「すぐに作りますので、楽にしていてください」
リビングへ案内してくれた
「手伝います」
「それではお礼になりませんので座っていてください」
「⋯⋯そうですか」
と言われたところで、やっぱり落ち着かない。気を紛らわすために本業の方へ手をつけることにした。そのためには携帯ではなく、パソコンが必須。持っているか訊いてみる。
「
「はい? なんですか?」
手を止めて、こちらを見た。
「パソコンありますか? 持っていたら、お借りしたいんですけど」
「部屋にありますので、ご自由にどうぞー」
「ありがとうございます」
部屋の場所を教えてもらい、彼女の部屋へ向かう。
「失礼します」
当然ながら部屋には誰も居ないことは分かっているけど、何となく断りを入れてから部屋に入る。目当てのパソコンは勉強机の上に置いてあって、すぐに見つかった。しかし、室内には勉強机の他にベットやタンスなどの家具もある寝室を兼ねた部屋であったため、目当てのパソコンを拝借してすぐ、リビングに戻ることに。
「お借りしますね」
「はーい、どうぞー」
彼女の返事を聞いてから、電源コードを差し込みパソコンを立ち上げる。デフォルトで無線が飛んでいることを確認して、ブラウザを開く。検索ワードに契約している証券会社の社名を入力して、出てきたホームページへアクセス。
「うわぁ⋯⋯」
認証画面でIDとパスワードを打ち込みログインした画面を見て、思わず声が溢れてしまった。 その声に気が付いたらしく、
「どうしたんですか?」
「あ、いえ、なんでもありませんよ」
「そうっすか?」
不思議そうに首をかしげていたが再び調理に手を戻した。
画面に目を戻す。本業の方はここ数日、転入の手続きや英語の教鞭、試験勉強、特殊能力者対策などにより疎かになっていた。それを裏付けるように溜まりに溜まった売買報告書と契約時締結書類などの重要な
想定以上に膨大な数で嫌になりそうになったけど、目を通さない訳にはいかない。気合いを入れるため、いちど天井に視線を向けてから目を閉じる。ひとつ大きく深くを息を吐いて、画面に目を戻して向き合う。
――よし⋯⋯、やろう。
キッチンから聴こえてくるトンっトンっトンっとリズムよく包丁をふるう、どこか懐かしくも心地よい音をBGMに、俺は作業に取りかかった。
「はいっ、出来ましたー」
近くで聞こえた声で呼び戻される。顔を上げると湯気のたった料理が盛られた皿を持った
「はいはい、ぼーっとしてないでパソコンを片づけてください」
「あ、はい」
パソコンの電源を落として、ダイニングテーブルに手料理を置くスペースを作る。
「ところで、なに見てたんですか? エッチなサイトっすか~?」
「はい、そうですよー」
まるで小悪魔のような笑顔で茶化してきた彼女に対し、笑いながらテキトーに返事を返すと「うっわぁ~、さいてーっすねっ」と、笑顔のまま返ってきた。
次々テーブルに並べられていく料理の数々に驚く。あくまでメインは肉料理だが、色とりどりの野菜がバランスよく使われてるのが分かる。
エプロンをハンガーにかけてから正面に座った
「どうしました?」
あまりのおいしさに思わず絶句してしまった。
「おいしい。スゴく」
「そうっすか? それなら、よかったっす」
素直に感想を伝えると、彼女はにっと白い歯を覗かせて微笑んだ。テーブルに並んだ料理は、二人分にはいささか多いように思えたが瞬く間に平らげてしまった。
「ごちそうさまでした」
「おそまつさまでーす」
「美味しかったです。本当に」
「なんども言うと嘘っぽいっすよ?」
照れ隠しなのか、少し意地悪っぽく答えて、食器を片付け始めた。俺も立ち、空になった食器を流しへ運んで手伝いを申し出る。
「手伝います」
「いえ、大丈夫っすよ」
「お願いします」
「はぁ、わかりました。では、あたしが洗った食器を拭いてください」
並んでキッチンに立ち、彼女が洗った食器を受け取って拭き上げて、種類別に重ねて食器棚に片付ける。洗い物を終えると、彼女は先ほど買ったケーキの箱を冷蔵庫から取り出し、大きなホールケーキから二人分を切り分けた。ケーキ屋での言葉「あたし一人で食べる訳ではないのでっ!」と言った、その言葉の意味が今わかった。
あの時からケーキのお礼と称して招き入れることを考えていたんだろう。その理由はおそらく、俺の能力を探るため、と言ったところか。時計を確認する。時計の短針は、20時を差していた。帰る口実には持ってこいだ。
「さぁ、食べましょーっ」
「先にパソコンを片づけてきますね」
「はーい。ん~っ、おいしいなぁ~」
美味しそうにケーキを食べる
「これは......」
「兄のギターです」
突然、後ろから声をかけられた声に振り向く。
「お兄さんの、ですか?」
「はい、メジャーデビューの直前まで使っていたものです」
「兄が帰ってくるまで、綺麗にしておきたいんですけど......」
専門店に依頼することや、動画サイトで手入れの手順を覚えたそうだが、下手に手を出してキズつけたくないし、何より手元から放したくない。そういうと少し哀しそうな顔を見せた。
その悲しげな表情を見ていられなくて――。
「あの、手入れをさせてもらっていいですか?」
「......出来るんですか?」
「はい、教えていただいたことがあるんです」
そう答えると少し考えて――お願いします、とお兄さんのギターを預けてくれた。
以前教わったように傷んだ弦を丁寧に外し、ケースの中にあった新品の弦に張り替える。一緒に入っていたチューナーを使いひとつひとつチューニングをしていく。チューニングを終えて他に不備がないことをチェックして、
下を向いていたから表情は解らなかったけど「ありがとうございます......」と、ささやくような小さな声でお礼の言葉が聴こえた。
「――さて、ケーキを食べましょうっ!」
振り返った
「えっと、さっき食べてましたよね?」
「あれくらいじゃ、ぜんぜん足りないっすよっ! なんのタメにホールで買ったと思ってるんすか?」
「......マジですか?」
「当然っしょ?」
「あたりまえじゃないですか?」っと、さも当然のように言ってのけた彼女の目は本気だった。
「ほら、行きますよー」
座ったまま固まっていた俺の手を取って、半ば強引に立たせて背後に回った。そして、背中を軽く押されながらリビングに戻る。目の前に鎮座するフルーツをふんだんに使用した、まるで山のようなケーキをコーヒーで流し込んだ俺とは対照的に、
「.大丈夫なんですか?」
「ん? なにがですか?」
「その、胃もたれとか......」
「これぐらい問題ないっすよ~っ」
女子は偉大だと、改めて感じる出来事だった。
ケーキ食べ終わった頃には、すでに21時を回っていた。もう一度夕食のお礼の言って部屋を出る。
そしてマンションから最寄り駅に向かう道中で思い出した。帰宅後、膨大な数の書類を処理しなければならない事を。
――今夜は、徹夜になるかも知れないな。
自宅を構える都心と比べると、いくぶん星々がまたたく夜空を眺めながら家路を急いだ。