次回の生徒会活動日誌は変更がないためそのままです。
予知能力者との話し合いは一時保留になり、あたしたちは彼が自宅を構える六本木タワービル内のエレベーターに乗り、下へ向かっている。
「結局、無駄足だったな。それで、どうするんだ?」
「もっと情報を集めて出直すですね。しかし、今回は厄介になるやも知れません」
扉横のボタンの近くに立っているあたしの後方で話している男子二人の会話が耳に入った。
「能力者の説得に当たる場合は、事前に情報を集めて対処に望むんです」
「......ああ、僕の時はそうだったな」
「ですが今回は、証拠を集める集めない以前に、もっとイレギュラーなことが起きてしまったので」
「それだ、どうして乗り移れなかったんだ......」
「
「分かりません。ですが、確たる証拠を掴めてない以上どうすることもできません。とにかく――」
ポケットに入れたスマホが振動した。取り出して、画面を確認。着信は電話番号だけで送信できるショートメール。発信者の見覚えのない番号に最初は迷惑メールかと思いましたが、タイトルに書かれていた文字を見て、急いでメールを開いて本文を確認する。
タイトルには「
わざわざ一度帰した上での連絡。
一対一で話したい、四人一緒だと話し難い......ま、実際あんなことになった訳ですし。しかし、能力が効かない得体の知れない相手。何か別の思惑があるかもしれないという疑念と共に、この機を逃せば二度と機会は訪れないかもしれないという葛藤。
「
「何ですか?」
スマホをポケットにしまう。
「明日以降ですが、いかがされますか」
前を歩いていた
通常であれば、身辺調査に当たり動かぬ証拠を掴むところですが。今回ばかりは組織のコネクションを使ったとしても、世界に名が知れ渡る企業も複数入るビルのセキュリティを躱すのは困難、というより信用問題に発展する以上ほぼ間違いなく不可能。手持ちの限られたカードで立ち回る他ない。例え、罠であったとしても。
「出直しです。対策を練り、再度コンタクトを図ります」
「またここへ来るのか......」
やや項垂れる
「能力を使い続ければ、大変なことになりますから。それに
「でもわたし、ちゃんとお話すれば分かってくれると思いましたけど。穏やかで優しそうな方でしたし」
「はい、そうでしたねっ! ゆさりんに説得されたら、私ならイチコロです!」
会話を聞き流しつつ、打開策を考える。
二人きりであって話すなら個室、それも決して外部に洩れないようにセキュリティが完璧なところ。そんな都合のいい場所――ああ、ありましたね。期限は今日の23時59分まで、出たとこ勝負でいくしかない。
エレベーターは一階に到着、六本木タワービルを出て最寄り駅へと向かって歩く。さて、問題はここから。怪しまれず自然と別行動を取るには。
「ん?」
改札の前であるものを見つけた。これなら行けます。
「今日は、ここで解散にしましょう」
「はあ?」
「解散ですか?」
「一緒に帰らないんですかー?」
三人から疑問の声が上がる。星ノ海学園併設の同じマンションに住んでいるですから当然と言えば当然。もちろん、不審に思われることは想定済み。あたしは、壁に貼られている広告を指差した。
「近くの百貨店のデパ地下で、19時以降限定のお弁当があるんです。あたしは、それを買ってから帰ります」
「19時って、まだ結構時間あるじゃないか」
「ですから、ここで解散しましょうという話です」
「そういうことでしたら。お二人は、どうなさいますか?」
「わたし、これからお仕事です。仕事現場の最寄り駅でマネージャーさんがお迎えに来てくれています」
「では私が、護衛いたします! ファンに気づかれたら大変なことになりますから!」
「まあ、そういうことですので、あたしはここで――」
「待て、僕も行く」
この広告のお弁当に興味を持ったのか、駅を出ようとしたところで
「
「そ、それは......」
「帰りが遅くなると心配するっしょ」
「......わかったよ、じゃあな」
指定した時間の五分前に、指定場所に到着。
「ふぅ......」
大きく深く深呼吸をして心を落ち着かせて、インターフォンを押す。すぐに中から反応が返ってきた。
『はい』
「
『お待ちしていました』
カチッ、とロックが外れる音がした。
ドアのぶに手を掛け、ゆっくりと開ける。玄関には、先ほどと同じように予知能力者が微笑んでいた。
「お一人ですか?」
「先に帰りました。二人の方が話しやすいこともあるのではないかと思いまして」
「なら、個室のある店にしましょう」
「いえ、お構いなく。指定したのはこちらですので」
「そうですか? では、どうぞ。お上がりください」
「お邪魔しまーす」
彼のあとに続いて、すみずみまで掃除の行き届いた広いリビングに入り、先ほどと同じテーブルを挟んでソファに座って対峙。
あたしは、さっそく用件を訊ねた。
「話しとはなんでしょう?」
「そう警戒しないでください、と言っても無理ですね」
その通り。警戒と緊張感を解くわけにはいきません。何せ、
「“略奪"、途轍もない能力ですね」
「な、なぜわかるんですかっ!?」
予想もしていなかった言葉に虚をつかれたあたしは、自分でもビックリするくらい動揺してしまった。そんなあたしに対して、彼は優しく微笑みながら疑問に回答してくれる。
「保有する特殊能力のひとつです」
「やはりあなたは、複数の能力を持っているんですね......!」
膝の上で握った両手に自然と力が入る。
「相手の能力を知る・相手の能力を防ぐ」最低でもこの二つの能力を持っている能力者、イレギュラーにもほどがあります。
「質問形式にしましょうか。あなたの質問に嘘偽りなく答えます。ただ、答えられないことに関しては答えられません。いかがですか?」
あたしの感情の揺らぎを見透かしたのように、分かりやすくとてもありがたい提案を持ちかけてくれた。それに、おかげで冷静になれましたし。
「あなたには、なにもメリットがないじゃないですか」
「確かに、そうですね。ふむ。では、もう一度話し合う機会を与えてくれたお礼と言うことでいかがでしょう」
――いったい、どういうつもりなんでしょうか。はっきり言って意図がわかりません。ま、敵意は感じませんけど。
「分かりました。ではさっそく、ひとつ目の質問です。あなたは、複数の特殊能力を持っているんですか?」
「はい、その通りです」
即答。
「続けて二つ目、予知能力は?」
「持っていませんよ」
これも即答。それに声色や表情の変化もいっさい見受けられない。
「三つ目。では、どのような能力を持っているのですか?」
「全部は言えませんが、ひとつは“
「......偽り」
口元に手を持って行き、やや目をふせて少し考える。
――もし仮に、本当に“予知”能力を持っていないとしても。複数の能力を保有し、かつ、自覚して使用している。危険にもほどがある。なにより、
「偽りは主に、探知系、探査系能力への対策です。文字通り能力を偽装、偽ることができます。ただ、どんな能力に偽るのかは使用者には解りません」
「なるほど......」
それが、偽りの不完全なところ。
「予知能力と言われた時は驚きました。そんな能力があれば便利ですね」
「四つ目、他にはどんな能力を?」
「言えません」
「五つ目、略奪を防いだ能力は?」
「言えません」
――何にも答えてくれないじゃないっすか。
ちょっと不快な視線を向けると、困ったような顔で笑った。
「そんな顔しないでください。言えないことを言ってしまうのと同義になってしまうんです」
「......六つ目。あなたの目的はなんですか?」
「といいますと?」
「隠すということは、何か目的があるからではないかと考えてました」
「なるほど、目的ですか。以前はあったんですけどね。今は、さほど執着を持っていませんね。何が目的だったかは教えられませんよ」
「むぅ~、七つ目っす、この成績と運動能力はっ?」
あたしはトートバックから、光坂の生徒から教えてもらった情報をまとめた用紙をテーブルに置いた。
「学業も、運動も、努力の賜物ですよ」
「ほんとっすかー?」
「はい」
疑いの眼差しを向けてみましたが、とても爽やかな笑顔が返ってきました。
――ぜんぜんボロ出さないっすね、どっかのカンニング魔と違って。それにしてもよく笑う人。それに、嫌みもまったく感じませんし。
『ちゃんとお話すれば分かってくれると思いましたけど。穏やかで優しそうな方でしたし』
なぜか不意に、
いや、でもさすがにそれは......目の前の
何より一人で来たことを気遣って、代替案も提案してくれた。
本当に、ただ純粋にもう一度話をするためだけに......賭けてみますか。
「それでは、最後の質問です」
「はい、どうぞ」
「あなたの能力は、星ノ海学園生徒会の活動に使えるので、あたしに協力していただけますか」
ふと笑顔が消えて、今度は不思議そうに首をかしげた。
「あなたに? あなた方に、ではなく?」
「はい、あたしにです」
「それは、なぜ?」
「わざわざ一度帰してから、もう一度話をしたいと。“あたし”に連絡してきたからです」
一瞬固まったと思ったら、すぐに白い歯を見せて吹きだした。失礼な人っすね。
「あっははっ、すみません。なるほど、わかりました。協力しましょう」
「えっ? マジっすか?」
「はい、“あなた”に協力します」
「ありがとうございます。では、転校手続きの書類を――」
やや呆気にとられつつも、テーブルの成績表をしまって、代わりに星ノ海学園の入学案内を見やすいように置く。
「どうぞ」
「はい、確かに受け取りました」
受け取った封筒を開いて、中の書類とパンプレットに目を通しだした。手続きについて簡単説明する。
「特待生になるので、転入試験は免除になります」
「そうなんですね」
「ま、普通に試験を受けても余裕なんでしょうけど」
若干探るように言ってみましたが、特に変わった反応はない。
「この書類はいつまでに提出すればいいですか?」
「うーん、そうっすねー」
――気が変わらないうちに引き込みたい......ダメ元で言ってみるか。
「今日中にお願いできますか?」
「わかりました、構いませんよ」
「マジっすか? ありがとうございます。書き終えたら、星ノ海学園までご案内します」
「案内していただいていいんですか? もう、遅いですけど」
「あたしは、星ノ海学園の併設のマンションに住んでいますのでご遠慮なくどうぞ」
「そうでしたか。じゃあお願いしますね。少し外しますね」
手続きの書類を残して席を立つと、キッチンのテーブルからおぼんを持って戻ってきた。
「よかったら食べて待っていてください」
「おお~っ、ケーキっ! いいんですかっ?」
「先ほど出すつもりだったんですけど、機会がなかったので」
「ありがとうございますっ。いただきまーすっ、うっま!」
ちょうど夕ごはんの時でお腹も空いていたから、よりいっそう美味しく感じますね。まあ実際、美味しいんですけど。
「って、アメリカの大学出てんすかっ?」
ケーキを食べながら書類を覗くと、とんでもない経歴が書き記されていました。
「ええ、一年と数ヵ月前に」
「......本当は、予知能力持ってんじゃないんすか~?」
「持っていませんよ。さあ、記入し終わりました」
「はい、お疲れさまでした。では行きましょう」
あたしたちは、お互いの電話番号とメールアドレスを交換してから部屋を出る。六本木駅から約一時間電車に揺られ、星ノ海学園の最寄り駅に到着。そこからは徒歩で移動、途中あたしが住む併設マンションを紹介して、目的地の星ノ海学園に到着。
「ここが、星ノ海学園です」
「ありがとうございます。ここで、大丈夫です」
「はい。あ、忘れてました。引っ越しはいつにしますか?」
「引っ越し?」
保護した特殊能力者はみんな、安全の確保のため併設マンションで暮らしていることを伝えたところ......。
「難しいですね、本業はあくまでも投資家ですので。仮に全て処理するとしても相当な時間がかかります。設備が整っていないと出来ないこともままあるんです」
「そうですか、わかりました。事情が事情ですし、生徒会長権限で特別に許可します」
と言うか彼の場合、自宅の方がセキュリティも上でしょうし。
「ありがとうございます」
あたしは姿勢を正して
「改めまして、星ノ海学園の生徒会長、
「光坂大学付属......いや、もうすぐ元になりますね。
お互いに――よろしくお願いします、と挨拶を交わし。
都心よりもキレイに星が見える夜空を眺めながら、あたしは誓った。
――いつか必ず、本当の能力をあばいてみせます、と。