『本当に帰るの?』
『ああ......』
『研究は?』
『俺がいなくても時間を掛ければ出来るだろ? それに――
『......そうだね』
『じゃあ行くよ』
『うん。こっちで進展があったらすぐに連絡するよ』
『ああ、頼む。またな――』
* * *
朝6時。眠りについてから一時間ちょっとが経った頃、携帯の目覚ましで起きた俺は、
とは言われても。躊躇いを覚えつつも、ドアノブに手をかける。特に反動はない。
「おはようございます。
「おはよ~ございま~す......」
ベッドの上で体を起こしている彼女は、まだ眠そうに目をこすっている。就寝から二時間弱での起床、流石に辛そう。
「少しでも眠れましたか?」
「......はい、おかげさまで」
「そうですか、それは良かったです。準備があるんで一時間後に出ますけど」
「あ、あたしも一緒に出ます」
「わかりました。じゃあ、朝食用意しておきますね」
「ありがとーございま~す」
背を向ける。
――そうだ、忘れてた。
俺は振り向き、寝室を出る前にベッドに向かって手を伸ばした。
そして、彼女の背中越しにある棚。その上に置いてあるケースを手に取って見せる。
「目薬です」
「......着替えるので出ていって下さい」
目を細めた彼女は、酷く冷たい声色で言い放った。
追い出されるように寝室を出た俺は、気を取り直してキッチンに立ち、朝食の準備を始める。とは言っても、食材は殆ど用意していない。今出来るのは、トーストとオムレツ。それと昨夜、
コンロに火を入れて、電気ケトルでお湯を沸かし、その間に食パンをトースターにセット。溶いた卵を熱したフライパンに落とし、オムレツを作る。トースト、オムレツ、サラダをそれぞれテーブルに並べ終わるとほぼ同時に、見慣れた星ノ海学園の夏服に身を包んだ
「あ、朝食出来ましたよ」
「ありがとうございまーす」
朝食を済ませて、一緒に部屋を出る。
星ノ海学園に向かう電車の隅で他の乗客に迷惑にならないように小声で話をすることに。
「気になっていたんですけど。
「はい、どちらかといえば」
「どうして、あんな中途半端な状態で来たんですか」
「それは、あなたのせいです」
「はあ?」
見に覚えがないが、軽く批難のするような声。まったく見当がつかない。
「雑誌であなたのことを知って、協力者が見つける前に事前調査で光坂高校に出向いたのですが。あなたは、既に不登校でした」
「ああー......」
高校に入学して、1ヶ月ほどでまともに登校しなくなった。理由は単純に退屈だったから。代償として、教師のとてもありがたい小言を聞くハメにはなったけど。
「で、調べようにも住所は六本木のタワービル。厳重なセキュリティに手も足も出ず、出来たのは成績を調べるくらいだったんです。それに、まだ能力者と確定していませんでしたし」
「なるほど。それで能力者であることが確定してから編集者に取り次ぎを頼み、ぶっつけ本番で会いに来たと言うわけですか」
「はい。まさか、あんな簡単に転校を了承してくれるとは思いませんでしたけど」
「はは、それはどうも。もうひとついいですか?」
「どうぞー」
もう一つの疑問を訊ねる。
「“念動力”の能力者の時と違って、転校させようと話しを持ちかけてきましたよね。どうしてですか?」
「最初は、予知能力が今後の調査に使えると判断したからです」
「きっかけは、“略奪"で能力を奪えなかったからですか?」
「それもあります」
「それも? 他に
「ま、いろいろ......」
言葉尻を濁して「ここで乗り換えっすね」と先に電車を降りて、向かいのホームに歩いていった。
――誤魔化す、と言うことはあまり聞かれたくないのだろう。だから、この話はもうしなかった。
先に降りた彼女の後を追って、電車を乗り換え、最寄り駅に到着。ここからは徒歩で、星ノ海学園に向かう。その道中、
「自分の能力を“略奪"だと認知していないみたいですけど?」
「伏せています。好都合なことに自分の能力を“乗り移り"だと思ってますから」
知らないのなら、あえて知らせる必要もない、と。
確かに、“略奪"は超がつくほど希少かつ強力な能力。いうなれば、
代理教師もあと数日、俺はあること考えていた。それを実行に移す準備のため、休み時間に証券会社へ電話を掛ける。
「あ、
『
「そうですね。新鮮なことが多いです、いろいろと」
『はっはっは、それはそれは――』
俺の心情を察し、とても愉快そうに笑っている。
『それで今日は、どうなさったのですか?』
「俺が保有している株式の中で投機に使用していた株を全て売却してください」
『全てですか』
「はい、お願いします」
『投資と債権の方は?』
株には大きく分けて、投資と投機の二種類がある。前者は長期的、後者は短期的に利益を出す方法。
「そちらは継続でお願いします」
『わっかりましたー。二日ほど掛かります』
――お願いします、と言って電話を切り、午前最後の授業に向かう。クラスは1-B......自分のクラス。教科書を片手に教室に入ると、朝は居なかった
「あっ、
「おはようございます。
屈託の無い笑顔で元気よく挨拶をしてくれた。
この明るい笑顔を見ると、彼女の人気な理由がよくわかる。それと同時に強烈な殺気を感じた。人懐っこい彼女の笑顔から視線を外し、目だけを動かして殺気の出所探る。出所は、
その隣の席では、
どう切り抜けようか模索していると、ちょうど良いタイミングで授業開始を知らせるチャイムが鳴り響いた。
「時間ですね」
「あっ、ほんとですね。ではでは~っ」
完全にチャイムに助けられた。ナイスなタイミングで鳴ってくれたチャイムに感謝しつつ、無事に午前の授業を終えて昼休み。
特に隠す必要も理由もなかったため正直に、
「ところで、
少しばかり重くなった場の空気を払拭するべく、やや強引に話題を変える。
「ゆさりんはですねっ!」
午後の授業を終えて、職員室で引き継ぎ作業をしてから生徒会室に向かう。ドアの前に立ち、軽くノックをすると「どうぞ~」と
生徒会室に居たのは、
「あっ、
「ありがとうございます。お二人ですか?」
「二人は先に帰りました。週末まで特にすることもありませんので」
「そうですか。お二人は帰らないんですか?」
「あたしは、生徒会の仕事があります。
「どうぞ~」
「ありがとうございます。これは?」
「お土産ですっ」
受け取った紙袋の中は、レッスン場近くの洋菓子屋の焼き菓子らしい。
「わたし、明日のライブのリハーサルがありますので、お先に失礼しますっ」
「はい、お疲れさまです。お気をつけて」
「おつかれっす。チケット、ありがとうございました」
「――はいっ! それでは~」
スゴく嬉しそうに笑顔で手を振った
「手伝います」
「いいっすよ。すぐに終わりますから」
「二人なら、もっと早く終わります」
彼女は、はぁ......と深くタメ息をついて「では、これをお願いします」と机の上に積まれている書類の一部を渡してくれた。受け取った書類に目を通す。内容は部活動の予算案だった。
「これを参考に、公正になるように振ってください」
渡された資料は、昨年度の予算表と部活動の実績の記された資料と、各部からの要望書。それらを元に予算を割り振る。ひと通り振り終わったところで、
「こんな感じでいかがでしょう」
「はやっ! もう出来たんすか?」
「数字を扱うのが本業ですから。甘かったら修正します」
書類を受けとると、彼女は黙ったまま予算案に目を通し始めた。少しして「問題ないっす」と言って、判子を押した書類を箱に入れた。
「他に手伝えることはありますか?」
「いえ、こちらも片付きました。帰りましょう」
戸締まりをして職員室に書類を提出し、校門をくぐり、併設のマンションへ。その道中を並んで話しをしながら歩く。
「
「CDですか?」
「
「では、ここでまた明日」
「はい、また明日」
彼女を見送ってから、俺は帰路についた。今朝とは反対に電車を乗り継いで、自宅に到着。荷物はテーブルに置いて、寝室で着替えを済ませ、
ディスクケースは、
そちらのケースには「おとといは、ありがとうございました。わたしの新曲です! よかったら聴いてくださいっ!」と書かれた可愛らしい文字の最後はハートマークで締められていた。
――
それにしても、いつかの登校中クラスメイトの女子たちにハートマークは仲が良ければ男女に関係なく使うと聞いていたけど。知らない人が受け取ったら勘違いしそうな感じの見た目。
二枚のCDと一階の店で買った夕食を持ってビジネスルームに入り、貰ったアルバムを聴きながら書類の作成を始める。
グループはロックバンドと前もって聞いていたけど、普段のおっとりとした