翌朝、待ち合わせの約束をしたライブ会場最寄りの駅の改札を抜ける。
晴れ渡った夏の青空から降り注ぐ、まるで肌を焼くような日差しに少し目が眩み、熱せられたアスファルトには陽炎が揺れて、湿度の高い体にまとわりつく蒸し暑い空気は、ただその場に立っているだけなのに額に汗を滲ませる。
そんな人通りも多い駅前の木陰になっているベンチに、待ち合わせ相手の
「あ、おはようございまーす」
「おはようございます。待たせちゃいましたね」
「あたしも今しがた着いたことろですのでお気になさらずに」
「そうですか。
「そうっすか、ありがとうございます。さて、では行きましょー」
ライブの開場は、18時半から。会場近くのモールでショッピングを楽しみ、昼の12時を回る前にメイン通りから一本入った路地に看板を掲げる昔ながらの洋食屋に入った。
「ごちそうさまでした!」
「ごちそうさまです。おいしかったですね」
「はい、グルメサイトの評判通りでした」
とても幸せそうな笑顔を見せてくれる。
思わずこちらまで嬉しくなってしまうほどの魅力的な笑顔。
「開場までまだ時間ありますね、どこかで涼んで行きましょうか?」
「あ、それなんですけど。欲しいライブグッズがあるので少し早めに会場へ行きたいんですけど、いいっすか?」
「そうなんですね。もちろんいいですよ」
「ありがとうございますっ。実は数量限定の商品なんすよっ」
「じゃあ早めに並ばないとですね。何が欲しいんですか?」
「これです、高機能スマホケース!」
俺に見えるようにして、スマホをテーブルに置いた。写っているのは、
「このスマホのケース自体に独自バッテリーが内蔵されていて、高画質のカメラと高音質リニアPCMレコーダーも付いているんです。きっと、今後の調査にも役立ちますっ!」
やや興奮した様子で欲しいライブグッズの魅力を語っているところへ、突然の着信。スマホを手に取った彼女は、画面を見る。
「ん? あ、電話だ。
席を立った
「
「ああー、そうなんですか。
「わかりました。じゃあ折り返しの電話をしてきまーす」
再び店の外へ出て、今度は一分ほどで戻ってきた。
「15時に先ほどの最寄り駅で待ち合わせになりました」
腕時計で時間を確認すると、あとまだ二時間ほど時間がある。けど、このまま居座るのは忍びない。昼時とあって店内にお客も増えて来た。迷惑にならないように、店を出て近くのカフェに移動、互いに冷たいものを頼んで過ごすことにした。
「そう言えば、スマホにしないんすか?」
カフェへ向かっている最中、携帯ショップの前を通りかかったところで訊かれた。
「便利っすよ。いろいろと」
今から行く予定のカフェも、
基本的に電話とメール、メモ以外の機能を使用しない俺には、スマホに機種変更してもあまり使い道がなさそう。大抵のことは自宅のパソコンでこと足りているし、電話帳にも
それに今、買い換えてたとして。あとどのくらい時間が、俺たち残されているのだろうか。
「全部終わったら、買い換えるのも悪くないですね」
「全部ですか」
少しだけ、しんみりした空気になる。
今の言葉の意味を、彼女も理解しているから。だから俺は、出来る限り普段通りを心がけて言葉を紡ぐ。
「買い換えたら使い方教えてくれますか?」
「はい、それはお任せください。では行きましょう、立ち止まっている時間ももったいないっす」
そう言って
* * *
「あ、来た。おはよーございまーす」
「ああ、おはよう......って、
知らされていなかったらしく、ちょっと驚いている。
「どーも」
「あいさつは済みましたね。じゃあさっそくショップへ行きますよ」
「あ、ああ......」
午前中に行ったショッピングモールへ行き、学生向けのカジュアルショップへ。
「ところでお前たち、どうして
「どうしてって、
「はあ? だって、チケットは一枚だけだって――」
「じゃーんっ!」
「これって、
「なんと、ボーカル本人からのプレゼントっす!」
「本人から!?」
驚愕の
「......本当だ。
「いえいえ、今回は何もしていませんよ。本当に偶然です。昨日の帰宅途中に偶然奇跡的に出会ったんです」
「ホントかよ......?」
「本当ですって」
疑いの眼差しを向けられたが事実は事実。まさに現実は小説より奇なり、思いもよらないことが起きる。
「あのー、そんなことより、まだ決まんないんすかー?」
ラックの前で上着を見比べている
「優柔不断だなー」
「悪かったな。けど、
――ああ、それで。
どうして、
「それはまあ確かに、客層はアイドルのライブとはぜんぜん違いますけどー。仕方ないなー。時間がかかりそうなので、あたしたちがコーディネートします。それでいいっすか?」
「あ、ああ、任せるよ」
今履いている黒の綿パンを生かしつつ、白シャツと薄手でハーフ袖のサックスブルーのサマージャケットを合わせ、爽やかな感じに仕上げ、最後にアクセントにシルバーのネックレスをチョイスして完成。
「これは、イケているのか? 普段、こういう服着ないんだ」
「夏らしくていいと思いますよ。爽やかに見えますし」
「あたしもいいと思います。少なくとも浮きはしませんのでご安心を」
「そっか」
「はい、そうです。では、行きましょう」
会計を済ませ、三人でライブ会場へ歩いて向かう。会場に近づくにつれて、同じ方向へ歩いている人も多くなっていった。
「なあ、まだ早いんじゃないのか? 18時半開場なんだろ?」
「欲しいライブグッズあるんすよ。人気商品は大抵売り切れてしまいますので」
「なんだ、グッズに興味あるんだな。
「別に、タオルとかTシャツ、リストバンドの類いの物を買うつもりはありません」
「じゃあ何を買うんだよ?」
「アレです!」
「バッテリー内蔵で、高音質リニアPCMレコーダー付の優れものなんすよ!」
「そ、そうか、それはすごいな......」
「急いだ方がよさそうですね」
「はい。さっそく、列に並びましょう。よし、行きましょー!」
「え? 僕も並ぶのか?」
「別に待っててもいいっすけど。ひとりでぼーっと待っているより、話でもしていた方が気も紛れて暇潰しにはなるかと」
「それもそうだな。わかったよ、僕も並ぶ」
「残ってるといいなー」
行列の最後尾に並び、話をしながら待ち時間を過ごす。
「二人は、何も買わないんすか? ライブ会場限定商品もありますよ」
「特にこれといって。スマホじゃないですしね」
ライブグッズの他にもCDの販売ブースもあるけど、アルバムは先日購入したばかり。
「僕も特にないな。てか、買ったらペアになるぞ」
「あ、それは困ります。買わないでください」
「地味に酷いな」
「冗談っすよ」
実際はそこそこの時間がかかったが、体感としてはあっという間にショップの先頭に辿り着いた。邪魔にならないように列を避けて待ち、そして......。
「ケースゲット~!」
手に入れた限定商品のスマホケースを早速自身のスマホに装着した
「見て、見て、見てくださいっ! どうっすか? この裏ロゴ!
「あ、ああ、いいんじゃないか? カッコいい思うよ」
「無事に買えてよかったですね。見本よりもスタイリッシュですね」
「でしょ! シンプルなデザインだからこそ、この洗礼されたロゴが映えるんです!」
思いの外スムーズにグッズは買えたため、まだ開場時刻まで時間がある。運良く空いていたベンチに座って、近くのコンビニで購入したホットスナックで小腹を満たす。
その間も、とても満足そうな笑顔でスマホケースを見つめる
「じゃあ、僕はこっちだから」
チケットの座席を確認して、
「結構、近いっすね」
「そうですね」
やや斜めの位置の席のためステージは見にくいが、距離自体は近い。それにちょっと距離はあるけど、ほぼ正面に
「ちょっと、トイレに行ってきますね」
「あ、はーい。ごゆっくりどーぞー」
彼女はに断りを入れて、席を立った俺はトレイで手と顔を水で洗ったあと、
「どうしたんだ?」
「ちょっと話がありまして」
「なんだよ?」
「仮にですが。もし今日、
「はあ? どうして?」
――意味がわからない、といった様子。当然だろう。
「一応念のためです。警戒されないために」
「......わかった。お前がそう言うならそうする」
「すみません、お願いします」
お礼を言って、俺は自分の席に戻った。
「混んでました?」
「いえ、そうでもなかったですよ」
回転の速い男子トイレと比べると、女子トイレの方はそこそこ並んでいたけど。
「少し、
「......そうっすか」
小さな声で呟くように言うと、ゆっくりと手を重ねてきた。
その手を握り返す。彼女の温もりが、緊張感が伝わってくる。きっと
昨夜の思いがけない奇跡が起きた
そんな予感を、心のどこかで感じているんだ。
そして、ライブ会場の照明が落ち、ステージ上が目映いスポットライトに照らされ、