Charlotte ~時を超える想い~   作:ナナシの新人

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Episode28 ~歌声~

「結局、今日も現れないかー」

「そうみたいですね」

 

 今日も熊耳(くまがみ)は現れずしまい。

 結局、あの日からなにも進展はなく、ただ時間だけが過ぎ去っていく。

 

乙坂(おとさか)さん、記憶の方はいかがですか?」

 

 高城(たかじょう)に問いかけられた乙坂(おとさか)は、首を横に振って答えた。彼の記憶の方も特にこれといった進展はみられないようだ。

 

「そうですか」

「手がかりなしのようですね。今日も解散にしましょう」

「はい、わかりましたー。それではお疲れさまでーすっ」

「我々も帰るとしましょう。どうですか乙坂(おとさか)さん、先日の勝負の続きをすると言うのは?」

「ん? ああ、そうだな......」

 

 黒羽(くろばね)はこれからクラスメイトの女子友だちたちと買い物へ。高城(たかじょう)の誘いを少し悩みながら乙坂(おとさか)たちは帰宅していく。

 扉が閉まり、生徒会室で二人きりになると「はぁ......」と、奈緒(なお)が珍しくため息をついた。

 

「お疲れですか?」

「あ、いえ、明後日は“ZHIEND(ジエンド)”のライブだなーって」

「あぁ......」

 

 ZHIEND(ジエンド)は世界的に人気のあるポストロックバンド、チケットが当たったのも奇跡のような確率だ。

 

「わかってるんすけどねー。でも、やっぱ行きたかったなー」

 

 頭の後ろで手を組んで名残惜しそうな表情(かお)を見せた。そんな彼女に問いかける。

 

「よかったんですか?」

 

 奈緒(なお)は言わないけど、ZHIEND(ジエンド)のライブチケットは必ずもう一枚あるハズだ。闘病中の一希(かずき)さんの分を取っていないワケがない。だから、本当に行きたいのなら――。

 

「なにがっすか?」

 

 逆に聞き返されてしまった。

 俺が聞きたいことは見透かされているんだ思った。だから俺は、違う提案をすることにした。

 

「いいえ、なんでもないです。デートしましょうか?」

「――えっ?」

「ライブの代わりにはならないかもですけど――」

「......します、しましょうっ」

「よかった。じゃあ決まりですね。どこ行きましょうか?」

「そうっすね~」

 

 さっきまでの顔が一転して嬉しそうに腕を組んで考えて考え込む。

 

「ショッピングだと放課後の寄り道とかわんないですし......」

「そうですね。とは言っても遠出は熊耳(くまがみ)から呼び出しの可能性がありますね」

 

 奈緒(なお)は「そうなんすよねー」と、組んでいた腕を再び頭の後ろで組み直し、椅子の背もたれに体を預ける。俺も左手を口元に持っていって考えるが、これといったところは思い浮かばなかった。

 そうこうしているうちに下校時間を知らせる放送が校内に響き渡った。

 

「日曜日までに一緒に考えましょうか」

「はい、そうしましょう」

 

 急いで戸締まりして生徒会室を後にし、奈緒(なお)を併設マンションの入り口まで送り届ける。

 最寄り駅への道を歩くいると先日夕食の買い物をしたスーパーの近くで、乙坂(おとさか)を見つけた。隣に行って声をかける。

 

乙坂(おとさか)さん」

「ん? ああ、宮瀬(みやせ)か」

「夕食の買い出しですか?」

「ああ、弁当を買いにな」

「そうでしたか」

 

 ――ちょうど、いい機会なのかも知れない。

 

「暇だったら一緒に夜飯行きませんか?」

「まぁ、別にいいけど?」

「じゃあ行きましょう」

 

 以前黒羽(くろばね)と食事をした六本木タワーに暖簾を構える店へ、乙坂(おとさか)を連れていく。個室があり、客のプライバシーを一番に尊重してくれるこの店なら外部に話が漏れることは絶対にない。その証拠に黒羽(くろばね)と食事したことも一切外には漏れなかった。

 

「めちゃくちゃ高そうなんだが! しかも会員制とか書いてあるぞ!?」

 

 店構えを見て、乙坂(おとさか)は盛大に取り乱した。

 

「そう見えても値段は良心的なんですよ」

「ほんとかよ......」

 

 疑いの眼差しを向けてくる乙坂(おとさか)をうながし、店内に入り、個室席を用意してもらいメニューを開く。

 

「どうですか?」

「ぶっ飛んだ値段のもあるけど、日替わり定食なら500円のワンコインからあるのかっ!」

「意外でしょ?」

「ああっ」

「年間費の分、食事の価格は良心的なんです。それにおかわり自由です」

「マジか!? 豪華な弁当よりも安上がりになりそうだ!」

 

 互いワンコインの日替わり定食を注文。運ばれてきた定食を食べていると、乙坂(おとさか)は箸を止め話を切り出した。

 

「この前は、ありがとな」

「なんのことですか」

友利(ともり)と夜飯を作ってくれただろ」

「ああー、そのことですか。むしろこちらが強引に押し掛けたんですけど」

「いや、あのうざいくらいの賑やかさがさ......ありがたかった」

 

 心からそう思っているのが解るほど、とても穏やかな声だった。

 

「それにしても、友利(ともり)のヤツ、変わったよな」

「そうですか? 初めて会ったときから、あまり変わらない気がしますけど?」

「いや、宮瀬(みやせ)は知らないだけだぞ。僕なんて、初めて会った時ボコボコされたんだ......」

 

 いつも調査に使っているビデオカメラで特殊能力を使用した証拠映像を撮られ、それを奪い取ろうとしたところ奈緒(なお)に特殊能力を使われ返り討ちにあったらしい。

 

「へぇー、そうなんですね」

「......お前、信じてないだろ?」

「信じてますよ? 一度話の腰を折った高城(たかじょう)さんに蹴りを入れてましたし」

「あれは高城(たかじょう)の自業自得だ。けど、なんか最近ちょっと優しくなった気がする 」

「もともと優しい人ですよ。彼女は」

 

 きっと誰よりも特殊能力者のことを案じている。だからこそ、時には説得に暴力を使うことになっても止めるんだ。

 

「そうか......、お前が言うならそうなんだろうな。宮瀬(みやせ)が転入してくる前に高城(たかじょう)から聞いたんだけど、中学に入学する前の友利(ともり)は、今みたいな性格じゃなかったって」

 

 ――中学入学前。ちょうど奈緒(なお)一希(かずき)さんが科学者に捕らえられた頃か。

 

「もしかしたらお前といる時の友利(ともり)は、その頃に近いのかもな」

「......どうですかね。俺は、今の彼女しか知らないから」

「そっか、そうだよな......。なぁ......」

 

 乙坂(おとさか)の表情が変わった。

 こちらが本題だったんだろう。

 

「本当に見つかると思うか......?」

「見つけるんですよ、必ず」

「けど......」

「どんな犠牲を払ってでも救うんだろ? あれは、嘘だったのか?」

「――ッ! いや、僕は歩未(あゆみ)を助ける、絶対に......!」

「だったら余計なことを考えるな。例えなにが起きようとも『必ず助けだす』。今は、それだけを考えろ」

「ああ、わかった。すまなかった」

 

 そう言うと乙坂(おとさか)は、制服のポケットから“時空移動(タイムリープ)"能力者の資料を取り出す。

 

「それから、ずっと気になってたんだが」

「なんですか?」

「この能力者、今は能力が使えないって書いてあるんだが......」

 

 資料を指差して言った。

 

「それについては問題ありません。いくつか方法があります」

「方法? どんな?」

 

「お前の本当の能力(チカラ)、“略奪"で奪い取る」と教えてやりたかったが、乙坂(おとさか)は自分の能力を“乗り移り"だと思っている。奈緒(なお)もあえて真実を教えていない、なら今はまだ話さない方がいいだろう。

 

「その時になればわかりますよ」

「なんだよ? それ」

「言葉通りですよ。さて、そろそろ出ましょうか」

「あ、ああ......?」

 

 会計を済ませエレベーターで一階へ降り、タワーの外まで乙坂(おとさか)を見送る。

 

「じゃあな」

 

 駅の方へ向かって歩いていったのを見届けて、俺は自宅へと帰る。シャワーを浴びて、ベッドに横になりながら考えごとをしながら眠りについた。

 

 

           * * *

 

 

「今日も来ませんね」

「はい、じゃあ解散っ!」

 

 高城(たかじょう)の言葉を聞いて、奈緒(なお)は解散を宣言をした。

 

「じゃあ僕は帰る」

「おつかれっすー。あっ、明日のライブ、ちゃんと行ってくださいよー?」

「ああ、わかってるよ」

 

 乙坂(おとさか)が生徒会室を出ていった。彼の後を追うように高城(たかじょう)黒羽(くろばね)も帰宅していった。

 昨日と同じように放課後の生徒会室で、奈緒(なお)と二人きりになった。

 

「俺たちも帰りましょうか?」

 

 声をかけたが、雑誌に目を落としたまま反応が返ってこない。

 

奈緒(なお)さん?」

「決めましたっ。お家デートにしましょう!」

 

 バンッ! と机を叩き、急に椅子から立ち上がった。

 

「お家デート......ですか?」

「はい。家で映画のDVDを見たり、音楽を聴いたり、一緒に料理したりするんですっ」

 

 手元の雑誌を見ながら説明してくれた。

 

「そうですね、そうしましょう」

「はいっ。と言うことでDVDをレンタルしに行きましょー」

 

 いつもより早く星ノ海学園を出て、レンタルショップへと向かう。その道中、「す、すみません」と少し前を歩く星ノ海学園の男子生徒が慌てた様子で、白い杖をついた女性を避けながら軽く頭を下げた。

 その女性を見た奈緒(なお)が、「あっ」と小さく反応した。俺も見覚えがあった、それもつい最近のことだ。

 彼女はすれ違いざまに「Why avoid me? Shit!」と、とても不愉快そうな声を発した。――この声、間違いない。

 

「すまない」

宮瀬(みやせ)さん?」

「ん?」

 

 彼女に英語で声をかける。奈緒(なお)は、意外にも余り興味がないのか声を掛けたことを不思議そうに俺を見て。女性の方は立ち止まって振り向いた。

 

「人違いだったら――」

「お前は、日本人かっ?」

「え? ああ、そうだけど......」

「おおっ、そうか、日本人か! お前は、モダン焼きを知ってるか!?」

 

 女性の言葉が急に日本語になった。カツカツッ! と白い杖を突きながら興奮したようすで俺の目の前まで来てで立ち止まる。

 

「日本語できるんですか?」

「んなこたぁー、どうでもいいっ! モダン焼きだよ、モ・ダ・ン・焼・き!」

 

 杖を持っていない方の人差し指で俺の胸をつつきながら、モダン焼きを知ってるかしつこく訊いてきた。

 

「え、ええ、一応知ってますけど?」

「おおっ、知ってんのか! 頼む、食える場所に連れてってくれっ!」

「えっと......」

 

 奈緒(なお)を見る。「仕方ないっすね」と言いたそうな表情(かお)しながら彼女が答える。

 

「いいですよ、お店まで案内します」

「本当かっ? 感謝するぜ!」

「あたしに掴まってください」

「おお、ありがとよ」

宮瀬(みやせ)さんも行きましょう」

 

 奈緒(なお)は、女性に手をかして慎重に歩きだした。駅から少し離れた商店街に到着し、一軒のお好み焼き屋に入る。

 

「いらさぃあせー」

 

 店に入るとイントネーションにクセのあるビジュアルバンドメンバーのようなハデな店員が出迎え、座敷席に案内してくれた。女性は鉄板が埋め込まれたテーブルを挟んで向かいに座り、奈緒(なお)は俺の横に座った。メニューを広げる。

 

「モダン焼きは......メニューにないっすね」

「ないのか!?」

 

 メニューにないと知った女性が思いきり落胆する。

 

「大丈夫ですよ。作ればいいんですから」

「作れんのかっ!」

「モダン焼き風になっちゃいますけど」

「ああ、それでいい。頼む!」

 

 ちょうど店員がメモ帳を片手にやって来た。

 

「きまったかぃ?」

「生中!」

 

 女性は、すぐさま手を上げて生ビールを注文した。

 

「はぁぃよ」

「あたしたちもここで食べましょう。ちょっと早いっすけど」

「そうですね。じゃあお好み焼きと焼きそばを二人前、あとウーロン茶を2つお願いします」

 

 店員は、メモ帳に馴れた手つきで注文を書き込む。

 

「それと、だし汁を少しいただけますか?」

「はぁぃよ。自分たちで焼くかい?」

「はい」

「はぁぃよ」

 

 厨房に戻った店員は、早速彼女が注文した生中を持ってきた。

 

「生中とウーロン二つ、おまち! ところで、もしかしてそちらの方は?」

 

 持ってきたジョッキを一瞬で飲みほした彼女が答える。

 

「ち~っす! ZHIEND(ジエンド)のボーカル、サラ・シェーンで~っす」

 

 ――やっぱり。そうか......。奈緒(なお)を見る、特に表情を変えていない。俺の視線に気が付いた。不思議そうに首を傾げた。

 

「なんですか?」

「いえ、なんでもありませんよ」

 

 ZHIEND(ジエンド)のボーカリストのサラだと気が付いた店員は動揺した。その様子から見て、彼女のファンのようだ。

 

「サ、サラさん!? サラさんがこんな小汚ない店に来てくださるなんてっ! 感激っす! 明日のライブ観に行きます! それで! その色紙にサ、サインをっ」

「あ、いいよー」

 

 小走りに厨房の奥に行き、色紙とサインペンを持って戻って来た。その色紙とサインペンをサラに手渡す。サラは色紙とペンを受けとると視力を失っているはずなのにスラスラと器用にサインを書いた。

 

「ありがとうございます! こちらお好み焼きと焼きそばでっす! どうぞ!」

「ありがとうございます。じゃあ作りましょうか」

「はーい」

 

 まずは焼きそばをだし汁で炒め、それをお好み焼きと混ぜて焼き上げ、モダン焼き風に仕上げる。出来上がったモダン焼き小皿に取り分けて、サラに手渡す。

 

「どうぞ」

「ありがとさん」

 

 サラは器用に箸を使い、モダン焼きを口に運んだ。目をつむりじっくりと吟味している。

 

「う~ん......うまいっ! これがモダン焼きかっ! さすがジャパン!」

「それはよかったです。奈緒(なお)さん、食べましょうか」

「はい。う~んっ、美味しいな~」

 

 モダン焼きを食べ終わり会計を済ませ店を出ると、サラが唐突に話を切り出した。

 

「ところでさ、おまえらなにかあったのか?」

「と、いいますと?」

「二人とも、なんかスゲー覚悟みたいなモノを感じる」

「わかるんですか?」

「見えない分、息遣いや声色で分かるんだよ。なんとなくな」

 

 サラの言葉に、奈緒(なお)は黙ったまま目線を落とした。

 

「仲はスゲー良いみたいだし、別れ話って訳じゃないみたいだが。よかったら聞かせてくれないか?」

 

 少し躊躇したが近くの公園に移動して、ベンチに腰をかけて話をする。もちろん能力のことは隠して。

 

「な、なんてこった......彼女さんのお兄さんと友だちの妹さんが......!」

 

 サラは両手で頭を抱え、まるで自分のことのようにうなだれた。

 

奈緒(なお)さんのお兄さん、一希(かずき)さんは、ZHIEND(ジエンド)の......あなたちのファンだったんです。ZHIEND(ジエンド)に憧れてギターを始めたんです」

 

 奈緒(なお)は、黙って俺の手を握ってきた。その手を握り返す。

 

「そうか......。奈緒(なお)のお兄さんに会わせてくれないか?」

「さすがにそれは......それに明日ライブでしょ?」

「んなもんはどうでもいい! リハなんてバンメンがどうにかしてくれる! 会わせてくれ、頼むっ!」

 

 手を合わせたサラは、真摯な言葉と一緒に頭を下げた。

 

「......奈緒(なお)さん」

「......わかりました。お願いします」

 

 奈緒(なお)は、彼女の言葉に頷いた。

 一希(かずき)さんが入院している他県病院を目指す。途中で立ち食いそばを食べたいとリクエストされ、駅で食べてからバスに乗り換えて改めて病院へ向かった。

 

友利(ともり)奈緒(なお)です。兄の面会に来ました」

「はい、どうぞ」

「ありがとうございます。行きましょう」

 

 奈緒(なお)の後に続き、病室へ。

 彼女はノックをして病室の扉を開けた、続いて病室に中へ入る。すると、初めて面会に来た時と同じように、一希(かずき)さんは掛け布団を引きちぎり叫び声をあげていた。病室内に羽毛が舞い散っている。

 

「また鎮静剤が切れてる......」

 

 ただならぬ雰囲気に、サラが少し戸惑いながら訊いてきた。

 

奈緒(なお)のお兄さんは、なにをしてるんだ?」

「作曲です。兄はこれでギターを弾いているつもりなんです。唸り声はメロディ......主旋律なんです」

「そうか、そいつはヘビーだな」

 

 サラは奈緒(なお)の体から手を離して、ベッドへ近づきながら歌を唄い始めた。

 ――この歌......初めて奈緒(なお)に聴かせてもらった歌だ......。透き通るような歌声。一希(かずき)さんの様子が徐々にだが、明らかに変わていった。俺は、奈緒(なお)の手を引き一希(かずき)さんの元へ連れていく。

 

一希(かずき)さん、妹の奈緒(なお)さんですよ、わかりますか?」

 

 不安を感じているのだろう。奈緒(なお)は俺の手を強く握ってくる。一希(かずき)さんの視線が奈緒(なお)を捉えた。そして――。

 

「な......お......」

「あっ......はいっ、奈緒(なお)ですっ!」

 

 俺の手を離し、一希(かずき)さんの側へ行き彼の手を取った。サラに小声で話しかける。

 

「二人にしてあげましょう」

「ああ、そうだな」

 

 サラの手を取り、俺たちは病室の外へ出る。

 病室の扉横の壁にもたれながら話す。

 

「なんだか奇跡でも起きたようだな」

「ええ、あなたの歌声が起こしてくれた奇跡です。ありがとうございます」

「嬉しそうだな、私も嬉しいよ。......お前、死ぬ気だったろ?」

「......そんなことまでわかるんですか?」

「お前の覚悟は、奈緒(なお)の覚悟とは少し違う感じがした」

「......そうだな。死ぬかどうかはわからないけど、もし必要があるなら命を賭ける覚悟はある」

 

 ――もうそんなことは、何年も前に覚悟している。

 

「そいつは奈緒(なお)を残してでも、か?」

「......誰も悲しまないよ。()()をやれば、誰も......奈緒(なお)も俺を憶えていなから」

「......そっか、お前は私と同じか......。もしその時が来たら、お前は上手くやれよ?」

 

 ――そうか、この人も能力者だったんだ。それもきっと......あの能力。

 

「ああ、そうならないように善処するよ」

 

 サラとの話を終えるのとほぼ同時に病室の扉が開き、奈緒(なお)が姿を見せた。眼は赤かったけど、表情は明るく感じた。

 

「もう、いいんですか?」

「はい、ありがとうございましたっ」

 

 サラに深く頭を下げて、お礼を言った。

 

「礼を言うのは私の方だ。充実したいち日を送れてよかったよ」

 

 バスに乗り、電車に乗り換えて最寄り駅へ向かう。その車内。

 

「そういえば明日、友人がサラさんのライブを観に行くんですよ」

「それ、さっき言ってた妹さんを亡くした友だちのことか?」

「ええ、そうです」

「そうか。だったら、その友だちがいることを意識して歌うよ。ところでお前たちは来ないのか?」

「あたしは、行く予定だったんすけど。その人にチケットを譲ったんです」

「そっか......」

 

 奈緒(なお)の話を聞いたサラは、何か考えるように目を閉じた。東京駅に着き、外に出るとスーツを来たスタッフがサラを迎えに来ていた。サラが車に乗ったのを確認して帰ろうとすると、彼女に声をかけられた。

 

「ちょっと待ってくれっ」

 

 呼び止められ、サラの方を見る。彼女は車の中でスタッフと話しをして、何かを受け取った。スタッフに肩を借りながらこちらへやってくる。

 

「これやるよ」

 

 スタッフから受け取ったものを、俺たちに手渡してくれた。

 

「これは......」

ZHIEND(ジエンド)のチケットじゃないっすか!」

「関係者席の一番端の席になるけど、よかったら受け取ってくれ」

「いただいていいんですか?」

「もちろんさ。あんたらに聴いてほしい」

「ありがとうございます」

「ありがとうございますっ!」

 

 今度こそ車が走り出すのを見届けて、サラと別れた。併設マンションへの帰り道。隣で上機嫌で鼻唄を歌う奈緒(なお)。曲はもちろん、お気に入りのZHIEND(ジエンド)

 

「よかったですね」

「はいっ。あ......でも」

「どうしました?」

「お家デートが......」

「デートは、いつでもできますよ。明日はライブデートにしましょう」

「......はい、そうっすね。楽しみっす!」

 

 併設マンションの入口で明日の待ち合わせの約束をして、この日は自宅へ帰った。

 

 

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