部屋の明かりをつけて、あたしは、まるで糸が切れた操り人形のようにベットへと倒れ込んだ。三日ぶりに触れる、固くないふかふかなの布団の感触がとても心地いい。
「はぁ......」
枕もとの目覚まし時計のデジタル表示はもう、午前2時過ぎを示している。さすがに疲れました。きっと今、目を閉じれば、このまま自然と眠ってしまえるだろう。でも、制服のまま寝るわけにいきません。閉じそうになっていたまぶたを開いて、ベットから体を起こす。パジャマに着替えるだけでよかったんですが、シャワーも浴びることにしました。スーパー銭湯でお風呂には入りましたけど、また少し汗をかきましたし。汗を流した方が、きっとスッキリ寝付けると思ったからです。
クローゼットから替えの下着とパジャマを用意して、制服のリボンをほどき、上着と一緒にハンガーにかける。スカートのファスナーを下ろす前に、ポケットのスマホとサイフを、ビデオカメラと一緒に机の上に置いておく。
その時、不意にポケットの中で別の物が手に触れた。それがなにかは見なくてもわかる。あの人が、旅立つ前に預けてくれた大切な
――なんすかね、これ......嬉しいような、寂しいような、とっても複雑な感情の揺らぎ。これが、思春期というものなのでしょうか。いやいや、あり得ないっしょ。だって、もう誰も信じないって決めたあたしが、こんなにも気持ちを掻き乱されるだなんて、そんなこと......。
「――はぁ......よし、シャワー浴びよっと」
こんなことを考えるのは、きっと疲れているからに決まっています。こう言うときは、なにも考えずに眠って、気持ちを切り替えるのが一番。と言うことで、シャワーを浴びるためスカートを脱いで、お風呂場へと向かった。
そしてお風呂上がり、明かりを消して真っ暗な部屋のベット上で改めて横になっている。でも、体は確実に疲れているにも関わらず、あたしはなかなか寝付けないでいた。考えないようするというのは、言い換えれば考えるのと同じことで......。
あたしの頭の中は今、いろいろな複雑な想いがぐるぐると渦巻いていた。
「う~ん......」
ダメだ、眠れない。大きなタメ息をついて、枕もとの充電中のスマホを手に取る。時間は既に丑三つ時を回っていていた。
飛行機が離陸してから三時間、今どの辺りを――って、こんなことばかり考えるから寝られないんすよ。あ、そうだ。別のことに集中すればいいんだ。
「ひさしぶりに撮りますか」
体を起こして、カーテンを開ける。柔らかな月の光が室内を照らす。月明かりを頼りに、机に置いたビデオカメラを手にベットに戻り、カメラの録音機能を使って、恒例の日記をつけることした。
「生徒会活動日誌~っ。えっと、今回は――」
撮り損ねた日から、今日までに起きた出来事を順番に記録していく。そんなことをしている間に、いつしか自然と眠りに着いていた。
* * *
朝、数日ぶりに星ノ海学園へ登校。今日からまた授業を受ける日常に戻る。ただ、授業の内容は、月末の期末試験に向けてのものに変わっていて。上からはまだなんの指示もありませんが、また勉強会を開かないといけないのかなーっと思っていた矢先、午前の授業が終わり昼休みに入るのとほぼ同時にスマホが振動した。着信は、メールの受信。内容は、「今、向かっている」とひとことだけ書かれている。協力者、
「生徒会室へ行きます。準備してください」
「あ、はい、わかりましたー」
お弁当を広げるところだった隣の席の
「協力者が現れます」
「了解しました。生徒会室へ行きましょう」
「ハァ、またかよ」
三人を引き連れ、生徒会室で
「どうしたんでしょうね?」
「ただの病欠じゃないのか?」
「でもでも、昨日は元気そうに見えましたよ」
――ん? みんなは知らないんだ。あれ、今ちょっとだけ......。
「もしかして、急な発熱でしょうか?」
「ありえますね。夏風邪はやっかいと言いますし、訊いてみましょう」
病気じゃないかと心配する
時差を計算すると今、向こうは夜。この時間の連絡は迷惑になりかねません。なので、
「ご心配なく、病欠ではありません。
生徒会室が、しんと静まり返る。
沈黙を破ったのは、
「はぁー!? アメリカ!?」
「はわわっ」
「な、なんと。いつですか!?」
「今日の深夜です。0時過ぎの便で立ちました」
みんな驚きを隠せないご様子。寝耳に水ってやつですね。
「0時ってことは、下山したその日に行ったのか......って、
「本人から聞きました」
「なぜ、我々には教えてくれなかったんですか?」
「話す機会がなかっただけです、急遽決まった話だったそうで」
と言うか、てっきり本人から聞いているものだと。
「それで、何しに行ったんだ?」
「大学に用事があるみたいですよ。一週間後には帰ってきます」
渡米の目的は特殊能力に関する資料とはいえ、彼の事情を知らない三人には話せる内容ではないので、伏せておくべき事案。
「あの~、
「なんですか?」
「何ですか? ジロジロと」
「いえいえ、何でもありませんよ~。えへへ~」
また、この間と同じニコニコ顔。いったい何なんですか、この屈託のない笑顔は。
「能力は――“崩壊"」
テーブルの地図上に濡れた指先から一滴の水を落とし、それだけを告げると、生徒会室を出ていった。
「“崩壊"か、どんな能力なんだ?」
生徒会長の椅子から立ち上がって、テーブルへ向かいながら話す。
「さあ。言葉からして狙ったものを壊せるとか、そんなあたりでしょう。しっかし......」
――破壊じゃなくて、崩壊というところがちょっと気になりますね。どちらにせよ、名称からして危険な能力であることは間違いなさそうですが。
「おや。ここは、併設の我々のマンションですね」
「なんだ、能力者がいて当然じゃないか」
「そうでしょうか。今、この時間にマンションにいるんですよ。不思議に思いませんか?」
「何が?」
「大人は特殊能力者に成り得ません。思春期にしか発生しませんので」
「あ、そうか......」
まったく、どうでもいい悪知恵は働くのに。こういうところは疎いですね。
「ということは、今マンションにいる生徒さんですね」
「はい、正解。風邪でも引いて欠席してるとかでしょう」
「やったー、ゆさりん、
「やりましたね、ゆさりん!」
ハイタッチを交わす二人のすぐ横に立つ、
「どうしました? ただならぬ動揺のしかたですね。話してみてください」
「......妹が、熱を出して家で寝てる」
「
「やっぱり、兄妹だと両方発症することが多いのかも......ですね」
「はい?」
「ま、あたしたちは科学者ではないので詳しいことはわかりません。お見舞いも兼ねて、
「ちょっと待て。全員で来る気か? 相手は病人だぞ」
「それもそうですね。じゃあ、あたしだけいきますか」
「ああ、そうして――」
言いかけた
「
「......はあ?」
「だから、プリンっすよ、プリン。お見舞いは必要っしょ?」
「そりゃあ好きだと思うけど......」
よし、ひとまず気を逸らすことには成功。次は、と。
「そうですか。では
スマホの地図アプリを見せながら、都心に看板を掲げる有名店を指定する。
「了解いたしました。では、さっそく――」
「あ、瞬間移動は禁止。ここのお店のプリンは、とても柔らかくなめらかな食感で有名なので慎重に運んでください」
「な、なんと......! 了解しました。では行ってまいります」
瞬間移動の使用を制限された
「これで満足ですか?」
「えっ!?」
この反応は間違いなかったみたいですね。本来の能力を知らないとはいえ、
「さて。では、あたしたちも行きましょう。
「はい、わかりました!」
コンビニに入ると、
「あ、これもお願いしまーす」
「なぜ、なめ茸......?」
会計の途中に「なめ茸」の瓶をみっつ置くと、いぶかしげな顔をされた。
「だって、なめ茸最強じゃないっすか! 白いご飯にはもちろん、お粥との相性も抜群なんすよっ!」
「それ、ただの好物だろ」
「いいじゃないっすか、おいしいんだから。あ、ここの会計はあたしが出しますので」
「......いいけど、なんか悪いな」
「いえ、問題ないっす。お見舞いとでも思っていただければ」
「妹は、お前の相当なファンだ。自分の部屋の壁にデカイポスターを何枚も貼ってる」
「それはますます会うのが楽しみですっ!」
「だが!」
テンションが上がった
「じゃあ、ここでちょっと待っていてくれ」と言って、
「あのー、
「何ですか?」
「告白したんですか? されたんですか?」
「はあ?」
まったく予想だにしていなかった質問に、あたしは間の抜けた返事をしてしまった。そんなあたしを見て、
「あれ? 付き合ってるんですよね?」
「誰と誰がですか?」
主語が抜けているので、いまいち話の概要を掴めない。
「
「いえ、付き合ってません」
答えると同時に、無意識に
「えっ、そうなんですかーっ?」
「はい、って何でそんな話になってんすか!?」
顔を上げて、
「え~と、いろいろ噂になってて......」
「噂? いったいどんな噂っすかっ?」
たじろぎながら、辿々しく話し出した。
「手作りのお弁当を持って、二人で生徒会室に......」
――ああそっか、あれで勘違いされたんだ。迂闊でしたね。
「あれは、ただのお礼です。前日に晩ご飯をご馳走していただいたそのお礼。あなたもありました。ま、早退したので持ち帰っていましたけど」
「そうなんですか?」
「はい、そうなんです」
この話はこれでおしまい、と思ったら――。
「でも、好きですよね。
「......なんすか。それ......」
楽しそうに笑ってるって、あたしだって笑うくらい普通に。それに好きって......恋とか、そういう類いの感情のことでしょうか? あたしが、恋......? ああもうダメっすっ。また夜みたいに、いろんな
「あっ、お邪魔してすみませんっ」
葛藤していたところへ、
「大丈夫ですよ」
それに、あたしにとっては頭を切り替えられるいいきっかけになった。
「みんな、
あたしは両膝に手を添えて、会釈をした女の子に視線を合わせて訊ねる。
「はい、友だちですっ。お見舞いを兼ねてプリントを持ってきた所存でありますっ」
「そっか~」
「お姉さま方も、あゆっちのお知り合いですか?」
「うん、友だちですよー。お見舞いに来たんです」
女の子と話していると、また玄関が開いた。今度は、白いヘアバンドをつけた女の子。その子は黙ったまま会釈をして、この場を離れて行く。
「
「あ、だから痛いって! 待ってっ」
女の子は出てきた時と同じように、男子を引っ張って先に行った
「なんだったんでしょう?」
「さぁ、とにかくお邪魔しましょう」
あたしは、
* * *
「悪夢の内容を聞き出してください。“崩壊"の手がかりに繋がるかもしれません」
「待て。
「だからこそです。わからないから探ってほしいんですよ。それに――」
ずっと引っ掛かっていた「破壊」ではなく、「崩壊」というワード。
「崩壊......危険な能力の気がしてなりません」
もしかしたら、あたし同じ不安を感じていたのかもしれません。
「ですので聞き出してください。
「......わかった。それとなく聞き出してみる」
「はい。あ、それから、もし熱が下がっていたとしても明日は休ませてください、念のために。現状では、情報量が少なすぎます」
「わかってる。そもそも最初から休ませるつもりだ」
さすがシスコンっすね、過保護と言うか。
自分の部屋に帰る途中、マンションの通路で
「おつかれっす」
「本当に疲れました、まさかあれほどの行列とは......。それで、お見舞いの方は?」
「もう済みました。能力者になったかどうかまではまだ不確定。一応、
「そうですか。これは、どうしましょう?」
プリンの箱を持ち上げて見せた。て言うか買えたんすね。
「ご自由にどうぞ。領収書」
「こちらです。こちらは明日、みんなでいただくことにしましょう。ではまた」
「はい、おつかれさまでした」
領収書を受け取り、お互い自宅へ帰る。
シャワーを浴びてパジャマに着替えたあたしは、昨夜と同じようにベットにの転がった。まくら元で充電中のスマホを手に取る。着信もメールも届いていない。どうしてでしょうか、少しだけ切ない気持ちになった。
――
そんなことより今は、崩壊の能力者の対応に集中しないと。
それなのにあたしは、電話帳のアプリを起動し表示された名前に問いかけていた。
「こんな時、あなたならどうしますか......?」