Charlotte ~時を超える想い~   作:ナナシの新人

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今回から数話、奈緒(なお)視点となります。


Episode37 ~素直な気持ち~

 気がつくと、ベッドで横になっていた。

 最初に目に入ってきたのは、見覚えのない天井。どうして知らない部屋で眠っていたか不思議に思いつつ、顔を横に向ける。開いている窓から流れ込む少し生温い夏の風に、清潔感のある白いレースのカーテンが涼しげになびいて揺れている。

 

「ここは......? イタっ......」

 

 左頬が痛い。触ってみると、ガーゼが貼られていた。それに、ほっぺだけじゃない。よく見ると腕にも湿布が貼られていて、他にも痛いところがいっぱいある。意識がはっきりしていくにつれて、だんだん思い出して来た。

 ――そうだ、あたしは......。

 

「あ、気がついたのね。よかった」

 

 女の人の声、声の方へ顔を向ける。

 あたしと同世代くらいの面識のない女子が、部屋に入ってきた。警戒して身体を起こそうとしたところを制止して、あたしをゆっくりベッドへ寝かせた。

 

「あの、どちらさまですか......?」

「私は、目時(めどき)隼翼(しゅんすけ)熊耳(くまがみ)の仲間よ」

隼翼(しゅんすけ)さんと、熊耳(くまがみ)の仲間......?」

 

 知っている二人の仲間......。つまりこの人は組織の人間で、味方ということでいいんでしょうか。というか、熊耳(くまがみ)は年上だったんですね。これからは「さん」付けすることにしましょう。

 

「連絡してくるから、ちょっと待ってて」

 

 スマホを見せながら、部屋を出ていった。目時(めどき)さんが戻ってくるまでの間に、部屋の中を見回してみる。どこか、兄が入院している病室と少し雰囲気が似ている気がする。やっぱり、どこかの病院ですよね、雰囲気的に。

 ほどなくして、彼女は戻ってきた。部屋の隅にあったパイプ椅子をベッドの脇に持ってきて、静かに腰を下ろした。

 

「お待たせ。すぐに先生がくるから、それまで少し話を聞かせて。なにがあったか覚えてる......?」

「......はい」

 

 あの日、歩未(あゆみ)ちゃんを無事に助けたあと、宮瀬(みやせ)さんに報告の電話をした日の深夜。二人組の男が部屋に押し入って来て、一人は能力で倒したんですが、もう一人の男に殴られて。

 それで――そこから先の記憶がない。

 でも想像すると、どうしようもない不安な気持ちが、とてつもなく嫌な感情が沸々と込み上げて来る。

 

「大丈夫、安心して。物取りとか、暴行とか、そういった類いの目的で、あなたを狙った訳じゃないから」

「と、言いますと?」

 

 あたしの不安定な気持ちを安心させようと穏やかな声で話しかけてくれた目時(めどき)さんは、真剣な表情(かお)になって、相手の目的と正体を教えてくれた。

 

「......そうでしたか。海外のテロリストが“略奪”を狙って、乙坂(おとさか)さんを誘き出すために......」

「うん。関係の薄い熊耳(くまがみ)だけじゃ、有宇(ゆう)くんが動かないと判断して、あなたを拉致したみたい」

 

 ――なるほど、それで。言われてみれば、能力者保護のため通常よりも遥かに高いセキュリティを施しているマンションにわざわざ侵入なんてこと、特別な目的がなければ普通はしませんよね。

 でもまあ、あたしが今、こうしてここに居ると言うことは、問題は無事に解決したとみていいでしょう。乙坂(おとさか)さんには、助けていただいたお礼を言わないといけませんね。

 

「ところで、ここは? どこかの病院みたいですが」

「あなたのお兄さんが入院している病院よ」

 

 やっぱり、兄が入院している病院だった。道理で部屋の雰囲気が似ていると感じたわけです。でもどうして、この病院なのか疑問が残る。東京にも組織が出資している病院があるわけですし。

 そんな疑問を思っていると、部屋のドアがノックされた。「どうぞー」と返事をすると、男性のお医者さんと女性の看護士さんが病室に入ってきた。二人と入れ替わりで、目時(めどき)さんは席を外す。

 ――あれ、この人たち......。

 二人のことは、見覚えがあった。東京の病院に勤めてる外科医と看護士さんだったはず。

 

「いかがですか? お加減は」

「まだちょっと痛みがありますけど、このくらい平気です」

 

 この程度のケガは、生徒会の任務で負うこともありますし。リンチされた時の方が、もっと痛いですから。

 

「そうですか、それはなによりで。確認のため、いくつかお伺いします。じゃあお願いします」

「ええ。まず最初に、あなたのお名前は?」

友利(ともり)奈緒(なお)です」

「合っているわ。じゃあ次に――」

 

 生年月日、年齢、通っている学校名などの一問一答。返答を聞いた看護士さんは、上から順番にチェックを入れていく。

 

「――以上よ、お疲れさま。彼女の意識は、はっきりしているわ」

「そうみたいだな。では、容態の説明します。左頬に受けた衝撃による頭部打撲及びその他の外傷、分かりやすく言うと全身の軽い打ち身です」

 

 男に殴られて、床とか家具に体をぶつけた出来た打撲(ケガ)と言うことですね。それと殴られたのが顔だったため頭部の検査もしてくれたそうで、幸い脳へのダメージはなかったそうです。それと念のため経過観察ということで、あと数日ここへ入院することになりました。

 

「他には何もなかったわ。あなたを受け持ったのは女性医師だから安心して」

 

 説明を終えたお医者さんが病室を出てあと、残った看護士さんはが目時(めどき)さん同じ話をしてくれたことで本当に安心出来た。

 

「じゃあまた、夕方に診察へ来るわ。何かあったら、ナースコールで知らせて」

「はい、ありがとうございました」

 

 看護士さんが病室を出ていく。そして、先ほどと同じく入れ替わる形で、目時(めどき)さんが入ってきた。どこか浮かない顔をしている乙坂(おとさか)さんと一緒に。

 

「よう」

「どもっす。話は、そちらの目時(めどき)さんから伺いました。危ないところを助けていただいたそうで」

「いや、僕じゃないんだ......」

「ん? どういう意味ですか?」

 

 口をつぐんで答えてくれません。部屋に入ってきた時の様子といい、何かあったんですかね。そういえば、時空移動(タイムリープ)で戻ってきたと打ち明けた日の夜にも似たような態度だった気が。

 

「私から説明するわ」

 

 椅子に座った目時(めどき)さんは、神妙な面持ちで話し出した。

 

「あなたと熊耳(くまがみ)を助けたのは、宮瀬(みやせ)くんなの」

宮瀬(みやせ)さんがですか?」

「ええ。もしものことを考えて、有宇(ゆう)くんのフリをして、二人の救出に行ったの。万が一にも、時空移動(タイムリープ)を失わないためにって」

「なるほど、そうでしたか」

 

 適切な判断だと思います。宮瀬(みやせ)さんの本当の能力は、自身の記憶を引き継ぐ能力。もし仮に失敗しても失敗の教訓を活かして、“時空移動(タイムリープ)”でやり直しが出来ますし。そして何より今、あたしがここに居るということが正しかったという証拠。

 それなのに、この二人の重苦しい雰囲気はいったいなんなのでしょうか。何だか、とても嫌な予感がします。

 

「何があったんですか?」

「ここから先は、熊耳(くまがみ)たちからの聞き伝えになるけど......」

「構いません、教えてください」

「そう、わかった。落ち着いて聞いてね」

 

 目時(めどき)さんは、あたしに念を押した。

 つまりそれは、あたしに関係のあることが起こった。それは間違いなさそう。心してうなづいたあたしに目時(めどき)さんは、あの日起きた出来事を分かりやすいように、まとめて順を追って話してくれた――。

 

           *  *  *

 

 あの日、乙坂(おとさか)さんに扮した宮瀬(みやせ)さんは、高城(たかじょう)美砂(みさ)さんと連携して、テロリストたちを制圧。その後、テロリストに拉致され囚われていたあたしと熊耳(くまがみ)さんを廃工場の地下から救出し、地上で迎えの車を待っていた時、意識を取り戻して身を潜めて体の回復につとめていたテロリストの少女の手によって、背中を鋭利なナイフで刺されてしまい。その場で倒れ込んで、そのまま意識を失ってしまった。

 そしてそれは、抱きかかえていたあたしを庇ってのこと......。

 背中のナイフは、肋骨の間を刃の半分近くまで深く刺さっていて、時間の経過と共に出血を引き起こした。熊耳(くまがみ)さんの指示で高城(たかじょう)は治療道具を探すため地下へ行くも、治療に使えそうな道具は見つからず。体当たりで気絶させた少女を拘束した美砂(みさ)さんは迎えの車が到着するまで、手が血塗れになるのも構わずに必死で背中を圧迫して止血を試みた。

 結局有効な手段を打てず、乙坂(おとさか)さんと隼翼(しゅんすけ)さんが乗った車が到着した時には、彼の背中は真っ赤に染まり血の海。

 乙坂(おとさか)さんから状況を聞いた隼翼(しゅんすけ)は咄嗟に気転を利かせ、都内の渋滞を予測し、組織の息がかかった病院へ迅速にドクターヘリを緊急要請。彼とあたしは、到着したドクターヘリで病院へ緊急搬送された。東京の病院ではなくこの病院になったのは、執刀した主治医の判断。現場から都内へ往復するよりも、障害物の少ない海上を一直線に通って飛んだ方が速いと判断したからだそうです。

 彼の手術には、半日以上を要した。肋骨同士の間を抜けて背中に刺さったナイフは、あと数センチで心臓に達していたそうです。もし、逆に体を捻っていたら......ですが、手術は無事に成功。幸いにも神経は無傷で後遺症も残らないとのこと。ただ、搬送の遅れと大量出血により、危険な状態が何日も続いた。それでも、昼夜問わず二十四時間体制で病院スタッフの懸命な治療・処置のお陰で峠を越えて、集中治療室から一般の個室へと移ることが出来た。

 それは、あたしが目を覚ましてから一週間以上が経ってのことだった――。

 

「なあ、もう十日以上だぞ?」

 

 病室のドアを隔てた向こうの廊下から、男女四人の話し声が漏れ聞こえて来る。今のは隼翼(しゅんすけ)さんの仲間、七野(しちの)さんの声。

 

「わかってるさ」

「弟の、時空移動(タイムリープ)は? アイツの能力なら、記憶を引き継げるんだろ!?」

 

 そう、“時空移動(タイムリープ)”ならやり直せます。でも――。

 

「とっくに試した。だけど、跳べなかった......」

「なんでだよ!?」

「......わからない。有宇(ゆう)の話だと、過去へ跳ぼうとすると見えない壁に弾かれるような感覚らしい」

「壁? 隼翼(しゅんすけ)の時にはなかったの?」

「一度もなかった。もしかすると、“略奪”で奪った能力には、オリジナルとは別の制限があるのかもしれない」

「なんだよ、そりゃ......打つ手はねぇってのかよ」

「結局、私たちに出来ることは何もないってことなの?」

 

 どうしようもない、やるせない想いが四人の会話から痛いほど伝わってくる。それは、あたしも同じ気持ちだからよく分かる。

 

「どうして、あなたが......」

 

 自責の念ばかりが頭に浮かんでくる。

 もし、あたしがテロリストに捕まらなければ、あの電話のあとすぐに空港へ迎えに行っていれば、こんなことにはならなかったのに。

 

「日本に帰ってきたら、伝えたいことがあるって言ってたじゃないですか。まだ、聞いてません......」

 

 どれくらいの時間が経ったのだろう。いつの間にか外は、静かになっていた。隼翼(しゅんすけ)さんたちは、廊下を離れたみたい。

 

友利(ともり)さん......」

 

 四人の代わりに、すぐ後ろで女子の声が聞こえた。この声は、黒羽(くろばね)さん。あたしは振り返らず、彼女に訊ねる。

 

「学校は、どうしたんですか?」

「今日で期末試験が終わったので」

「そうですか」

 

 もう、そんな時期だったんですね。試験サボってしまいました。まあ、追試を受ければいいか。こんな精神状態で試験を受けても集中なんて出来る訳ないですし。

 

乙坂(おとさか)からお聞きました。退院してからずっと、朝からお見舞いに来てるって......少し休んでください。体を壊しちゃいますよ? そうなったら――」

「平気です」

「......そう、ですか」

 

 黒羽(くろばね)さんが心の底からあたしのことを、あたしたちのことを心配してくれているのは分かる。それでもあたしは、黒羽(くろばね)さんの優しさを受け止めるどころか遠ざけしまった。最悪、本当に最悪ですね。

 

「また来ます。今度は、ご飯を作って持ってきます。一緒に食べましょう」

 

 黒羽(くろばね)さんは病室を出て、ゆっくりとドアを閉めた。病室が静かになった。一定の間隔で心音を伝える電子音だけが鳴っている。目の前のベットで、規則正しい呼吸を繰り返し、穏やかな顔で眠り続けている姿になぜか、出会った頃からのことを思い出した。

 

「......今思えば、あなたの印象は最悪でした。あなたと会うまでは、予知能力を使ってお金を荒稼ぎしているんだと思っていましたから。でも、実際の印象は全然違って。話をして見ると、よく笑う人で――いつからっすかね」

 

 いつの間にか、無意識に目で追うようになっていた。

 普段は穏やかなのに、時々、すごく哀しそうな表情(かお)で深い目をすることがあって。何不自由のない生活を送っているハズなのに、どこか酷く孤独に思えて、それが気になって......。

 ――ああ......そっか。これが、そういう感情だったんですね。

 誰かのために傷つくことを厭わない人、思いがけない兄との関係、歩んできた壮絶な過去を知ったあたしは、進むべき道を示してくれた唯一信頼出来る隼翼(しゅんすけ)さんを裏切ってまで虚偽の報告をした。

 それも全部――分かってしまえば、認めてしまえば、素直になれば、こんなに簡単なことだったんですね。

 

「あなたが星ノ海学園に来てからのあたしは、あなたに頼ってばかりでしたね」

 

 ひとつひとつ振り返る。野球の練習を夜遅くまで付き合ってくれた、兄のギターを綺麗に直してくれた。ライブの時も、リンチに合いそうな時も身を呈して庇ってくれて。そして、今回の誘拐事件でも瀕死の重症を負ってまで守ってくれた。

 もう誰も信じないと固く誓ったあたしが、こんな感情を抱くだなんて夢にも思いませんでした。

 

「決めました。あなたは、いつもあたしを守るために無茶ばかりしてキズついてばかり、今回だって。そんなあなたを、今度はあたしが守ります」

 

 一度深く深呼吸をして、パイプ椅子から立ち上がる。そして今なお、眠り続けている宮瀬(みやせ)さんに、あたしは微笑みかけた。

 

「少し待っていてください、準備してきます」

 

 病室を出て、玄関へ向かって歩く。病室と同じ階の休憩スペースに差し掛かったところで、見知った顔を三つ見つけた。

 

友利(ともり)!?」

友利(ともり)さんっ?」

 

 売店近くの休憩スペースでダベっていた乙坂(おとさか)さん、黒羽(くろばね)さん、高城(たかじょう)の声が見事に重なった。

 

「ここは、病院ですよ。静かにしてください」

 

 黒羽(くろばね)さんは、ぱたぱたと早足で近寄って来た。

 

「大丈夫ですか?」

「はい、大丈夫っす。ご心配おかけしました」

 

 素直に頭をさげる。

 

「い、いえいえっ! そんな困りますよー、顔をあげてくださーいっ」

 

 言われた通り顔を上げると、三人ともなぜか驚いた表情(かお)をしていた。どうしたんですかね? まあ今は、急いでいるので気にしないでおきましょう。

 

「ではあたしは、これから行くところがあるので」

「どこにいくんだ?」

「星ノ海学園です」

「今から? もう、学校は終わってるぞ。何をしに行くんだ?」

「これからのための準備です」

「はあ?」

 

 目的を聞いてきた乙坂(おとさか)さんだけではなく、高城(たかじょう)黒羽(くろばね)さんも、頭にクエスチョンマークを浮かべている。心配させてしまっていた三人には申し訳ないですが、今は、こうして話している時間も惜しい。

 

「では、急ぎますので」

 

 あっけに取られている三人を後目に、病院の玄関へ向かって再び歩き出した。玄関を出て、長い階段を下りたところの停留所でバスに乗り、電車を乗り継ついで、星ノ海学園の最寄り駅を目指す。電車が最寄り駅へ着いた頃にはもう、夕方になっていた。

 星ノ海学園へ行く前に併設マンションの自宅へ立ち寄って、簡単に支度を済ませておく。久しぶりに歩く通学路、校門を潜り、昇降口で上履きに履き替えて、生徒も疎らな廊下を職員室へ向かう。ノックをしてから扉を開けて、職員室に入る。目的の担任の先生は、見つけることができた。話をするため、期末試験の採点をしている担任の先生のところへ行くと、向こうもあたしに気が付いた。

 

友利(ともり)! もう、いいのか?」

「はい、ご心配おかけしました」

 

 ぺこ、と頭を下げる。

 

「いや、気にしなくていい。大変だったな、いろいろと」

「いえ。あの、これを――」

「ん? なんだ」

 

 あたしは自宅で用意してきた封筒を、担任に手渡した。封筒の中を確認した担任は、目を大きく見開る。

 

「これは......ちょっと来い!」

 

 職員室から、近くの応接室へ連れて行かれる。

 

「いったいどういうつもりなんだ?」

 

 向かいの席に座った担任は、あたしが提出した封筒をテーブルに置いた。

 

「見ての通り、退学届けです」

「どうして!? やっぱり、今回の件を引きずって――」

「違います」

 

 言い終わる前に、あたしは否定。

 

「やらなきゃいけないことが......いえ、やりたいことがあります」

「それは何だ? 学校を辞めてまでしなきゃならないことなのか?」

「はい、守りたい人がいます。今は、その人の側に居たいんです」

「......宮瀬(みやせ)、か?」

「――はい」

 

 意思は変わらないことを示すため、はっきりと返事を返す。担任は難しい顔で頭を掻く。

 

「......上から大体の経緯は聞いてるし、気に病むのもわかる。だが――」

「だからこそです」

 

 生徒会長のあたしが、いつ意識を取り戻すか分からない人を待ち続けることは、この学校の存在意義を揺るがすことと同義。今後のためにも新しい生徒会長を据えて、新しい体制で活動した方が良いに決まっています。

 

「理屈は分かった、確かにお前の言う通りなんだろう。けど、どうして退学なんだ? 休学じゃダメなのか? そこまでする必要があるんだ?」

 

 星ノ海学園の理事長の隼翼(しゅんすけ)さんは、二つ返事で無期限の休学を容認してくれると思います。でもこれは、あたしのなりの決意(ケジメ)

 

「責任を感じているとか、そういった理由ではなく。私情によるものだからです」

「私情?」

 

 ゆっくりうなづいて、答える。

 

「悩んだり困っている時は、いつも助けてくれて。からかうと少し困った顔で笑って......」

 

 話している間も、どんどん感情が溢れてくる。自分でも信じられないくらいに......。

 

「作った料理を本当に美味しいそうに食べてくれる、それがすごく嬉しくて。あたしは、あの人のことが――好きです」

「もう、いいじゃない」

 

 応接室に女性教師が入ってきた。英語を担当している、仲村(なかむら)先生。

 

仲村(なかむら)先生......ですが――」

「人生は、たった一度きりのもの。誰にも託せないし、奪いもできない。奈緒(なお)ちゃんの人生なの。だから、ここまで言わせた女の子の決意は誰も邪魔しちゃダメよ」

「......わかりました」

 

 仲村(なかむら)先生の説得で、担任の先生が折れた。

 

「よろしい。ねぇ、奈緒(なお)ちゃん」

「あ、はい......」

「あなたの決意が本物だってことはちゃんと伝わったわ。退学届けは、私がしっかり預かっておくから。だから、必ず二人で一緒に戻ってきなさい。その時は、破り捨ててあげるわ!」

「――はい!」

「うんっ、いい返事ね。いってらっしゃい」

「はい、行ってきます」

 

 あたしは、仲村(なかむら)先生と担任に頭を下げて一度自宅へ帰る。玄関に準備しておいた荷物を持ってマンションを出る。

 夏の太陽はすっかり傾き、オレンジ色の夕日がとても眩しくて、とても美しかった。長い間ずっと忘れていた清々しい気持ち。

 鮮やかな夕日に背を押されるように、あたしは最寄り駅への一歩を踏み出した。

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