夢を見ていた。
子どもの頃の夢。幸せな夢。
決して裕福とはいえなかったけど、ささやかながらも満ち足りた幸せな日々。
今でも時々、あの時の夢を見る。
どんなに願っても、祈っても、悔やんでも、もうあの幸せな日々には戻れないと言うことは分かっている。
だから⋯⋯私は、守るって決めた。
もう二度と、私と同じ想いをする人が生まれないように――。
* * *
高校に入学して、早ひと月。ゴールデンウィークが過ぎ、つい先日まで薄紅色の小さく可憐な花を咲かせていた校庭の桜は散って代わりに鮮やかな若葉が芽吹き、寒くもなく暑くもない心地よい日差し、頬を撫でる爽やかな風、遠くには青空を覆うように高く伸びる真っ白な入道雲は、少しずつ春から夏へと季節の移り変わりを感じさせる。
そんな、過ごしやすい初夏の日の放課後。
この春から、星ノ海学園高等部に通っている私は、同学園の生徒会室の生徒会長の席に座っている。なぜ、新入生の私が生徒会長の席に座っているかというと。実は、この春の新入生にも関わらずこの学園、星ノ海学園の生徒会長を務めているから。
その理由は、常人では決してありえない特異な
――その力は、特殊能力。
特定の人間が、思春期の時期にだけ使える不思議な
「今日はもう、来そうにありませんね。解散にしましょう」
腕時計の針に目をやりながら、細い路地まで細かに標されている東京都全域の地図が埋め込まれた部屋中央の大テーブルで、ボードゲームをプレイ中の二人の男子に声をかける。
「了解しました」
「こんな時間まで残って結局時間のムダかよ」
一人は素直に頷き、もう一人はまるで当て付けのように悪態をついた。前者の男子は、
「まあまあ、そうおっしゃらずに。見つからないということは、良いことなのかもしれないのですから」
「はあ? どういう意味だよ。僕たちと同じ特殊能力者を見つけて、保護することが、この生徒会の使命なんだろ?」
「はい、もちろんその通りです。ですが、見つからないということは前回見つかった能力者で、全ての能力者が発見されたという可能性も否定出来ません」
「ふーん、そうとも取れるのか。もしそうなら、僕たちはお役御免だな」
「閉めますよ。ここに泊まるのなら止めはしませんけどー」
二人が片付けながらのんびり会話している間に帰り支度を済ませ、スクールバッグを肩にかけた私は一足先に生徒会室を出て、廊下から二人に部屋のカギを見せる。二人とも急いで帰り支度をして、生徒会室を出た。スタイリッシュな両開きの扉をしっかり施錠して、学校を後にする。
「では、あたしはここで。お疲れさまでした」
校門を出たところの横断歩道の前で立ち止まったあたしは、二人に背中を向ける。
「なんだ? お前は帰らないのか?」
「今日は、雑誌の発売日なので、向かいのコンビニでチェックしてから帰ります」
「へぇ、お前も雑誌とか読むんだな」
「おや。
「読むっていっても、マンガかファッション雑誌を立ち読みするぐらいだな」
「それは有意義ですね。実は私は、愛読している雑誌がありまして――」
信号が赤から青に変わった。話込んでいる二人は放っておいて、ひとり、横断歩道を渡って目的のコンビニに入る。入り口を入ってすぐ横に鎮座する本棚に、新しく並べられた雑誌や週刊誌の見出しを一冊ずつチェックしていく。
実のところ、私は好んで購読している雑誌は特にない。今チェックしているのも、特殊能力者に繋がるような記事がないか探しているだけに過ぎなかったりするのだけれど。とりあえず、思春期の中高生向けの雑誌とオカルト雑誌。それと少し気になる見出しがあった雑誌を購入して、帰宅の途につく。
コンビニを出て五分ほどの場所に、星ノ海学園併設のマンションが建っている。私は、このマンションで一人暮らしをしているから「ただいまー」と挨拶をしても当然返事は返ってこない。
「いただきまーす」
寝室で部屋着に着替え、ちょっと早めの夕食を食べながら買ってきた雑誌の記事に目を通す。中高生向けの雑誌は、人気アイドルやら流行のファッションの記事が中心で、オカルト雑誌の方も海底に沈んだ幻の大陸やら心霊スポットなど、能力者に繋がりそうな有力な記事はなかった。
読み終えた雑誌を重ねて、最後の雑誌を手に取った。芸能スキャンダルなどのまったく興味がない記事は飛ばして、気になった見出しの記事を開く。書かれているのは、同世代で国内外を問わず活躍する人たちを紹介する記事。スポーツで活躍する人、芸能界で活躍する人、カルチャーの世界で活躍する人。どの分野も、私が住む世界とは真逆の明るいスポットライトを浴びて輝かしい世界で活躍する人たち――。
「ん? 異色の天才投資家は、現役高校生?」
その他の記事とは比べ物にならないほどの異彩を放つ内容。記事で特集されている人物は、日本の経済界その物を動かすほどの天才的才能を持つ個人投資家として、ご丁寧に実績とプロフィールが写真(モノクロ)付きで紹介されていた。
「今年入学したばかりの高校一年生、同い年か。学校は大田区か⋯⋯ちょっと調べてみるか」
もしかしたら特殊能力を使って相場を操っているのかも知れない。協力者からはまだ何の連絡もないのだけれど雑誌の記事が気になった私は翌日の午後の授業を一時間早く早退して、プロフィールに書かれていた高校へ調査へ向かうことにした。
* * *
東京都大田区桜坂。地名の通り、桜並木が続く長い長い坂道を登りきった先に正門を構える学校は、都内でも有数の名門進学校。雑誌に紹介されていた人は、この学校に特待生として通っているみたいです。
正門に背を預け、能力者の調査をする時にいつも構えるビデオカメラを準備しつつ、下校してくる生徒が来るのを待った。そして――。
「すみませーん、少しお尋ねしたいんですがー」
「フンッ⋯⋯!」
最初に声をかけた男子はただ無視するだけではなく、着ている制服を見て若干小バカにしたような顔で通り過ぎていった。まあこんなことは、調査しているとよくあることなので想定内です。
――私にもう少し色気があれば、ちょっとは違うのかもしれませんけど。さて、気を取り直して調査再開っす。
「ありがとうございました」
「いえいえ、それでは~」
話を聞いてくれた、物腰の柔らかい二年生の女子にお礼を言って、教えてくれた情報を一旦整理する。
まずは、この学校の生徒について。アイボリーカラーのブレザータイプの制服の胸ポケットのエンブレムの色で学年を識別できる。青が三年、赤が二年、そして、緑色が一年生。ということで、緑色のエンブレムの一年生を中心に話を聞くことにしましょう。
「ねぇ、キミ!」
「ん?」
突然声をかけられて、顔をあげる。
そこには、都内屈指の進学校にはあまりそぐわない、髪を金色に染めたチャラい男子がニヤニヤと笑みを浮かべていた。左胸のエンブレムは青、三年生ですね。
「おっ、キミかわいいねぇー。僕と遊びに行かない? 奢るからさ!」
「いえ、遠慮しておきます」
この手の輩は誰に対してでも同じようなお世辞を使ってナンパするから信用するに値しません。
「そんなことツレないこと言わないでさー。さっき男にも声かけてたじゃん、遊び相手を探してるんでしょ?」
「違います。人を探しているだけです」
「人? 誰を?」
「この学校の特待生。一年生の」
「一年の特待生? ああ⋯⋯アイツね」
「えっ、知ってるんすか?」
「まあね! 僕は情報通だから、この学校で知らないことはないよ」
意外な一面っすね。何はともあれ、聞かない手はないっす。
「ふふーん、どーしよーかな~?」
下心みえみえのニヤケ顔。仕方ないな。
「教えていただけるのでしたら、お茶に付き合ってもいいですよ」
「マジっすか!? じゃあさっそく――」
「先に教えてください。内容次第で判断します」
「⋯⋯ガード固いっすね。まっ、いいか」
この学校、光坂大学附属高校に学業免除の特待生として入学。先の実力試験は全教科満点と免除の学力はもちろんのこと、体力テストも学年トップを記録と常人離れした運動能力も有している。
しかし、現在は学校を欠席がち。その理由は、本業の投資家稼業の方へ力を入れているためらしいです。
「調子に乗ってるみたいだから、いずれはシメてやろうと思ってたんだけどねぇー。まあ、あれかな? 僕に恐れをなして逃げたってやつ」
――そうは思えないっすけど。この人、細身ですし。
さて、とりあえず必要な情報は一通り聞き出せました。あとは、どうやってこの場を抜け出すかですが⋯⋯。
「おい、何してんだ?」
話を聞いていた金髪の男子と同じ三年生の男子が登場。結構イケメンっすね、タイプじゃないっすけど。その人はアゴで「今のうちに行け」と合図してくれた。
「あん? 何だ、お前かよ。悪いけど今日は、遊んであげる暇ないんだよねー。今から、デートだからさ!」
「はあ? 相手も居ないのに何言ってんだ、お前」
「ここに居るだろって、あれ? 居ない!?」
隙を見計らって、あたしは既にこの場を離れていた。
「どうせ夢でも見てたんだろ。つーか今も、夢の中なんだけどな」
「⋯⋯はい?」
「だから、これが夢なんだ。本当のお前は今、授業中の教室で机に突っ伏して爆睡してる」
「マジかよ!?」
「ああ、おおマジだ。ほら、机に突っ伏して爆睡してるお前に気づいた教師がお前の後頭部に照準を合わせて、教科書を振りかぶったぞ。しかも角だ」
「超やべぇじゃん! どうすればいいんだよ!?」
「よし、俺が殴って目を覚ましてやろう」
「めっちゃ痛いっす⋯⋯」
「その痛みも含めて夢だな」
イジって楽しんでいるだけのような気もしますが、とにかく逃がしてくれた男子に感謝しつつ、最寄り駅へ向かい。自宅マンションへは帰らず、都心へ向かう電車を乗り継ぎ、教えてもらった六本木へ足を運んだ。
「ここか」
ここは無理っすね。
目の前にそびえ立つ超高層タワービル。情報によれば、このタワービル内に住居を構えているらしいのですが。さすがにセキュリティが厳しすぎる、一介の高校生にどうこうできるレベルじゃない。
「はぁ⋯⋯」
思わず漏れる、タメ息。ふぅ、とひとつ小さく息を吐いて気持ちを切り替えてきびすを返す。
少し日が傾き始めた、初夏の夕暮れ。
「――
立ち止まり振り返る。
夕日に照らされて徐々にオレンジ色に染まっていくタワービル。
――能力者でなければいいんですが。
この調査が無駄足であることを祈りながら、大勢の人たちが行き交う大都会の街を後にした。