Episode0 ~共鳴~
初めて異変が起こったのは、高校に進学してから半年以上の月日が経ってのことだった。
施設を離れた理由は単純だった。施設を離れることで、なにかが変わるような気がしたからだ。だけど、実際は変わらなくて。毎日授業を受けて、夜までアルバイトをして、眠りにつく日々の繰り返し、むしろ苦労が増したばかりだった。
でも、これだけは言える。施設に身を寄せていた頃よりも、ずっと「生きているんだ」という実感が持てた。
そんなある日のこと、それは唐突に訪れた。
高校入学から半年以上が経って、今の生活にも慣れ始めた初秋のこと。自分の将来について、なんとなく見え始めてきた。残暑がまだ残る秋の夜ことだった。
いつものように授業を受けて、アルバイトをしてから自宅のアパートへ帰っている途中、突然視界が歪み、俺はその場で意識を失った。
そして目が覚めると、そこはかつて生活を送っていた養護施設のベッドの上だった。
この状況に違和感を感じていた。通常であれば、道端で意識を失い倒れた人間が目を覚ます場所は、必ず病院であるハズだからだ。
なぜ病院ではなく、幼少を過ごした施設なのか。施設の職員に事情を聞くために部屋を出ようしたその時、身体に猛烈な違和感を覚えた俺は、ベットから飛び起きた。
自分の身体なのに、自分の身体じゃないような奇妙な感覚。訳もわからず、ただただ戸惑うばかりで。
それでも、しばらくして少し落ち着きを取り戻した俺は、とにかく今、自分が置かれている状況を把握するために部屋を出た。階段を下り、職員室への通り道になっているレクリエーションルームに入ったその時、信じられない光景が目に止まった。
それは、テレビの映像。レクリエーションルームのテレビ画面に映し出されたのは、かつて一世を風靡した芸人や流行のファッション、懐かしさを感じる映画のCMなどが放送されていた。
俺は急いで、この時間帯に放送している報道番組にチャンネルを合わせた。画面に映し出された映像には、「尖閣諸島沖、漁船衝突事件最新情報」と特集が組まれていた。
この事件が起きたのは、2010年。今から五年前のハズだ。なぜ今になって、こんな特集が再び組まれているのか不思議に思っていると、話を聞こうと思っていた施設の職員に声をかけられた。俺は、その職員に今が何年の何月か訊ねた。すると不思議な
――2010年9月、と。
信じられなかった。俺の記憶では今、2015年9月のはずだったからだ。意味が分からない、気分が優れない、頭が痛い、気持ちが悪い。混乱している頭を冷やすため、洗面所で冷水を頭から浴びる。タオルで水を拭い、顔を上げた俺は驚愕した。目の前の鏡に映っていたのは、あどけなさが残る少年の顔、その少年は――子どもの頃の俺、そのモノだったから......。
――俺は、過去に戻ってきたんだ......。
信じられなかった、いや信じたくなかった。これは夢で、寝て起きれば自分のアパートのベッド上で目を覚ます。そう信じて、この日は眠りについた。
翌朝、目を閉じたままでも意識が覚醒していくのがわかる。一抹の望みを胸に抱いて、ゆっくりと目を開く。目覚めた場所は、昨夜眠った施設のベッドの上。認めたくないが、どうやらこれは現実らしい。
気分は最悪だった。だが病気でなければ、学校を休むことは許されない。実に四年ぶりにランドセルを背負い、かつて通っていた小学校へ登校。教室には懐かしい顔ぶれが並んでいた。今となってはとても簡単な授業を受けて、放課後はまっすぐ施設へ帰る。ただそれだけの生活に戻った。
* * *
過去に戻って数ヵ月が経ち、冷静に現状を受けとめられるようになり。少しずつ状況の把握と整理を行える余裕を持てるようになった。わかったことがいくつかある。
一つ目は、未来の記憶を持っているのは自分だけということ。これは会話の流れから容易に判断することが出来た。
二つ目は、過去に戻った日からこれまでの間、記憶の中にある出来事は必ず起こるということ。
三つ目は、俺の行動次第によって大小異なるが、ある程度未来を変えることができるということ。
そして四つ目、これが一番重要かもしれない。
ゲームやマンガ、小説、映画等でよくあるタイムトラベルものと違い。同じ時間軸の中に自分が二人存在することはないということだ。これは、あくまでも過去の自分自身の中に戻ったいうことなんだろう。
今の現状に俺は思った。もしかしたらこれはチャンスなのかも知れない、と。
漠然と見ていた未来へと向うその針を、自らの手で進めることができるのかも知れない。そう思った。少しずつだが過去に歩んできた道とは違う道を、俺は歩き始めた。その最中、それはまた唐突に訪れる。
そう。俺は、また過去に飛ばされた。
前回と同じ月日、同じ時間、同じ場所で目覚めた。だが前回とは明らかに違うことがあった。飛ばされた年だ。前回は高校一年の秋、今回は中学二年の冬だった。飛ばされるまでの時間が五年から三年に縮まった。
これがなにを意味するのか、この時の俺には知るよしもなかった。
* * *
三度目の人生が始まった。そして、思った。
なぜ自分にだけが、こんな非現実的な現象が何度も起こるのか。それをよりいっそう知りたくなった俺は、前世以上に学力に入れた。知識は武器になると思ったからだ。
そこからは必死だった。二度起きたのなら、三度目も十分にあり得る。だから、また過去に飛ばされるまでの間に出来るだけの知識を詰め込んだ。効率をあげるため学校の図書室だけではなく、近所の図書館や大学の図書館に通いつめ、ありとあらゆる知識を頭の中に詰め込んだ。
目標があると成長は早いというが、その言葉通り俺の学力は、前世とは比べ物にならないほど上がっていた。
勉強浸けの日々を過ごし、二回目の過去へ飛ばされた日が近くなったある日のこと。妙な噂を耳にした。この街で引っ越す家が増えたり、よく外で遊んでいた子どもを見掛けなくなったと言う噂だ。勉強に必死で余裕がなく、あまり気に止めていなかったが思い返してみれば確かに学校でも、ここ数ヵ月で何人かの生徒が事後報告と言う形式での転校があった気がする。
――まあ、特に気にする事でもないだろう。そう、転校なんてよくあることだ。この時は、そう思った。
そしていつものように図書館へ勉強をしていると、スーツを着た見覚えのない大人たちに話がしたいと言われ、図書館の応接室へ連れていかれた。
彼らは、俺に協力を求めてきた。
子どもながら、既に国内最難関も大学を狙えるの学力を持っている俺の噂を聞き付けやって来たとのこと。簡単にいうと将来を見据えたスカウト。
詳しい話を聞くと彼らは、遺伝子や脳科学に関する研究をしている学校の科学者であるということだった。俺自身そちらの方面の知識はあまりなかったこと、専門の人から話を聞ける機会と言うこともあって興味本意で見学をすることにした。
案内された先は、とある中高一貫の学校。
そこには大掛かりな研究施設があり、かつては空気を自在に振動させる実験などを行っていたそうだ。空気の振動が、遺伝子や脳にいったいなんの関係があるのか、知識のない俺にはさっぱり理解できなかった。
そして今、ここで行っている主な研究は、子どもの潜在能力を高める実験。この研究所で行われていた
――ここは、
直感的にそう感じた俺は、あまり面白そうじゃないと言って学校をあとにした。
それから数日後、明らかに施設の職員の態度が変わった。これは確実に根回しが来ていると感じた俺は、施設から逃げ出した。
身寄りの俺には行く宛てなんてなかった。でも生きるため年齢を偽り、住み込みのバイトで命を繋いだ。
そして予想通り、三度目が起こった。
* * *
この時間軸で俺は、本格的に遺伝子の勉強を始めた。例の学校の科学者が行っていた実験を見たことで、俺はこの現象の答えが遺伝子にあるのではないかと考えたからだ。しかし日本に居てはまた、原因を突き止める前に科学者に捕まってしまう。だから海外へ渡ることを考えた。だが、当然のことながら問題は山積み。
一つは、資金力。これがないと本当にどうしようもない。
二つ目は、語学力。これも必須だ。テキストならなんとかなるが会話となるとやはり勝手が違う。
語学の方は後回しにして先ずは、とにかく資金力の方を解決することを優先した。新聞配達などのバイトしつつ投資などで資金を貯めるが、投資の知識もなく、元本も少ないため、あまりにも効率が悪い。
そこで俺は賭けに出た。投資の知識を得るために読み漁っていた雑誌の載っていた、マーケットの世界で伝説と謳われる相場師に、弟子入りを志願した。
マーケットの世界でなら一瞬で何百何千万何億の金額が動く。海外での留学費と生活費を考えれば、最低でも数千万の資金が必要になる。俺には時間も資金もない。短期間で一気に稼ぐなら、これしかないと思った。
もちろん最初は、突っぱねられた。だが諦めず、雨の日も、風の日も、雷鳴が轟く嵐の日も、絶えず訪ね懇願し続けた。根負けしたのか、雑用という形で雇ってもらえた。
そして俺は、この人からマーケットの世界の全てを叩き込まれた。今の俺が、天才投資家といわれるルーツになった出来事だ。
そして、そこで何か問題が起こったら彼を頼れと、証券会社の
莫大な資金力と、日本経済をたった一人で動かせるほどの人物の後ろ楯を得た俺は、海外留学への準備を進めながら、四度目の“
* * *
アメリカを留学先に選んだ理由は単純だった。
有名私立大学には、高卒程度の学力があれば年齢に関係なく入学することが出来る飛び級制度があるから。アメリカに渡って最初の三年間は、大学入学試験をパスすることを目標に置き、アメリカでの生活に慣れることから始めた。初めは断片的にしか理解できなかった会話も、五度目の“
そして、五度目の“
三年間の経験と学力を活かし、CA大学の入試試験をパスして無事に大学へ入学することができた。
これでようやく、スタートラインに立つ権利を得た。
しかし、ここからが大変だった。遺伝子工学を専行するも、あまりにも難解な内容にまったくついて行けなかった。日本で独学もほとんど役に立たなかった。
俺は、教授や研究者に無理を言って、基礎の基礎から教えてもらった。
そんな生活をして約一年が経過した頃、ニールと出会った。この時彼は俺より三つ年上の14才でありながら、アメリカの遺伝子工学界の希望の星と謳われていた。でも、そんな素振りは微塵も見せずとてもフランクで、俺と年齢が近いこともあってなのか、よくわからないうちにいつの間にか仲良くなっていた。
そして、彼なら信頼出来ると思った俺は打ち明けた、自分の境遇を......。彼はバカにすることなく、驚きもせずに俺の話を真剣に聞いてくれて、ある話をしてくれた。
それは、とても衝撃的な内容だった。
そしてそれを聞いた時、彼が俺の話をバカにせず、驚きもしなかった理由が判明した。
彼の話は、俺以外にも特殊な能力を持っている人間が存在しているという話だった。
しかも、それは数人というレベルではなく世界中で何千何万人もいるとのことだ。ニールは、能特殊力の研究をするためにこの大学へ進学したと話しくれた。
ニールと相談し、俺の能力を教授に話すことした。教授は最初とても驚いてたが、特殊能力の研究をしている
そこである青年に対面する。彼がティムだった。俺より五つ年上の16才の彼は「間に合って良かったな」と、俺にそう言って握手を求めてきた。
それに応じて手を離すとティムは、「レア中のレアだな」と言った。
彼も特殊能力者だった。彼の能力は、対象者と左手で握手をすることで対象者の能力の有無や能力を知ることができる探査系の能力者。
そこで聞かされた俺の能力は――継承。
他人から何かを引き継ぐわけではなく、自分を記憶を引き継ぐ能力とのことだった。
――どういうことだ? と詳しく聞くと、こう返ってきた。
俺以外の能力者が、時間を操った時に強制的に発動する能力。能力者が移動した時間軸に、記憶を保有したまま俺も移動する。制約は自身では自由に扱えず、他の能力者により、時を操る能力が発動されないと意味がないと言うもの。
その話を聞いた時、長年の疑問がすべて氷解した。
誰かが何度も過去へ戻り、人生をやり直している。
この神にも等しい能力を持つ人間を見つけ出し、その真意を問う。
俺の新しい生きる目的が見つかった瞬間だった。
この日から俺のホームグラウンドは、このラボになった。ラボには保護された特殊能力者が何人もいた。
世界中で日本で見た研究所のように軍事転用を目的として利用するため、特殊能力者を集める機関がいくつも存在するらしい。それに対抗するため、この大学のように能力者を保護する機関も存在しているとのことだ。
「いいものを見せてあげよう。もしかすると、手がかりになるものが見つかるかもしれない」と、教授に連れられてラボに地下へと潜った。厳重なセキュリティを越えた扉の先にはハッキング防止のための旧型パソコンと8インチフロッピーが保管されていた。特殊能力者を捜すならここを使うといいと提供してくれた。
データベースには現在発見されている能力者と能力。過去に能力者だった人のデータが補完されていた。数ヵ月を費やし、すべてのデータ見たが“
しかし、ありがたいことに、このラボは他の保護施設と情報を共有しているため新しい能力者の情報がすぐに入ってくるらしい。見つかるのを待つ間、このラボで研究を続けることにした。
研究を進めるうちに分かったのは、ある粒子が第二次性徴時の体内ホルモンの変化に影響を受けて能力に覚醒するということ。その特殊な粒子は太陽系を回る、長周期彗星に含まれているらしい。
その彗星の名前は――
だが、これらの能力は、長くても思春期を過ぎる18才前後を目処に失ってしまう。ティムが「間に合ってよかったな」と言ったのは、これが理由だった。
それから、この研究所の主な研究は特殊能力を消し去ること。保護された能力者もそれに協力しているとのことだ。俺も、研究に参加した。
俺は研究データを記憶し、“
能力を消去するという本来の目的とは、まったく正反対の
それは、特殊能力を得る投薬。
これは偶然だった。
長い年月の研究の末、特殊能力者の遺伝子に付着した、
俺は自らが実験台になり、新たな能力を得た。
“偽り"、それが新しい能力だった。己が保有している特殊能力を、別の能力に偽装する探知・探査系能力者対策の能力。
ただ、それを得るための代償は大きかった。
投薬を打ってから約二週間ほど、昏睡状態が続いたらしい。
そして目覚めた後は、猛烈な倦怠感と命を絶ちたくなるほどの激痛が身体中を駆け巡った。
そして、また“
もう何度目かわからない。正直もう、どうでもよくなっていた。ただ、“
研究所に最新データを提供した俺は、肉体改造を始めた。新たな能力を得るためには強靭な肉体と精神力が必要だと身を持って体験したからだ。一旦研究を休み、効率を重視した科学的トレーニングを積む。
そこでニールに、ある物を渡された。それは一定の間隔で、視界の遮蔽・透過を繰り返すゴーグル型のトレーニング機器。この特殊なゴーグルを着用して、近所のバッティングゲージに通いつめ、勘に頼らない予測力、判断力、洞察力を身につけた。ファウルだったものの、念動力で操られた偽ナックルを捉えられたのは、この力のお陰だろう。
さらに、武術に長けていたティムから護身術として、対人格闘術を教わった。便利な特殊能力に頼りすぎていると、いずれ痛い目を見る。そう、警告されたからだ。
そして、三年目の年末を迎えた。
最初の“
その寸前、ある能力が完成した。ずっと求めていた能力――“共鳴"を得る投薬が完成した。
“共鳴"は自分の身体を媒介にし、相手の能力を干渉できる能力。この力なら、いつ発動されるか分からない“
どこの誰が、いつ使っているかわからない“
ただ強力な能力だ、もう次は戻って来れないかも知れない。だが、命を賭けるには十分すぎる
それに、ここで終わってもいいと思っていた。
まるで出口の見えないトンネルのように、終わることのない永遠の
* * *
投薬を打って半年間、生死の境をさまよった。
目覚めた時、戻ってしまった時、“
教授からは、これからも研究者としてラボに残ってくれと説得されたが、もうそんな気力も沸かなかった。
俺は大学を卒業して、日本へ帰国した。
目的を失った俺は、
有名になってしまえば、日本の科学者も手を出しづらくなると思ったから派手に荒稼ぎをした。
六本木タワーに住んでいたのも極力外に出る必要がなく、セキュリティが厳重だったから、光坂高校に籍を置いていたのは「学生生活を楽しみなさい」と師匠に諭されたからだ。ただ、この生活は本当に退屈だった。目的もなにもなく、ただ生きているだけの日々。
そんな俺を見つけてくれたのが、
彼女は、目的もなくただ生きているだけの俺を見つけてくれて、自分に協力して欲しいと言ってくれた。そばにいて欲しいと言ってくれた。
恩人の
その日から、クソつまらなかった日常が大切な日々に変わった。
そして俺は、長年の間探し続けていた“
※原作アニメCharlotteが2015年に放送されたため、2015年として書いています。