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Prologue Episode1 ~運命~
吾輩は猫である。名前はまだ無い。
有名な小説の書き出しだ。
この猫は、スゴい猫だと思った。なぜなら少なくともこの猫は、自分が猫であることを自覚しているからだ。名前は無くとも、生まれもわからずとも、自分という存在を知っている。猫としての生き方というものを、しっかり理解して生きている。
それなのに俺は、自分が何者なのか、何がしたいのか、何が出来るのか。そして、生きる意味さえもわからずにいた。なぜ生きているのかもわからず。将来のことはおろか、ただ漠然と今を生きているだけの日々。
いや、生きているともいえない。
ただ、そこに居るだけの存在だったあの頃⋯⋯目の前に広がる、まばゆい煌びやかな世界でさえも。失意の中に居た俺には、世界の全てが灰色に見えていた。
そう。あの日、あの時⋯⋯幼かった俺に手を差し伸べてくれた、あの人と出逢うまでは――。
* * *
東京六本木。立ち並ぶ高層ビルの中でも一際高くそびえ立つ超高層タワービル内に看板を掲げる、某証券会社。時刻は平日午前10時30分。学校に通っているまともな学生なら、決して居ないハズの場違いな場所に今、俺は居る。
「
モニターに映る緑と赤の蝋燭グラフに目を向けたまま、カウンター越しに買い注文をつける。
「わっかりました~!
買い注文を受けたスーツ姿の男性
そして彼が言葉にした、
この世界では、誰もが狼で、誰もがカモ。
目まぐるしく荒れる狂う数字の波。この波は、秒刻みで満ち引きを繰り返し、敗者を容赦なくのみ込む。
一般的なサラリーマンの生涯平均所得は約2億前後といわれているが、ここでは2億という数字は数秒で得て、数秒で失う、そういう世界だ。
これが、俺のもうひとつの顔――時代遅れの相場師。
そしてここが、俺の戦場。マーケットの世界。
午前の取引を終え、証券会社を後にした俺は、昼食をとるため同じ六本木のタワービル内に暖簾を構える食事処へ赴く。いつも世話になっている
そんな訳でいつも通り、同じタワー内の12階に暖簾を構えるお気に入りの食事処に到着。隅々まで掃除の行き届いた、とても落ち着きのある店内。食事の質はもちろんのこと、会員制でテーブル席だけではなく、個室も完備されていたりと、プライベートが完全に守られるため大変重宝している。
いつものように、通された店内の一番奥の窓際の席に座り、お任せの日替わりの定食を注文し、窓の外に広がる大勢の人たちが行き交う大都会東京の街並みを眺めながら、運ばれてきた料理をいただく。普通の高校生では、決してあり得ない非日常だが、これが俺の日常。
昼食を食べ始めて数分後、常にマナーモードに設定してある携帯のバイブが振動した。
――またか。食事くらいゆっくり食べさせてほしいんだけど。
小さくタメ息がもれる。どうせ、担任からの学校へ登校しろという催促の電話だろう。これもいつものこと。いくら授業免除の特待生とはいえ、出席日数が足りなければ進級できない。心配⋯⋯というよりも、自分の評価を下げたくないだけだろう。特待生が不登校となれば、学校としては深い痛手となり、その噂が広がれば学校の評判は落ちる。ひいては担任はもちろん、校長の責任問題にまで発展しかねない。それだけは避けたいといったところだろう。
正直、今の高校生活は退屈極まりなかった。
とある事情により、既にアメリカの大学を飛び級で卒業している身。それは、自身が有する特別な力に関係しているのだが。日本へ帰国後、訳あって日本の学校へ進学することになった。しかし、生真面目なクラスメイトたち、生徒の親の顔色と自分の評価を気にして、教科書をただ流し読むだけの教師。興味を引く目新しいものも何もない退屈な日常⋯⋯代わり映えしない日々に嫌気が差し、入学してひと月も経たないうちに今の生活に戻った。
この電話の相手が担任だとしたら、また正論に正論を重ねたありがたいお言葉を延々と聞かされるかと思うと憂鬱になるが、それでも無視するのは気が引ける。
仕方なく液晶画面を確認すると、表示されていた発信相手は担任ではなかった。携帯の液晶に表示されるには知らない名前と番号。しかし、名前と番号が表示されているということは面識があるハズ⋯⋯なのだが、まったく覚えがない。考えても仕方ないため、とりあえず出ることにした。通話ボタンをプッシュし、耳元へ持っていく。
「はい、
『お疲れ様です、先日はありがとうございました。以前、雑誌の企画で取材させていただいた――』
出版社名と名前を聞いて思い出した。
今から二ヶ月ほど前、特集を組みたいとインタビューの申し入れをして来た雑誌の編集者の名前だった。
『不躾で申し訳ないのですが。星ノ海学園の生徒会長が、
「はあ⋯⋯?」
正直、意味がわからなかった。
星ノ海学園の生徒会長。自分の高校の生徒会長ならまだ話は予想できる。しかし、他校の生徒会長が無関係な俺にいったい何の用事なのか、気にならないとなれば嘘になるが。わざわざ引き受ける義理もないため断ることにした。
「申し訳ありませんが、お断りさせていただきます」
『そうですか、そうですよね⋯⋯わかりました。先方には、私から伝えておきますので』
「すみません。お願いします」
『いえ、こちらが無理を承知でお願いした事ですので。では――』
「そうですか。あのひとついいですか?」
ただ、ひとつだけ気になることがあった。
なぜ、そこそこ名の知れた出版社の編集者が、たかが学生の願いを聞き入れて連絡を寄越したのか。それが妙に頭に引っ掛かり訊いてしまった。
そして、この判断が俺の――俺たちの運命を大きく動かす事になるとは、この時はまだ思いもしなかった。