「本気ッ!?」
清潔さを感じさせる白を基調にした研究室の一画。テーブルを挟んで向き合い、ソファーに座っている俺より少し年上の白衣姿の青年は、テーブルに両手をついて、勢いよく立ち上がった。
「ああ、うまく取り入って協力を得られれば、この研究も一気に進む。うまくいけば全てに片が付く。賭けるだけの価値は十分にあるさ」
ガラステーブルに置かれた、小さな小瓶に目を落とす。
「ダメだ、あまりにも危険すぎる! 前回だって――」
「心配するな。ダメだったとしても、またやり直せばいいだけのことだろ」
「だけど、次も戻って来られる保証はどこにもないんだ。もし、戻れなかったら――」
唇を噛み締め、思い詰めた
――いや、違う。覚悟だなんて、そんなたいそれたモノじゃない。義務だとか、正義感だとか、そういった類いの心情からくるものじゃなく。ただ俺自身が、研究とか、実験とか、もうどうでもよくなりつついた。だから――。
「その時は、潔く終わるよ」
それにもし、失敗しても大丈夫。目の前に居るのは、誰もが認める本物の天才。俺が居なくても、きっと辿り着く。俺たちが目指している、“全ての救済”。その場所まで、必ず辿り着いてくれる。
「俺は、ここで終わってもいい......」
――時に縛られるのは、もう疲れた。
* * *
すぐ近くで、誰か声が聞こえる。優しい声、心地いい声、その呼ばれる声と、軽く体が揺さぶられる感覚で目が覚めた。まだ少し重いまぶたを開けて、顔を横に向けると、
「あ、起きたみたいっすね」
「交代の時間ですか?」
「はい」
隣では
「大丈夫ですか? 少しうなされてようですが」
「大丈夫ですよ。少し寝苦しかっただけなので」
「そうっすか? では、お願いします」
「どうしました? 考えごとですか」
見張りの最中どこか上の空だった
「あ、いや、少し変わった夢を見ていたんだ」
少し変わった夢を見ていた。その言葉に、
「変わった夢ですか? どんな夢だったんですか?」
「ん? なんだか、懐かしい夢。僕と
二人兄妹という話に少し引っかかったが、
「確かに、少し変わってますね。そういえば、宮瀬さんもうなされていたようですが」
「アメリカにいた頃の夢を、少し」
「そう言えばお前、アメリカで何をしてたんだ?」
「大学に通っていただけですよ」
「それでうなされるとは、どんな激動の日々を送ってたんですか?」
「レポートと実験に追われる日々ですね」
「それは、激動だな」
他愛のない話をしていると、いつの間にか朝日が登り朝を迎えた。結局昼になっても、“空中浮遊"能力者は姿を見せなかった。昼食を調達するため、近くを流れる川で釣りをすることに。
「うぉ~っ! ニジマスだーっ! ニジマス釣れたー!」
「くっそ、なかなかやるじゃねーかっ。それよりデカイの釣ってやる! マス来い、マスっ!」
「私も負けませんよ!」
「朝っぱらから元気だな」
「はは、そうですね」
マイペースで釣りを楽しんでいると、川のせせらぎの中に紛れて、ガサッと茂みの奥の方から物音が聞こえた。隣の
「よしっ! また釣れた!」
「う~んっ、ニジマスもおいしいな~」
「ゆさりんさん、これいい感じに焼けましたっ」
「ゆさりんじゃねぇよ! でもまあ、
「これ、わたしがいただいていいんですかー?」
「もちろんです!」
「わぁ~、すごくおいし~いっ」
「こういうのも、たまにはいいっしょ?」
「はいっ」
何やら
日が暮れ始めた頃、
「あの~、今日も泊まりですか?」
「はい、なにか問題でも?」
「えっと、お風呂に入りたいなぁ~って......」
「大丈夫です、用意してあります。どうぞこちらに」
「え、えっ?」
「風呂が用意してあるって、本当なのか?」
「お風呂は、女性専用です」
「はぁ!?」
「男子は、川で体を拭いてください」
風呂に入れないことがよほどショックなのか、
「ああぁーッ!? ゆさりんが入った後のお湯に入れないなんてーッ!」
突然頭を振り回し、発狂。それを見た
「ボディーシートなら持って来てますよ」
「ありがたい。けど、足だけでも浸かってくる」
「そうですね、行きましょう」
真新しいタオルを手に川の浅瀬に足を流しに行く二人に俺は、「先に行っていてください」と伝えて。大きめの石に座って川を眺めている
「
「はい、なんでしょう?」
浅瀬で顔を洗っている二人から少し離れ、
「一度、アメリカへ戻ろうと思っています」
「なぜですか?」
「向こうに、例の物の手がかりになる物があります」
「それは、なんですか?」
「特殊能力の研究記録。それと、特殊能力者と、保有する能力が記載されたデータ」
「それは、すごいですね。それで、いつ立つんですか?」
「明日の夜。深夜の便で、LAへ立つ予定です」
「明日って。まだ、能力者見つかってないっすよ?」
「
「そう、ですね」
俺と向き合っていた
「そんな
川のせせらぎ中「はい」と小さな返事が聞こえた気がした。
* * *
「それでは今日も、昨日と同じローテーションで監視しましょう」
「待て。明日で、もう三日目だぞ? いったん仕切り直した方がいいんじゃないか......?」
馴れない野外でのキャンプ生活、いつ現れるかもわからない
「能力者が、ここへ来ることは間違いありません。それにあたしたち生徒会は、何日授業をサボったところで内申に影響はありません。前にも言ったっしょ」
「――だとしてもだっ! さすがに家に帰りたい、妹がいるんだっ」
「そんなこと知ってますよ」
「じゃあ朝には戻ってくるから様子を見に帰らせてくれ」
「ダメです」
ぴしゃりと強い口調で拒否。
「ひとりにそれを許したら、みんなそう言います。みんな、あなたと同じ気持ちです。ですが今は、我慢してください。能力者を守るために――」
その言葉に
「それに大丈夫だと思いますよ。おそらく明日中に決着はつきます」
結局、この夜も能力者は姿を現さなかった。
そして翌日、
「また焼きとうもろこしかよ......」
飽きた、と言わんばかりに
「あのー、あなたたちは、ここで何をしているんでしょう?」
「予測通り現れてくれましたね」
「はい」
俺に返事をした後、
「いや~、みんな、家出中なんですよー。理由は様々ですが、意気投合しちゃいまして。はっはっは~」
実にわざとらしい。けど、バンダナの彼は狙い通りの反応を見せた。あからさまに不快な態度。
「それは、まだここに居続ける......ということでしょうか?」
「はい、ず~っといるつもりです。ここならバレませんから。絶対に」
「でも、僕にバレてしまいましたね。親御さんも心配されるでしょう?」
バンダナの少年は俺たちに向かってそう告げると、スマホを取り出し操作し始めた。
「あ、警察に通報したら、あなたも一緒に連行されてしまいますよ?」
「えっ、どうして......?」
「だってここ、私有地っすから」
「えっ!?」
「あとこれ、あなたですよね?」
三人の反応を気にすることなく雑誌を取り出し問い詰める。
「......なんですか、それは?」
「あなたが、空を飛ぶ練習をしている所を撮影したスクープ記事です」
「空を飛ぶって......」
「普通に入れる山だと人目につきやすい。ここは都心からこれなくない距離にあって、あなたにとって好都合な山だった。けど私たちが居ついていっこうにに帰る気配がない。だから、じれたあなたは姿を現した。あたしたちを追い払い、また飛ぶ練習をするために」
「――生身の人間が空を飛べるわけないだろ! そんな超能力を使えるワケがない! 頭おかしいんじゃないか!」
――釣れた、と
「あれー? あたしー、超能力だなんてひとこと言ってませんよー? てっきりフライングスーツでも着てるのかと。まさかあなた、空を飛べる能力を使えるんですかー?」
「......ッ!?」
「つ、使える訳ないだろ! 警察には通報しておく。補導されたくなかったらさっさと帰るんだな!」
捨て台詞を吐き、踵を返し急いで森へ入ろうとする。
「こんな山奥までひとりで来たあなたも十分おかしいと思いますが?」
「く、栗を拾いに来たんだよっ」
言い逃れをしようとする少年に、俺は追い詰めるように言う。
「今は夏。栗の季節ではありませんよ」
「くっ......!」
俺に続き、
「それに~、あなたがこの時間にいる証拠、これで撮っちゃんですけどぉ~?」
「――厄介なことを! 寄越せっ! そいつは消すっ!」
二メートル程の崖から飛び降り着地、同時に彼の姿が消えた。直後、「うわぁーっ!?」と姿を消した少年が悲鳴を上げた。
「イエッス!」
「あの位置って......まさか、あの古井戸を落とし穴にしたのか!?」
「井戸があったんですか?」
「はい。テントを張るさいに、
「しかし、我々にも知らされていないトラップとは。悪魔のような人だ......!」
この落とし穴は誰にも知らされていなかったみたいだった。敵を騙すには味方から、とはよくいうがまさにそれ。だがすぐに井戸の底から人影が飛び出してくる。飛び出して来たのはもちろん、あの青いバンダナの少年。これで確定した。彼が“空中浮遊"の能力者だ。
「そりゃ底知れぬ穴に落ちたら、能力使って飛びますよね~。おかげで、すごいスクープ映像が撮れちゃいましたっ。ネットに上げちゃおっかな~?」
「くそが......それを寄越せ!!」
憤怒の表情で、
「乙坂さん、乗り移ってくださいっ。瞬間移動で倒しますっ!」
「アレ、痛いからヤなんだがっ?」
「あっ、くそっ!」
「貰ったっ!」
すぐさま能力を使い上空高く舞い上がる。
――これが、“空中浮遊”。ただ上空へ舞い上がる能力じゃない。鍛練を重ねれば、ほぼ完全に制御が可能な能力。かなりレアな部類の能力だ。
とりあえず能力全容は把握出来た。遮るものがない今なら、まだ射程圏内、「使いますか?」と目で合図を送る。
「......やるしかないのかっ!」
遥か上空に飛び立つ能力者を見て、
っと、感心している場合じゃない。能力者に乗り移った
「うっ、いったい、どうなってるんだ......?」
擦り傷だらけの能力者が倒れている。どうやら意識を取り戻したようだ。
「よくて打撲ってとこか。骨折はしてなさそうですね、結果オーライです。ビデオカメラも無事ですし。よかったですね、助かって」
「お前らはいったい、何者なんだよ......?」
「みんな、あなたと同じ特殊能力者ですよ」
「――えっ!?」
キズだらけの能力者は、
「この能力は、思春期を過ぎると使えなくなります。でも能力を知られたら科学者たちのモルモットになります。それは嫌ですよね?」
「............」
信じられない、と言ったようすで顔を背けて黙りこんだ。無理もない、これが普通の反応だ。
「
「おらよ」
頼まれた
「――なっ!? そ、そうか......」
それを見て、ようやく納得したようだ。
空中浮遊の特殊能力者は、傷付いた身体を起こし、木を背もたれにして、空を仰ぎ見る。そして語りだした。
「僕にだけに与えられた特別な力じゃなかったのか......。いつかこの力で自由に空を飛べるようになったら『スカイハイ
「その気持ちも分かりますが、あなた自身のためにも今後その能力は使わないでください。もし、飛んでいる途中に能力が消えたら......」
「そうだな......わかった。もう使わない」
悲しそうな
テントに戻り、素早く荷物を片付けて下山。自転車で帰宅する
「三日間、おつかれさまでした」
「まったくだ。早く帰ってゆっくりしたい」
と言った、
「そう言えば、食べ損ねてしまいましたね。どこかで食事でもいかがですか? 今日は私が、ご馳走します。先日のライブのお礼も兼ねて」
「えっ、ごちそうになっていいんですか?」
「もちろんです!」
「そうだな、そうしよう」
出国時刻まで時間はまだ余裕はある、俺もうなづく。
「それなら近くにいいところあるんで、そこへ行きましょー」
タクシーに乗って数分後、
「お前たち、着痩せするタイプだったんだな」
同じ湯船に浸かる
「私の能力上、身体を鍛えるしかなかったんです。制服の下にプロテクターを装備しているとは言え、やはりケガをしない肉体改造が必要でしたから!」
鍛え上げた二の腕を見せつけるようにポーズをとって見せる
「ふーん、能力を使いこなすために努力してるんだな」
「とまあ、私はそう言った理由です。
話を振られた。ただ単に筋トレが趣味とごまかしてもよかったのだが、この場の和やかな雰囲気も相まって、少し真面目に答えた。
「能力に頼りすぎないため、と言ったところですかね」
「なるほど、興味深い答えですね」
「どういうことだよ?」
「以前申し上げた通り我々の力は、いずれ消滅します。そうなれば普通の人間に戻る訳ですから。つまるところ能力を失ったあとのことを考えた場合、便利である能力に頼りすぎない方がいい、と言う
「そういうものか」
「まあ、そんなところですね。では、お先に」
これから露天風呂へ行く二人より一足先に浴場を出た俺は、脱衣場に備え付けのドライヤーで髪を乾かしながら、
着替えを済ませ、出入り口ののれんを潜り抜けたところで、湯上がりの女子二人とばったり出くわした。
「銭湯って言えば、やっぱりコレっすね」
「ですねーっ」
冷えた牛乳瓶を片手に、施設内の休憩スペースで、
しばらくして男湯の暖簾から出てきた二人も合流し、休憩スペース隣の食事処でちょっと早い昼食を食べることになった。ざる蕎麦を食べる
食後再びタクシーに乗り、最寄りの駅へ。星ノ海学園方面行きの電車に乗り換える。いくつかの路線星ノ海学園の最寄り駅に着いたところで、
「それでは今日は、ここで解散にしましょう。荷物などは、あたしが処理しておきますので」
「そうですか、もう授業も終わる頃ですし。少しゆっくりしたいです」
「わたしも、ちょっとつかれました~......」
「僕も、そうする。
「はい、おつかれさまでした。お気をつけて」
と言う訳で解散、併設のマンションへと帰って行く三人を見送る。三人と一緒に帰らなかった
「では、あたしたちも行きましょう」
「どちらへ?」
「あなたの家に決まってるっしょ。荷造り手伝います。あ、荷物やゴミはすぐに処理が来ますので、ここに置いていって問題ありません」
逸らさず、まっすぐ見つめられる。
どうやら、俺にはうなづく以外の選択肢はないようだ。
「......お願いします」
「はい、行きましょう」
「タオルにトラベルセット。あっ、下着いれましたか?」
「はい、入れましたよ」
滞在予定は、1週間。正直荷造りもそこまで大変ではない。実はもう、荷造りは終わっている。だから、今しているのはただの確認作業だったりする。
「よっし、これで全部っすね。出立は、0時の便でしたよね」
「はい、そうです」
「あと7時間くらいかー。少し早いですけど夕食にしましょう」
そう言って
その後ろ姿を見ながら、パソコンの電源を入れる。届いているメール確認し、いつも通り売買報告書に目を通す。この作業も、今日でしばらくやり納めだ。すべてのメールに目を通し終えた時、「出来ましたー、さぁ、食べましょう」と、彼女の声が聞こえた。パソコンの電源を落とし、ダイニングに行く。ダイニングテーブルの上には、見事な和食料理が並んでいた。
「スゴいですね」
「しばらく食べられないと思いまして」
いろいろ気を効かせてくれたみたいだ。
「ありがとうございます。いただきますね」
「はい、どうぞ~」
肉じゃがに箸を伸ばし口に運ぶ。
「............」
「口に合いませんでしたか?」
黙っていた俺に、
「あ、いえ......すごく、おいしいです。本当に」
「よかったっす」
白い歯がこぼれ笑顔を見せてくれた。彼女の肉じゃがは、どこか懐かしく優しい味がした。
「でも、こんな短時間でよく作れましたね」
「それは~、あれを使いましたっ」
「それで今度、“ZHIEND”の日本ライブがあるんすよっ。運良くチケットも当たったんですよ!」
「そうなんですか、よかったですね。ぜひ楽しんでください」
「はい、当然っす! ライブ会場限定グッズもあるんで絶対ゲットしないと......!」
そんな話をして気がつくと、時計は20時50分を指していた。
「そろそろ、空港へ行きますね」
「あたしも見送りに行きます」
「いや、でも......」
見送りに来てくれると言ってくれるのは、純粋に嬉しい。けどその反面、併設マンションに戻るのは午前2時を過ぎるだろう。さすがに、それは――。
「ダメっすか?」
こんな顔をされて、断れる訳がない。
「わかりました。一緒に行きましょう」
タクシーに乗り約30分程で、羽田空港に到着。発着ロビーのベンチに座り、ほとんど会話をすることもなく、搭乗手続きの時間が来てしまった。
「じゃあ、行きますね」
足を止めて振り返る。
「これ、預かってくれますか」
「これは......」
「家の鍵。約束、帰ってきたら一番最初にあなたに会いにいきます」
荷物から取り出した自宅の鍵を、
「......わかりました。預かります」
「それじゃあ、行ってきます」
「はいっ、行ってらっしゃいませっ」
受け取った鍵を、胸の前で大事そうに握りしめる
手続きを済ませ、国際線の飛行機に搭乗。目的地のLAまで約8時間のフライト。俺は、約1年と半年振りに遠くアメリカの大地へ向かう。
後ろの席に乗客が居ないことを確認して、リクライニングを倒し、窓の外を見る。遠くに
お互い手は振らない。
その代わり俺は、心の中で、“すぐに帰ってきます”と彼女に伝えた。