昨夜あたしは、“
「あたしが見ていた夢は、あなたと過ごした日々だったんですね」
必ず別れが訪れることを知りながらも、恋人として一緒に過ごすことを選んで過ごした短くも大切な時間。そして、訪れた別れの時にした、あの約束――。
「いつ起きるんですか? もう、二週間になりますよ」
今朝の診察によると、昨日よりも体温も上がって血色が良くなっているからそろそろ目覚めるのではないか、という診断でしたが、今のところ予兆のようなものは感じられない。ま、命には別状はないことですから、気長に待ちましょう。
視線を窓の外へ移す。夏の象徴の真っ白な入道雲が高く伸びて、青空を覆い尽くすほど大きく広がっている。
「もうすぐ、夏休みですね」
海水浴、プール、夏祭り、花火大会。毎日のように夏定番のイベントが目白押し。あたしにとっては、憂鬱な夏休み。学校と調査に忙しない方が、余計なことを考えずにいられる。でも、今年は――。
「ん? はーい、今行きまーす」
時計が午後三時を回った頃、病室のドアがノックされた。席を立って応答へ向かう。
「どうしたんすか?」
「
「こんにちは~」
来客は、
「今日は、お見舞いに伺いました。こちらは、差し入れのお菓子です」
「ですですっ」
「ども。どうぞー」
病室に入ってすぐ、二人は異変に気がついた。
「おや、先日伺った時よりも、ずいぶんと顔色が良くなっていますね」
「ですねーっ」
毎日見ているあたしよりも、二人の方が変化を実感できるみたい。
「あ、そうだ。
「あっ......はいっ!
「へぇ、そうなんすね」
あたしたちのやり取りを見ていた
「......た、大枚を叩いてでも食べたい、ゆさりん特製のクリームシチュー! なぜ私は、健康体なんでしょうかッ!?」
両手で頭を抱え込み、涙を流しながら大声で嘆く
「お前、不謹慎にも程があるぞっ!?」
それはさて置き、この病室にはパイプ椅子が二組しかないため、二人にパイプ椅子に座ってもらって、あたしはベッドに座っての会話。
「生徒会の仕事が、能力者の調査よりも大変だとは思いませんでした」
「あたしの苦労が、わかりましたか?」
「骨身に染みていますよ......いえ、本当に」
「わたしも、もっとお手伝い出来ればいいんですけど......」
申し訳なさそうな
「ゆさりんには、日本中に素敵な笑顔で元気を届けるという大切なお仕事があるんです! 生徒会のことは気になさらず、全て私にお任せください!」
「だそうですよー?」
「まっ、最初から気にしてねーけどなっ」
「悪魔のような人ですね!?」
「これあげるんで、もうしばらくお願いします」
「これは? ま、まさか......!」
「そのまさかです」
小分けにして冷凍保存しておいたクリームシチューが入った容器を渡すと、
「ううっ、天使のような人ですね......。この『ゆさりん特製クリームシチュー』があれば、あとひと月は頑張れますッ!」
「ったく、大袈裟なヤツだな。ま、生徒会のことはアタシらに任せとけよ」
普通のテンションに戻った
「それでは、我々はそろそろおいとまさせていただきます」
「じゃあな」
「ありがとうございました」
席を立った二人を見送ったあたしは、空いたパイプ椅子に腰をかける。
「まったく、あの二人が揃うと騒がしいですね」
――ありがたいですけど。
主治医の先生が夜の診察に来る前に、持ってきてくれた差し入れを片付けていると、突然、振動音が響いた。ベッドに置いてある、自分のスマホを見る。
「あたしのじゃない、と言うことは......」
「勝手に出たら、不味いっすよね」
そう思いながらも、大切な用件かもしれないと思って見たディスプレイ上に表示されている発信者の名前は聞き覚えがあった。
「あっ! この人! すみません、出ます」
眠る持ち主に断りを入れて、通話ボタンを押す。
『Hey, Sho!』
受話口から聞こえてきたのは、英語の挨拶。英会話にはあまり自信はないですけど、それでも話してみる。
「あのー」
『あれ? ショウ、じゃない?』
「は、はい。あたしは、
『ああー、ショウの彼女だね!』
「えっと......はい、そうです」
あたしは、少し躊躇して肯定した。
『うわぁっ、本当に彼女なんだ! 日本語でいいよー』
「あ、はい」
英語から流暢な日本語に変わった。非常にありがたい。
『オレは、ニール。キミは?』
「
『トモリ......だね。うん、覚えた。ところで、ショウは?』
「えっと......」
『フム、なるほど。ケガの影響で今も昏睡状態が続いて、切り札の“
「はい......。命に別状はないそうですが、いつ意識を取り戻すかわからなくて」
『それは、ちゃんと検査しないとわからないけど。“
「えっ?」
『身体が大きなダメージを受けてるから、“共鳴"が無条件に防御に働いてるんだよ。だから、“
考察を聞いて、呆気にとられてしまう。
『どうしたの?』
「いえ、なんでもないっす」
『そう? じゃあオレも、すぐに日本へ行くから。入院先の病院の住所と名前を教えてもらえる?』
「はい、えっと......」
ニールさんに、入院先の病院の名前と住所を伝える。
『オーケー! じゃあ病院で会おう。またね』
「あ、はい。失礼します......」
通話を終え、携帯電話を元の箱の中に戻す。
通話を終えた後も、ただただ呆気にとられていた。あれほど疑問だったことが、たった一本の電話で。それもものの十分足らずのわずかな会話の中で、こんなにもあっさりと納得出来てしまう解答を得られるとは思いもしなかったから。
「本物の天才とは聞いていましたけど」
新たな能力を創り出した中心人物。改めてスゴい人たちなんだと思い知らされた。
「あと、あなたの親友に彼女だって言ってしまいましたけど、いいっすよね?」
事実、前世では付き合っていた訳ですし。スマホの時計を見る。“
今から数時間後、あたしたちは別れの時を迎えた。側に座って、手を重ねる。
「前は、
重ねた手は、昨日よりも、ずっと温かかった。
* * *
翌日のお昼過ぎ、来客がやって来た。
「これ、頼まれてたスマホケース」
「おお~っ、ありがとうございます!」
代金を渡して、受け取ったスマホケースをさっそく装着。
「おおっ、かっけー! 見てください、この“
「ああ、いいと思うよ。色は、その色で良かったよな?」
「はい、ありがとうございましたっ」
前世と同じカラーのスマホケースをゲット出来て大満足。使う機会が一度しかなかったので、これから本格的に使える機会が、とても楽しみです。
「ところで
「あ、はい。順調に回復に向かっているそうです」
「確かに、一昨日の夜見た時よりも顔色が良くなってるみたいだ」
「そうか。それは、よかったよ」
「あの、
「
「それは、なによりで。あ、そうだ。
「は? どうして?」
「ちょっとした実験です。もし
「過去へ戻れる? ......わかった、やってみる」
「あれ?」
「
「ダメだ、乗り移れない......」
「――なに!?」
「やはり、奪えませんでしたか」
「どう言うことなんだい?
昨日聞いたニールさんの推察を、二人に話した。
「......なるほど。確かに、それなら辻褄は合う。精神攻撃は完全に無力化出来ると言っていたけど、まさか無意識下の状態においても有効だったなんて。けどこれで、
「能力で無力化されていたから僕の能力は、
「結局、自然に目を覚ますのを待つしかないワケか」
「兄さん」
「分かってるよ、
二人のやり取りが、少し気になった。
これは、新たに問題が生じているような感じがしますね。
「ん? 診察の時間かい?」
「いえ、先ほど終わったばかりですので」
「なにか、あったんですか?」と
二人に断りを入れてから応対する。ドアを開けた先に居たのは、ダークブラウンの髪に鮮やかなブルーの瞳を持ち。スタイリッシュにスーツを着こなしている、あたしより少し年上の青年。彼はあたしを見るなり、とても爽やかな笑顔を見せた。
「やあ! キミが、トモリだね?」
「はい、そうです。ニールさん......ですよね?」
「うん、ニール・サンティ。よろしく」
「
お互いに自己紹介を済ませたあたしたちは、握手を交わして、病室へ入った。
「誰だったんだ? 話し込んでいたみたいだけど......って、外国人!」
「外国......?」
ニールさんを見て、
「この方は、ニールさん。
「
「そうです。この方が、“
「そうか......じゃあ敵じゃないんだな?」
「もちろん。むしろ同士だね、目的は同じだから」
「日本語!?」
とても流暢な日本語にまた驚く
「翻訳系の能力か?」
「違うよ。オレ、能力者じゃないから」
「自前なのか。日本語上手いな」
「ありがとう。さて――」
お礼を言ったニールさんは、持っていたスーツケースに目を落とした。
「いろいろ話したいこともあるだろうけど、さっそく始めていいかな?」
「なにをするんだ?」
「ショウの検査だよ」
スーツケースからいくつかの機器を取り出し、備え付けのテーブルに並べていく。
「本当に起きないね」
「もう二週間以上になります......」
「そんなに心配しなくて大丈夫だよ。“共鳴”の時は、半年近く生死の境を彷徨い続けていたから。何度も心肺停止寸前まで行ったあの時と比べたら血色も、呼吸も調ってる」
新たな能力を身につけるため命まで賭した、過酷な日々。
今の容態と比べたら、大したことではないのかもしれません。でも――。
「あたしは、心配なんです......」
「そっか。ゴメンね」
申し訳なさそうに謝罪したニールさんは、
「こんな物よく持ち出せましたね」
「コレでね」
渡された用紙に書かれている文書は当然、すべて英語なので部分的にしか理解は出来ませんでしたが、これらの器具の持ち出し許可証であることは分かった。
「これは......州知事の国外持ち出し許可証ですか?」
「うん、そうだよ」
「スゴい権限っすね」
「もちろん偽造だよ。IDとパスポートもね」
「とんでもない人だな!」
「俺は、見えてないから知らないからな......?」
唖然として、言葉も出ない。
「うーん......」
「あの、もしかしてなにか問題があるですか......?」
「うん、ちょっとね」
主治医の先生は大丈夫と言っていましたけど、生死を彷徨う様を間近で見てきた人の言葉に、とてつもない不安な気持ちが込み上げて来る。
「どうにか出来ないんですか......?」
「あるよ。キミにしか出来ないことが――ね」
「あたしにしか出来ないこと......」
「そう。トモリだけが出来ること。手を握って、祈って」
「手を握って、祈る......」
もう、祈ることしか出来ないほどまで深刻な状況なのでしょうか......。
「ちゃんと心から祈って。じゃあオレたちは、外に行くよ。いろいろ話したいことがあるんだ。キミも、だよね?」
「......ああ、俺もしっかり話したいと思っていた。
「あ、うん、じゃあな......」
三人は静かに病室を出ていった。
あたしはベッドの横に膝をついて、
そして、目を閉じて祈る。心から――。
どれくらいの時間が経っただろう。
握っていた手に、ほんのわずかに違う感触が伝わった。
「あっ......」
その突然の異変に目を開けて、確かめる。
ベッドで眠っていた彼の呼吸が変わり、ゆっくりとまぶたを開いた。突然のことに言葉が出てこない。 眩しそうに細めて、ゆっくり動かしていた目と合った。
「な――と、
「――はいっ」
声が聞けた。かすれて聞き取りづらい声だった。
でも、確かに聞けた。ずっと聞きたかった、あの人の声を――。
「......ケガは......平気、ですか......?」
「あたしのことより、自分の心配をしてください......」
右手はしっかり握って、彼の温もりと優しさを感じながら、左手でナースコールを押した。