長いフライトを経て、遠い異国の地、米国LAに降り立った。
ここから目的地のCA大学まで約600㎞の長い道のりを移動することになる。
「Hey! Sho!」
国際線の発着ロビーへ出ると、ダークブラウンの髪にブルーの瞳、整った顔立ちのスーツ姿の青年に声をかけられた。
彼は、ニール・サンティ。共にCA大学に通っていた友人であり、全米でも指折りの若き天才遺伝子工学者。
久しぶりの再会を祝して、どちらからともなく自然と握手を交わした。
「突然日本に帰ったと思えば、今度も突然戻ってくるって聞いて驚いたよ」
先日送ったメールは、彼に宛てたもの。急遽アメリカに戻ることと、その目的を伝えた。空港からは鉄道で移動するつもりだったが、はるばる迎えに来てくれた。
「すまない。例のファイルが必要になったんだ』
「わかってるよ。ティムが、車を用意してくれてる。急ごう」
空港の外へ出ると、タクシーやバスを含めて多くの車が停まっていた。その中の一台の車の横に、長身で自然なブロンド髪の青年が腕を組んで立っている。サングラスをかけているから顔ははっきりとは認識できないが、そのスマートな立ち姿ですぐに彼だとわかった。
「ティム、ひさしぶり」
「やぁ、ショウ。ひさしぶりだな!」
サングラスを外した下には、まるで海のようなブルーの瞳が輝き、俳優と言われても疑わない程の整った容姿。彼は、ティム・バートン。ニールと同じく、大学時代からの友人。そして、元能力者。
「挨拶は後だよ、さあ乗って!」
再会を懐かしむ俺たちを、ニールが急かす。
「そうだな。ティム、頼む」
「オーライ! 4時間で行ってやるよ!」
「安全運転で頼むよ」
目的地の大学へ向かって、ティムが運転する車はフリーウェイを高速でひたすら進む。その車内で、質問攻めが始まった。
「しかし、急にどうしたんだい? あれが必要なっただなんて」
「助けたい人がいるんだ」
「助けたい人?」
「これだろ」
「誰?」と首を軽く傾げるニール。一方ティムは、片手をハンドルから離して、後部座席の俺たちに見えるように小指を立てた。
「ああ~、なるほど。そういうことか~」
「ほら、当たりだろ?」
「結果的にはそうなるかもな」
「ほら、やっぱりそうだ!」
ティムはこういう話になると、すぐに面白がって茶化してくる。
「茶化さないでくれ。真面目な話なんだ」
「いいことじゃないか。なあ?」
「オレもそう思う。帰国した時と比べたら、ずっといい顔してる」
本気で心配してくれていたと改めて感じた。
それは同時に、二人にとってあの頃の俺はそんなにも脆く、危うく見えていた証拠。自覚がなかった訳ではなかったけど、あの頃の俺は生きることに執着を持てない時期だった。
そんな俺を変えてくれたのは――。
「俺の恩人なんだ」
「へぇ、ショウに恩を売るなんてスゴいな。その子」
「ったく、こんなことを聞きたいんじゃないだろ?」
「そうだね。じゃあ、さっそくだけど本題に入ろうか」
ニールの顔と声色が真剣なモノに変わった。
「いくつ見た?」
「6......いや7だな」
「内容は?」
ひとつずつ、その時の状況も思い出しながら話す。
「発火、口寄せ、瞬間移動、念動力、電撃、空中浮遊。そして――略奪」
「略奪って......」
「まさか、他者の能力を奪う能力なのか!?」
略奪という途轍もない能力に、車内の空気が一変。
「俺も驚いた。もしかしたら、神にもっとも近いのかもしれないな」
「欲しいな、その
「どうかな。能力者本人が、自分の本当の能力を把握していないんだ」
「いろいろ事情があるんだね」
「ああ」
車内の空気が落ち着いたところで「ところで、口寄せってなんだ?」と、ティムから質問が上がった。
「そうだな。わかりやすくいうと、降霊術。こっちだと、ネクロマンシーってやつかな。降ろせる対象は一人だけで、しかも降てくる方に実権ある」
「へぇ、それはまたユニークな能力だね」
「それで、そっちは?」
研究の成果を訊くと、バックミラーで目を合わせた二人は意味深にうなづいた。
「目的の物は完成してない」
「だけど、見つかったよ。ショウが長年探していた、あの能力者――」
「本当か!?」
「マジだ、帰ってくるってメールが着た直前にな」
「すぐにでも知らせたかったけど、ね」
「ああ、わかってる」
情報漏洩は絶対に避けなければならない最重要事項。だけど、サプライズもいいところ。まさか、本当に手がかりが見つかるだなんて――。
「ただ、能力はもう使えないみたいなんだよ」
「......そうか、能力を失ったのか」
あれから既に二年近くが経過している。年齢次第で、その可能性は十分にあると思っていた。
「いや、能力自体は持っているみたいだ。だけど、使えない状態になっているらしい」
「どうにせよ、やっかいだな」
「そうでもないよ、使えないなら別の方法で使えばいいんだから。それこそ、“略奪"で奪うとかね」
「そうだな。そのためには、まず急がないとな」
「うん、頼むよ! ティム!」
「オーケー! ところで、彼女の能力はどれなんだ? 彼女も能力者なんだろ?」
「あ、それ、オレも気になるな」
「......知らん」
言われてみればまだ、彼女の能力を知らない。
たまたま能力を使う場面に出くわなさなかっただけのことなのかもしれないけど、少しだけ寂しい気持ちになった。
「本当に4時間で着いたな......」
「90マイルでとばしたからな!」
「死ぬかと思ったよ......」
「ニールは、大袈裟だな! HAHAHA!」
アメリカのホームコメディのように笑う。
「ありがとう、助かったよ。ティム」
「大学へは、いち度休んでから行こう」
近くのホテルで仮眠と昼食を摂り、長い年月を過ごした母校のCA大学へと向かう。広大なキャンパスの一番奥に構える遺伝子工学の研究室のロッカールームで、ひさしぶりに白衣に袖を通す。
「じゃあ、検査を始めるよ」
「ああ、頼む」
血液、脳波等の検査を順番に受ける。
「はい、終わり~。結果が出るまで時間掛かるから見てきなよ」
「そうさせてもらう。いくつ?」
「No.511だよ」
「了解」
ニールに目当てのファイル番号を聞いて、ラボの地下へと潜る。研究所の中でも最深部に位置する場所に目的のファイルがある。重要記録が保管されているだけあって、そのセキュリティは厳重だ。指紋、音声、虹彩認識などの厳重なセキュリティを越えた先にある、俺を含めて数名しか入れない部屋の中には、ハッキング対策のため旧型パソコンと大量の8インチフロッピーが保存されている。
「No.511......」
ニールに教えてもらったナンバーのフロッピーを捜し出し、旧型パソコンへ挿入して、そのデータを閲覧する。
「――本当にあった。あの能力者......!」
パソコンの画面に写し出された、能力と能力特徴と長年ずっと探し続けていた能力――“
* * *
アメリカに来て三日目、今日も朝からラボの地下へ潜り、大量のデータの中から日本へ持っていくため厳選して資料を作成している。
「シュンスケ・オトサカ。ようやく見つけた、時を操る能力――“
例のフロッピーに記録されていた情報は有益なモノだった。
まずは、能力について知れたこと。“
「道理で、
思わず漏れるため息。
命懸けで身につけたチカラも意味がなかった。いや、意味はあった。お陰で恩人である、
そのために俺は――違う、
「ショウ」
突然、後ろから声をかけられた。ここに入れる人間は限られている、俺を含めて片手で数えられる人数しかいない。振り返ると、その中の一人が立っていた。
「ニールか。どうした?」
「伝言。日本から電話だって」
「日本から? こんな時間に?」
「うん、トモリって女の人だって」
「
「なんだか急ぎの用件みたいだよ」
「わかった、ありがとう」
ニールに礼を言って、地上へ戻る。
作業していた地下は、セキュリティの関係で携帯の電波も届かないから大学に掛けてきたといったところだろう。
しかし、時差を計算すると日本は今、深夜帯......急を要する事態が起こったとも。
「来たか、3番な」
「ありがとう」
「ラブコールか」と、戯れ言が聞こえた気がするが、おそらく疲れからくる幻聴だろう。一度しっかり睡眠をとった方がよさそう。彼の言葉を無視して、内線3番のボタンを押し、デスクの受話器を上げる。
「
『
三日ぶりに聞いた
「構いませんよ。どうしました」
受話器越しでも感じる空気の重さが確信させる。
何かが起きた、それも相当重大な事件が。
『
「
突然の報告に、思考が止まってしまった。
『......確証が持てなくても早急に保護すべきでした。あたしの判断ミスが招いた結果です』
今、安易な励ましは慰めにもならない。
彼女の心労はもちろんのこと、何の前触れもなく唐突に、家族を失ってしまった
『
「そうですか、分かりました」
『あたしは、彼を見守ります。立ち直れるまで、ずっと――』
確かに、誰かが傍にいるべきなのは間違いない。
デスクに置いた、作りかけの資料に視線を向ける。
――いや、希望は残っている。可能性を見せれば、きっと立ち直れる。幼い頃、
「
『――はい』
彼女の返事を聞いて、受話器を置いた。
「ティム。車を出せるか?』
「訳ありみたいだな。いつでも行けるぜ」
「......すまない、頼む。一度地下に潜って準備してくる。車を回しておいてくれ」
「オーケー! 日本行きの航空券も手配しておく!」
車のキーを持った彼は、駐車場へ駆け出して行った。俺も支度を済ませるため、ラボの地下へと潜る。地下に入ると俺の様子の異変に、ニールはすぐに気がついた。
「どうしたの? 深刻な顔してる」
「日本でトラブルが起きた。今すぐに帰る」
「そっか。なら手伝うよ」
「ありがとう、助かるよ」
ニールの手を借りて、作りかけのファイルを完成させる。そのファイルを手に持ち、彼と共に急いで地上へ戻りティムの元へ走る。地上では既に玄関前に車が用意されていた。その車に乗り込む。
「ショウ、検査結果。脳波、血液、その他、異常なし! でも油断大敵だからね」
「ああ、ありがとう。じゃ、行くよ」
「うん、またね」
再開した時と同じように、ニールと握手を交わす。
「ティム、頼む」
「オーライ!」
ニールに別れを告げて、ティムと共に空港へと向かった。
* * *
緊急帰国した俺は、
彼の部屋の前には、先客が居た。
「えっ? あ、
「どーも」
「何してんすか」
――ひくなっ! と言いたげなジト目で
「
「つい、2時間ほど前です」
「
「それが......」
心配そうな
「見ての通りです。
「いえ......」
足下にぶちまけられたクリームシチューは、それか。ただこれは、
「なるほど。
「はい」
「では、行きましょう」
「お二人は、ここで見張りをお願いします。逃げられると厄介ですので」
「わ、わかりました!」
「お任せください。
二人を残し、部屋に上がる。
まるで精気のないその姿を見て、責任を感じてた彼女はやや唇をかむ。言葉をかける代わりにぽんっと頭に手を乗せ、部屋の電気を点けてから、彼に話しかける。
「
「......何だお前、帰って来たのか」
「ええ、つい先ほど。事情を聞きました」
「あ、そう。で?」
「覚悟はありますか?」
「......はあ?」
「全てを犠牲にしてでも、
「何訳分かんない言ってんだよ? お前?」
「
「ふ、ふっざけんなよ!? お前!?
胸ぐらを掴み上げ、目から大粒の涙を流しながら怒鳴り声を上げる。感情を露わにする彼に対し、アメリカから持ってきた一冊のファイルを広げて見せる。
「これを見ろ」
「んだよっ!?」
「時を操る能力、
「タイムリープ?」
「そうだ。この能力を使えば、記憶を持ったまま過去へ戻ることができる。妹さんを救える可能性がある」
胸ぐらから手を放して、まだ焦点が定まらない目でファイルを見つめる。
「ホント、なのか......?」
「可能性があるだけだ。当然確実じゃない」
「でも、ゼロではありません。賭ける価値はあると思います」
「
「いいか、
“
「どうでした? 外まで怒鳴り声を聞こえましたが」
「可能性は見せた。あとはアイツ次第だ」
「慰めなかったんですか?」
「今の状態でそんなことしても神経を逆撫でするだけ。お前に何が分かるってんだって感じに。こういう時は思考が停止する。今重要なのは、考えさせること」
例えそれがどれ程残酷なことであろうとも。
「なんか......今日の
むぅーっとふくれっ面になった。怒った
「ちゃんと戻ってきたら、笑顔で迎えてあげてください」
俺の言葉に「はいっ」っと笑顔で返事をしてくれた。横を見ると、
「とりあえず、今日は帰りましょう」
「そうですね」
「はい。あっ、シチュー片付けないと」
管理人室に鍵を返し、代わりに清掃道具を借りる。掃除が終わったところで
「じゃあ俺も一度帰りますね」
「ダメです」
「なして?」
「
「わかりました」
「では、クッションと食べ物を用意して来ます」
「すごい荷物ですね」
「夏とはいえ雨ですから、羽織れるものも持ってきました」
レジャーシートの上に長座布団敷いて並んで座る。クッションをフェンスの間に挟んで背もたれにして、一枚の羽織を横にして膝掛けした。落ち着いたところで彼女は、前に弁当を作ってくれた時と同じピンク色の包みを取り出して、膝の上に広げた。
「どうぞー」
「ありがとうございます」
手渡されたのは、おにぎり。その具材は初めて見る組み合わせ。
「これ、なめ茸ですか?」
「はい、なめ茸と小ネギの混ぜこみおにぎりです」
「いただきますね。あ、おいしい」
「でしょ~っ! なめ茸、最強っすからっ! ご飯はもちろん、お粥とも抜群の相性で......」
上機嫌でなめ茸の魅力を語っていた
「どうしました?」
「
「大丈夫、また一緒に食べれます」
「そうっすね。それ見せてください」
「どうぞ」
おにぎりを片手にファイルの写しに目を通し始めた。その目はとても力強かった。