休憩を提案して時計を見ると短針は既に23時を回っていた。あと半刻ほどで、終電の時刻を迎える。
「今日は、ここまでにしましょう」
「いえ、続けてください」
「ですが......」
「お願いします」
まっすぐな眼差し。引く気はない、そんな強い意思を感じた。
「......わかりました、続けましょう。淹れ直しますね」
二人とも手をつけることなく汗をかいたコップをキッチンで洗い流し、飲み物を淹れ直して席に戻る。
「本当は、会うつもりはなかったんです」
「初めて会った日のことですか?」
「そうです。編集者から電話を受て、最初は断ったんです。でもあなたが、
「では、あたしの協力を受け入れてくれたのも。あたしが、
「そうなりますね」
その言葉を聞いて、彼女は少し寂しそうな表情をしたように感じた。
「そうですか」
「けど、今は少し違います」
「ん?」
彼女は可愛らしく首をかしげる。
「コロコロ表情が変わる
蒼み掛かった大きく綺麗な目を細め、感情を殺した無表情で話の続きを促される。
「続きをお願いします」
「と、言われても。
近状を知れればと思っていたが。まさか、こんな事態になっているとは想像もしていなかった。
「そうですか。では、あなたの能力を教えてください」
「能力ですか?」
「はい。あなたは、すべてを話すと言ってくれました」
「......そうでしたね」
左手を口元に持っていき視線を斜め落とし考える。これは、俺の癖。考えごとをするときによく出てしまう。少し目を閉じて、小さく息を吐き出してから顔を上げて、
「わかりました、話しましょう。俺の本来の能力は、“継承"といったところです」
「“継承"......ですか。どういった能力ですか? 言葉からして、何かを引き継ぐ能力のようですが。まさか、他人の能力をっ?」
「いいえ、そんな反則的な能力ではないですよ。まあ、ある意味それ以上の能力かもしれませんけど......」
漏れそうになったタメ息を堪える。
この能力は、俺の人生を変えた力――。
「俺の能力......“継承"は自分の意思ではなく、とある条件下において強制的に発動する能力です」
「それはどういった能力で、どんな条件なんですか?」
「それを説明するには、俺の過去を話す必要があります」
「教えてください」
「順を追って話さないと理解できないと思います。長くなりますよ?」
「構いません」
「......わかりました、話しましょう。初めて自分の能力に気がついたのは、今から――」
自分の能力、どんな生活を送ってきたのか。そして、渡米の理由。そのすべてを包み隠さず話した。話を聞いている間、彼女は表情を幾度となく変えながらも質問など、口を挟むことなく、ずっと真摯に耳を傾けていた。
「なるほど......突拍子のない話ですが。それなら、あなたの化け物のような学力も、身体能力も、“略奪"を防いだ能力も全部説明がつきますね」
「理解が早くて助かります」
「もう一ついいですか?」
「どうぞ」
「初めて会った日、あなたは『今は、さほど目的に執着はない』と言っていましたけど。今も同じですか?」
「見つけ出します、必ず――」
「そうですか」
はっきりした答えを聞いた彼女は、また少し複雑そうな
もう一度時計に目を向ける。やはりと言うべきか、もう終電の時間を大きく回っていた。
「もう午前2時を回っていますね。終電もありませんし、タクシー呼びましょう」
「いえ、その必要はありません。着替えを買ってきましたので」
「そうですか? では、どこか近くのホテルを......」
「いえ、ここに泊めてください」
「......はい?」
想定外の返答に、素っ頓狂な声をあげてしまった。
「何か問題がありますか?」
「むしろ問題しかないんと思うんですが......」
「そうっすかー。仕方ないな」
そう呟き、こう続けた。
それは、俺にとって痛恨の言葉だった。
「他の女は泊められても、あたしは泊められないっすかー?」
面を喰らって、思わず息を呑む。
――やられた、完全に動揺してしまった。
狙い通りと言いたげに、彼女は勝ち誇ったようなどや顔をしている。
「図星っすか~?」
「なんの事でしょうか......?」
平然を装うが蔑まれた表情で見つめられ。そして、めんどくさそうに目を細めた。
「往生際わるいなー、女の匂いがします。それも知ってる匂いっす。まさかぁ~、引っ越しを拒否したのわぁ~、女の子を連れ込むためだったとはー。これは特例を見直す必要があるっすねー」
この言葉だけで十分だった。
「どうぞ、お泊まりください」
「では、ご飯を作りましょう」
「今から食べるんですか?」
「当然っしょ、お昼からなにも食べてないんすよー?」
どうやら、ここに来る前に寄る所があるというのは夜食の食材と着替えの調達だったらしい。彼女は買い物袋から取り出したエプロンを着け、ダイニングキッチンへ。奥から「お借りしまーす。うっわ! ひっろ!」っと声が聞こえた。
リビングの窓を開け、俺はテラスに出た。
高層階を吹き抜ける外の風は、もう夏がすぐそこまで来ているいうのに少し肌寒く感じた。手すりに肘を乗せて、高層ビルと街灯が照らす東京の街並みを眺めながら、しばらく風にあたっていると、背中越しに声をかけられた。
「出来ましたよー」
その声に振り返る。すると
「どうしたんですか?」
「はい?」
心配そうな顔をして、俺の目元を指さす。
「それ......」
指摘された左の目元に手をやると、少し目元が濡れていた。
「大丈夫ですか?」
「ああー、大丈夫ですよ。風にあたり過ぎただけです」
「そうですか? では、食べましょう」
「いただきます」
彼女に促され、一緒に部屋に戻る。
テーブルの上には、肉や野菜をバランスよくふんだんに使った色とりどりの料理が並んでいた。
「スゴいですね」
「あなたが、野菜を食べろとしつこく言うからっす」
抗議の声の中に、どこか優しさを感じた。
手を合わせて、料理に箸をのばし口に運ぶ。
「おいしいっす」
「そうっすか、よかったっす」
料理は多いように思えたけど、どれもおいしくて残すことなく遅い夕食を食べ終わり、キッチンに並んで立ち食器を洗う。片付けを終えると
「お風呂借りまーす」
「はい、どうぞ。そこになります」
バスルームの場所を伝えて、
ただ、惰性のように過ごしていた日々からは考えられないほど濃密な時間だった。
「風邪ひくっすよ?」
その言葉に目を開く。目の前には、少し顔の火照った
「お風呂、ありがとうございました」
「いえ、俺も入ってきます」
「どうぞ、ごゆっくりー」
寝室のクローゼットから着替えを持ち出し、浴室に入る。少し冷ためのシャワーを浴びて目を覚まし、風呂から上がる。リビングに
「あそこか......」
テラスに向かう、なんとなくそこにいるんじゃないかと思った。そして思った通り、彼女はそこにいた。
俺は、さっき
「風邪ひきますよ?」
「だいじょうぶっす」
振り返ることなく夜空を見上げたまま、彼女は静かに答えた。
「何を見てるんですか?」
「星を見てます」
「そうですか」
彼女の隣に移動して、同じように夜空を見上げる。
眠らない街、東京。
この街では、夜空に星は見えない。
それでも、しばらく一緒に夜空を見上げていた。
「よし。そろそろ寝ましょう。さすがに疲れました」
「そうですね。あと2時間ほどですけど」
東の空が少し明るくなった頃、