「やっぱり、ここのピザは美味しいな~」
帰り道、少し寄り道をして
あの日、初めて彼女と出会った日。約束の時間まで、ここで時間を潰して過ごしていたらしい。
「あっ、店員さ~ん! このピザ、追加お願いしまーすっ」
皿に残っているのを食べ終わる前に彼女は、メニューを指差して追加注文。一番小さなサイズのピザを二人で食べているとはいえ、これで3枚目。
「晩ごはん、食べられなくなっちゃいますよ?」
「だいじょうぶです。その辺りは、ちゃんと調整しますんで!」
そう言うと、しばらくして運ばれてきた焼きたてのピザを上機嫌でほうばった。そんな彼女のすがたが微笑ましくて、つい見入ってしまう。俺の視線に気がついたのか、
「どうかしましたか?」
「ソースがついてますよ。ちょっと動かないでくださいね」
頬に付いたピザソースを紙ナプキンで優しくぬぐう。少し恥ずかしそうな顔をして「ありがとうございます」とお礼を言うと、「あなたも恥ずかしい思いをしてください」と言わんばかりに、小悪魔のような微笑みでピザを口に近づけてきた。
「あなたも食べてくださいっ。はい、あ~んっ」
「いただきまーす」
特に躊躇することなく食べたのが予想外の反応だったのか、やや納得いかないと言いたそうな
「どうしました?」
「......いえ、あまりにも躊躇なく食べられたので。こういうことに慣れているのかなー、と」
「うーん、慣れと言うか。海外生活が長かったからですかね?」
「そういうものっすか?」
「たぶん」
「......なんとなく、わかった気がします」
「なにがですか?」
「内緒っす」
――なんだろう、皆目見当もつかない。だけど、機嫌が悪いと言う感じじゃない。どちらかと言えば上機嫌に思えた。その証拠に今も、とても美味しそうにピザを食べているし。
「う~ん、おいしかった~っ! ごちそうさまです」
「ごちそうさま。では、出ましょうか?」
「はーい」
レジで会計を済ませ、カフェを出る。
腕時計を見ると、時刻は17時半を回ったところ。もう季節は夏、この時間でもまだ日は高く明るかった。
「買い物にでもいきましょうか?」
「――えっ?」
「いいんすか?」
「もちろんですよ」
「あたし、欲しいモノがあったんです。行きましょうっ」
「とーちゃーく、ここでーすっ」
「ここは......、家電量販店ですか?」
「はい。ちょうど新しい音楽プレイヤーが欲しかったんですっ」
やや肌寒さを感じるほど冷房の効いた店内、入り口からすぐの昇りエスカレーターに乗って目当ての音楽プレイヤーが展示されている、オーディオコーナーがある3階へ向かう。
「いろいろあるなー、どれがいっかなー」
売り場に到着すると
「種類が豊富なんですね」
ざっと見ただけでも数十種類以上。同じメーカーの製品でも容量を重視した機種、音響を重視した機種など、それぞれ特色があるみたいだ。
「そうなんですよ。それにちょうど今、夏の新モデルも出ているみたいで。う~ん、迷うなー」
「あ、これって、
「ん? どれっすか?」
隣に寄ってきて、製品サンプルを見る。教室や生徒会室でよく
「あっ、これ新モデルっす、出てたんだ。音響も性能も上がってるし、使い慣れもしてるから、これにしようかな~?」
他の機種と見比べ、しばらく悩んだ末に「やっぱりこれにしようと思いますっ」と先ほどの新モデルのプレイヤーをチョイスした。続けて周辺器機コーナーでイヤフォンを選び、レジで会計を済ませると商品袋を持って嬉しそうに寄ってくる。
「お待たせしましたーっ」
「気に入ったのが見つかってよかったですね」
「はいっ」
目当ての買い物が終わり、降りのエスカレーターに乗っていると「あなたは、いいんですか?」と訊かれた。
「そうですね」
特にこれと言って欲しいものはないのだけれど、ふと、とある特設コーナーが目に入った。
「そこ寄ってもいいですか?」
「ん? CDコーナーですか、いいっすね。行きましょー」
「ありがとうございます」
二階でエスカレーターを降りて、CDコーナーに立ち寄り、店内の奥にある洋楽の棚を探す。
「なにをさがしてるんですかー?」
「えっと......あった。これですよ」
彼女に見つかった目当てのCDを見せる。
「おお~っ、
「いい機会なので購入しようと思いまして」
「わかってるっすねっ」
さっきよりも三割増しの笑顔を見せてくれた。
「さて、どうしましょうか」
「そうですね。う~ん......百貨店へ行って、晩ごはんの食材を買いましょう。冷蔵庫の中なにもないっすよね? あたしが使っちゃいましたし」
確かに、緊急帰国してから買い出しもしていないから、冷蔵庫はほとんど空の状態なのだけれど。それ以前に――。
「食べられますか?」
カフェを出てから、まだ二時間弱くらいしか経っていない。
「結構歩き回ったんで、だいじょうぶっす」
と言うことらしいので、ここから少し離れた百貨店への歩いて向かう。ショッピングカートを引きながら、食品売り場で食材を見て回る。
「献立は、何にするんですか?」
「それは、出来てからのお楽しみです。あっ、あの調味料の瓶取ってもらえますか?」
「これでいいですか?」
棚の上の方にある小瓶を取って渡す。
「どもっす。では、次行きましょー」
調味料の小瓶をカゴの中に入れた
「それでは、作りますので」
「手伝います」
「仕事は、いいんですか?」
「渡米前に、ほとんど処理してしまったので」
「そうですか。じゃあ一緒に作りましょう」
許しをいただいて、キッチンに並んで立つ。
「それで、なにを作るんですか?」
「ハンバーグにしようと思います」
手分けして夕食作りに取りかかる。
「手際いいっすね」
「転校する前は、ときどき作ってましたから」
「今度、ごちそうしてくださいよー」
「簡単な
「約束っよ?」
「はい。......ところで、それは?」
玉ねぎをみじん切りにしていると、
「ひき肉は熱に弱いので、こうして予め容器を冷しておくんです」
「なるほど......」
冷やしていたボールより、一回り大きいボールに氷を敷き詰め、その中に冷凍庫から取り出したボールを入れる。
「こうすれば、より完璧です」
「手間かかるんですね」
「この手間で変わるんすよ」
「まっ、料理サイトの受け売りですけど」と言って、冷えたボールの中でひき肉とみじん切りにした野菜、繋ぎを入れてこねる。だえん状に形を整えたハンバーグを、サラダ油とバターを溶かしたフライパンで焼く。焼き上がったハンバーグを、彩り鮮やかなサラダが添えられた食器に移して、焼いている間に作っていたソースをかけた。
「はい、できましたっ」
「おお~」
まるで本格的なレストランに出てくるような見事な出来映えのハンバーグに思わず声が出る。
「どうぞっ」
「いただきます」
中心にナイフを入れると中から肉汁が溢れてきた。ひと口大にして、フォークで口に運ぶ。あまりの衝撃に黙り混んでしまう。
「......おいしくなかったっすか?」
「......うまい」
「よかったっす~」
その言葉に安堵の表情を見せる。
「時間、大丈夫ですか?」
「大丈夫っす。明日は休日ですので」
「......あれ?」
カレンダーを確認すると、確かに明日は休日だった。
「......あ」
「ん? どうしたんすか?」
「......一日ずれていました」
渡米から緊急帰国して数日、濃い時間を過ごしていたため、向こうの日付の感覚のまま過ごしていた。
「お、意外な一面発見っす」
「案外抜けてるところもあるんすね」と、どこか嬉しそうに笑った。
「そういうことですので時間はたっぷりあります。
「やっぱ!
流れる曲に合わせて身体でリズムをとりながら詩を口ずさむ。上機嫌だった
さっきまで上機嫌だった
「......おいで」
軽く腕を広げる。彼女は顔を埋めてくれた。
俺は、その小さな身体を抱きしめる。
――この時、きっと彼女も同じことを考えていたんだろう。
あと、どれくらいの時間があるかはわからないけど。そう遠くない未来、必ず訪れる別れの時を迎えることを――。
「ごめん、ごめんね......」
「どうして、あなたが――」
そんな彼女を泣き疲れて眠るまで、優しく抱きしめてあげることしか出来なかった。