Episode1 ~出会い~
教室に四時間目の授業の終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。英語の授業を受け持つ女性教師はパンッ! と一度手を叩いて、みんなの注目を集めた。
「はい、じゃあ今日はここまでよ。来週からの中間試験の問題は今日の授業内容からも出題されるから、ちゃんと勉強しておくこと。いいわね」
「ええーっ!?」
教室中が不満一杯の声で包まれる最中、スカートのポケットに入れてあるスマホが振動した。取り出してディスプレイを確認すると「今、向かっている」と一言だけ記されたメッセージが届いていた。
「おにー!」
「あくまー!」
「うるさいわねっ。クラス委員、号令!」
「は、はいっ。起立――礼っ」
授業終わり恒例の挨拶も済んで、学校は昼休みに入った。
隣の席に人だかりができる前に、その人だかりの原因になる女子を連れて、廊下側後方の席で机の上を片付けながらダベっている二人の男子のところへ向かう。
「お昼は、学食ですか?」
「そのつもりだけど」
「そうですか。では、今日もご一緒――」
「残念ですが、それは出来ません」
「おや、
引くほど高いテンションで
そして、彼女も特殊能力者。半年前に
「協力者が現れます。生徒会室へ行きますよ」
「昼飯が、まだなんだが?」
「お昼ご飯より能力者保護が優先です、決まってるっしょ」
「承知いたしました。お昼は、出先のコンビニで済ませましょう」
「ハァ、仕方ないな。さっさと終わらせよう」
ということで、四人揃って生徒会室へ移動。協力者はまだ来ていないため、各々椅子や空き箱に座って現れるのを待つ。そして、待つこと十数分――バタンッ! と突然勢いよく扉が開き、顔が見えないほどの長髪で、全身ずぶ濡れの怪しい男子が生徒会室に現れた。
「能力は⋯⋯予知能力――」
テーブルに埋め込まれた地図の上に、濡れた指先から一粒の水滴を落としてそう告げて何事もなかったかのように生徒会室を出く。
今の男子が、私たち生徒会の協力者。名前は、
――それにしても、予知能力。
告げられた能力に自然と、机に積み重ねた一冊の雑誌に目がいった。
「予知能力か、また定番中の定番な能力だな」
「そうですね。先日の――」
「
「ここは⋯⋯六本木の高層タワービルですね」
――当たりか。やはり今回の能力者は、以前調査した光坂の特待生。予知能力で不正に荒稼ぎしてる、といったところでしょう。
「これを見てください。以前から目をつけていた記事です」
三人が見やすいように開いてテーブルに置いた雑紙のページの記事を、
「え~と、"天才投資家は現役高校生"って書いてありますね」
「なるほど、予知能力を使って株や為替の取引をしているんですね」
「はい、上げている利益も桁違いですから間違いないと思います」
「ですがなぜ、学校ではなく六本木のタワービルなんでしょうか?」
「確かにそうだな。普通なら今は、学校に行ってる時間だろ」
「あのー、光坂高校ってスゴいんですか?」
「
「はわわっ!?」
まあ、彼は自身の能力を利用して不正入学したカンニング魔っすけど。
「⋯⋯何だよ?」
「別に~、何でもありませんよー」
バツの悪そうな目で見てくるってことは、自覚あるんすね。と、こんなことで時間を浪費するのは不本意、本題に戻しましょう。
「こちらの体力テストの方は予知能力とは無関係ないので自前なんでしょうけど。学業の方は投資と同様に能力を使用し、予めテストの内容を予知している可能性が考えられます」
「ある種のカンニングですね」
「だから、どうして僕を見るんだよ!」
「いえいえ、何も他意はありませんよ」
「んー?」
同じやり取りが二度続き、事情を知らない
「さあ、早退して調査に行きますよ。あたしは一応報告してきますので、三人は先に校門で待っていてください」
そう言って私は、雑誌を手に持って先に生徒会室を出た。職員室へは行かずに、空き教室でスマホを操作して電話をかける。
「あ、
電話かけた相手は以前私の兄と親交があった、この記事の編集者――。
* * *
地上約250m。TV局、オフィス、レストラン等の複合商業施設や公共公益施設を構える超高層ビルを、私たちは見上げていた。
「で、来たのはいいけど、どうやって調べるんだ?」
「確かにそうですね。観光スポットではありますが、その分警備は厳重でしょうし。能力者の居場所が証券会社となれば、制服の我々は目立ちます」
「調査どころじゃないな。つまみ出されるのオチだ」
時刻は、まだ13時を過ぎて間もない。タワーの前は、観光客やスーツ姿のビジネスマンでごった返している。時間が時間なだけに制服姿の学生は、私たち四人以外に見当たらない。
「そうだな⋯⋯」
腕を組み考える素振りを見せつつ、私はチラッとタワーの脇に立つカフェに目をやった。カフェの店内は、満席というほどではないが、多くの客が少し遅めの食事をしている姿が目に入った。これくらいなら、まだ間に合うかも知れないっすね。
「そこのカフェで、
「はいっ、わかりましたーっ」
私の提案に
「では私は、先に行って席を確保してきます」
「お願いしまーす」
人混みを避けながら、カフェへ移動し、
「わたしは、季節のフルーツパンケーキとミルクティーをお願いしますっ」
「あたし、ローストビーフピッツァとボロネーゼパスタのハーフ、それとアイスティーで!」
「僕は、アイスコーヒー」
「私も、同じ物で」
六本木タワーの入り口を注意深く観察していると注文した料理が運ばれてきた。テーブルに並べられた料理に私の目はきっと輝いていると思う。
「おお~、うまそうっすね! いただきまーす!」
さっそく運ばれてきたローストビーフピッツァを口いっぱいにほうばる。
「んぅーんっ! このピザうっまっ!」
冠のローストビーフはもちろん、モチモチした生地と濃厚だけど決してしつこくないチーズが口いっぱいに広がり、あまりの美味しさに思わず顔が綻んでしまう。それは
「はわぁ~、このパンケーキのフルーツみずみずしくてすごく美味し~いっ」
運ばれてきた料理に思う存分舌鼓をうつ。
「どうだ?
「いえ、注意していますが、それらしき人物は見当たりませんね。
「僕の方も同じだ。おい、
さてさて今度は、パスタを食べますか。
「このパスタ、うっま!」
「ったく、こいつは⋯⋯」
ゴロゴロしたソースが生パスタに絡んでこれも絶品。このお店は当たりっすね。雑誌の情報もバカにならないなぁ。
「
「わっ! なんですか? 急に大きい声を出して」
せっかくお昼を堪能してたのに。
「何度も呼んだからな。さっきの雑誌を見せてくれ」
「はいはい、雑誌っすね。はい、どうぞ~」
フォークをいったん置いて、トートバックに入れた雑誌を
「ったく、本気で探す気あんのかよ......」
ブツブツと小言を呟きながら受け取った雑誌を開らいて特集記事を読み始めた。
「本格的に投資を始めたのは去年からみたいだな」
「そのようですね。ですが、今年だけで既に億単位の利益を出してますよ?」
「天文学的数字すぎて訳がわからないな⋯⋯ん?」
「どうしました? 何か気になる事でもありましたか?」
「このページ以外の他にも付箋があるぞ」
「おや、本当ですね、開いてみましょう」
「六本木グルメ特集。六本木タワービル近くの絶品ローストビーフピッツァ」
「なあ?
「はい⋯⋯」
二人は横目で私を窺いながらコソコソ内緒話を始めた。
男らしくないなー。どうせ、このピザを食べたいだけだったんじゃないのかー? とか思ってるんしょ。まあ別にいいですけど、美味しいし。
「すみませーん! 店員さん、このローストビーフピッツァの追加お願いしまーす!」
「おい、
「ん~? ありますよ? 大丈夫っすよ、気長に待ちましょう」
「んな悠長でいいのかよ」
「いいんすよー。ほら、ひと切れピザあげますからおとなしく待っていてください。はい、あーん」
テキトーな返事を返し、
「い、いや、それは⋯⋯」
目は泳いで、あからさまに動揺している。
「何意識してんすか?」
「お前が意識しなさすぎなんだよっ。人も多いじゃないかっ!」
「あなたは中学生っすかー? ほら、さっさと口開けるっ!」
半ば強引に口に押し付けると、ようやく観念してピザを食べた。
「う、うまい⋯⋯うますぎるっ! ローストビーフのタレとチーズの相性やばい!」
「ですよね!」
やっぱり美味しいものには、どんな不機嫌だった人でも笑顔にする魔法がある。それに相手が笑顔だと何だかこっちも嬉しくなりますね。
「ん? 何見てんすか」
なんだか意外そうな顔で見られている気がする
「いや、何でもない。それより、もうひと切れくれないか」
「えぇー? 自分で頼めばいいじゃないっすかー。一枚も小さいですし」
「いくら小さくてもさすがに食べれない。コンビニで昼食べたし」
「はぁ、もう仕方ないなー。ひと切れだけっすよ」
そんな私たちのやり取りを、
「青春ですね」
「はいっ」
「なあ、もしかして僕たちが到着する前に移動したんじゃないのか?」
「確かに、それはあり得ますね」
このカフェに来店してから三時間近く経過しても調査対象の予知能力者が姿を見せないことに、
「さて、では行きましょう」
「帰るんですか?」
「会いに行くって。いったい誰に会いに行くんだ?」
「能力者っすよ、決まってるっしょ」
「⋯⋯は?」
「え~と?」
「それは、どういうことなのでしょうか?」
能力者に会いに行くという言葉に
「察し悪いな~。ここにくる前に16時に会えるようアポを取っといたんすよ」
「ちょっと待て! それなら昼から来る必要は無かったんじゃないのかっ? てか、どうやって連絡を取ったんだ?」
「そんなの決まってるっしょ、1日20食限定お一人様一食限りのローストビーフピッツァを食べにきたんすよっ。あとついでに、雑誌の編集者が兄と以前親交があった方なので連絡して取り次いでもらったんです」
「ピザが本命で能力者はついでかよ! しかも、ピザを二枚食べるために僕たちを利用したのか!?」
「
「そうですよー、約束の時間に遅刻しちゃいますよー?」
二人の説得に渋々頷いた
何はさておき、私たちは予知能力を持つ特殊能力者と会うため六本木タワービルへ向かう。予知能力者との約束の時間10分前に六本木タワーのドアを潜った。
「スゴいな、ここ」
「ええ、そうですね」
タワーの中は解放感を感じるエントランスが広がり、半吹き抜けの天井、長いエスカレーター、スタイリッシュなデザインの内装の中を移動する人たちを見れば、住む世界が違うことは一介の学生である私たちが感じるのには充分だった。ただし、
――さすが芸能人、よく来るTV局が入っているとはいえ、落ち着いてますね。さて、カメラの準備をしておきますか。腰のポーチに手を伸ばし、ハンディカムの電源を入れ。エントランスのクロークで、カウンター越しに女性スタッフに用件を伝える。
「星ノ海学園高等部の
「星ノ海学園高等部の
「わかりました、ありがとうございました」
スタッフにお礼言ってから振り向き、三人をうながす。
「では、行きましょう」
「ああ」
「はい」
「
「
「あっ、いえ、なんでもないですっ。きっと気のせいですねっ」
ついてこないから振り返ると
「何してるんですかっ? 置いてくぞー」
「すみませ~ん、すぐに行きまーすっ。
「あ、ああ⋯⋯」
二人が来るのを待ちながらボタンを押してエレベーターが降りてくるのを待つ。すぐにやって来て
「
「なんだ?」
あたしの後ろにいるから顔は見えませんが、声色から真剣さが伝わってくる。
「先ほどゆさりんと一体何を話していたんですか!?」
「まともに聞こうとした僕がバカだったよ」
――まともに相手する必要はないっすね。
その後も
「我々が今日ここに来ることは、予め"予知能力"で予知しているかも知れませんね」
再び話を切り出した、
「そうですね。あたしたちの能力も既に予知され、何かしら対策をとられていることは否定できません。気を引き締めて行きましょう」
「怖いこと言うなよ」
「少しは緊張感を持ったらどうですか?」
「す、すまない⋯⋯」
少し威圧的に言うと、
私たちを乗せたエレベーターは20階で止まった。ドアが開き、エレベーターを降りた先に待っていたのは――。
「こ、これは、初めて星ノ海学園の併設マンションを見たときも凄いと思いましたが。これは驚きましたね⋯⋯」
「はわわっ?」
「いや、驚くなんてモノじゃないだろ。エレベーターを降りたら目の前が玄関なんだぞ⋯⋯!」
目の前には玄関が一つあるだけで他に何もない。このワンフロア全てが住居スペース、ペントハウスになっているみたいですね。
――ここが
「さぁ、行きますよー」
「お前は驚かないのか!?」
「ん? ちゃんと驚いてますよ?」
――それ以上に嫌悪感が勝ってるだけで。
「押しますよ? 気を抜かないでください」
一言忠告してからインターフォンを押した。するとすぐに反応が返ってきた。
『はい』
「星ノ海学園の
『どうぞ』
カチャッとロックの外れる音がした。
ドアノブに手をかけて引く。重量感がありながらもドアはとても軽く滑らかにスムーズに開いた。
「おじゃましまーすっ」
玄関に入る。私たちを出迎えたのは、赤いネクタイにアイボリーカラーのサマーセーターを着た制服姿の高校生。
自然な黒髪ながら光に角度によっては染めていないにも関わらず若干茶色に反射して見える。襟足の長さは
「星ノ海学園の生徒会の皆さんですね。お待ちしていました」
初めて対面した
ただ、その穏やかな微笑みがどこか陰を帯びているように見えたのは、気のせいだったのだろうか――。