Charlotte ~時を超える想い~   作:ナナシの新人

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Episode36 ~失態~

 古木(ふるき)が運転している車の後部座席で、目時(めどき)前泊(まえどまり)に挟まれる形で座っている七野(しちの)が、車に乗る前に俺がしていたことを訊いてきた。

 

「お前、さっき何してたんだ? 携帯いじってたみてーだけど?」

「あれですか。遺書を書いていただけですよ」

「はぁ!? ふざけてんのか!?」

「ちょっとやめてよ! 縁起でもないっ!」

 

 遺書と聞いて、七野(しちの)目時(めどき)が声を荒げた。そんな二人とは違って、前泊(まえどまり)は冷静。

 

「冗談ですよ、ちょっとした仕掛けです」

「シャレにならないわよっ!」

「まったくだ!」

 

 騒がしい車内でずっと黙って運転している古木(ふるき)が、固く閉ざして口を開いた。

 

「本当にすまない......」

「ご家族が人質になってるいるんですから仕方ありませんよ」

「私たちが、必ず助けだしますから......!」

 

 前泊(まえどまり)は気遣い、目時(めどき)は安心させるように力強く声をかける。

 

「三人に任せれば、大丈夫ですよ。ですよね?」

「ああ、ちゃんと準備をしてきたからな!」

 

 ここへ来る前に用意した荷物が積まれたトランクに目をやって、七野(しちの)は自信満々に答え、二人も頷く。古木(ふるき)の緊張も少しは解けたようだったが、指定されたテロリストのアジトが近づくにつれて再び強張っていく。

 

「あの工場だ」

 

 車を停車させた古木(ふるき)の言葉を聞き、窓の外を見る。ここから数キロ先の森の中に、廃工場らしき建物を目視で確認。周囲は深い森に囲まれ、舗装されていない林道が延びている。

 

「ねぇ、どのくらい待てばいい?」

「10分......イヤ、15分待って動きがない場合は拠点に乗り込んでください。隼翼(しゅんすけ)さんへの連絡も忘れなく」

「了解、メッセージを送っておくわ。私たちから連絡して、30分経ってもなんの音沙汰がなかったら“時空移動(タイムリープ)”してって」

「お願いします」

 

 舗装された山道から脇道に入り、舗装されていない林道を進む。

 テロリストが待つ工場の約五百メートルほど離れた場所で、車を一旦停める。周囲を森に囲まれているから相手からは見えないし、隠れられる場所も多い。絶好のポジション。ここで七野(しちの)目時(めどき)前泊(まえどまり)の三人が、最低限の荷物を持って車を降りた。

 

熊耳(くまがみ)を頼むぞ!」

「任せてください」

「気をつけて。無事に帰ってきてね、みんなで......」

「はい」

「お願いします、頑張ってください」

「あなた方もお願いします」

 

 それぞれからエールをもらって、古木(ふるき)に声をかける。

 

「行きましょう、古木(ふるき)さん」

「......ああ」

 

 小さくうなずいた古木(ふるき)は、再び車を発進させる。廃工場に向かう直線の林道を走り、廃工場の入口から少し離れた場所で停車した。

 被ったウイッグの前髪で顔を隠し、古木(ふるき)の後に続き廃工場の中に入る。歩きながら、周囲を確認。現在、資材置き場として使用されている廃工場の中には鉄骨、鉄筋、木箱等が平積みにされたまま放置されている。積まれた資材、工場を形成する剥き出しの骨組みの物影など、身を潜める場所が多いいささか厄介な環境。少し奥へ進んだところで、突然、古木(ふるき)は足を止めて上を見上げた。顔が見えないように注意して視線を上げた先に、男が二人いた。

 一人は白髪混じりのオールバックに、青いシャツに短パン姿。体型は小柄で褐色の小太り、丸い黒いレンズのメガネをかけて、短パンのポケットに両手を突っ込んでいる。

 もう一人は、短髪に黒縁の眼鏡を掛け、灰色のスーツを身に纏っている。170前後ほどの身長で、かなり細身の体格。

 ――やはり、素人。

 スーツの男は見た感じから貧弱そうで立ち振る舞いから通訳、で隣がボス。それしても、だらしない風貌。リーマン以降チャイナマネーで成り上がって勘違いしたチンピラといったところだろう。

 視界にいるのは、とりあえずこの二人だけ。だが、隠れられる場所は多い。おそらく、他に何人かいるとみて間違いない。不意打ちを警戒して周囲に細心の注意を払っておく。

 

「連れて来たぞ!」

 

 古木(ふるき)が二階の通路で見下すように立っている二人の男に向かって言うと、小太り男が隣の男に英語で話しかけた。それを聞いて、スーツの男が翻訳。やや聞き取り難い特徴のあるたどたどしい日本語、どうやら通訳も大陸か半島の出身の人間。

 

「では約束通り、家族を解放しよう」

「Hey, take this!」

 

 小太りの男は小馬鹿にしたようなせせら笑いを浮かべ、古木(ふるき)に向かって、カギを投げつけた。足下に投げ捨てられたカギを、彼は慌てて両手で抱え込むようにして拾い上げる。どうやら変装はバレていない、上手く欺けている。

 

「監禁しているマンションの鍵だ。場所は書いてある」

 

 通訳の言葉を聞いた古木(ふるき)は出口の方へと振り返り、口を結んでうつむきかげんでやや小走りで歩き出した。すれ違いざま「本当にすまない、こうするしかなかったんだ......」と、涙ながらに言って駆けていった。工場の外へ走っていく後ろ姿を見届け、上にいる二人に目を戻す。

 

「二人は、どこだ?」

 

 通訳が、真下を指さす。

 

「ここの真下です。地下に二人とも居ます」

 

 ――コイツら、本当に馬鹿だな。

 奴の言葉通り、本当にここに居るのならよほど自信があるか、あるい罠があると丁寧に教えているようなもの。廃工場の外でバタン! と、大きな音が聞こえた。古木(ふるき)が車に乗り、ドアを閉めた音。一呼吸開いて、エンジンに火が入った音が聞こえた。

 

「な、なぜだ!?」

「Why!?」

 

 突然、二人が取り乱した。

 

「何を狼狽えてるんだ? 何か、()()()なことでもあったか?」

「......まあいい、向こうで始末すればいいだけのことです」

 

 平静を装いながらメガネに触れた通訳は、そう小さく呟いた。

 やはり奴らにとって、古木(ふるき)は用済みということだったらしい。見つけたのは、偶然だった。それは、ここへ来る直前のこと。車に乗り込もうとした際、前泊(まえどまり)が感じ取ったわずかな異変。同じ車種、同じカラー、同じナンバーの車でありながら、以前七野(しちの)が不注意で付けた、後部座席のほんのわずかなキズの跡がないことに気がついた。

 古木(ふるき)に確認したところ、修理はおろか、キズの存在すら認識していないことが判明しため、急遽同じ車種の同じカラーリングの別の車で、ここへ乗り込むことにした。三人がいなければ、古木(ふるき)は今、ここで消されていた。

 どうにせよ、さっきの言葉から監禁場所のマンションで家族と一緒に始末すると宣言したコイツらが、正真正銘のゲスな連中であることは間違いない。こちらも、容赦する必要はないと言うこと。

 

「俺が、目的なんだろ? さっさと二人を――」

 

「解放しろ」と言いかけた瞬間、横から物音と気配を感じた。物陰から、マントを羽織った少女が右手にナイフを持ち駆けてくる。少女は近くに置かれた木箱を利用して飛び上がり、口から目映い光りを放った。

 ――目眩まし。さしずめ“閃光"といったところか。

 一瞬対処が遅れた、目映い光りを浴び、瞬間的に視界が眩む。とっさに顔を両手でガードし、後ろへ飛び引く。少女が振り下ろしたナイフが、左の袖をかすめた。

 

「――っ!?」

 

 瞬時に能力を中和、即座に状況を確認。袖が切れた位置からして、狙いは右目。やはり、“時空移動(タイムリープ)”を潰しにきた。だが、避けられると思わなかったのだろう。少女の顔に、動揺が見られる。それでも、すぐに切り替えて再び襲ってきた。

 ――上の連中より、この子の方がよほどプロっぽい。

 こんな状況なのに笑いが込み上げてくる。ナイフを持っているとはいえ、所詮相手は子ども。能力を用いた不意討ち専門で本格的な戦闘は乏しく、無造作に振り回すナイフのリーチも短い。牽制と距離を測る目的で繰り出した左の拳に対し、前でも横でもなく、真後ろに下がって避けた。その引いた分踏み込んで少女の右手首を掴み、間接を逆に捻り上げる。痛みに耐えられず、ナイフを地面に落とした。しかし、まだ諦めない。また口を開いたが、掴んだ腕を通して“共鳴”を常時能力を無力化しているため何もの起こらない。

 

「うっ......」

 

 能力は使えず、振りほどこうとする華奢な少女を強引に引き寄せ、無防備なみぞおちに右拳を叩き込む。小さく短い悲鳴と苦痛の表情を浮かべ膝から崩れ落ち、うつ伏せで意識を失った。

 

「さて。次は、お前か?」

 

 小太りの男を指差し宣告すると、慌てて通訳に指示を出した。

 

「ま、待てッ! 地下の二人が、どうなってもいいのかッ!?」

 

 二人の身柄を盾に取る通訳に、呆れ果ててタメ息が漏れる。小太りの男にも分かるように英語で話す。

 

「馬鹿か、お前ら。人質は無事だから意味があるんだ。今は、二人が枷になっているから殺さない程度に手を抜いてやってるだけだ。どういう意味か分かるだろ?」

 

 冷たい言葉で言い放ち、殺気を込めて脅す。

 

「お前たちが、二人を生かしているんじゃない。二人に、お前たちが生かされているんだ。手を下した瞬間、その枷は外れる。容赦なくお前たちを潰す。潰したあとは、お前たちの身元を特定して過去へ跳び。そして、お前たちが計画を実行に移す前に家族、親族、友人関係すべて含めて全員始末する。曲がりなりにもマフィアを名乗っているんだ。いつ消されても文句をいえないような業を積み重ねて来ただろ?」

「ぐっ......!」

 

 人質を盾にすればビビると思ったんだろう、予想外の答えに相手は明らかに怯んだ。

 これは、駆け引きの鉄則。一度でも屈すれば、相手は調子に乗って何度でも要求してくる。そしてその要求は、どんどんエスカレートしていく。こういった相手には、常にこちらが上の立場であると認識させることが常套手段。決して弱味を見せてはならない。

 

「特にお前、楽に死ねると思うな」

 

 小太りの男を指差し、怒気を込めた言葉をぶつける。

 

「――オイ、上がって来いッ!」

 

 小太りの男は反対側の欄干を掴んで身を乗り出し、地下へ向かって大声で叫んだ。すると、カンッカンッカンッと金属性の甲高い音が地下の方から徐々に近づいてきた。地下へと続く階段から姿を現したには、筋肉隆々の上半身裸男。上下のバランスに欠いた気色悪いガタイしてる、そもそも半裸でいる意味が分からない。

 

「多少壊れても構わん、そいつを黙らせろ!」

 

 半裸男は、よほど戦闘に自信あるのか、悠然と歩いて向かってきた。間合いに入ると、右腕を大きく振り上げた。振り上げられた腕を上げた角度、腰の捻り具合を観察。右の打ち下ろし、顔面狙い。半裸男のパンチを簡単に掻い潜り、右膝に蹴りを入れ、バックステップで距離を取る。

 半裸男は、何ごどもなかったかのように再び俺に身体を向けた。

 

「フン......!」

「効果なしっすか」

 

 距離を縮めて、左腕を大きく引いた。今度は、左フック。そして、また律儀にも顔面狙い。こんなテレフォンパンチ、無抵抗な相手と不意を突かれた相手にしか当たらない。大振りの隙を掻い潜り、もう一度右膝に蹴りを入れる。

 このやり取りが何度も続いた。

 上半身の動きは下半身と連動して動くため、対象の腰回りの動きを観察すれば予測は容易い。これなら、福山(ふくやま)のナックル攻略の方がよほど難儀。アメリカで培った勘に頼らない観察力と、ティムの助言で身に付けた対人格闘術が、まさか、こんなところで役に立つとは想いもしなかった。

 対峙すること五分弱、右膝だけを攻め続けた結果が出始めた。半裸男の右膝は内出血を起こし、ズボンの上からでもわかるほど腫れ上がっている。

 

「ウグッ......!」

「タフだな、あんた」

 

 額から尋常じゃないほどの油汗を流している。右膝の痛みで立っているのがやっとで、まともな攻撃はもう繰り出せないだろう。工場の外で、大きな物音が響いた。近くに落ちていた鉄パイプを拾い、二階の通路に居る男たちに投げつける。

 

「う、うわぁーっ!?」

「な、なにを......!」

 

 落下防止のフェンスに直撃し、鈍い金属音を立てて落下。思いがけない突然の攻撃に、二人は悲鳴を上げた。

 

「次は、お前たちだ。逃げれると思うな」

「オ、オイッ! 何をしている!? 高い金を払ってるんだ! もう、“略奪”なんてどうでもいい! さっさと仕留めろッ!」

「......う、うおーッ!」

 

 ――そろそろ、頃合いだな。

 捨て身で突進してくる半裸男を避けて、右膝の裏に蹴りを入れる。バランスを崩して、両手両膝を地面についた。

 

「うぐっ......」

「終わりだ」

「――ッ!?」

 

 半裸男に手をかざすと、廃工場の壁を突き破り、屋外の林へぶっ飛んでいった。小太りの男が動揺して声を荒げる。

 

「な、なんだ!? お前今、何をした!?」

「可笑しなことを聞くな、欲しかったんだろ?」

「ま、まさか......“略奪"で奪った能力かッ!?」

 

 狼狽える小太りの男を無視して、通訳に視線を移して指を差す。

 

「おい、ひょろメガネ。燃えてみるか?」

「えっ――うぎゃぁーっ!?」

「う、うわぁー!?」

 

 突如通訳が火だるまになり、通路に繋がる階段から転げ落ちた。その様子を間近で目撃してしまった小太りの男は、恐怖で大声を上げてガチガチと歯を震わせ怯えている。

 

「さあ次は、お前だ......どう死にたい?」

 

 死の宣告に、通訳が転げ落ちた反対側の階段をかけ下りて逃げようとする。少女が所持していたナイフを拾い、階段の昇り口に先回りする。

 

「うわぁっ!?」

「逃がさないと言っただろ」

「ま、待て、待ってくれ......金ならいくらでもやる! だ、だから――」

 

 追い詰められた小者のテンプレートのような台詞を吐きながら青ざめた怯えきった顔で後退り。鋭い刃を向けながら一定の距離を保ちつつ徐々に追い詰めていく。じりじりと下がって行き、やがて壁まで到達、小太りの男の逃げ場が完全になくなった。

 

「ひっ!? あ、ああっ......」

 

 黙ったまま距離を縮め、左手で男の首を押さえつけ右手に持った鋭利なナイフの先端を、男の顔面に向けた。

 

「殺される覚悟は当然持ってるだろ?」

「ま、待て......待ってくれ......命だけは――」

「死ね」

 

 躊躇なく、ナイフを突き刺す。小太りの男の顔の数センチ横の壁に。顔から血の気が引いた小太りの男は白目をむき、その場で意識を失いヘタレ込んだ。左手を首から離して、天井を見上げて息を吐く。

 

「ふぅ......終わった。ナイスタイミングでしたよ」

 

 声をかけると、廃工場の出入り口と突き破った壁の向こうからそれぞれ男女が姿を現した。

 

「まったく、もっと早く言えよな!」

「そうですよ、ここまで来るのに苦労したんですよ?」

 

 工場の入口からは美砂(みさ)、突き破った壁からは高城(たかじょう)が批難の言葉を口にして廃工場に入ってきた。

 

「申し訳ありません。突然の出来事だったんで報告が遅れました」

 

 ここへ来る前に書いていた遺書というのは、二人へ向けて打ったメール。奈緒(なお)が誘拐されたことを伝えて、高城(たかじょう)の“瞬間移動”でここへ来てくれと頼み、脅しの方法は前世で奈緒(なお)が教えてくれた話を参考にした。

 

「見てください! “瞬間移動”で血塗れですよ!?」

「まったくだ! 柚咲(ゆさ)の身体にキズがついたら、どう責任を取るつもりだっ!」

「そうですよ。美砂(みさ)さんを背負ってくるのは大変だったんですから、特に私の背中に、ゆさりんのむ、胸が――」

「ふんっ!」

「ぐわぁーっ!?」

 

 高城(たかじょう)が言い終わる前に、美砂のハイキックが後頭部を捉えた。このやりとり、なんだか懐かしい。

 

「ここ、お任せしていいですか?」

「任せとけ。つーか、その頭の取っていけよ」

「ああ......ですね。じゃあお願いします」

 

 倒れている高城(たかじょう)の代わりに美砂(みさ)に、この場を任せ。変装に使っていた前髪が長いウィッグを脱ぎ捨て、半裸男が出てきた階段を降りて工場の地下へと向かう。

 地下に到達し、周囲を警戒。どうやら、もう敵はいないようだ。読み通り、マンションの見張りに人員を割いたのだろう。それでも潜んでいる可能性を考慮しつつ、奥へと進む。唯一光が灯っているところで吊るされた奈緒(なお)と、椅子に拘束された熊耳(くまがみ)を見つけた。

 

「な、奈緒(なお)! 熊耳(くまがみ)!」

 

 俺の声に、熊耳(くまがみ)が顔を上げた。

 

「だ、誰だ......?」

 

 熊耳(くまがみ)の声は、聞き取り辛かった。足下に目をやると、歯や爪らしき物が散らばっている。惨い。目を覆いたくなる。

 

「助けに来た。“予知”能力者と言えば分かるか?」

「......あ、ああ。俺は、後でいい......友利(ともり)を頼む......」

 

 ロープで吊るされた奈緒(なお)に一瞬目を向けた熊耳(くまがみ)は、苦しそうに顔を下げた。

 うなずいた俺は、近くの机に置かれていたナイフを手に取る。ナイフの横に、注射器と薬物が入っていたと思われる小瓶が転がっていた。おそらく、自白剤の類い。これだけの肉体的苦痛を与えられても吐かなかったんだ。スゴい人だ、この人は――。

 ナイフでロープを切り、粗末な吊され方をした奈緒(なお)を受け止める。彼女の頬に触れる。前髪の下に殴られた跡がある。身体にも、いくつか打撲の跡が残っていた。

 

「......奈緒(なお)

「......友利(ともり)は、無事なのか?」

「ああ、気を失っているだけだ」

 

 上着を脱いで、奈緒(なお)の体に掛ける。一旦寝かせて、今度は熊耳(くまがみ)を拘束しているロープを切り落とす。体が自由になり、重力で腕がだらんと落ちた。

 

「い、いってぇー......」

「だろうな。歩けるか? 無理だよな」

 

 奈緒(なお)を抱きかかえ、熊耳(くまがみ)に肩を貸して階段に向かう。

 

古木(ふるき)さんの......家族は?」

「大丈夫だ、七野(しちの)たちがついてる」

「......そうか」

 

 降りてきた階段を登り地上に出ると、俺たちに気が付いた高城(たかじょう)が血相を変えて駆け寄ってきた。

 

「ご無事ですかって、血塗れじゃないですか!?」

「それは、お前もだろ......?」

 

 高城(たかじょう)の姿を見て、熊耳(くまがみ)は冷静に突っ込みを入れた。これなら、大丈夫だろう。

 

「代わります。私に掴まってください」

「お願いします」

 

 熊耳(くまがみ)高城(たかじょう)に任せて、奈緒(なお)を抱き直す。すると今度は、美砂(みさ)が駆け寄ってきた。

 

友利(ともり)は、無事なのかっ!?」

「ところどころ打撲がありますけど、気を失っているだけです」

「......そっか」

 

 美砂(みさ)は、心底安心した表情(かお)を見せた。

 

「ヤツらは?」

「ん? ああ、落ちてたロープで縛っておいた」

 

 辺りを見渡すと確かに縛られている。半裸の男は高城(たかじょう)の体当たりで外に飛んだから、ここには居ないようだ。

 

「そうですか。申し訳ないですが、乙坂(おとさか)さんに連絡して、ここに車を呼んでもらえますか?」

「ああ、わかった」

 

 制服のポケットから黒羽(くろばね)のスマホを取り出した美砂(みさ)は、乙坂(おとさか)に電話をかけて、この場所を伝える。

 

「わかった、じゃあな。仲間の連絡で近くまで来てるとかで、あと10分くらいで着くってよ」

「そうですか、ありがとうございます。では、外で待ちましょう」

「ああ」

「はい、そうしましょう」

 

 廃工場の出口へ向かって歩く。

 ――しかし、なんだろうか、このピリついた感じは......?

 この時、絶対にしてはならない失態を犯した。

 勝ちを確信した時、必ず隙が生まれる。

 違和感を感じて後ろを振り返ると、ナイフを持った少女が突進してくる。違和感の正体、彼女が見当たらなかった。

 ――避け......ダメだ、もう間に合わない。今避けたら、奈緒(なお)に当たる。左足を軸に右足を振り抜き身体を翻した背中に、少女のナイフが突き刺さる。

 

「――ぐっ!?」

「あ......お、おいっ!?」

「くっ!?」

 

 背中に激痛が走る。足の踏ん張りが効かない。

 咄嗟に、奈緒(なお)の頭を庇う。体が傾き、徐々に失いつつある意識の中、高城(たかじょう)が“瞬間移動”で少女に体当たりして吹き飛ばしたのが見え、美砂(みさ)が駆け寄って来ているのが見えた。

 傾いた体が地面に叩きつけられる前に、俺は――意識を失った。

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