Charlotte ~時を超える想い~   作:ナナシの新人

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Episode20 ~鍵~

「本気ッ!?」

 

 清潔さを感じさせる白を基調にした研究室の一画。テーブルを挟んで向き合い、ソファーに座っている俺より少し年上の白衣姿の青年は、テーブルに両手をついて、勢いよく立ち上がった。

 

「ああ、うまく取り入って協力を得られれば、この研究も一気に進む。うまくいけば全てに片が付く。賭けるだけの価値は十分にあるさ」

 

 ガラステーブルに置かれた、小さな小瓶に目を落とす。

 

「ダメだ、あまりにも危険すぎる! 前回だって――」

「心配するな。ダメだったとしても、またやり直せばいいだけのことだろ」

「だけど、次も戻って来られる保証はどこにもないんだ。もし、戻れなかったら――」

 

 唇を噛み締め、思い詰めた表情(かお)を見せる。本気で心配してくれている、それは痛いほど伝わってくる。けど、俺の覚悟に変わりはない。

 ――いや、違う。覚悟だなんて、そんなたいそれたモノじゃない。義務だとか、正義感だとか、そういった類いの心情からくるものじゃなく。ただ俺自身が、研究とか、実験とか、もうどうでもよくなりつついた。だから――。

 

「その時は、潔く終わるよ」

 

 それにもし、失敗しても大丈夫。目の前に居るのは、誰もが認める本物の天才。俺が居なくても、きっと辿り着く。俺たちが目指している、“全ての救済”。その場所まで、必ず辿り着いてくれる。

 

「俺は、ここで終わってもいい......」

 

 ――時に縛られるのは、もう疲れた。

 

 

           * * *

 

 

 すぐ近くで、誰か声が聞こえる。優しい声、心地いい声、その呼ばれる声と、軽く体が揺さぶられる感覚で目が覚めた。まだ少し重いまぶたを開けて、顔を横に向けると、奈緒(なお)が座っていた。

 

「あ、起きたみたいっすね」

「交代の時間ですか?」

「はい」

 

 隣では高城(たかじょう)が、乙坂(おとさか)を起こしていた。夜もふけた就寝前のこと、能力者に対して4時間ごとに交代で監視をすることが決まった。最初は奈緒(なお)黒羽(くろばね)が、見張ることになった。

 

「大丈夫ですか? 少しうなされてようですが」

「大丈夫ですよ。少し寝苦しかっただけなので」

「そうっすか? では、お願いします」

 

 奈緒(なお)と話をしている間に、乙坂(おとさか)も起きたようだ。俺たちはテントを出て、テント前の簡易ベンチに座り、頭のうしろで手を組んで暇そうに夜空を眺めている黒羽(くろばね)、姉の美砂(みさ)に交代を告げる。

 

「どうしました? 考えごとですか」

 

 見張りの最中どこか上の空だった乙坂(おとさか)に、高城(たかじょう)が訊ねた。

 

「あ、いや、少し変わった夢を見ていたんだ」

 

 少し変わった夢を見ていた。その言葉に、高城(たかじょう)は続けて訊く。

 

「変わった夢ですか? どんな夢だったんですか?」

「ん? なんだか、懐かしい夢。僕と歩未(あゆみ)が一緒に歩いていて、隣にもう一人いたんだ。兄妹は、僕たちふたりだけなのに」

 

 二人兄妹という話に少し引っかかったが、高城(たかじょう)はそうでもないらしい。

 

「確かに、少し変わってますね。そういえば、宮瀬さんもうなされていたようですが」

「アメリカにいた頃の夢を、少し」

「そう言えばお前、アメリカで何をしてたんだ?」

「大学に通っていただけですよ」

「それでうなされるとは、どんな激動の日々を送ってたんですか?」

「レポートと実験に追われる日々ですね」

「それは、激動だな」

 

 他愛のない話をしていると、いつの間にか朝日が登り朝を迎えた。結局昼になっても、“空中浮遊"能力者は姿を見せなかった。昼食を調達するため、近くを流れる川で釣りをすることに。

 

「うぉ~っ! ニジマスだーっ! ニジマス釣れたー!」

「くっそ、なかなかやるじゃねーかっ。それよりデカイの釣ってやる! マス来い、マスっ!」

「私も負けませんよ!」

 

 奈緒(なお)が見事、大きなニジマスを釣り上げる。それを見た美砂(みさ)高城(たかじょう)は対抗意識を燃やし、乙坂(おとさか)は若干呆れ顔でタメ息をつく。

 

「朝っぱらから元気だな」

「はは、そうですね」

 

 マイペースで釣りを楽しんでいると、川のせせらぎの中に紛れて、ガサッと茂みの奥の方から物音が聞こえた。隣の奈緒(なお)の視線も俺と同じ方へ向いた。どうやら、彼女も気がついたみたいだ。直後。

 

「よしっ! また釣れた!」

 

 奈緒(なお)は、二匹目のニジマスを釣り上げた。人数分の魚を確保出来たところで、河原で石を組み、集めた枯れ草などで焚き火を作り、釣った魚を塩焼きにする。

 

「う~んっ、ニジマスもおいしいな~」

「ゆさりんさん、これいい感じに焼けましたっ」

「ゆさりんじゃねぇよ! でもまあ、柚咲(ゆさ)に譲るか......あれ?」

 

 美砂(みさ)から黒羽(くろばね)に意識が戻ったところで、高城(たかじょう)は片膝をつき、まるで女王にでも献上するかのように焼き上がったニジマスを彼女の目の前へ持っていった。

 

「これ、わたしがいただいていいんですかー?」

「もちろんです!」

 

 黒羽(くろばね)は、受け取ったニジマスを口に運ぶ。

 

「わぁ~、すごくおいし~いっ」

「こういうのも、たまにはいいっしょ?」

「はいっ」

 

 何やら乙坂(おとさか)が、疑念の視線を奈緒(なお)に向けているような気がしたが、彼女の方はまったく気にするそぶりは見せなかった。

 日が暮れ始めた頃、黒羽(くろばね)が手を上げて奈緒(なお)に質問をした。

 

「あの~、今日も泊まりですか?」

「はい、なにか問題でも?」

「えっと、お風呂に入りたいなぁ~って......」

「大丈夫です、用意してあります。どうぞこちらに」

「え、えっ?」

 

 黒羽(くろばね)を用意してあるという風呂に連れて行き、しばらくしてから戻ってきた奈緒(なお)に、乙坂(おとさか)が訊く。

 

「風呂が用意してあるって、本当なのか?」

「お風呂は、女性専用です」

「はぁ!?」

「男子は、川で体を拭いてください」

 

 風呂に入れないことがよほどショックなのか、高城(たかじょう)は頭を抱えてしまった。

 

「ああぁーッ!? ゆさりんが入った後のお湯に入れないなんてーッ!」

 

 突然頭を振り回し、発狂。それを見た奈緒(なお)は間髪入れずに、「ひくなっ!!」と突っ込みを入れる。ほんとぶれないな。ここまで一途でいられるのは、ある意味で尊敬に値する。

 

「ボディーシートなら持って来てますよ」

「ありがたい。けど、足だけでも浸かってくる」

「そうですね、行きましょう」

 

 真新しいタオルを手に川の浅瀬に足を流しに行く二人に俺は、「先に行っていてください」と伝えて。大きめの石に座って川を眺めている奈緒(なお)に話しかけた。

 

友利(ともり)さん、少しいいですか?」

「はい、なんでしょう?」

 

 浅瀬で顔を洗っている二人から少し離れ、一希(かずき)さんの現在を知ってからずっと考えていたことを、彼女に告げた。

 

「一度、アメリカへ戻ろうと思っています」

「なぜですか?」

 

 奈緒(なお)の顔つきが変わる。

 

「向こうに、例の物の手がかりになる物があります」

「それは、なんですか?」

「特殊能力の研究記録。それと、特殊能力者と、保有する能力が記載されたデータ」

「それは、すごいですね。それで、いつ立つんですか?」

「明日の夜。深夜の便で、LAへ立つ予定です」

「明日って。まだ、能力者見つかってないっすよ?」

友利(ともり)さんも、気づいていたでしょ。明日には、しびれを切らして姿を現しますよ」

「そう、ですね」

 

 俺と向き合っていた奈緒(なお)は、川に顔を向ける。ただ俺がそう感じただけで、本当ところはわからないけど、月明かりに照らされた奈緒(なお)の横顔が、ほんの少しだけ寂しそうに見えた。

 

「そんな表情(かお)しないでください。すぐに戻ってきますよ」

 

 川のせせらぎ中「はい」と小さな返事が聞こえた気がした。

 

           * * *

 

「それでは今日も、昨日と同じローテーションで監視しましょう」

「待て。明日で、もう三日目だぞ? いったん仕切り直した方がいいんじゃないか......?」

 

 馴れない野外でのキャンプ生活、いつ現れるかもわからない能力者(ターゲット)を待ち続けるのは正直辛いものがある。家に帰りたくなる乙坂(おとさか)の気持ちは理解出来る。それはもちろん、奈緒(なお)も同じで。

 

「能力者が、ここへ来ることは間違いありません。それにあたしたち生徒会は、何日授業をサボったところで内申に影響はありません。前にも言ったっしょ」

「――だとしてもだっ! さすがに家に帰りたい、妹がいるんだっ」

「そんなこと知ってますよ」

「じゃあ朝には戻ってくるから様子を見に帰らせてくれ」

「ダメです」

 

 ぴしゃりと強い口調で拒否。

 

「ひとりにそれを許したら、みんなそう言います。みんな、あなたと同じ気持ちです。ですが今は、我慢してください。能力者を守るために――」

 

 その言葉に乙坂(おとさか)は顔を伏せ、高城(たかじょう)黒羽(くろばね)は顔を見合せる。

 

「それに大丈夫だと思いますよ。おそらく明日中に決着はつきます」

 

 結局、この夜も能力者は姿を現さなかった。

 そして翌日、美砂(みさ)の能力で火を入れたコンロの網でとうもろこしを焼く。

 

「また焼きとうもろこしかよ......」

 

 飽きた、と言わんばかりに乙坂(おとさか)は呟いた。

 

「あのー、あなたたちは、ここで何をしているんでしょう?」

 

 乙坂(おとさか)じゃない、聞き覚えのない声が聞こえた。声が聞こえた方を見る。テントの後方の森の中から、同世代くらいの青いバンダナを頭に巻いた少年が姿を見せた。おそらく彼が探していた、“空中浮遊"の能力者。彼には聞こえないように小声で、奈緒(なお)に話しかける。

 

「予測通り現れてくれましたね」

「はい」

 

 俺に返事をした後、奈緒(なお)はバンダナの少年に話しかけた。

 

「いや~、みんな、家出中なんですよー。理由は様々ですが、意気投合しちゃいまして。はっはっは~」

 

 実にわざとらしい。けど、バンダナの彼は狙い通りの反応を見せた。あからさまに不快な態度。

 

「それは、まだここに居続ける......ということでしょうか?」

「はい、ず~っといるつもりです。ここならバレませんから。絶対に」

「でも、僕にバレてしまいましたね。親御さんも心配されるでしょう?」

 

 バンダナの少年は俺たちに向かってそう告げると、スマホを取り出し操作し始めた。

 

「あ、警察に通報したら、あなたも一緒に連行されてしまいますよ?」

「えっ、どうして......?」

「だってここ、私有地っすから」

「えっ!?」

 

 奈緒(なお)の言葉になぜか他の三人も驚いた。どうやら気づいて無かったらしい。山の入口にあった、ここが私有地あることが記された看板の存在に気づいていなかったようだ。

 

「あとこれ、あなたですよね?」

 

 三人の反応を気にすることなく雑誌を取り出し問い詰める。

 

「......なんですか、それは?」

「あなたが、空を飛ぶ練習をしている所を撮影したスクープ記事です」

「空を飛ぶって......」

「普通に入れる山だと人目につきやすい。ここは都心からこれなくない距離にあって、あなたにとって好都合な山だった。けど私たちが居ついていっこうにに帰る気配がない。だから、じれたあなたは姿を現した。あたしたちを追い払い、また飛ぶ練習をするために」

「――生身の人間が空を飛べるわけないだろ! そんな超能力を使えるワケがない! 頭おかしいんじゃないか!」

 

 ――釣れた、と奈緒(なお)は小さく笑みを浮かべた。

 

「あれー? あたしー、超能力だなんてひとこと言ってませんよー? てっきりフライングスーツでも着てるのかと。まさかあなた、空を飛べる能力を使えるんですかー?」

「......ッ!?」

 

 奈緒(なお)の問い詰めにしまったと顔を逸らした。あからさまに焦った態度を見せて声を荒げる。

 

「つ、使える訳ないだろ! 警察には通報しておく。補導されたくなかったらさっさと帰るんだな!」

 

 捨て台詞を吐き、踵を返し急いで森へ入ろうとする。

 

「こんな山奥までひとりで来たあなたも十分おかしいと思いますが?」

「く、栗を拾いに来たんだよっ」

 

 言い逃れをしようとする少年に、俺は追い詰めるように言う。

 

「今は夏。栗の季節ではありませんよ」

「くっ......!」

 

 俺に続き、奈緒(なお)がビデオカメラを見せながらとどめを指す。

 

「それに~、あなたがこの時間にいる証拠、これで撮っちゃんですけどぉ~?」

「――厄介なことを! 寄越せっ! そいつは消すっ!」

 

 二メートル程の崖から飛び降り着地、同時に彼の姿が消えた。直後、「うわぁーっ!?」と姿を消した少年が悲鳴を上げた。

 

「イエッス!」

 

 奈緒(なお)は、してやったりとガッツポーズ。どうやら彼女の罠を仕掛けていたらしい。

 

「あの位置って......まさか、あの古井戸を落とし穴にしたのか!?」

「井戸があったんですか?」

「はい。テントを張るさいに、乙坂(おとさか)さんが片足を落としたんですが」

 

 高城(たかじょう)が簡単に経緯を教えてくれた。なるほど、それをトラップに利用したのか。

 

「しかし、我々にも知らされていないトラップとは。悪魔のような人だ......!」

 

 この落とし穴は誰にも知らされていなかったみたいだった。敵を騙すには味方から、とはよくいうがまさにそれ。だがすぐに井戸の底から人影が飛び出してくる。飛び出して来たのはもちろん、あの青いバンダナの少年。これで確定した。彼が“空中浮遊"の能力者だ。

 

「そりゃ底知れぬ穴に落ちたら、能力使って飛びますよね~。おかげで、すごいスクープ映像が撮れちゃいましたっ。ネットに上げちゃおっかな~?」

「くそが......それを寄越せ!!」

 

 憤怒の表情で、奈緒(なお)に襲いかかる。彼女と能力者とでビデオカメラをめぐって取っ組み合いになった。

 

「乙坂さん、乗り移ってくださいっ。瞬間移動で倒しますっ!」

「アレ、痛いからヤなんだがっ?」

 

 乙坂(おとさか)が躊躇している間に能力者がビデオカメラを奪い取った。

 

「あっ、くそっ!」

「貰ったっ!」

 

 すぐさま能力を使い上空高く舞い上がる。

 ――これが、“空中浮遊”。ただ上空へ舞い上がる能力じゃない。鍛練を重ねれば、ほぼ完全に制御が可能な能力。かなりレアな部類の能力だ。

 とりあえず能力全容は把握出来た。遮るものがない今なら、まだ射程圏内、「使いますか?」と目で合図を送る。奈緒(なお)は、「ちょっと待ってください」と小さく首を横に振った。

 

「......やるしかないのかっ!」

 

 遥か上空に飛び立つ能力者を見て、乙坂(おとさか)が覚悟を決めた。上空へ舞い上がる能力者へ“略奪"を使い乗り移る。同時に意識を失うしない倒れ込んだ。“略奪"を使うと、ここまで完全に無防備になるのか。

 っと、感心している場合じゃない。能力者に乗り移った乙坂(おとさか)が落下してくる。奈緒(なお)が、落下地点に向け走り出した。俺も後に続いて落下地点へ走る 。落下地点に向かう最中、乙坂(おとさか)が能力を制御し、空中で急停止、森の中へと落ちた。

 

「うっ、いったい、どうなってるんだ......?」

 

 擦り傷だらけの能力者が倒れている。どうやら意識を取り戻したようだ。

 

「よくて打撲ってとこか。骨折はしてなさそうですね、結果オーライです。ビデオカメラも無事ですし。よかったですね、助かって」

「お前らはいったい、何者なんだよ......?」

「みんな、あなたと同じ特殊能力者ですよ」

「――えっ!?」

 

 キズだらけの能力者は、奈緒(なお)の発言に驚愕し言葉を失う。その間に、他の三人も到着した。

 

「この能力は、思春期を過ぎると使えなくなります。でも能力を知られたら科学者たちのモルモットになります。それは嫌ですよね?」

「............」

 

 信じられない、と言ったようすで顔を背けて黙りこんだ。無理もない、これが普通の反応だ。

 

美砂(みさ)さん、お願いします」

「おらよ」

 

 頼まれた美砂(みさ)は、俺の時と同様に右手の手のひらから深紅に光る鮮やかな炎を発生させた。

 

「――なっ!? そ、そうか......」

 

 それを見て、ようやく納得したようだ。

 空中浮遊の特殊能力者は、傷付いた身体を起こし、木を背もたれにして、空を仰ぎ見る。そして語りだした。

 

「僕にだけに与えられた特別な力じゃなかったのか......。いつかこの力で自由に空を飛べるようになったら『スカイハイ斉藤(さいとう)』の名で、ハリウッドスターになろうと夢見てたのにな」

 

 奈緒(なお)はスカイハイ斉藤(さいとう)を名乗った少年に視線を合わせるようにしゃがみ、彼の説得を試みる。

 

「その気持ちも分かりますが、あなた自身のためにも今後その能力は使わないでください。もし、飛んでいる途中に能力が消えたら......」

「そうだな......わかった。もう使わない」

 

 悲しそうな表情(かお)で諭す奈緒(なお)に、彼は能力を使わない約束をした。説得は無事上手くいった。「やれやれ、無事に終わりましたね」と、眼鏡を直すしぐさをする高城(たかじょう)。「長かったなー!」と、頭の後ろで手を組む美砂(みさ)。「まったくだ」と泥だらけの顔で空を見上げた乙坂(おとさか)。ようやく問題が解決したことで、三人とも肩を荷が降りたのか緊張感が解けたみたいだ。

 テントに戻り、素早く荷物を片付けて下山。自転車で帰宅する斉藤(さいとう)を見送る。

 

「三日間、おつかれさまでした」

「まったくだ。早く帰ってゆっくりしたい」

 

 と言った、乙坂(おとさか)の腹の虫が鳴く。

 

「そう言えば、食べ損ねてしまいましたね。どこかで食事でもいかがですか? 今日は私が、ご馳走します。先日のライブのお礼も兼ねて」

「えっ、ごちそうになっていいんですか?」

「もちろんです!」

「そうだな、そうしよう」

 

 出国時刻まで時間はまだ余裕はある、俺もうなづく。

 

「それなら近くにいいところあるんで、そこへ行きましょー」

 

 タクシーに乗って数分後、奈緒(なお)が運転手に伝えて辿り着いた場所は、山間のスーパー銭湯。地下から汲み上げられた天然温泉の湯船に浸かって、三日間の張り込み生活の疲れを癒す。

 

「お前たち、着痩せするタイプだったんだな」

 

 同じ湯船に浸かる乙坂(おとさか)が、俺と高城(たかじょう)に向けて言った。他の利用客が居ないこともあってか、高城(たかじょう)は疑問に答えた。

 

「私の能力上、身体を鍛えるしかなかったんです。制服の下にプロテクターを装備しているとは言え、やはりケガをしない肉体改造が必要でしたから!」

 

 鍛え上げた二の腕を見せつけるようにポーズをとって見せる高城(たかじょう)

 

「ふーん、能力を使いこなすために努力してるんだな」

「とまあ、私はそう言った理由です。宮瀬(みやせ)さんは、なぜ、鍛えていらっしゃるのですか?」

 

 話を振られた。ただ単に筋トレが趣味とごまかしてもよかったのだが、この場の和やかな雰囲気も相まって、少し真面目に答えた。

 

「能力に頼りすぎないため、と言ったところですかね」

「なるほど、興味深い答えですね」

「どういうことだよ?」

「以前申し上げた通り我々の力は、いずれ消滅します。そうなれば普通の人間に戻る訳ですから。つまるところ能力を失ったあとのことを考えた場合、便利である能力に頼りすぎない方がいい、と言う宮瀬(みやせ)さんの判断は賢明かと」

「そういうものか」

「まあ、そんなところですね。では、お先に」

 

 これから露天風呂へ行く二人より一足先に浴場を出た俺は、脱衣場に備え付けのドライヤーで髪を乾かしながら、米国(むこう)の友人にされた忠告を思い出していた。「能力に頼りすぎると、いずれ痛い思いをすることになる」。対処に遅れて、左手に負った火傷が、まさにその言葉を物語っていた。

 着替えを済ませ、出入り口ののれんを潜り抜けたところで、湯上がりの女子二人とばったり出くわした。

 

「銭湯って言えば、やっぱりコレっすね」

「ですねーっ」

 

 冷えた牛乳瓶を片手に、施設内の休憩スペースで、乙坂(おとさか)たちが出てくるのを待つ。美味しそうに牛乳を飲んでいる二人は、湯上がりと言うこともあってか、いつも結んでいる髪を下ろしている。下ろしたところを初めて見るわけではないけど、やっぱり少し新鮮で、それでいてちょっとだけ不思議に思ったりする。

 しばらくして男湯の暖簾から出てきた二人も合流し、休憩スペース隣の食事処でちょっと早い昼食を食べることになった。ざる蕎麦を食べる高城(たかじょう)に、降霊した美砂(みさ)が食って掛かったりと賑やかな食事だった。

 食後再びタクシーに乗り、最寄りの駅へ。星ノ海学園方面行きの電車に乗り換える。いくつかの路線星ノ海学園の最寄り駅に着いたところで、奈緒(なお)が提案した。

 

「それでは今日は、ここで解散にしましょう。荷物などは、あたしが処理しておきますので」

「そうですか、もう授業も終わる頃ですし。少しゆっくりしたいです」

「わたしも、ちょっとつかれました~......」

「僕も、そうする。歩未(あゆみ)が心配だ」

「はい、おつかれさまでした。お気をつけて」

 

 と言う訳で解散、併設のマンションへと帰って行く三人を見送る。三人と一緒に帰らなかった奈緒(なお)は、スマホでどこかに連絡を入れると、俺と向き合って言った。

 

「では、あたしたちも行きましょう」

「どちらへ?」

「あなたの家に決まってるっしょ。荷造り手伝います。あ、荷物やゴミはすぐに処理が来ますので、ここに置いていって問題ありません」

 

 逸らさず、まっすぐ見つめられる。

 どうやら、俺にはうなづく以外の選択肢はないようだ。

 

「......お願いします」

「はい、行きましょう」

 

 奈緒(なお)と一緒に六本木の自宅へ帰る。

 

「タオルにトラベルセット。あっ、下着いれましたか?」

「はい、入れましたよ」

 

 滞在予定は、1週間。正直荷造りもそこまで大変ではない。実はもう、荷造りは終わっている。だから、今しているのはただの確認作業だったりする。

 

「よっし、これで全部っすね。出立は、0時の便でしたよね」

「はい、そうです」

「あと7時間くらいかー。少し早いですけど夕食にしましょう」

 

 そう言って奈緒(なお)は、自宅に来る前に買った食材の入った買い物袋を持って台所に立つと、手際よく料理を始めた。

 その後ろ姿を見ながら、パソコンの電源を入れる。届いているメール確認し、いつも通り売買報告書に目を通す。この作業も、今日でしばらくやり納めだ。すべてのメールに目を通し終えた時、「出来ましたー、さぁ、食べましょう」と、彼女の声が聞こえた。パソコンの電源を落とし、ダイニングに行く。ダイニングテーブルの上には、見事な和食料理が並んでいた。

 

「スゴいですね」

「しばらく食べられないと思いまして」

 

 いろいろ気を効かせてくれたみたいだ。

 

「ありがとうございます。いただきますね」

「はい、どうぞ~」

 

 肉じゃがに箸を伸ばし口に運ぶ。

 

「............」

「口に合いませんでしたか?」

 

 黙っていた俺に、奈緒(なお)は少し不安そうな表情(かお)を見せる。

 

「あ、いえ......すごく、おいしいです。本当に」

「よかったっす」

 

 白い歯がこぼれ笑顔を見せてくれた。彼女の肉じゃがは、どこか懐かしく優しい味がした。

 

「でも、こんな短時間でよく作れましたね」

「それは~、あれを使いましたっ」

 

 奈緒(なお)が指差した方向を見る--なるほど、納得。そこにあったのは圧力鍋だった。確かにあれなら短時間で火が通る。初めてご馳走してもらった料理といい、弁当といい、どうやら彼女は料理が得意みたいだ。洗い物を終え、時刻は19時を回った。自宅を出るまであと2時間弱。食後のお茶を飲みながら時間が許す限り話をした。

 

「それで今度、“ZHIEND”の日本ライブがあるんすよっ。運良くチケットも当たったんですよ!」

「そうなんですか、よかったですね。ぜひ楽しんでください」

「はい、当然っす! ライブ会場限定グッズもあるんで絶対ゲットしないと......!」

 

 そんな話をして気がつくと、時計は20時50分を指していた。

 

「そろそろ、空港へ行きますね」

「あたしも見送りに行きます」

「いや、でも......」

 

 見送りに来てくれると言ってくれるのは、純粋に嬉しい。けどその反面、併設マンションに戻るのは午前2時を過ぎるだろう。さすがに、それは――。

 

「ダメっすか?」

 

 こんな顔をされて、断れる訳がない。

 

「わかりました。一緒に行きましょう」

 

 タクシーに乗り約30分程で、羽田空港に到着。発着ロビーのベンチに座り、ほとんど会話をすることもなく、搭乗手続きの時間が来てしまった。

 

「じゃあ、行きますね」

 

 足を止めて振り返る。奈緒(なお)の元へ戻り、彼女を見つめる。奈緒(なお)も、同じように見つめ返してくれた。まるで時間が止まったかのように一瞬周囲の雑音が消えた。

 

「これ、預かってくれますか」

「これは......」

「家の鍵。約束、帰ってきたら一番最初にあなたに会いにいきます」

 

 荷物から取り出した自宅の鍵を、奈緒(なお)に差し出す。

 

「......わかりました。預かります」

「それじゃあ、行ってきます」

「はいっ、行ってらっしゃいませっ」

 

 受け取った鍵を、胸の前で大事そうに握りしめる奈緒(なお)は、まっすぐな眼差しで見送ってくれた。

 手続きを済ませ、国際線の飛行機に搭乗。目的地のLAまで約8時間のフライト。俺は、約1年と半年振りに遠くアメリカの大地へ向かう。

 後ろの席に乗客が居ないことを確認して、リクライニングを倒し、窓の外を見る。遠くに奈緒(なお)の姿を見つけた。

 お互い手は振らない。

 その代わり俺は、心の中で、“すぐに帰ってきます”と彼女に伝えた。

 

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