電車とバスを乗り継いで数時間、入院先の病院に到着。病院の正面玄関を抜けて、長い廊下を宮瀬さんの病室へ歩いていると、とても仲の良さそうな男女が歩いてきた。二人も、あたしに気が付いた。
「あっ、友利のお姉ちゃんなのですー!」
「友利?」
「歩未ちゃんと乙坂さん」
前から歩いてきたのは、乙坂兄妹。
「どうしてここに居るんだ? 東京に戻ったって聞いたけど?」
時刻は既に19時を回っている。面会時間の終わりも近い疎らな時間帯に戻ってきたことを不思議に思われた。
「用事は済んだので。お二人は?」
「あゆと有宇お兄ちゃんは、隼翼お兄ちゃんの付き添いでござるっ」
「兄さんが、熊耳さんの面会に来ているんだ。込み入った話みたいだから、売店で待っているんだ」
歩未ちゃんの話に、乙坂さんが補足を入れた。黒羽さんと高城は、入れ違いで帰宅したそう。
「しっかし、本当に隼翼さんの弟だったんですね。似てないなー」
乙坂さんの顔をまじまじと見て、素直な感想を述べる。ま、整った顔立ちであるところは共通点ではありますけど、歩未ちゃんも可愛いですし。
「ほっとけよ!」
「有宇お兄ちゃん、病院で大きな声を出したらダメなのです!」
歩未ちゃんにお叱りの言葉を頂いた乙坂さんは、気まずそうに顔を背けた。
「うん、そうだよねー。歩未ちゃんはいい子だね、あたしの妹になりませんか?」
「ならないよ!」
歩未ちゃんではなく、兄の乙坂さんが間髪入れずに拒否。誰かさんと一緒で、妹のことになると全く冗談が通じない。
「どうして、あなたが答えるんっすかー?」
「う~ん、どうしよーかな~?」
「お前も悩むなっ!」
「大きな声を出したらダメですっ。冗談なのにー」
あたしと歩未ちゃんは顔を合わせて、「ねぇーっ」と息を揃えて言う。
「うぐっ......」
からかわれた乙坂さんは、まるで苦虫でも噛み潰したような屈辱的な顔をしている。本当にシスコンっすよね、この人。ま、歩未ちゃんのために未来から戻ってくるような人ですし。
「ところで、友利お姉ちゃんはどうして、病院にいるのでしょうか? まさか、ご病気ですかっ?」
「お、おいっ、歩未っ!」
歩未ちゃんの素朴な疑問に、乙坂さんは慌てて止めに入った。「気にしなくていいです」と制止して膝を屈め、歩未ちゃんに目線を合わせる。
「この病院には今、あたしの大切な人たちが入院しているんです」
「それは、一大事なのですー。一日も早く良くなるよう微力ながら、あゆもお祈りいたしますっ」
「うん、ありがとう」
まるで自分のことのように心配をしてくれる歩未ちゃんの頭を撫でながら、お礼の言葉を伝える。歩未ちゃんは、少しくすぐったそうにしながら顔をほころばせた。
「あ、そうだ、まだ時間ありますか?」
「ん? ああ、まだ話が長くなりそうだったから売店に来たんだ」
「そうですか。では、少し待っていてもらえますか?」
「わかった。歩未、ジュースでも飲むか?」
「アイスがいいー」
「わかったわかった」
一度二人と別れて、病室に中に入る。持ってきた荷物をベッドの横に置き、昼と同じように眠ったままの彼に「また、少し出てきますね」と伝えてから病室を出て、二人が待つ売店へ向かった。
「お待たせしました」
「いや、それで何だ?」
あたしは膝を曲げて、歩未ちゃんに視線を合わせる。
「歩未ちゃんは、星は好きですか?」
「はい、大好きなのですーっ!」
「お前いつも、望遠鏡を覗いてるもんな」
「そうでしたか。じゃあ、天体観測に行きませんか? 近くに、とても綺麗な星空が見える場所があるんだよ」
「お~っ! それは是非とも行きたいのですー! あ、でも......」
歩未ちゃんはチラッと、乙坂さんに目を向けた。
「行ってこい。兄さんには、僕から話しておくから」
「いいのっ?」
「ああ。友利、歩未を頼むな」
「はい、お任せください。歩未ちゃん、行きましょう」
「はっ! では有宇お兄ちゃん、行ってきますっ!」
乙坂さんに敬礼した歩未ちゃんと星空を見るため、病院の外へ出る。日が暮れて、辺りはもう暗くなっていた。持参した小型の懐中電灯で足元を照らして、病院の裏手からまっすぐ伸びる一本道を並んで歩く。だんだんと潮の香りが濃くなってきた。
「とうちゃーく」
「す、すごい......すごいのですー!」
目的の岬に到着。沈み行く夕日が美しい岬の澄んだ夜空には、都心とは比べ物にならないほどの満天の星空が広がっている。手を伸ばせば、掴めてしまいそう。
「喜んでもらえた?」
「はいっ! 手を伸ばせば届きそうなのですー!」
同じことを思っていた。星々が瞬く夜空へ向かって目一杯両手を伸ばしてぴょんぴょんっと飛び跳ねる歩未ちゃんは、とても無邪気で微笑ましい。黒いキャンバスの中で瞬く星々の間を光が流れた。
「あっ、流れ星! お願い事間に合わなかったでござる~......」
「歩未ちゃんは、何をお願いしたかったの?」
願いごとが間に合わず残念そうに項垂れている歩未ちゃんに、叶えたかった願いごとはなんだったのか訊ねる。返ってきた答えは、とても優しい気持ち。
「友利お姉ちゃんの大切な人たちが早く良くなりますように、ですっ!」
「――ありがとう。歩未ちゃんは、優しいね」
歩未ちゃんの頭を撫でながら、お礼の言葉を伝える。地面にハンカチを敷いて、星空を眺めながら話を聞いた。学校の友だちこと、今の施設暮らしこと、いろいろなことを歩未ちゃんは楽しそうに話した。
「さて、そろそろ戻りましょー」
スマホの時計を見て、立ち上がりスカートを整える。
「えぇ~、もう帰るのーっ?」
「あんまり遅くなると、お兄ちゃんたちが心配しちゃうよ」
「う~ん......名残惜しですが、了解でござるっ!」
来た道を戻り、病院に帰ってきた。乙坂さんにメッセージを打つと熊耳さんの病室に居るとのことで、病室まで歩未ちゃんの案内してもらうことに。
話し声が聞こえるひとり部屋の病室の戸を軽くノック、「はい」と熊耳さんの返事が返って来たのを聞いて中に入る。病室には、ベッドを椅子代わりに座る熊耳さんと、パイプ椅子に座っている乙坂さん、隼翼さんの三人が居た。
「あゆ、ただいま帰還した所存であります!」
「ああ、おかえり。友利も、歩未を送ってくれてありがとう」
「いえ、お気になさらず」
「奈緒ちゃん、歩未と遊んでくれてありがとな」
「いえ、あたしが歩未ちゃんと遊びたかったんです」
「そっか」
突然、空気が重くなった。いえ、正確にはもっと重くなった、ですね。学校から報告が行き届いているみたいです。
「奈緒ちゃん、話は聞いたよ。これから、どうするつもりなんだい?」
「近くで、アパートを借りようと思っています」
「それじゃ金がかかるだろう?」
「能力の仕事でいただいた報酬の貯金がありますので、しばらくは大丈夫です」
アルバイトを探して、ワンルームのアパートを借りて、節約して生活すれば十分にやっていける。特殊能力の方は、あとで乙坂さんに奪っていただけばもう、科学者に捕まる心配もありませんし。
「隼翼」
「ああ、わかってるよ、プー。奈緒ちゃん、この病院で寝泊まりするといい」
「いえ、それは――」
そんなこと出来るわけない。だってこれは、あたしのわがまま。だけど、隼翼さんは構わずに話を続けた。
「院長とは話はついている。ただ、病室は使えないから、宮瀬の病室に寝泊まりしてもらうことになるけど」
「どうして......」
「この病院は、俺たちの組織が出資して運営しているようなものだから問題ないよ。熊耳の病室と同じであいつの病室も個室だし、広いから簡易ベットを置ける位のスペースは十分にある」
「いえ、そうではなくて。どうして、そこまでしてくれるんですか?」
あたしの疑問に答えたのは、熊耳さん。
「俺が、頼んだ。宮瀬は、俺にとっても命の恩人だからな。まだ、礼を伝えられてない。それに――」
熊耳さんは視線を、隼翼さんに移した。
「俺たち兄弟にとっても......な。もし宮瀬が居なかったら、今回の件で有宇を失っていたかもしれない。いや、有宇だけじゃない。熊耳や、古木さんたちも――」
「僕も同じだ。未来で、宮瀬と友利が居なかったら、僕はどうなっていたかわからない......」
「あのー、なんのお話でしょうか? ちんぷんかんぷんなのです~......」
話題についていけない歩未ちゃんは、両側のこめかみに人差し指を当てながら首をかしげている。そんな歩未ちゃんに、隼翼さんは声を頼りに優しく頭に手を乗せた。
「みんな、宮瀬に感謝してるってことだよ」
「おぉーっ、宮瀬のお兄さんのお話しでしたかっ! あゆも荷物を持ってもらって、ケーキをご馳走していただいたでござるっ。それに、あゆの料理をご馳走する約束もまだなのですーっ」
「そう言えば、そうだったな」
「そうか、歩未もか。じゃあ、早く元気になってもらわないとな。奈緒ちゃん」
「あ、はい......」
「みんな、同じ気持ちなんだよ。けど俺たちは、ずっとここにはいられない。やらないといけないことがある。だから、俺たちの代わり......いや、俺たちの分も、宮瀬のことを奈緒ちゃんに頼みたい。お願い出来るかい?」
「......はい。ありがとう......ございます......」
隼翼さんの、みんなの優しさに触れたあたしは深く頭を下げて、熊耳さんの病室を後にした。宮瀬さんの病室へは向かわず、同病院の精神病棟に入院している兄の病室を訪ねた。鎮静剤が効いているのか、兄は体を起こしたまま一点を見つめている。
「これからは、毎日お見舞いに来られます」
話かけるも、やはり反応は返って来ない。
「......明日、また来ますね」
兄の病室を出て、宮瀬さんの病室へ向かう。病室の前に着くと、あの女性看護士さんが中から出てきた。
「友利さんだったわね。ちょうど今、ベッドの用意が出来たところよ」
「ご迷惑おかけしてすみません、ありがとうございます」
頭を下げて、お礼を言う。
「話は聞いたから。大変だと思うけど頑張って」
「はい、お世話になります」
看護士さんを見送って、病室に入る。ちょっとだけ奥に移動された宮瀬さんのベッドの隣に、簡易ベッドが用意されていた。あたしはベッドを椅子の代わりにして座り、峠を越えてなお昏睡状態が続いている彼に話しかける。
「あなたは、いったいどれだけの人を助けてきたんですか? みんな、あなたに感謝してましたよ。歩未ちゃんの手料理を食べる約束は絶対に守らないとダメっすよ。えっと、それから......あたしも......」
今日は、本当にいろいろなことがあって心身共に疲れきっていたあたしは、話し終わる前に自然と体が横に倒れた。
そして、そのまま眠りについた。