「お前、さっき何してたんだ? 携帯いじってたみてーだけど?」
「あれですか。遺書を書いていただけですよ」
「はぁ!? ふざけてんのか!?」
「ちょっとやめてよ! 縁起でもないっ!」
遺書と聞いて、
「冗談ですよ、ちょっとした仕掛けです」
「シャレにならないわよっ!」
「まったくだ!」
騒がしい車内でずっと黙って運転している
「本当にすまない......」
「ご家族が人質になってるいるんですから仕方ありませんよ」
「私たちが、必ず助けだしますから......!」
「三人に任せれば、大丈夫ですよ。ですよね?」
「ああ、ちゃんと準備をしてきたからな!」
ここへ来る前に用意した荷物が積まれたトランクに目をやって、
「あの工場だ」
車を停車させた
「ねぇ、どのくらい待てばいい?」
「10分......イヤ、15分待って動きがない場合は拠点に乗り込んでください。
「了解、メッセージを送っておくわ。私たちから連絡して、30分経ってもなんの音沙汰がなかったら“
「お願いします」
舗装された山道から脇道に入り、舗装されていない林道を進む。
テロリストが待つ工場の約五百メートルほど離れた場所で、車を一旦停める。周囲を森に囲まれているから相手からは見えないし、隠れられる場所も多い。絶好のポジション。ここで
「
「任せてください」
「気をつけて。無事に帰ってきてね、みんなで......」
「はい」
「お願いします、頑張ってください」
「あなた方もお願いします」
それぞれからエールをもらって、
「行きましょう、
「......ああ」
小さくうなずいた
被ったウイッグの前髪で顔を隠し、
一人は白髪混じりのオールバックに、青いシャツに短パン姿。体型は小柄で褐色の小太り、丸い黒いレンズのメガネをかけて、短パンのポケットに両手を突っ込んでいる。
もう一人は、短髪に黒縁の眼鏡を掛け、灰色のスーツを身に纏っている。170前後ほどの身長で、かなり細身の体格。
――やはり、素人。
スーツの男は見た感じから貧弱そうで立ち振る舞いから通訳、で隣がボス。それしても、だらしない風貌。リーマン以降チャイナマネーで成り上がって勘違いしたチンピラといったところだろう。
視界にいるのは、とりあえずこの二人だけ。だが、隠れられる場所は多い。おそらく、他に何人かいるとみて間違いない。不意打ちを警戒して周囲に細心の注意を払っておく。
「連れて来たぞ!」
「では約束通り、家族を解放しよう」
「Hey, take this!」
小太りの男は小馬鹿にしたようなせせら笑いを浮かべ、
「監禁しているマンションの鍵だ。場所は書いてある」
通訳の言葉を聞いた
「二人は、どこだ?」
通訳が、真下を指さす。
「ここの真下です。地下に二人とも居ます」
――コイツら、本当に馬鹿だな。
奴の言葉通り、本当にここに居るのならよほど自信があるか、あるい罠があると丁寧に教えているようなもの。廃工場の外でバタン! と、大きな音が聞こえた。
「な、なぜだ!?」
「Why!?」
突然、二人が取り乱した。
「何を狼狽えてるんだ? 何か、
「......まあいい、向こうで始末すればいいだけのことです」
平静を装いながらメガネに触れた通訳は、そう小さく呟いた。
やはり奴らにとって、
どうにせよ、さっきの言葉から監禁場所のマンションで家族と一緒に始末すると宣言したコイツらが、正真正銘のゲスな連中であることは間違いない。こちらも、容赦する必要はないと言うこと。
「俺が、目的なんだろ? さっさと二人を――」
「解放しろ」と言いかけた瞬間、横から物音と気配を感じた。物陰から、マントを羽織った少女が右手にナイフを持ち駆けてくる。少女は近くに置かれた木箱を利用して飛び上がり、口から目映い光りを放った。
――目眩まし。さしずめ“閃光"といったところか。
一瞬対処が遅れた、目映い光りを浴び、瞬間的に視界が眩む。とっさに顔を両手でガードし、後ろへ飛び引く。少女が振り下ろしたナイフが、左の袖をかすめた。
「――っ!?」
瞬時に能力を中和、即座に状況を確認。袖が切れた位置からして、狙いは右目。やはり、“
――上の連中より、この子の方がよほどプロっぽい。
こんな状況なのに笑いが込み上げてくる。ナイフを持っているとはいえ、所詮相手は子ども。能力を用いた不意討ち専門で本格的な戦闘は乏しく、無造作に振り回すナイフのリーチも短い。牽制と距離を測る目的で繰り出した左の拳に対し、前でも横でもなく、真後ろに下がって避けた。その引いた分踏み込んで少女の右手首を掴み、間接を逆に捻り上げる。痛みに耐えられず、ナイフを地面に落とした。しかし、まだ諦めない。また口を開いたが、掴んだ腕を通して“共鳴”を常時能力を無力化しているため何もの起こらない。
「うっ......」
能力は使えず、振りほどこうとする華奢な少女を強引に引き寄せ、無防備なみぞおちに右拳を叩き込む。小さく短い悲鳴と苦痛の表情を浮かべ膝から崩れ落ち、うつ伏せで意識を失った。
「さて。次は、お前か?」
小太りの男を指差し宣告すると、慌てて通訳に指示を出した。
「ま、待てッ! 地下の二人が、どうなってもいいのかッ!?」
二人の身柄を盾に取る通訳に、呆れ果ててタメ息が漏れる。小太りの男にも分かるように英語で話す。
「馬鹿か、お前ら。人質は無事だから意味があるんだ。今は、二人が枷になっているから殺さない程度に手を抜いてやってるだけだ。どういう意味か分かるだろ?」
冷たい言葉で言い放ち、殺気を込めて脅す。
「お前たちが、二人を生かしているんじゃない。二人に、お前たちが生かされているんだ。手を下した瞬間、その枷は外れる。容赦なくお前たちを潰す。潰したあとは、お前たちの身元を特定して過去へ跳び。そして、お前たちが計画を実行に移す前に家族、親族、友人関係すべて含めて全員始末する。曲がりなりにもマフィアを名乗っているんだ。いつ消されても文句をいえないような業を積み重ねて来ただろ?」
「ぐっ......!」
人質を盾にすればビビると思ったんだろう、予想外の答えに相手は明らかに怯んだ。
これは、駆け引きの鉄則。一度でも屈すれば、相手は調子に乗って何度でも要求してくる。そしてその要求は、どんどんエスカレートしていく。こういった相手には、常にこちらが上の立場であると認識させることが常套手段。決して弱味を見せてはならない。
「特にお前、楽に死ねると思うな」
小太りの男を指差し、怒気を込めた言葉をぶつける。
「――オイ、上がって来いッ!」
小太りの男は反対側の欄干を掴んで身を乗り出し、地下へ向かって大声で叫んだ。すると、カンッカンッカンッと金属性の甲高い音が地下の方から徐々に近づいてきた。地下へと続く階段から姿を現したには、筋肉隆々の上半身裸男。上下のバランスに欠いた気色悪いガタイしてる、そもそも半裸でいる意味が分からない。
「多少壊れても構わん、そいつを黙らせろ!」
半裸男は、よほど戦闘に自信あるのか、悠然と歩いて向かってきた。間合いに入ると、右腕を大きく振り上げた。振り上げられた腕を上げた角度、腰の捻り具合を観察。右の打ち下ろし、顔面狙い。半裸男のパンチを簡単に掻い潜り、右膝に蹴りを入れ、バックステップで距離を取る。
半裸男は、何ごどもなかったかのように再び俺に身体を向けた。
「フン......!」
「効果なしっすか」
距離を縮めて、左腕を大きく引いた。今度は、左フック。そして、また律儀にも顔面狙い。こんなテレフォンパンチ、無抵抗な相手と不意を突かれた相手にしか当たらない。大振りの隙を掻い潜り、もう一度右膝に蹴りを入れる。
このやり取りが何度も続いた。
上半身の動きは下半身と連動して動くため、対象の腰回りの動きを観察すれば予測は容易い。これなら、
対峙すること五分弱、右膝だけを攻め続けた結果が出始めた。半裸男の右膝は内出血を起こし、ズボンの上からでもわかるほど腫れ上がっている。
「ウグッ......!」
「タフだな、あんた」
額から尋常じゃないほどの油汗を流している。右膝の痛みで立っているのがやっとで、まともな攻撃はもう繰り出せないだろう。工場の外で、大きな物音が響いた。近くに落ちていた鉄パイプを拾い、二階の通路に居る男たちに投げつける。
「う、うわぁーっ!?」
「な、なにを......!」
落下防止のフェンスに直撃し、鈍い金属音を立てて落下。思いがけない突然の攻撃に、二人は悲鳴を上げた。
「次は、お前たちだ。逃げれると思うな」
「オ、オイッ! 何をしている!? 高い金を払ってるんだ! もう、“略奪”なんてどうでもいい! さっさと仕留めろッ!」
「......う、うおーッ!」
――そろそろ、頃合いだな。
捨て身で突進してくる半裸男を避けて、右膝の裏に蹴りを入れる。バランスを崩して、両手両膝を地面についた。
「うぐっ......」
「終わりだ」
「――ッ!?」
半裸男に手をかざすと、廃工場の壁を突き破り、屋外の林へぶっ飛んでいった。小太りの男が動揺して声を荒げる。
「な、なんだ!? お前今、何をした!?」
「可笑しなことを聞くな、欲しかったんだろ?」
「ま、まさか......“略奪"で奪った能力かッ!?」
狼狽える小太りの男を無視して、通訳に視線を移して指を差す。
「おい、ひょろメガネ。燃えてみるか?」
「えっ――うぎゃぁーっ!?」
「う、うわぁー!?」
突如通訳が火だるまになり、通路に繋がる階段から転げ落ちた。その様子を間近で目撃してしまった小太りの男は、恐怖で大声を上げてガチガチと歯を震わせ怯えている。
「さあ次は、お前だ......どう死にたい?」
死の宣告に、通訳が転げ落ちた反対側の階段をかけ下りて逃げようとする。少女が所持していたナイフを拾い、階段の昇り口に先回りする。
「うわぁっ!?」
「逃がさないと言っただろ」
「ま、待て、待ってくれ......金ならいくらでもやる! だ、だから――」
追い詰められた小者のテンプレートのような台詞を吐きながら青ざめた怯えきった顔で後退り。鋭い刃を向けながら一定の距離を保ちつつ徐々に追い詰めていく。じりじりと下がって行き、やがて壁まで到達、小太りの男の逃げ場が完全になくなった。
「ひっ!? あ、ああっ......」
黙ったまま距離を縮め、左手で男の首を押さえつけ右手に持った鋭利なナイフの先端を、男の顔面に向けた。
「殺される覚悟は当然持ってるだろ?」
「ま、待て......待ってくれ......命だけは――」
「死ね」
躊躇なく、ナイフを突き刺す。小太りの男の顔の数センチ横の壁に。顔から血の気が引いた小太りの男は白目をむき、その場で意識を失いヘタレ込んだ。左手を首から離して、天井を見上げて息を吐く。
「ふぅ......終わった。ナイスタイミングでしたよ」
声をかけると、廃工場の出入り口と突き破った壁の向こうからそれぞれ男女が姿を現した。
「まったく、もっと早く言えよな!」
「そうですよ、ここまで来るのに苦労したんですよ?」
工場の入口からは
「申し訳ありません。突然の出来事だったんで報告が遅れました」
ここへ来る前に書いていた遺書というのは、二人へ向けて打ったメール。
「見てください! “瞬間移動”で血塗れですよ!?」
「まったくだ!
「そうですよ。
「ふんっ!」
「ぐわぁーっ!?」
「ここ、お任せしていいですか?」
「任せとけ。つーか、その頭の取っていけよ」
「ああ......ですね。じゃあお願いします」
倒れている
地下に到達し、周囲を警戒。どうやら、もう敵はいないようだ。読み通り、マンションの見張りに人員を割いたのだろう。それでも潜んでいる可能性を考慮しつつ、奥へと進む。唯一光が灯っているところで吊るされた
「な、
俺の声に、
「だ、誰だ......?」
「助けに来た。“予知”能力者と言えば分かるか?」
「......あ、ああ。俺は、後でいい......
ロープで吊るされた
うなずいた俺は、近くの机に置かれていたナイフを手に取る。ナイフの横に、注射器と薬物が入っていたと思われる小瓶が転がっていた。おそらく、自白剤の類い。これだけの肉体的苦痛を与えられても吐かなかったんだ。スゴい人だ、この人は――。
ナイフでロープを切り、粗末な吊され方をした
「......
「......
「ああ、気を失っているだけだ」
上着を脱いで、
「い、いってぇー......」
「だろうな。歩けるか? 無理だよな」
「
「大丈夫だ、
「......そうか」
降りてきた階段を登り地上に出ると、俺たちに気が付いた
「ご無事ですかって、血塗れじゃないですか!?」
「それは、お前もだろ......?」
「代わります。私に掴まってください」
「お願いします」
「
「ところどころ打撲がありますけど、気を失っているだけです」
「......そっか」
「ヤツらは?」
「ん? ああ、落ちてたロープで縛っておいた」
辺りを見渡すと確かに縛られている。半裸の男は
「そうですか。申し訳ないですが、
「ああ、わかった」
制服のポケットから
「わかった、じゃあな。仲間の連絡で近くまで来てるとかで、あと10分くらいで着くってよ」
「そうですか、ありがとうございます。では、外で待ちましょう」
「ああ」
「はい、そうしましょう」
廃工場の出口へ向かって歩く。
――しかし、なんだろうか、このピリついた感じは......?
この時、絶対にしてはならない失態を犯した。
勝ちを確信した時、必ず隙が生まれる。
違和感を感じて後ろを振り返ると、ナイフを持った少女が突進してくる。違和感の正体、彼女が見当たらなかった。
――避け......ダメだ、もう間に合わない。今避けたら、
「――ぐっ!?」
「あ......お、おいっ!?」
「くっ!?」
背中に激痛が走る。足の踏ん張りが効かない。
咄嗟に、
傾いた体が地面に叩きつけられる前に、俺は――意識を失った。