Charlotte ~時を超える想い~   作:ナナシの新人

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Episode39 ~奇跡~

 朝、セットしたスマホの目覚ましが鳴る前に目を覚ましたあたしは、慣れないベッドの上で軽く伸びをして、カーテンを開けた。差し込む夏の朝日を浴びて、目を閉じて深呼吸。まだ涼しい爽やかな風が心地良い。

 

「おはよーございまーす。朝ですよ」

 

 振り返って、隣のベッドで眠っている宮瀬(みやせ)さんに声をかける。だけど、返事は返ってこない。

 隼翼(しゅんすけ)さんたちのご厚意で、同じ病室で寝泊まりと、看病をさせてもらってから数日。容態は相変わらず今もまだ、穏やかな顔で眠り続けている。

 執刀した主治医の先生によると、もう命に別状はないとのことで、いつ目を覚ましてもおかしくない状態という話。でも、いつ意識を取り戻すかまでは分からないそうで。それは次の瞬間かもしれないですし、明日かもしれない、一週間後、一ヶ月後、一年後かもしれません。

 

「どうして、過去に跳べないんですかね? 他の能力は使えるのに」

 

 “時空移動(タイムリープ)”を使えなかった原因を特定するため実験した結果、“念動力”も、“電撃”も、“略奪”で他人に乗り移ることも出来たそうですが、やはり“時空移動(タイムリープ)”で過去に戻ろうすると弾き返されるそうです。そんな訳で結局のところ、乙坂(おとさか)さんが“時空移動(タイムリープ)”を使えない以上、自然に目を覚ますのを待つしかないと言う結論に至りました。

 

「大丈夫です。あなたが起きるまで側にいますので。よし」

 

 着替えを済ませて、先生と看護士さんが朝の診察に来る前に、先日教えてもらった足の血流を良くするマッサージを行う。意識を取り戻した時に、少しでも役に立てばいいんですけど。

 ちょうどマッサージを終えた頃、主治医と看護士さんが朝の診察に訪れた。普段東京の病院で勤務している二人も、しばらくの間この病院に泊まることになったと話した。

 

「呼吸も、心音も、安定している。順調に回復に向かっていますよ」

「そうですか。ありがとうございます」

 

 あたしは、頭を下げる。

 

「大丈夫ですか?」

「はい、大丈夫です」

「そうですか」

 

 気を使ってくれて、それ以上は言わなかった。なにを言っても弱音を吐かないと判断したんでしょう。代わりに看護士さんが、朝ご飯に誘ってくれました。あたしは謹んで申し出を受けて、病院職員やお見舞いの人たち用に完備されている院内のレストランで、二人と一緒に朝食を食べることに。

 

「そう言えば、あなたのお兄さんも、この病院に入院しているそうね」

 

 レンゲですくった麻婆豆腐を口に運びながら看護士さんは、思い出したように兄のことを訊いてきた。

 

「確か、精神病棟の方って言っていたか?」

「はい。ここに入院して、もう二年以上になります」

 

 兄の容態は、入院してから変わっていない。まあ良く言えば悪化していないとも取れますけど。いつの日か正気を取り戻して、もう一度あたしの名前を呼んでくれる日は来るんでしょうか......。

 

「そう。それなら、たくさん話しかけてあげるといいわ。思い出話や何気ない話をきっかけに、突然正気や記憶を取り戻した例は世界中にいくつもあるから」

「昔大事していた物を見せるとか、好きだった音楽を聴かせてあげるのも良い。脳への良い刺激になる」

 

 正気だった頃の兄が一番興味をもっていたことは、やっぱりギターや“ZHIEND(ジエンド)”などの音楽関連。でも入院当初、大事にしていたギターを見せたり、“ZHIEND(ジエンド)”のアルバムを流してみましたけど、結局なにも効果はなくて――。

 

「諦めずに続けることが大事。興味を持っていないように見えても、あなたの言葉は、あなたの想いは必ず、お兄さんに届いているわ」

 

 看護士さんの隣に座っている先生も、優しくうなづいた。

 二人の言葉は、無意識のうちに半ば諦めかけていたあたしの心に深く、深く突き刺さった。

 

 

           * * *

 

 

 朝食を食べ終えて二人と別れたあたしは、兄の病室を訪ねた。虚ろな目で正面を眺めている兄のベッド横の棚の上にある花瓶を持って一旦病室を出て、水を変えてから元の位置に戻し、ベッド脇のパイプ椅子に座る。

 

「えっと、うーん......」

 

 いろいろ話そうと思っていたのに、肝心な最初の言葉が出てこない。こんな時、どう話を切り出せばいいんでしょうか。とりあえず共通の趣味が無難ですかね、となればやっぱり――。

 スマホを操作して、音楽アプリを立ち上げる。流す音楽はもちろん、“ZHIEND(ジエンド)”。ボーカルの美しい歌声とバンドのサウンドが病室中に響き渡る。心地良い楽曲に合わせて体を左右に揺らしあたしは、自然とリズムを取っていた。

 

「ねぇ、お兄ちゃん、覚えてる? あたし、中学の受験直前だったのに『このCD聴いてみろ、奈緒(なお)もぜってー気に入るから!』って、強引に“ZHIEND(ジエンド)”のCDを渡されて。あたしが、あんまりロックに興味がないって言ったら『違う! “ZHIEND(ジエンド)”はロックじゃない、ポストロックだ!』って何度も豪語されて――」

 

 さっきまでが嘘みたいに、次々と言葉が出てくる。気がつくと話し方も昔のあたしに戻っていて。結局兄は、最後まで興味は示してくれませんでしたけど、暴れることもありませんでした。もしかしたら、“ZHIEND(ジエンド)”の楽曲を聴いていたからなのかもしれません。

 この時あたしは、やっぱりあたしたち兄妹を繋いでくれているのは、“ZHIEND(ジエンド)”なんだって改めて思った――。

 

「どうしたんすか?」

 

 兄の病室から宮瀬(みやせ)さんの病室に戻ると、乙坂(おとさか)さんが来ていました。ベッド脇のパイプ椅子で足を組んで座っている。

 

「兄さんが、熊耳(くまがみ)さんの見舞い行くって言ったから僕も一緒に付いてきたんだよ。それから――」

 

 椅子から立ち上がった乙坂(おとさか)さんは、病室に備え付けの棚の上に置いてった、赤いお鍋を差し出した。

 

柚咲(ゆさ)からの差し入れだ」

「なんすか? これ」

 

 乙坂(おとさか)さんは、どこか気恥ずかしそうにして言うのをためらっている。

 

「......ゆさりん特製クリームシチューらしいぞ」

「おお~っ、マジですかっ。病院のご飯って少ないんで助かりますっ」

 

 ためらっていたのは、口に出すのが恥ずかしかったんですね。

 

「あ、やっぱりそうなのか?」

「はい。あと素材の味を活かした優しい味付けのメニューが多いです。黒羽(くろばね)さんに、お礼を伝えておいてください。あと痛々しいので減点、と」

「ああ、伝えておく」

 

 乙坂(おとさか)さんは、小さく笑った。

 

「あ、そうだ。これ、あなたにあげます」

 

 鍋を備え付けの冷蔵庫に入れて、バッグの中から取り出した封筒を差し出す。

 

「これ、“ZHIEND(ジエンド)”のチケットじゃないか」

「明後日なんで急ですけど、よかったらどうぞ」

「お前は、行かないのか?」

「はい。ですので、代わりに行ってきてください」

「......そっか。じゃあ、ありがたく行かせてもらうな」

 

 乙坂(おとさか)さんは、思ったよりもあっさりと受け取った。もしかしたらチラッと、ベッドを見たのを気づかれていたのかもしれませんね。

 

「なにか欲しいライブグッズとかあるか? あるなら代わりに買ってくるけど」

「いえ、特にグッズに興味はないので。そうだ、一つありました」

「ん? なんだ?」

「スマホケースをお願いします!」

「ああー......“ZHIEND(ジエンド)”のロゴが入った高機能スマホケースか」

「ん? 知ってんすか」

「そうか、話してなかったな。未来のお前は、スマホケースを買ってたんだよ」

「へぇ、そうだったんすね。では、それと同じのをお願いしますっ」

「ああ、わかった。必ず買ってくるよ」

「はい、お願いしまーすっ」

 

「じゃあ、またな」と病室を出た乙坂(おとさか)さんを見送って、簡易ベッドを椅子の代わりにして座る。ふと疑問が浮かんだ。未来でライブグッズを買ったと言うことは、“ZHIEND(ジエンド)”のライブ会場に行ったと言うこと。ライブのチケットは、兄の分と合わせて二枚取っていました。つまり乙坂(おとさか)さんと二人で行った? いえ、それはないっすね。未来のあたしもきっと、今のあたしと同じ想いを抱いていたハズですし。

 

「起きたら教えてくださいよ? 話も聞けてないですし。少し期待してるんですから......」

 

 さて、お昼にしましょう。もういい時間ですし。

 黒羽(くろばね)さんのクリームシチューは、夜にいただくことにして。お昼を買いに売店へ行くことにしました。

 

 

           * * *

 

 

 翌日の昼過ぎ、あたしは病院を離れて近くの街へ来ていた。駅近くのコインランドリーで洗濯と乾燥が終わるのを待つ間に家電量販店へ行き、寒いくらい冷房が効いた店内を、目当ての音楽プレーヤーの売り場へ向かう。

 到着した売り場の前で、あたしは悩んでいた。あたしはイヤフォンを買ってスマホで聴くとして、悩んでいるのは兄の分。小型のコンポにするか、携帯型の音楽プレーヤーにするかが問題です。病院なので、他の患者さんたちの迷惑にならない音楽プレーヤーにするのが最善なんでしょうけど。それだとイヤフォンかヘッドフォンが必要になるので、音楽を聴きながら話すことが出来ないと言うデメリットがあります。

 

「う~ん......よしっ」

 

 悩んだ末にあたしは、置き場を選ばない音楽プレーヤーを購入することにしました。それと、プレーヤーに繋げられる小型スピーカーも一緒に購入、これなら状況に応じて使い分けられます。お店を出て、コインランドリーで洗濯物を受け取り、病院へ戻った。

 

「今日は、あなたの話をしました」

 

 昨日と同じように“ZHIEND(ジエンド)”を聴きながら兄に話した内容を、目の前のベッドで眠っている宮瀬(みやせ)さんに伝える。

 

「きっと驚くでしょうね、成長したあなたを見たら。いつか思い出話をしながら、三人で笑い合える日が来るといいっすね」

 

 話し終えた時には、もう外は暗くなっていた。

 晩ご飯を食べようと立ち上がった時、病室のドアがノックされた。

 

「はい、どうぞー」

 

 返事をすると、ゆっくりドアが開いた。

 

友利(ともり)

「ああ、あなたですか。それに――」

 

 病室を訪ねて来たのは、乙坂(おとさか)さん。それともう一人、よく知る顔の女性。

 

「この人は、“ZHIEND(ジエンド)”のボーカルだ」

「ちーっす! “ZHIEND(ジエンド)”のボーカルのサラ・シェーンでーすっ!」

 

 そう、乙坂(おとさか)さんが連れてきた女性は、ライブ本番を明日に控えた“ZHIEND(ジエンド)”のボーカル、サラ・シェーン。

 

「それは、知ってますけど......」

友利(ともり)、ちょっといいか? 事情を説明してくるから、ちょっと待っててくれ」

「あいよ~」

 

 サラさんに断りを入れた乙坂(おとさか)さんは、突然の出来事にただただ呆気にとられていたあたしを廊下へ連れ出した。

 

「で、なんすか? これはいったい......」

宮瀬(みやせ)に、あの人の生歌を聴かせるために連れてきたんだ」

「なして?」

「僕は、未来で“ZHIEND(ジエンド)”のライブを聴いて失っていた記憶を取り戻した。だから、あの人の歌を聴けば宮瀬(みやせ)にも、なにか良い影響を与えてくれるかもしれない......!」

 

 確かに、“ZHIEND(ジエンド)”のボーカルのサラさんの歌には、特別な力がある気がします。昨日も、今日も“ZHIEND(ジエンド)”を流して話しかけている間、兄は、ずっと落ち着いていました。もしかしたら――。

 

「......わかりました。可能性は、ゼロではありません。あなたの判断にお任せします」

「よし! ありがとう。じゃあ中に戻ろう」

 

 病室に戻ると乙坂(おとさか)さんは、サラさんに事情を説明した。快く引き受けてくれた彼女の手を引いて、ベッドの前まで連れて行く。

 

「ここで、いいのか?」

「ああ、頼む......」

 

 ――わかった、と頷いたサラさんは自分の胸に手を当てて、ゆっくり息を吸った。なんとも形容しがたい独特の緊張感が漂う。そして、歌い出した。アカペラにも関わらず、音を外すことなく、澄んだ美しい歌声が響き渡る。

 ――あれ? 今のは......。

 サラさんの歌声に混ざって、別の音が聞こえた気がした。最初は気のせいかと思いましたが、その音は、徐々に鮮明になっていった。

 

「ダメ、か......」

「悪いな、力になれなくて......」

「いや、サラさんのせいじゃ......」

 

 歌い終わり、なにも起こらなかったことに落胆する二人。

 

「いえ......」

 

 今にも溢れ出しそうな涙を必死に堪えながら頭を下げて、サラさんへ心からのお礼の言葉を伝える。

 

「奇跡は、起こりました......。本当にありがとうございました......」

「えっ?」

「そっか、それはよかった。私も嬉しいよ」

 

 乙坂(おとさか)さんは戸惑って、サラさんは微笑みながら自分のことのように嬉しそうに言った。二人にして欲しいと伝えると、乙坂(おとさか)さんはサラさんを連れて病室を出て行った。

 二人きりになったあたしは、ベッドの横に移動して手を重ねる。彼の体温が、懐かしくて大好きだった温もりが伝わってくる。

 

「奇跡って、本当に起きるんですね。全部、思い出しましたよ。あたしたちは――」

 

 あの音の正体は――声だった。今、手を重ねている彼の声。

 歌を聴いている間、知らないはずの言葉が、二人で過ごした幸せな日々の想い出が甦ってきた。

 ――そう、あたしたちは本当に短い間でしたけど。確かに、本当に“恋人”だった。

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