15時。午後の取引を終え、同じタワー内の自宅に戻る前に商業施設が集まる一階の洋菓子屋で茶菓子を購入したのち、客人を迎えるための準備を始める。昼に連絡を寄越した編集者の話では、訪ねてくるのは星ノ海学園の生徒会長だけではなく、他にも数人の生徒会役員を引き連れて訪ねて来るという話だった。
家を訪ねてくる全員が、自分と同じ高校生。それならこちらも制服の方が話はしやすいだろう、と思い。久しぶりに学校の制服に袖を通しながらおもてなしを考える。
星ノ海学園の生徒会長は、同い年の女子。名前は、
少しゆっくりしていると、約束の時間の10分前まで迫っていた。
洗浄、乾燥を終えた食器を並べつつ掛け時計に目をやる。クロークで部屋を訊ねる時間と移動時間を考えれば、五分ほどといったところだろう。しかし――。
「星ノ海学園の生徒会、ね」
彼女たちを待っている間に星ノ海学園のホームページを調べたが、特に突出した点もないごく普通の私立学校だった。そんな学校の生徒会が一体どんな用件があるか、正直なところ皆目見当もつかないが、所詮相手は高校生。そこまで警戒する必要はない。
ソファーに深く身体を預けて、客人の来訪を待つ。そして、ほぼ予想通りの時間にインターフォンが鳴った。どうやら到着したようだ。
――大丈夫、上手く出来る。よし、始めるとしよう。
自身に言い聞かせ、ひとつ深い息を吐いて、席を立ち対応へ向かう。
「はい」
『星ノ海学園の
「どうぞ」
端末を操作して、オートロックを解除。一呼吸間があってから、ゆっくりと扉が開いた。
一番最初に目に入ってきたのは、両サイドをヘアゴムで結んだセミロングの髪、大きく綺麗な瞳の少し幼さが残る女の子――この子が、
「星ノ海学園の生徒会の皆さんですね。お待ちしていました」
「今日は、急な申し出を受けてくださりありがとうございます」
「いいえ。どうぞ、お上がりください」
「失礼しまーす。さあ行きますよ」
人数分のスリッパを用意し、部屋に招き入れる。
俺の後に続いてリビングに入った
「確かに、これは凄いな」
「壁一面がガラス張りですね。六本木の街を一望出来ますよ」
「わぁ~っ!」
腰まで延びる髪の左側を黒いリボンでアップにした女子はパタパタと、一面ガラス張りの窓へ駆け寄って行った。二人の男子も歩いてだが、同じように窓際に立ち、窓の外に広がる街並みを眺めている。
「どうぞ、お掛けください」
テンションが上がっている四人に微笑みかけながら、ソファーの方へ案内。ガラステーブルを挟み、星ノ海学園の生徒会と対峙。さっそく用件を訊ねる。
「どういった用件なのでしょうか?」
「はい。その前に――」
「なあ、
「なんでしょうか?」
「
男子二人はなにやら、小声でヒソヒソ話をしている。どうやら何かいつもと勝手が違うらしい。しかし
「あなたは、
「ああー、はい。そうですね。一応」
俺が今、在席している学校である光坂大学附属高校は、
「失礼ですが。直近の全国模試や高校の成績を調べさせてもらいました。どれも見事な成績です」
「それはどうも、ありがとうございます」
「それに、投資家としても成功されている」
以前インタビューを受けた雑誌の特集記事をテーブルの上に広げた
「本題をどうぞ」
見透かされたにも関わらず、彼女は動じない。むしろ真剣な
「あたしたちは、あなたが不正を行為を行って、学業と投資家としての成功を納めていると考えています」
「そうなんですか?」
その想定外の言葉に俺は、
「それでそれは、どういった方法で行っていると考えているんですか?」
否定せずに不正の方法を聞いたことに対して、
まあ、疑われたら先ず否定から入るのが一般的。おそらく何か確証があって来たんだろうけど。俺は、不正行為を何一つとして行っていない。その証拠にインサイダー取引での容疑はもちろんのこと、事情聴取すら一度も受けたことはない。
だが、次に彼女から発せられた答えに、俺は――。
「――予知能力です!」
「⋯⋯予知能力ですか?」
予知能力。考えもしていなかった言葉を聞いてた俺は、左手を口元に持っていき、少し下に視線を落とした。そのしぐさのせいなのか、彼女は更に続けて追い打ちをかけるようにたたみ掛ける。
「あなたは予知能力を使い、事前にテストの内容と株価の変動を把握している」
――しかし、まさか予知能力とはね。まったく、想定外もいいところだ。
「ですが。その
――使えると思ったが、よりよってこんな面倒な
「あの! 聞いてますかっ?」
考え事をしていると、
「あ、はい、聞いてますよ。どうぞ、続けてください」
「ほんとっすか~?」
目を細めて疑念と抗議の声を上げた彼女は、大きくタメ息をついて仕切り直して話を続けた。
「まーいいです。とにかく、このままその能力を使い続けると酷い人生を送ることになります」
「と、いいますと?」
「いずれ科学者に捕まり、実験台にされます」
――なるほど、それを知っているのか。しかし、
「そんな絵空事を信じろと?」
「まー、そう言うでしょうね」
この切り返しは想定内と言うことらしい。つまり、今までにも同じ
「
「
名前からして女性。でも
「はい? ――ったく、しょうがねぇーなぁ!」
話を振られた、
彼女がパチンっと指をならすと、人差し指の先端から赤い焔が出現した。炎を自在に操る能力――さしずめ"発火"といったところか。制約次第ではあるが、なかなかレアな部類の能力。
「各々違いはありますが。あたしを含めて、ここにいる全員が特殊な能力を持っています。信じていただけましたか?」
――四人とも特殊能力者。さり気なく三人を流し見る。やはり居るのか、この中に、探知・探査系能力者が。
「仮にそうだとして、私にどうしろと?」
「我々の学校――星ノ海学園に転校してください。そして、能力が消えるまで通い続けてください」
どちらに転ぶか分からないが面白い。なにより上手くいけば、あの日から止まっている時間を再び進めることができるかもしれない。
「ん? どうしました」
「いいえ、なんでも」
「そっすか。それで、返事の方ですが」
それとは関係なく俺の答えは、話しを聞いた時から決まっている。
「わかりました、構いませんよ」
「おっ、マジっすか!」
「あれ? なんだ、すんなり行ったな」
「そのようですね」
「アタシのお陰だな!」
得意気に胸を張る
「理解が早くて助かります。では、さっそく転校手続きの書類を――」
「ですが、あなたたちはひとつ勘違いしている事があります」
その言葉に
「勘違いとは、何でしょうか?」
「私は、予知能力は持っていませんよ」
「⋯⋯信じてもらえたんじゃないんですか?」
「もちろん信じましたよ。目の前で、
「では、なぜですかー?」
めんどーなヤツだな~、と言いたげに俺に問いかけた。
「先ほども言いましたが、
俺の返答を受け、
「ああん!? なんだそりゃ、めんどくせぇーなっ! 燃やすぞっ!?」
「落ち着け!
俺の態度に痺れを切らした
――仕方ない、使うか。
精度にはやや不安が残るが、予知能力など持っていないと信じさせるには絶好の機会。そう思った矢先だった。
「火を消してください。スプリンクラーが発動します。そうなれば部屋中は水浸し、もちろんあたしたちも。濡れたまま電車に乗って帰るつもりっすか?」
「⋯⋯チッ、そいつはセンスがねぇな」
「水浸し⋯⋯」
「どうした?
「
『ひくなっ!』
力説する
――もう、話どころじゃないな。
ソファーから立ち上がり、俺は窓辺へ歩いていく。日が落ち始めた東京の街並みを眺めながら、彼女たちに提案を持ちかけた。
「今日は、ここまでにしましょう」
「⋯⋯そうだな、そうですね。今日のところは失礼します。行きましょう」
俺の言葉をあっさり受け入れた
「いいのか?」
「状況証拠だけで物的証拠は何もありませんから。仕方ないっしょ?」
その
その直後――強烈な違和感が身体を襲う。まるで体が支配されるような、とてつもない感覚に思わず笑いが込み上げてくる。
必死に平静を保ちつつやや視線をずらすと、窓ガラス反射して、戸惑っている
さっきのやり取りから見ておそらくコイツは、
「外まで見送ります」
「あ、いえ、大丈夫です。ここで失礼します」
「そうですか。では、お気をつけて」
早足で部屋を出ようとする背中を声をかける。
「
「ん、何ですか?」
「また」
「......はい」
不思議に思った俺は首を少し傾げて、
「どうしました?」
「あの~、前にどこかでお会いしたことありませんか?」
話し方も雰囲気も部屋に来た時と同じに戻っていた。どうやら
それはとりあえず置いておいて、左手をアゴへ持っていき記憶を辿る。だがいくら記憶を辿っても、彼女に見覚えはない。
「いえ、初対面だと思いますよ」
「そうですか? じゃあわたしの勘違いですね、すみませんっ」
「いいえ。これから人通りも多くなります、お気をつけてお帰りください」
「はい、ありがとうございますっ」
ペコっと頭を下げると
彼女がエレベーターに乗り、扉が閉まるのを確認してから俺は部屋に戻る。リビングのソファーに座って目を閉じ、先ほどのことを思い返す。彼女たちの用件は、俺の予測を遥かに越えたものだった。ただの私立高校だと思っていた星ノ海学園が、まさか特殊能力者を見つけ出し転校させることを目的としていたなんて。そんなことは頭の片隅にすら存在しなかった。
――それにしても“略奪"とは、本当に驚いた。
これ程の
それに
あとの二人⋯⋯
「――よし」
ポケットから携帯を取り出して、編集者から聞いた番号へショートメールを打つ。題名と用件を打ち終え、送信ボタンを押す。返信は来なかったが、代わりに約束のインターフォンが鳴った。ソファーを立ち応対。玄関のロックを解除すると、ゆっくりドアが開いた。
玄関に立っていたのは、ショートメールを送った相手――