Charlotte ~時を超える想い~   作:ナナシの新人

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Episode16 ~魅力~

 スタートから二曲目を歌い終え、ライブは黒羽(くろばね)のオープニングMCに入った。マイクを片手に、ステージ中央でスポットライトを浴びてキラキラと輝く彼女は、まぎれもなくアイドル。

 ここへ来た目的を忘れて、思わず見いってしまいそうになる。

 それは、みんなも同じだった。ステージ上で見せる魅力的な彼女の笑顔に目を奪われ、話に聞き入っている。

 

「いかがですか? ゆさりんのステージは」

 

 周りの迷惑にならないように、小声で高城(たかじょう)に感想を訊かれた奈緒(なお)は、すっと黒羽(くろばね)から視線を外し。周囲の観客の様子に目を配りながら答えた。

 

「まあ、悪くないですね。ZHIEND(ジエンド)のライブにはおよびませんけど」

「そうでしょう! お二人はいかがですか?」

 

 得意気な表情(かお)高城(たかじょう)は、俺と乙坂(おとさか)にも同じように感想を求める。

 

「なんていうか、歩未(あゆみ)にも見せてやりたかったな」

 

 彼の妹の歩未(あゆみ)が、黒羽(くろばね)の大ファンだという話しを先日していたのを思い出した。黒羽(くろばね)に頼めば快く、彼女の分のチケットも用意してくれたのだろうけど。今回は、事情が事情だけにお土産にライブグッズを買っていくことで納得してもらったという話し。

 

宮瀬(みやせ)さんは、いかがでしょうか?」

「楽しそうですよね」

「おや、宮瀬(みやせ)さんは、楽しめていないのですか? もしや、こういったところは苦手でしたか」

「いえ、そうじゃなくて。黒羽(くろばね)さん、とても一生懸命ですごく楽しそうだなって思って」

「――そうなんです!」

 

 一瞬きょとんとした表情を見せた高城(たかじょう)は、うつむき加減で眼鏡を直し顔を上げると目を輝かせて黒羽(くろばね)の魅力を熱く語りだした。

 

「ゆさりんが心から楽しんでいるからこそ我々ファンも心から応援することでき、一緒に楽しむことができるんです! 特殊な世界ですから我々の想像をしえない辛いことも当然あるでしょう。ですが、だからこそ――」

『それじゃあ次の曲いくよ~っ! イントロでわかるかな~?』

 

 黒羽(くろばね)のオープニングMCが終わり、会場の照明が落ちた。

 

「おっと、熱く語り過ぎてしまいましたね。見張りは私に任せて、お三方はしばしライブをお楽しみください」

「いいのか? お前が一番楽しみしてたじゃないか」

「だからこそですよ。ゆさりんやスタッフの努力を台無しにしようと企んでいるヤカラの思い通りには私がさせません......!」

「ただのミーハーじゃなかったんだな......」

 

 黒羽(くろばね)のことが絡むと暴走ぎみ高城(たかじょう)だが、今日はそんな様子を微塵もみせない。本当に頼もしく感じる。奈緒(なお)も、乙坂(おとさか)も同じみたいだ。

 

「それに私は、いつも楽しんでいますから。当然今回のライブの円盤を購入し、ゆさりんグッズに囲まれた部屋で正座して、エンドロール後の注意書きまで思う存分堪能する予定です! そしてまぶたの裏に焼き付けたゆさりんの天使の微笑みを思い浮かべながら食事をし、入浴中も――」

「ひくなっ」

「やっぱりただのミーハーじゃないか、見直した僕がバカだった......」

「あはは......」

 

 いつもの調子に思わず苦笑い。とりあえず高城(たかじょう)の言葉に甘えさせてもらい、俺たちはもう少しだけ黒羽(くろばね)のライブを楽しませてもらうことにした。

 会場中に響き渡るサウンドと歌声は、CDの音源とはまったく違うライブならでは迫力に圧倒されてしまう。

 

友利(ともり)さん」

「ん?」

 

 曲がサビに差し掛かろうとしたその時、周囲を警戒していた高城(たかじょう)が、奈緒(なお)に耳打ちをした。

 

「どこだ......?」

「ひとつ後列端の席です。ひとりだけペンライトのサイリウムの色が微妙に違います」

 

 極力顔は動かさず、高城(たかじょう)が言った座席を確認。間違いない、乙坂(おとさか)が写真を撮ったフードの男。電撃の能力者。彼女も、スマホに保存してある顔写真と見比べて確認している。

 

「間違いありません、アイツです。さあ、早く乗り――っ!?」

 

 奈緒(なお)の視線に気づいたのか、能力者は不意に仕切りの鉄柵を掴んだ。その刹那、電流が走る。こちらが対処する隙もなく、電流は鉄柵を伝ってステージ上部に組まれた照明機材のコードをショートさせた。暗闇に火花が散り、小さな破裂音とともに機材を支えていた鉄パイプが破壊され、支えを失った照明機材は、真下で歌っていた黒羽(くろばね)の頭上へ向かって一直線に落下していく。

 

『あ......』

「ゆ、柚咲(ゆさ)さんッ!」

 

 高城(たかじょう)の叫び声とほぼ同時に機材が地面に落下。その衝撃で破片の一部がステージと客席の間まで飛び散った。あまりにも突然で衝撃的な出来事に会場内は静まり返り。さらに追い討ちをかけるように、さっきまで黒羽(くろばね)が立っていた場所に赤とオレンジ色が混ざり合った炎が上がり、動揺が広がっていく。

 ――いや、ああいう類いの機材は、あんな激しい炎上はしない。何より、あの色の炎は見覚えがある。

 炎上するステージを見つめたまま言葉を失っている、奈緒(なお)の肩を揺さぶって言い聞かせる。

 

「彼女は無事です!」

「――あっ!」

 

 ステージに気をとられている間に電撃の能力者は、アリーナを出ようとしていた。すぐに追わないと取り逃がす。今ここで取り逃がせば、また同じことを企てる可能性だって十分考えられる。

 

「――追うぞっ!」

「し、しかし......!」

柚咲(ゆさ)は!?」

「大丈夫、あの人が放っておくワケないっしょ!」

「あの人って......そうか、美砂(みさ)か!」

 

 炎の光に照らされて足下に転がった壊れた機材に片足を乗せた黒羽(くろばね)......姉の美砂(みさ)が、止まっていた曲の続きをアカペラで力強く歌う。

 怯むことなく歌い続ける彼女の歌声に引っ張られるようにしてバンドも演奏を再開。さらに美砂(みさ)は、曲の盛り上がりに合わせて炎を派手に操り会場中に漂っていた悲壮感を一掃し、このハプニングを最高の演出に書き換えてしまった。

 盛大にもり上がるアリーナを出て、前を走る電撃の能力者を追いかける。

 

「一瞬空白を作ります。お願いします」

「えっ? わかりました!」

 

 走るスピードを上げて、能力者との距離を一気に詰める。

 

「くっ!」

 

 すぐ後ろまで迫っていることに気づいた能力者(ターゲット)が走りながら、通路の壁に向かって伸ばした左手よりも一瞬早く、壁に手を触れる。

 直後、衝撃が走った――。

 能力者(ターゲット)は足を止め、何度も壁に手を触れるが何も起こらない。

 

「な、なんで!?」

 

 ――悪いが、これ以上思い通りにはさせない。

 能力は把握した。電撃の能力は直接ではなく、媒体を通じて目標へ電流を流す能力。威力は最大で、強化スタンガン程度。対処法は単純、電流の通り道で遮断してしまえばいい。

 

「今だ、乗り移れ!」

「......ああ!」

高城(たかじょう)!」

「はい!」

 

 戸惑う能力者(ターゲット)乙坂(おとさか)が乗り移り、無防備になったところへ高城(たかじょう)が瞬間移動で体当たり。見事な連係プレーで、能力者(ターゲット)もろとも突き当たりの壁に激突した。

 奈緒(なお)は様子を確かめるため、倒れている二人の元へ駆け寄っていく。

 

「完全にのびてるな。よし、今のうちに拘束するぞ」

「はい、わかりました」

 

 何ごともなかったかのように立ち上がった高城(たかじょう)と一緒に、実行犯の確保にあたる。

 

「うまくいったのか......?」

「ええ、おかげさまで。大丈夫ですか?」

「あ、ああ、すごい痛かったけどな......」

「はは、それはおつかれさまでした」

 

 浮かない表情(かお)で起き上がった乙坂(おとさか)を労いつつ、奈緒(なお)たちの元へ向かう。

 

「ではあたしは、コイツを上に引き渡してきます。先に、アリーナへ戻っていただいて構いません」

「えっ? いいんですか!?」

「代わりに行きますかー?」

「いえ、お言葉に甘えさせていただきます!」

 

 姿勢を正して敬礼する高城(たかじょう)に、奈緒(なお)は若干呆れ顔でタメ息をつくとくるっと身を翻した。

 

「では、またのちほど」

「はい、お願いします!」

 

 気絶したまま拘束されている能力者を、どこからか持ち出してきた台車で連行していた。

 

「それでは我々は、“楽園”へ戻りましょう!」

「ああ......」

「あ、ちょっと、トイレに寄っていきます。先に戻っていてください」

「そうですか、わかりました。では」

 

 二人と別れて、男子トイレへ。

 近くのトイレに入った俺は、用を足すつもりは最初からなく、直行した洗面台で手を流していた。

 

「ライブをすれば不幸になる、か......」

 

 正直、音響機材を破壊してライブを中止に追い込む程度の妨害だと想っていた。

 でも実際は違った。本気で黒羽(くろばね)を狙った攻撃だった。美砂(みさ)がいたからよかったものの、当たりどころによっては最悪の事態だって十分に考えられた。

 手のひらに触れて落ちた水が渦を巻き、排水溝へ流れ落ちていくのを見つめながら、自分の自身の読みの浅さを悔いて唇を噛みしめる。

 小さく息を吐き、水で洗い流した顔に残る水滴をペーパータオルで軽くを拭き取って、トイレを出る。ちょうど戻ってきた奈緒(なお)とばったり出会った。

 

「あっ」

友利(ともり)さん、早かったですね」

「あらかじめ近くで待機していましたので。あたしたちも戻りましょう」

 

 話ながら、アリーナへ戻る。

 

「ん? なんだ、一緒に戻ってきたのか」

「ライブはどうしたんすかー?」

 

 アリーナの中は照明が灯り、ライブ開始前と同じように明るかった。それに空席もいくつか目立っている。

 

「ブレークタイムだよ。スタッフが壊れた設備の復旧作業をしてるんだ」

 

 乙坂(おとさか)の言った通りステージ上では、運営スタッフが懸命に復旧作業を急ピッチで進めていた。別のスタッフが拡声器を手に復旧状況を伝えて回っている情報によると、あと十分ほどで再開できる見通しとのことだ。

 

「ところで、高城(たかじょう)さんは?」

「この時間を利用して、ライブグッズを買いに行っている」

「あなたはいいんですか? 歩未(あゆみ)ちゃんに頼まれてるんしょ」

 

 奈緒(なお)に訊かれた乙坂(おとさか)は、座席の下からハロハロのロゴが入った袋を取り出して見せる。

 

「僕はもう買った。あいつは限定商品が再入荷したとかで物販の行列にならんでる。長くなりそうだったから先に戻ったんだよ」

 

 限定商品を買えたのか、高城(たかじょう)は満面の笑みで再開予定時刻ギリギリに戻ってきた。

 その後ライブは予定時刻通り無事に再開された。

 そして最後の曲を歌い終え、バンドメンバーたちと一緒に手を繋いで頭を下げたあと、拍手が鳴り止まないステージにひとり残った黒羽(くろばね)は、「みんなー! 今日はほんとうにありがとーっ! また会おうねーっ!」と最後まで笑顔で手を振って舞台袖へ入っていく。

 

「終わったか、結構長かったな」

「中断があったから長めにやってくれたんでしょ。さあ帰りましょう」

「お待ちを、まだアンコールが残っています!」

「ああー、そんなのがあるのか」

 

 拍手は徐々に鳴り止みアンコールにかわっていく。しばらくして別の衣装に着替えた黒羽(くろばね)が、もう一度ステージに姿を現した。

 

『みんなーアンコールありがとー! えーっと、今日はいろいろあってみんなにいっぱい迷惑かけちゃったから特別に新曲を歌っちゃおうと思いますっ!』

 

 アンコールは、テレビでもラジオでも今まで最長でサビまでだけしか流していない新曲をフルで初披露。このサプライズに会場は、今日一番の盛り上がりを見せる。

 

高城(たかじょう)が何枚も予約した新譜のやつか。よかったっすね、一足先にフルで聞けて。ん? どうした? おーい」

 

 返事がない高城(たかじょう)の顔の前で、奈緒(なお)は視界に入るように何度も手を振ったが反応はない。一点を見つめ立ったまま気を失っていた。もちろん曲が始まると意識を取り戻し、一番感動していたことは言うまでもない。

 

「これで本当に終わったな。そう言えば高城(たかじょう)宮瀬(みやせ)にもらったチケットは使わなくてよかったのか?」

 

 ――レア物だったんだろ? と、乙坂(おとさか)高城(たかじょう)に尋ねた。

 

「そのいただいたチケットなのですが。今回のライブの物ではなかったんですよ」

「そうなのか?」

「はい」

 

 高城(たかじょう)は、俺が渡したチケットを乙坂(おとさか)に渡した。

 

「見てください、日付が今日ではないんです」

「あ、ホントだ。ずいぶん先の日付だな」

「そうなんです。ですが、この日にライブの予定は――」

 

 ――ないんですよ、と続く前に、会場の照明がすべて落ちた。

 

『えっ? えっ?』

 

 姿は見えないけど黒羽(くろばね)が困惑しているのことは、マイクが拾っている声で容易に想像できる。また妨害工作かと思ったけど、マイクが生きていると言うことは......。

 

『どーむらいぶ? んー......? はわわっ!?』

 

 大型ビジョンに写し出された「12月25日クリスマス、ドームライブ決定!」という文章は、ファン以上に黒羽(くろばね)自身が一番驚いていた。

 

 

           * * *

 

 

 ライブ後、アリーナの裏口付近の通路で話をしながら黒羽(くろばね)が来るのを待っている。

 

「まさかクリスマスをゆさりんと一緒に過ごせるとは......正に聖夜! 私は、こんな幸せでいいのでしょーかッ!?」

「ひくなっ」

 

 俺が渡したチケットは、今さっき発表されたドームライブのチケットだった。

 

「けど、まだ決まってないライブのチケットなんてどうやって手に入れたんだ?」

「知り合いが、黒羽(くろばね)さんが受験勉強で芸能界を離れたさいの株価下落対策で、事務所の社長に頼まれて出資していたんですよ。そのツテで都合をつけてもらったんですけど、まさか未発表のライブのチケットとは思いませんでした」

「とんでもない知り合いだな......お前、どんな人脈もってるんだ?」

「みなさーんっ」

 

 ステージ衣装からラフなTシャツに着替えた黒羽(くろばね)が、小走りで俺たちのところへやって来た。

 

「今日は、来てくださってありがとうございました! ステージから見えてました!」

「おつかれさまです。ケガはありませんでしたかー?」

「あ、はい、大丈夫ですっ」

「そうっすか。それはなによりでした」

「ありがとうございますっ。でもビックリしました。いきなり照明が――」

 

 ひとつ引っ掛かっていることがある。

 あの時、奈緒(なお)と目が合った瞬間に能力を使った。どうしてあのタイミングだったのか、黒羽(くろばね)が照明の真下にいたからなのか、それとも別の理由が――。

 

「聞かれてますよ」

「――はい?」

 

 奈緒(なお)に声をかけられて、ライブの感想を訊かれていたこと知った。

 

「すみません、ちょっと考えごとをしてて。そうですねー」

「どきどき」

 

 感想を待っている黒羽(くろばね)は、期待と不安半々と言った感じ。

 

「カッコよかったです」

「カッコいい......ですか?」

 

 黒羽(くろばね)は少し戸惑っている。

 でも、それが本心。歌やダンスもだけど、普段の無邪気でのほほんとした雰囲気と違う一生懸命な表情は、本当に魅力的だと思った。

 

「そうですかー。お恥ずかしながら、可愛いとかキレーとかは言われるんですけど、カッコいいはあまり言われないので。えへへ~」

 

 少し気恥ずかしそうにしながらも、嬉しそうにいつもの笑顔。

 

「はいはい、話はここまでにしておきましょう。行かなくていいんですか?」

 

 奈緒(なお)の目線の先には、おそらくマネージャーと思われるスーツ姿の女性が、微笑ましそうこちらを見ている。

 

「あっ、わたし、今からライブの打ち上げがあるんでしたー!」

「おや、そうでしたか、それは残念です。チケットをいただいたお礼に、みんなで食事でもと思っていたのですが」

「すみませ~んっ」

「いえいえ、お気になさらずに」

 

「今日は、ありがとうございましたっ」と黒羽(くろばね)はぺこっと頭を下げ、手を振りながらマネージャーのところへ。

 

「あたしたちも帰りましょう」

「ああ、そうしよう。少し疲れた、痛かったし......」

「そうですね。私も今日は、新しいライブグッズの配置に勤しむことにいたします!」

 

 そんな訳で寄り道せずに帰ることにった。

 一度アリーナの表側に回り横浜駅へ向かう前に、俺は足を止めた。

 

「あ、お先にどうぞ。ちょっと見ていきます」

「ん? ああ、黒羽(くろばね)さんのグッズ買うんすか」

「ええ、少し貢献しておこうかと思いまして」

 

 先日のCDと今日のチケットのお礼も兼ねて。

 何より、離れるいい口実になった。

 何はともあれとりあえず、物販エリアへ向かう。物販はもうすでに片付けの準備に入っていたが、ありがたいことにエリアマネージャーが融通を利かせてくれた。スポーツタオルを購入して、アリーナの敷地外へ出る。

 すると先に帰ったハズの奈緒(なお)が、スマホを片手に待っていた。

 

「あ、無事に買えたみたいですね」

「ええ。どうしたんですか?」

「話があったので待っていました。話ながら行きましょう」

 

 隣を歩幅を合わせて歩く。

 

「先ほど今回の黒幕を特定し、拘束したと連絡が入りました。上が適切に処理したのでもう心配いらないとのことです」

「そうですか、それはよかった。それを伝えるために?」

「まあ、それもあります」

「それも?」

「あ、ちょっと寄っていきますので。そこの公園のベンチで、少し待っていてください」

 

 そう言うとドラッグストアへ入っていった。歩道を挟んで向かい側の公園のベンチに座って、店から出てくるのを待つ。奈緒(なお)は、ものの十分ほどで戻ってきた。

 

「お待たせしました」

「いいえ」

 

 立ち上がろうとしたところで、奈緒(なお)は隣に腰をおろした。

 

「それでは、手を出してください」

「はい?」

「だから手です」

 

 よくわからないけど、とりあえず右手を差し出す。

 

「違います、こっちです」

 

 左手首を取られ、強引に引き寄せられた。

 外灯の明かりを頼りにまじまじと、俺の左手を見ている。

 

「う~ん、何ヵ所か水ぶくれが出来てますが思ったよりも軽傷みたいですね。薬を塗りますので、ちょっとのあいだ動かさないでください」

 

 ドラッグストアで買ってきた火傷の治療薬を丁寧に塗ってくれた。触れる手が温かくて、やさしい。

 

「いつから気づいていたんですか?」

「ライブが再開した後の曲中です。ずっと左手で持っていたペンライトを、再開後は右手で持っていましたし。極力左手を動かさないようにして手のひらも見せないようにしていましたので。まぁ、電流が流れる壁に素手で触ったんで、ただでは済まないだろうなーと思って」

 

 これは対処に遅れた、俺のミスが招いた結果生じた火傷(もの)。悟られないように振る舞っていたけど、奈緒(なお)には見抜かれていた。

 

「あの三人は、きっと気づいてないっすよ。ずっと見ていないとわからない些細な違いでしたし。......あっ」

 

 まるで失態をおかしたかのように、少し焦った感じの声を出した。

 

「どうしました?」

「――なんでもないっすっ。はい、終わりましたっ。明日病院へ行って、ちゃんと治療を受けること。いいっすね?」

「ありがとうございます。でも明日は、日曜日なので......」

「大丈夫っす、と言うかすでに手配済みです。組織の息がかかった病院なので、身元を調べられる心配は一切ありません。安心してください」

 

 負傷を見抜いた洞察力といい、この辺りもさすが抜かりがない。

 

「と言うことで明日、病院の最寄り駅で待ち合わせしましょう」

「さすがにそこまでは。病院名を教えていただければ、あとは自分で――」

「あたしの名前で手配してるので一緒に行った方が滞りなく進むんすよ。それにあたしも、少し用事がありますし」

 

 そう言うことならお言葉に甘えさせてもらおう。

 

「決まりですね。では行きましょう」

 

 奈緒(なお)はなぜか、駅とは違う方向へ歩き出した。

 

「帰らないんですか?」

「晩ごはん。名物のシュウマイ弁当を買って帰るつもりだったんですけど気が変わりました。せっかく横浜に来たので中華料理にしますっ。ひとりじゃお店に入りづらいので付き合ってください」

 

 うなづいて彼女の隣へ。

 

「どこのお店ですか?」

「ここ! さっき調べて目をつけておいたんですっ。麻婆豆腐と青椒肉絲がおすすめみたいで――」

 

 俺にスマホを見せながら、とても嬉しそうに話す奈緒(なお)の笑顔は、ステージで歌っている時の黒羽(くろばね)に負けないくらい魅力的だった。

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