Charlotte ~時を超える想い~   作:ナナシの新人

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Episode12 ~転機~

 花瓶の水を取り換え終えた奈緒(なお)が、病室へ戻ってきた。俺は席を立ち、椅子を開ける。花瓶を元の場所に戻した彼女は椅子に座り、一希(かずき)さんに話しかける。

 

「少し外へ出ませんか? ちょうど時間帯が一番絶景です」

 

 奈緒(なお)の問いかけにもやはり、一希(かずき)さんの反応はない。彼女は顔をこちらに向けて、俺を見上げて言った。

 

「兄を車椅子に乗せるのを手伝ってくれますか?」

 

 俺は頷き、一希(かずき)さんをベッドから車椅子へ乗せた。車椅子は彼女が引き、三人一緒に病院を出る。病院から少し歩くと、そこは岬だった。

 地平線へ沈む夕陽に反射して、空と海が茜色に染まっていく。

 なんとも形容しがたい美しさ、それでいて、どこかもの儚さを感じる昼と夜の狭間の時間の景色――。

 

「綺麗な場所ですね」

「すごいっしょ」

「これ程の環境を用意するのは難しいでしょう」

「逃げ出したあとに出会った、唯一信頼できる人のお陰です。一番美しい場所にある、この病院に無償で入れてくれました」

「すごい方ですね」

 

 それから、どちらも言葉を口にすることなく、沈み行く夕日が水平線へ消えるまで見つめていた。しばらくして彼女はまた、目を伏せて呟いた。

 

「はぁ、やっぱり興味を示さないかー。ちょっと肌寒くなってきましたね、戻りましょう」

「そうですね、戻りましょう」

 

 奈緒(なお)の言葉に頷き、病院へ戻る。

 一希さん(かずき)さんを再びベッドに寝かせ、布団をかけてカーテンを閉じる。俺たちは最後に「また、来ます」と、一希(かずき)さんに声をかけて、病室を後にした。

 受付の看護師に礼を伝えて病院の玄関を出て、長い階段を下り、バス停へ向かう。最寄りの駅へと向かう帰りのバスの中、もう暗くなった窓の外の風景を眺めたまま彼女は、口を開く。

 

「同情はしないでください。知識も、運動能力も、お金も、ぜんぶ持っている人に同情されても惨めになるだけなので」

「――俺は、そんな出来た人間じゃない」

「なんすかそれ、嫌みですか」

 

 明らかな敵意を持って、睨み付けられた。

 俺は、彼女の目を逸らさずに答える。

 

「そんなんじゃない。こうなったのは、俺にも責任の一端があるから」

「それは、どういう意味ですか?」

 

 彼女の問いに俺は答えなかった――いや、どう答えたらいいのかわからなかったんだ。

 駅前でバスを降り、電車に乗り換えて、星ノ海学園の最寄り駅へと向かう。電車の中は、帰宅ラッシュの時間帯を過ぎてこともあって空いていたけど。俺と彼女の間には、まるで透明人間でも座っているかのように、ひとつ席が空いていた。

 星ノ海学園の最寄り駅に到着。到着を告げるアナウンス聞いた奈緒(なお)は、スクールバッグを肩にかけて立ち上がる。彼女は、俺に顔を向けることなく、まるで何の感情の籠もっていない業務的な言葉で礼を言った。

 

「今日は、ありがとうございました。それでは、また学校で」

 

 彼女が電車を降りようとした刹那、俺は、無意識に彼女の腕を取った。いや......取ってしまったが正しかった。

 その直後、電車のドアが閉まる。

 何ごとかと他の乗客の視線が俺たちに集まった。けど、そんな些細なことまったく気にならなかった。このあと何を話せばいいのか、そればかりが俺の頭の中を支配していたからだ。

 ゆっくり振り向いた奈緒(なお)は、戸惑った表情(かお)をしている。

 

「あの、何するんすか? おかげで降り損ねたんですけど......離してください」

 

 何も言わない俺に対し、彼女の表情は戸惑いから不安に変わっていくのがわかる。

 

「......話しがしたい。あなたに全てを話します」

「......わかりました」

 

「とりあえず、離してくれますか?」と言った、彼女の言葉を聞いて慌てて腕から手を離す。

 

「あ、すみません」

「いえ。ま、ちょっと驚きましたけど」

 

 奈緒(なお)は、少し複雑そうな顔をしながらも席に戻った。

 話しやすさを考慮してか、さっきよりも半人分だけ距離を詰めて座った。

 

「俺の家で話しましょう。あなたに、見せたいものがあります」

「はい、わかりました。ですが、その前に寄りたい所がありますので。先に行ってください」

「わかりました。お待ちしています」

 

 電車を乗り継ぎ、六本木駅に到着。奈緒(なお)は一人、俺の自宅のある六本木タワーとは反対側へ歩き出した。一足先に自宅へ戻った俺は、クロークの受け付けスタッフに奈緒(なお)が来ることを伝えて、彼女を向かえる準備を始める。とりあえず飲み物の準備をし、ソファーに腰深く座って、真っ白な天井を見上げてから目を閉じ、心を落ち着かせる。

 どれくらいの時間がたっただろう。インターフォンが鳴った。画面を確認すると、奈緒(なお)が立っていた。

 玄関に出向き、鍵を開けて扉を開く。大きな紙袋を二つ持った彼女が立っていた。

 

「お待たせしました」

「いえ、いらっしゃいませ。どうぞ」

「おじゃましまーす」

 

 玄関に入って直ぐに、奈緒(なお)はムッと表情(かお)を強ばらせた。

 

「どうかしましたか?」

「なんでもないっす、上がってもいいっすか?」

「ど、どうぞ」

 

 よくわからなかったが、少し機嫌が悪いのはわかる。何か気にさわることでもあったんだろうか。とりあえず、二人分の飲み物を用意して、初めて話し合った時と同じ形でテーブルを挟んで、彼女と向かい合う。

 

「さて、何から話しましょうか」

「あなたは、自分にも原因があるといいました。それから教えてください」

 

 言いあぐねていると、彼女が切り出してくれた。

 ――ありがたい。正直、何から話せばいいのか、まだぜんぜんまとまっていなかった。

 

「わかりました、単純な理由です。俺が、もっと早くアメリカへ渡っていれば、友利(ともり)さんと友利(ともり)さんのお兄さん......一希(かずき)さんを、こうなる前に救うことが出来たからです」

「それは仕方のないことではないですか。あなたにはあなたの都合があったわけですし。それに、あなたには関係の無いことでしょう?」

「......いいえ、関係あるんです」

 

 奈緒(なお)は、首をかしげる。

 

「それは、どういう意味でしょうか?」

「......俺は、あなたのお兄さん。一希(かずき)さんに、生きる意味を教えて貰ったんです」

「――えっ?」

「小学五年、十才の夏の話しです」

 

 俺は、話し始める。

 一希(かずき)さんと出会い、過ごした。あの短い夏の日々を......。

 

          *  *  *

 

 俺には、親がいない。

 父親は物心ついて間もなく病死。母親もその後を追うように亡くなった。両親の親も既に他界していて身寄りが無かった俺は、施設生活を送っていた。

 そこがどんな場所なのかは、すぐにわかった。

 代わり映えしない毎日、何を目的に生きていくのかもわからない。そんな生活に嫌気がさした俺は、施設を抜け出して、街へと飛び出した。

 最初は、見慣れない街並みに心が弾んだ。ただただ、それが楽しくて一日中歩きまわった。けど、いつしか夜になって帰る場所もなく、腹も減って動けなくなって、道端に座り込んだ。

 それから一時間以上が過ぎて、21時を回った頃声をかけてくれたのが、一希(かずき)さんだった。

 

『こんな時間に何やってんだ? 腹へったろ?』

 

 そう言って、菓子パンと飲み物を差し出してくれた。

 その頃、一希(かずき)さんは学校帰りに路上ライブを行うのが日課だったそうだ。いつもライブをしている場所に、子どもの俺がいたから気になって声をかけてくれたとのことだった。

 一希(かずき)さんは、ただ黙って話を聞いてくれた。十才のガキの拙い話を、バカにせず、めんどくさがらず、真剣に最後まで聞いてくれた。

 それが、本当に嬉しかった。本音で話せる相手なんて誰ひとりいなかったから。

 話し終わると、施設まで送ってくれた。

 別れ際「また行ってもいい?」と尋ねると「おうっ!」と力強くも、優しく答えてくれた。

 もちろん、施設の職員にはこっぴどく怒られたが、そんなことどうでもよかった。

 次の日も、その次の日も、毎日のように抜け出して、一希(かずき)さんの元へ足を運んだ。

 一希(かずき)さんは、俺の知らない色々なことを教えてくてた。ギターのこと、「サラ」と言う人がボーカルと務めるロックバンドのような演奏を目指していること。俺と同い年の妹が居ること。ギターの弾き方や、手入れの仕方も、その時教えてもらった。

 音楽の才能はあまりなかったけど、それでも毎日が本当に楽しかった。灰色だった世界が、色鮮やかに染まった。

 だけど、それは長く続かなかった。

 老朽化に伴い施設の移転が決まった。今までと違って、歩いて会いに行ける距離ではなくなってしまった。

 移転前の最後日、「俺はぜってー! メジャーデビューする! だから、お前も頑張れよ!」と、そう言って笑顔で送り出してくれた。

 真っ直ぐ目標に向かう一希(かずき)さんが、幼かった俺には、とても輝いて見えた。

 その言葉は、両親を失い、生きる意味を見いだせなかった自分に何が出来るのか、何をしたいのか。

 その意味を教えてくれた、そんな気がした。

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