装いつつ、横の恵未を見てみると、今度は目の周りではなく頬が真っ赤に染まっている。

 

 「……あー、いや、違う。こいつのFC、調子悪くてな。見てやってたんだ」

 

 神居は頭を掻きながら言う。半分本当で半分嘘だが、

 

 「………ふうん」

 

 と寧亜は納得してくれた。

 そもそも神居と恵未は付き合っていない。

 ならばデートという言葉が当てはまるわけもない。

 

 「……で、何だ?簡単にレッドゾーンまで回るだと?」

 「うん」

 「それくらいなら、別に吹き上がりが良いとかだと思うが、まあ、見せてみろ」

 

 言われて寧亜はエイトのボンネットを開ける。

 

 「ふむ……みたところ、問題はなさそうだが。エンジン掛けれるか?」

 

 寧亜はエンジンをかける。

 FDやFCのような2ローターターボではなく、エイトは2ローターNAだが、そこは現状最終型のRE搭載車。洗練されたロータリーサウンドが響く。

 

 「……寧亜、ギアはパーキングのままでいい。アクセルを踏んでみてくれ」

 「ん」

 

 寧亜がアクセルを踏む。

 軽快なロータリーサウンドとともに、エンジンが振動する。

 

 「……よし、替わってくれ」

 「ん」

 

 寧亜と替わった神居がアクセルを踏み、メーターの針の振れを見る。

 

 「………うむ。吹き上がりが良いだけだ。エイトは好調だぞ、寧亜」

 「う。そっか。よかった」

 

 寧亜はあまり変化しない表情にわずかながらに安堵の色を浮かべる。

 

 「ふーん、エイトは好調かぁ……」

 

 そんな恵未の呟きを神居は聞き逃さなかった。

 

 「……寧亜、UHCは慣れてきたか?」

 「う………微妙。まだ、しーわんや八重洲は、ちょっと」

 「そうか。……よし、恵未」

 「え?何?」

 「寧亜にC1や八重洲の走り方をレクチャーしてやれ。お前も、あまりUHCから離れたくはないだろう?」

 「……分かった」

 

 神居は、寧亜がまだUHCを走り始めてから時が浅く、テクニカルコースにはまだ慣れていないということを利用し、恵未にできるだけUHCを離れないように仕向けたのである。

 そうすれば、恵未は腕が鈍るということもなく、寧亜も腕が上達するだろうと考えたのだ。

 頭の切れる神居だからこそ、こんな考えが浮かぶのだろう。こういうアイデアは意外と浮かばないものだ。

 

 「寧亜も良いか?」

 「ん。おっけー。恵未のどらいびんぐてくにっく、私も身に付けたい」

 「……別に、そんな特別なテクニックは持ってないよ」

 「…恵未、謙遜してる?それとも、照れてる?」

 「そ、そんなんじゃ……」

 「照れてるんだよ。なんせ、自分が模範にされるなんて初めてだもんな?」

 「ちょ……っ!神居、そういうこと言わないでよ!………余計、恥ずかしくなるじゃん……」

 

 最後の方はかなり小声だったので、

 

 「? 何だって?」

 

 と、神居が聞き返す。

 

 「……な、なんでもない!」

 

 と、恵未は返した。まあ、当然だ。

 

 「……まあ、ともかく、FCが復活するまでの間は、寧亜の相手をしてやれ。新旧の差はあるとはいえ、同じロータリーであることに変わりはないからな」

 「……うん」

 「…………恵未、嬉しそう」

 「えぇっ!?そ、そんなことないよ!?」

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 というわけで、その日の夜。寧亜は早速、恵未をエイトの助手席に乗せてUHCへ。

 現在、彼女が走っているのは新環状エリア。

 運転しているときの寧亜は、普段の『おっとり』が抜けきらないものの、少しは視線が鋭くなっている。

 いざというときはやる、猫のよう。

 そんな寧亜の様子を見て、恵未は一日前に箱根で会ったFDの乗り手を思い出した。

 

 (蓮くんも猫みたいだったな……。寧亜ちゃんはおっとりした猫だけど、蓮くんは常に周囲に注意を傾ける冷静沈着な猫って感じで、かなり違うけど)

 

 おっとりしててもクールでも抱くイメージは『猫』らしい。

 

 「もうすぐ分岐点だよ、寧亜ちゃん」

 「ん。分かってる。しーわん、走る」

 

 そうしてベージュのエイトはC1エリアへと入っていった。

 C1。

 首都高の中では比較的ドライバーの技能を必要とする区域で、パワーに頼りきりでは走りにくい、かといってハンドリング性能を重視しすぎるとタイムが出ないので、車の総合性能、そしてドライバーの腕がしっかり表れる、バトルの舞台としてはよく選ばれるエリアだ。

 寧亜はまだうまく走れないと言っていた。

 

 C1に入ると、寧亜の目が一層鋭くなった。苦手なエリアゆえ、集中力を高めたのだろう。

 カーブも多く、的確なアクセルコントロールやステアリングが要求されるこのコース。集中力が切れて操作を誤れば、即クラッシュにも繋がりかねない。

 まして、苦手となれば要求される集中はとてつもない。

 エイトはギリギリのラインを攻めていく。

 そもそもC1はギリギリのラインを攻めれば攻めるほどタイムを縮められるので、寧亜は下手ではなく、むしろかなり良い走りをしてると言える。

 

 (すごい。苦手どころか、得意って言っても良いくらいの腕だよ…!)

 

 恵未もその攻めっぷりに舌を巻いていた。

 

 「寧亜ちゃん、本当に、C1苦手なの?」

 「うん。苦手」

 「………そっか」

 

 助手席から眺めていては分からない恐怖のような何かが、運転している寧亜にはあるのだろうか。

 

 何はともあれ、寧亜はC1を走りきり、そこから新環状、湾岸と抜け海ノ上SAにやって来た。

 

 車を降り、フードコートに適当な席を見つけ座る。

 

 「恵未。私の走り、どうだった?」

 「……正直に話すとね、寧亜ちゃん」

 「う?」

 「………寧亜ちゃんの走りは、C1を最短タイムで走るラインなんだ。つまり、寧亜ちゃんは、苦手どころか、むしろものすごく上手なんだよ」

 「……え。うそ」

 

 寧亜なりの驚きを込めた反応が帰ってきた。

 

 「寧亜ちゃんは、走ってるときどんな風に思ってた?」

 「どんな………。私は、あのらいんを外したらぶつかっちゃうから、必死になってた」

 「そう……。ぶつかっちゃう、ってことは……」

 「う。何回か、ぶつけた。ぶつからないように走ってたら、今のらいんがぎりぎりだって気づいた」

 「なるほど………私からすれば攻めのラインだったけど、寧亜ちゃんにとっては、ぶつかる恐怖から生まれたラインだったんだね」

 「………う。そういうことに、なるのかな」

 

 寧亜の表情は複雑だ。自分はぶつからないよう必死に走っているのに、それをとても上手だと誉められたら、誰だって複雑な気分になるだろう。

 

 「……じゃあさ、寧亜ちゃん。その恐怖心、なくそうよ」

 「う?」

 「あのラインはキープで、怖さを克服しよう?そうすれば、寧亜ちゃんはもっと強気にあのラインを走ることができる。タイムも縮んで、C1最速になるかもしれないよ?」

 「……最速…。う。頑張ってみる」

 「よし、じゃあ、私もしばらくFCに乗れないし、寧亜ちゃんがもっと早く走れるようになるまでとことん付き合うよ!」

 「…………ん。ありがとう」

 

 寧亜は嬉しそうだ。頬を少し赤らめ、微かに笑っている。

 

 「……あ、でも、ひとつ気になるなぁ」

 「………なあに?」

 「エイトはFCやFDよりもコーナリング性能は良いはずなんだよね。なのに、あのラインを外したらぶつかるっていうのは、少し奇妙なんだよね」

 「…それはやっぱり、まだ私の運転が下手なんじゃ?」

 「いや、例え怖さからだとしても、あのラインを走りきる寧亜ちゃんが下手とは思えない。うーん………よし!」

 「??」

 

 

 

 

 「寧亜ちゃん、一度、私にエイトを駆らせて。何か、分かるかもしれない」




 まーた新キャラ出ちゃいました。
 寧亜はIAをもとにしたキャラです。
 どこかでIAの身長は140㎝みたいな話を聞いた覚えがあったので、少し高くして150㎝程にさせていただきました。公式は身長公開してないらしいですが。
 そしてなぜか天然キャラになりました!
 カタカナ語はすべてひらがなにしました。漢字はさすがに使いましたが。

 さあ、恵未は寧亜のエイトを乗りこなせるのか!?
 次回にご期待ください!
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