スタートから二曲目を歌い終え、ライブは
ここへ来た目的を忘れて、思わず見いってしまいそうになる。
それは、みんなも同じだった。ステージ上で見せる魅力的な彼女の笑顔に目を奪われ、話に聞き入っている。
「いかがですか? ゆさりんのステージは」
周りの迷惑にならないように、小声で
「まあ、悪くないですね。
「そうでしょう! お二人はいかがですか?」
得意気な
「なんていうか、
彼の妹の
「
「楽しそうですよね」
「おや、
「いえ、そうじゃなくて。
「――そうなんです!」
一瞬きょとんとした表情を見せた
「ゆさりんが心から楽しんでいるからこそ我々ファンも心から応援することでき、一緒に楽しむことができるんです! 特殊な世界ですから我々の想像をしえない辛いことも当然あるでしょう。ですが、だからこそ――」
『それじゃあ次の曲いくよ~っ! イントロでわかるかな~?』
「おっと、熱く語り過ぎてしまいましたね。見張りは私に任せて、お三方はしばしライブをお楽しみください」
「いいのか? お前が一番楽しみしてたじゃないか」
「だからこそですよ。ゆさりんやスタッフの努力を台無しにしようと企んでいるヤカラの思い通りには私がさせません......!」
「ただのミーハーじゃなかったんだな......」
「それに私は、いつも楽しんでいますから。当然今回のライブの円盤を購入し、ゆさりんグッズに囲まれた部屋で正座して、エンドロール後の注意書きまで思う存分堪能する予定です! そしてまぶたの裏に焼き付けたゆさりんの天使の微笑みを思い浮かべながら食事をし、入浴中も――」
「ひくなっ」
「やっぱりただのミーハーじゃないか、見直した僕がバカだった......」
「あはは......」
いつもの調子に思わず苦笑い。とりあえず
会場中に響き渡るサウンドと歌声は、CDの音源とはまったく違うライブならでは迫力に圧倒されてしまう。
「
「ん?」
曲がサビに差し掛かろうとしたその時、周囲を警戒していた
「どこだ......?」
「ひとつ後列端の席です。ひとりだけペンライトのサイリウムの色が微妙に違います」
極力顔は動かさず、
「間違いありません、アイツです。さあ、早く乗り――っ!?」
『あ......』
「ゆ、
――いや、ああいう類いの機材は、あんな激しい炎上はしない。何より、あの色の炎は見覚えがある。
炎上するステージを見つめたまま言葉を失っている、
「彼女は無事です!」
「――あっ!」
ステージに気をとられている間に電撃の能力者は、アリーナを出ようとしていた。すぐに追わないと取り逃がす。今ここで取り逃がせば、また同じことを企てる可能性だって十分考えられる。
「――追うぞっ!」
「し、しかし......!」
「
「大丈夫、あの人が放っておくワケないっしょ!」
「あの人って......そうか、
炎の光に照らされて足下に転がった壊れた機材に片足を乗せた
怯むことなく歌い続ける彼女の歌声に引っ張られるようにしてバンドも演奏を再開。さらに
盛大にもり上がるアリーナを出て、前を走る電撃の能力者を追いかける。
「一瞬空白を作ります。お願いします」
「えっ? わかりました!」
走るスピードを上げて、能力者との距離を一気に詰める。
「くっ!」
すぐ後ろまで迫っていることに気づいた
直後、衝撃が走った――。
「な、なんで!?」
――悪いが、これ以上思い通りにはさせない。
能力は把握した。電撃の能力は直接ではなく、媒体を通じて目標へ電流を流す能力。威力は最大で、強化スタンガン程度。対処法は単純、電流の通り道で遮断してしまえばいい。
「今だ、乗り移れ!」
「......ああ!」
「
「はい!」
戸惑う
「完全にのびてるな。よし、今のうちに拘束するぞ」
「はい、わかりました」
何ごともなかったかのように立ち上がった
「うまくいったのか......?」
「ええ、おかげさまで。大丈夫ですか?」
「あ、ああ、すごい痛かったけどな......」
「はは、それはおつかれさまでした」
浮かない
「ではあたしは、コイツを上に引き渡してきます。先に、アリーナへ戻っていただいて構いません」
「えっ? いいんですか!?」
「代わりに行きますかー?」
「いえ、お言葉に甘えさせていただきます!」
姿勢を正して敬礼する
「では、またのちほど」
「はい、お願いします!」
気絶したまま拘束されている能力者を、どこからか持ち出してきた台車で連行していた。
「それでは我々は、“楽園”へ戻りましょう!」
「ああ......」
「あ、ちょっと、トイレに寄っていきます。先に戻っていてください」
「そうですか、わかりました。では」
二人と別れて、男子トイレへ。
近くのトイレに入った俺は、用を足すつもりは最初からなく、直行した洗面台で手を流していた。
「ライブをすれば不幸になる、か......」
正直、音響機材を破壊してライブを中止に追い込む程度の妨害だと想っていた。
でも実際は違った。本気で
手のひらに触れて落ちた水が渦を巻き、排水溝へ流れ落ちていくのを見つめながら、自分の自身の読みの浅さを悔いて唇を噛みしめる。
小さく息を吐き、水で洗い流した顔に残る水滴をペーパータオルで軽くを拭き取って、トイレを出る。ちょうど戻ってきた
「あっ」
「
「あらかじめ近くで待機していましたので。あたしたちも戻りましょう」
話ながら、アリーナへ戻る。
「ん? なんだ、一緒に戻ってきたのか」
「ライブはどうしたんすかー?」
アリーナの中は照明が灯り、ライブ開始前と同じように明るかった。それに空席もいくつか目立っている。
「ブレークタイムだよ。スタッフが壊れた設備の復旧作業をしてるんだ」
「ところで、
「この時間を利用して、ライブグッズを買いに行っている」
「あなたはいいんですか?
「僕はもう買った。あいつは限定商品が再入荷したとかで物販の行列にならんでる。長くなりそうだったから先に戻ったんだよ」
限定商品を買えたのか、
その後ライブは予定時刻通り無事に再開された。
そして最後の曲を歌い終え、バンドメンバーたちと一緒に手を繋いで頭を下げたあと、拍手が鳴り止まないステージにひとり残った
「終わったか、結構長かったな」
「中断があったから長めにやってくれたんでしょ。さあ帰りましょう」
「お待ちを、まだアンコールが残っています!」
「ああー、そんなのがあるのか」
拍手は徐々に鳴り止みアンコールにかわっていく。しばらくして別の衣装に着替えた
『みんなーアンコールありがとー! えーっと、今日はいろいろあってみんなにいっぱい迷惑かけちゃったから特別に新曲を歌っちゃおうと思いますっ!』
アンコールは、テレビでもラジオでも今まで最長でサビまでだけしか流していない新曲をフルで初披露。このサプライズに会場は、今日一番の盛り上がりを見せる。
「
返事がない
「これで本当に終わったな。そう言えば
――レア物だったんだろ? と、
「そのいただいたチケットなのですが。今回のライブの物ではなかったんですよ」
「そうなのか?」
「はい」
「見てください、日付が今日ではないんです」
「あ、ホントだ。ずいぶん先の日付だな」
「そうなんです。ですが、この日にライブの予定は――」
――ないんですよ、と続く前に、会場の照明がすべて落ちた。
『えっ? えっ?』
姿は見えないけど
『どーむらいぶ? んー......? はわわっ!?』
大型ビジョンに写し出された「12月25日クリスマス、ドームライブ決定!」という文章は、ファン以上に
* * *
ライブ後、アリーナの裏口付近の通路で話をしながら
「まさかクリスマスをゆさりんと一緒に過ごせるとは......正に聖夜! 私は、こんな幸せでいいのでしょーかッ!?」
「ひくなっ」
俺が渡したチケットは、今さっき発表されたドームライブのチケットだった。
「けど、まだ決まってないライブのチケットなんてどうやって手に入れたんだ?」
「知り合いが、
「とんでもない知り合いだな......お前、どんな人脈もってるんだ?」
「みなさーんっ」
ステージ衣装からラフなTシャツに着替えた
「今日は、来てくださってありがとうございました! ステージから見えてました!」
「おつかれさまです。ケガはありませんでしたかー?」
「あ、はい、大丈夫ですっ」
「そうっすか。それはなによりでした」
「ありがとうございますっ。でもビックリしました。いきなり照明が――」
ひとつ引っ掛かっていることがある。
あの時、
「聞かれてますよ」
「――はい?」
「すみません、ちょっと考えごとをしてて。そうですねー」
「どきどき」
感想を待っている
「カッコよかったです」
「カッコいい......ですか?」
でも、それが本心。歌やダンスもだけど、普段の無邪気でのほほんとした雰囲気と違う一生懸命な表情は、本当に魅力的だと思った。
「そうですかー。お恥ずかしながら、可愛いとかキレーとかは言われるんですけど、カッコいいはあまり言われないので。えへへ~」
少し気恥ずかしそうにしながらも、嬉しそうにいつもの笑顔。
「はいはい、話はここまでにしておきましょう。行かなくていいんですか?」
「あっ、わたし、今からライブの打ち上げがあるんでしたー!」
「おや、そうでしたか、それは残念です。チケットをいただいたお礼に、みんなで食事でもと思っていたのですが」
「すみませ~んっ」
「いえいえ、お気になさらずに」
「今日は、ありがとうございましたっ」と
「あたしたちも帰りましょう」
「ああ、そうしよう。少し疲れた、痛かったし......」
「そうですね。私も今日は、新しいライブグッズの配置に勤しむことにいたします!」
そんな訳で寄り道せずに帰ることにった。
一度アリーナの表側に回り横浜駅へ向かう前に、俺は足を止めた。
「あ、お先にどうぞ。ちょっと見ていきます」
「ん? ああ、
「ええ、少し貢献しておこうかと思いまして」
先日のCDと今日のチケットのお礼も兼ねて。
何より、離れるいい口実になった。
何はともあれとりあえず、物販エリアへ向かう。物販はもうすでに片付けの準備に入っていたが、ありがたいことにエリアマネージャーが融通を利かせてくれた。スポーツタオルを購入して、アリーナの敷地外へ出る。
すると先に帰ったハズの
「あ、無事に買えたみたいですね」
「ええ。どうしたんですか?」
「話があったので待っていました。話ながら行きましょう」
隣を歩幅を合わせて歩く。
「先ほど今回の黒幕を特定し、拘束したと連絡が入りました。上が適切に処理したのでもう心配いらないとのことです」
「そうですか、それはよかった。それを伝えるために?」
「まあ、それもあります」
「それも?」
「あ、ちょっと寄っていきますので。そこの公園のベンチで、少し待っていてください」
そう言うとドラッグストアへ入っていった。歩道を挟んで向かい側の公園のベンチに座って、店から出てくるのを待つ。
「お待たせしました」
「いいえ」
立ち上がろうとしたところで、
「それでは、手を出してください」
「はい?」
「だから手です」
よくわからないけど、とりあえず右手を差し出す。
「違います、こっちです」
左手首を取られ、強引に引き寄せられた。
外灯の明かりを頼りにまじまじと、俺の左手を見ている。
「う~ん、何ヵ所か水ぶくれが出来てますが思ったよりも軽傷みたいですね。薬を塗りますので、ちょっとのあいだ動かさないでください」
ドラッグストアで買ってきた火傷の治療薬を丁寧に塗ってくれた。触れる手が温かくて、やさしい。
「いつから気づいていたんですか?」
「ライブが再開した後の曲中です。ずっと左手で持っていたペンライトを、再開後は右手で持っていましたし。極力左手を動かさないようにして手のひらも見せないようにしていましたので。まぁ、電流が流れる壁に素手で触ったんで、ただでは済まないだろうなーと思って」
これは対処に遅れた、俺のミスが招いた結果生じた
「あの三人は、きっと気づいてないっすよ。ずっと見ていないとわからない些細な違いでしたし。......あっ」
まるで失態をおかしたかのように、少し焦った感じの声を出した。
「どうしました?」
「――なんでもないっすっ。はい、終わりましたっ。明日病院へ行って、ちゃんと治療を受けること。いいっすね?」
「ありがとうございます。でも明日は、日曜日なので......」
「大丈夫っす、と言うかすでに手配済みです。組織の息がかかった病院なので、身元を調べられる心配は一切ありません。安心してください」
負傷を見抜いた洞察力といい、この辺りもさすが抜かりがない。
「と言うことで明日、病院の最寄り駅で待ち合わせしましょう」
「さすがにそこまでは。病院名を教えていただければ、あとは自分で――」
「あたしの名前で手配してるので一緒に行った方が滞りなく進むんすよ。それにあたしも、少し用事がありますし」
そう言うことならお言葉に甘えさせてもらおう。
「決まりですね。では行きましょう」
「帰らないんですか?」
「晩ごはん。名物のシュウマイ弁当を買って帰るつもりだったんですけど気が変わりました。せっかく横浜に来たので中華料理にしますっ。ひとりじゃお店に入りづらいので付き合ってください」
うなづいて彼女の隣へ。
「どこのお店ですか?」
「ここ! さっき調べて目をつけておいたんですっ。麻婆豆腐と青椒肉絲がおすすめみたいで――」
俺にスマホを見せながら、とても嬉しそうに話す