目が覚めると、ベッドで横になっていた。
見覚えのある天井、年期が入ったくすんだ天井、懐かしい天井。いったいどうして俺は、ここに居るのだろう? そんな疑問が頭に浮かぶ。
「ここ、は......ッ!?」
想定外の出来事に驚いて飛び起きる。
これは、いったいどういうことなのだろうか。今自分が置かれている状況を把握することすら出来ず。ただただ戸惑うことしか出来なかった。
冷静に事態を把握することが出来るようになったのは、しばらく経ってからのことだった――。
* * *
誰かに呼ばれている。
体に感じるわずかな振動と一緒に聞こえる声。優しい声、心地良い声。誰だろう、俺を呼んでいるのは――。徐々に意識が覚醒していく。まぶたをゆっくりと開いて周囲を見回す、生徒会室。どうやら俺は、話の最中に眠ってしまったらしい。
「大丈夫っすか? 少しうなされていたていましたけど......」
すぐ傍で、
「大丈夫ですよ。すみません、話の途中に寝てしまって」
「いえ。今日も
うなづき手分けして生徒会室の戸締まりをして、星ノ海学園の校門をくぐる。彼女の自宅がある併設マンションの方へ向かって歩道を並んで話をしながら歩く。
「おつかれみたいですので、スタミナの付く料理を食べましょう」
「と言いますと?」
「お肉に決まってるじゃないっすか!」
間髪入れずに、とても魅力的な笑顔で答えた。
「ですよね」
「はいっ。と言うことでさっそく、スーパーへ寄って帰りましょー」
マンションの前を素通り。最寄り駅近くのスーパーマーケットへ行くことになった。目的のスーパーに到着、買い物カゴを乗せたショッピングカートを押して、さっそく精肉コーナーへ。
「どれにしよっかな~。やっぱり、牛肉っすかね~? でも、スタミナ満点の豚肉も捨てがたいっすし」
「う~ん......」と難しい顔でメニューと相談しながら牛と豚、鶏肉のパックを見比べて悩んでいる。
「
「んー?」
不意に名前を呼ばれた俺たちは、同じタイミングで振り向く。前にも同じようことがあったような気がする。どことなく既視感を覚えながら声の主を確認すると、
「ああー、あなたでしたか」
「お前ら何してるんだ? こんなところで」
「夕食の買い物ですよ。
「ああ、僕も同じだよ。夜飯の調達に来たんだ」
そう言うと
「いつも、お弁当なんですか?」
「ん。まあ、そうだな。自分で作るのもな」
彼女はチラッとこちらに目配せ。言いたいことはすぐにわかった。返事をする代わりにうなづいて答える。
「そうですか。では、そのお弁当は戻してきてください。たまには温かい食事をしないとダメです」
「いや、食べてるぞ」
「カップ麺とか古典的なこと言わないっすよね?」
「そ、そんなわけないだろ?」
思い切り目を泳がせ、顔を背ける。図星だったみたいだ。
「出来合いの弁当ばかりだと体壊しますよ。ほら、置いてきてください」
「
「......わかったよ」
押しきられた
「さて。では、あたしたちは買い物を再開しましょう」
「献立は決まりましたか?」
「ん、そっすね~」
再び「う~ん......どうしよっかな~」と、悩みながら食材を見て回る。そして。
「うん、トンカツにしましょう」
「トンカツですか。パン粉とか調味料、見てきますね」
「はーい、お願いしまーす。あ、パン粉は油分カットのでお願いします」
別行動を取って、指定されたパン粉と食用油などの材料、胡椒などの調味料を探していると、また同じように声をかけられた。弁当とお茶を元の売り場に戻し、手ぶらになって戻ってきた
「ひとりなのか?
「食材を見てますよ」
「そっか。悪いな」
「はて? 何のことでしょう?」
「......いや、なんでもない」
「そっすか、じゃあ行きましょう」
近くにカゴがなかったため半分持ってもらう。既に食材を選び終えていた
「お待たせしました」
「あ、来ましたか」
「これでよかったですか?」
「はい、問題ありません。ありがとうございまーす」
食材を傷めないように、カゴの中へ入れる。
「で、何を作るんだ?」
カゴの中を覗き込もうとした
「なんだよ?」
「出来てからのお楽しみっす。ほら、レジへ行きますよー」
レジで会計を済まして、併設マンションの
こちらに気がついた
「あれ~? みなさん、お揃いでどうしたんですか~?」
「
「これから
「あ、そうなんですねー」
「ところで、
「えっと、マンションの周りを走っていました」
「オフなのに大変なんだな、アイドルって」
「お疲れさまです。
声をかけると、彼女はすぐに俺が言いたいことを察してくれた。
「
「えっ? わたし、お邪魔していいんですかっ?」
「もちろんですよ」
俺の言葉の後に「いいっすよね?」と、
「食材の買い足しに行ってきますね」
「お願いします。あたしは先に下準備をしておきますので」
「じゃあ、僕も......」
一緒に買い出しに行くと名乗り出た
「あなたが居ないと家に入れないっしょ」
「あ、それもそうか」
「それでしたら、わたしがお手伝いします」
二人のやり取りを見て、
「そもそも、わたしの分ですし」
彼女から発せられる無言の視線が痛い。
「えっと。あの――ったく、これならいいだろ!?」
見かねた姉の
「
「めんどくせぇーな。おい、さっさと行くぞー!」
「とりあえず、行ってきますね」
先に歩き出した
「こうして、二人で話をするのは初めてですね」
「ん? ああ、そうだな......」
「
「
「そうですか。では、
「で、なんだ?」
「意識的に出ないようにしてましたよね」
図星を突いたからしく、
「......チッ、気づいてたか」
「そりゃ気づきますよ」
緊急事態とはいえ、
「アタシはお前と初めて会った時、妙な恐さを感じていたんだ。
「女の勘ですか?」
「アタシは一度死んでるから、たぶんそういうのに敏感なんだ」
「確かにそうだったかもしれませんね。死に急いでいた訳ではないですけど」
「けど、今のお前から優しさを感じる。それは、あいつのためなんだろ?」
「そっちも気づいてましたか」
「先に気づいたのは
彼女は、とても愉快気に笑った。きっと、生徒会室での
「よし! 着いたな。で、何を買うんだ?」
「トンカツ用の豚肉と付け合わせキャベツに調味料です」
「おおっ、晩飯はトンカツか! さっさと済ませちまおうぜ!」
「ん? 一枚多いんじゃねぇーのか?」
「彼も呼ばないワケには行かないでしょう?」
「......誰を?」
絶対分かってていっている。苦手意識があるのかやや嫌そうな
「身の危険を感じるんだ」
とても正直だった。
「
「それでもいいんだけどよ。やっぱり、
普段の強気な
「わかりました。彼が暴走しそうになった際は抑えます」
「そっか、わりーな」
「いえいえ」
そんなやり取りをして、レジで会計を済まし、スーパーを出る。併設のマンションへ向かう前に
「お前、ちゃんと責任とれよ?」
「はい......」
少し後悔しそうになった。スーパーを出て少し歩いた頃、
「ちょっと
「あ、はい、どうぞ」
――ふっ、と彼女の雰囲気が変わる。
「あれ?
「きっと運動のあとで疲れていたんでしょうね」
適当に話を合わせておく。
「あ、そうだ!」
言葉尻は緩いが、声色は真面目。だから、こちらも真面目に聞く。
「なんでしょう?」
「泣かせちゃダメですよ~?」
「はあ?」
なんのことかわからず生返事を返してしまう。
「
――ああ、そういうことか......最低だな。
「善処させていただきます」
そう返事を返すと、また雰囲気が変わった。
「大変だなっ! お前もっ!」
「笑いながら言わないください」
「ふーん、そういうとこか」
「なんですか?」
訊いた直後、俺の真横をスクーターが通り過ぎた。
「原付き、か」
「結構飛ばしてましたね」
法廷速度を遥かに超えるスピードを出していた。
「スクーターがどうかしましたか?」
「......聞いてないのか?」
「何をです?」
「アタシが......」
口をきゅっと結んで話すのを躊躇している。おそらく
「無粋でしたね。すみません」
「......ツ」
「はい?」
小さくて上手く聞き取れなかった。
「......ダチとニケツして単独で事故った」
バツが悪かっただけか。返事をせずに黙りこむ俺に、
「っんだよっ!? 文句あんのかっ!」
「なんで、
舌打ちをして、簡単に
「
「後悔してるんですね」
「ああ......」
話を聞き終わった頃、
「ゆさりん! と
テンションに差を感じた。どうやら
「ゆさりんじゃねぇよ!」
「み、
「アタシじゃ文句あんのかっ! あぁん!?」
「い、いえ、ありません......」
「で、お前何を持ってきたんだ?」
「これですか? あとのお楽しみしですよ。ふふふ......」
「なんだよ、もったいぶりやがって」
「えっと、とりあえずお邪魔しましょう」
「ところで
「
「謀りましたね!?」
批難を聞き流しているとドアが開き、家主の
「お前も来たのか」
「はい、お邪魔させていただきます!」
「別にいいけど、上がってくれ」
「邪魔させてもらうぜ」
「キッチン、お借りしますね」
食材の入ったビニール袋を持って、俺はキッチンへ行く。
「あ、おつかれさまっすー」
「いえ、手伝いますね」
「はーい、おねがいします」
二人で五人分のちょっと遅い夕食を作り始める。リビングの方では三人の盛り上がっている声が聞こえてきた。トンカツを揚げながら隣を見ると追加で買ってきた豚肉を、
「なにしてるんですか?」
「ちょっと......これでよしっと。もう揚がったんじゃないっすか?」
鍋に目を戻す。いい感じにこんがりときつね色に揚がっていた。キッチンペーパーで余分な油を切り、千切りにした大量のキャベツを横に添える。
「出来ましたよー」
テーブルにご飯と味噌汁も一緒に用意して、
「なんとっ」
「ああ、スゴいな......」
「うまそうだなっ!」
「はいはい、手洗ってきてください」
「う、うまい!」
「衣はサクッとしていて、中はとても柔らかくジューシーですね!」
美味しそうに食べる二人の向かいで無言で俺に目を向けた
「
「はい、お任せください」
「お湯を沸かすのを忘れていました」
「では、私がやりましょう。
「好きに使ってくれて構わないよ」
「了解いたしました」
ケトルに水を注いでいる間に、テーブルの方を確認する。
「
「そうっすか」
上手くいった。ポットをセットし電源を入れている
「盛り上がっていたようでしたけど、何をしていたんですか?」
「よくぞ聞いてくれました! 私が持参した、似天同46の配管工カートをプレイしていたんです!」
あの荷物の正体は据え置きのゲーム機か。
「レトロゲームですよね?」
「はい、我々の産まれるよりも前、今から約20年近く前のゲームです。
「へぇ、そうなんですか」
「どうぞ」
「ありがとうございまーす」
「ごちそうさまでしたっ!
「またやるのか?」
「少々お待ちを!」
急かされた
「ごちそうさまでした。とてもおいしかったです」
「ほんとうまかった。ありがとな」
「いえ、お粗末様っす」
「片付けはしておきますので、どうぞ」
「悪いな、なにからなにまで......」
「いえいえ」
「では、あたしたちも食べましょう」
「そうですね」
「ちょっと冷えちゃったっすけど」
「でも、おいしいですよ」
「そうっすか? それならよかったです」
少し冷えてはいたけど、味はしっかり付いていた。きっと
「おーい、そろそろおいとまするぞー」
「おや、もうこんな時間ですか。続きはまた後日と行きましょう」
「ああ、そうだな」
「チッ、しかたねーな」
壁時計を見て
「お騒がせしました」
「いや、久しぶりにいい気分転換になった。ありがとな」
玄関先で見送られ、俺たちは外に出る。
「うまかったぜっ! じゃあな!」
「では私も、ここ失礼します。ごちそうさまでした」
「時間があるようでしたら少し寄って行ってください。期末試験のところで教えて欲しいところがあるんです」
「はい。あ、そうだ。プリンを買っておきました」
「おお~! 気が利くっすね、行きましょーっ」
上機嫌になった