Charlotte ~時を超える想い~   作:ナナシの新人

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今回も奈緒(なお)視点となります。次回からは、主人公視点になります。


Episode40 ~声~

 昨夜あたしは、“ZHIEND(ジエンド)”のボーカル、サラ・シェーンの生歌(アカペラ)を聴いたことで、前世の記憶を取り戻すことが出来た。

 

「あたしが見ていた夢は、あなたと過ごした日々だったんですね」

 

 必ず別れが訪れることを知りながらも、恋人として一緒に過ごすことを選んで過ごした短くも大切な時間。そして、訪れた別れの時にした、あの約束――。

 

「いつ起きるんですか? もう、二週間になりますよ」

 

 今朝の診察によると、昨日よりも体温も上がって血色が良くなっているからそろそろ目覚めるのではないか、という診断でしたが、今のところ予兆のようなものは感じられない。ま、命には別状はないことですから、気長に待ちましょう。

 視線を窓の外へ移す。夏の象徴の真っ白な入道雲が高く伸びて、青空を覆い尽くすほど大きく広がっている。

 

「もうすぐ、夏休みですね」

 

 海水浴、プール、夏祭り、花火大会。毎日のように夏定番のイベントが目白押し。あたしにとっては、憂鬱な夏休み。学校と調査に忙しない方が、余計なことを考えずにいられる。でも、今年は――。

 

「ん? はーい、今行きまーす」

 

 時計が午後三時を回った頃、病室のドアがノックされた。席を立って応答へ向かう。

 

「どうしたんすか?」

友利(ともり)さん、お疲れさまです!」

「こんにちは~」

 

 来客は、高城(たかじょう)黒羽(くろばね)さん。一瞬、学校は? 思いましたが今日は休日であることを思い出した。暑い夏空の下、バス停からの長い階段を上ってきた二人は、額に少し汗をにじませている。

 

「今日は、お見舞いに伺いました。こちらは、差し入れのお菓子です」

「ですですっ」

「ども。どうぞー」

 

 病室に入ってすぐ、二人は異変に気がついた。

 

「おや、先日伺った時よりも、ずいぶんと顔色が良くなっていますね」

「ですねーっ」

 

 毎日見ているあたしよりも、二人の方が変化を実感できるみたい。

 

「あ、そうだ。黒羽(くろばね)さん。クリームシチュー、ありがとうございました。とても美味しかったです。よかったら今度、レシピを教えてください」

「あっ......はいっ! 宮瀬(みやせ)さんが退院したら、一緒に作りましょー! 黒羽(くろばね)家では、元気の源として重宝されているんですよー」

「へぇ、そうなんすね」

 

 あたしたちのやり取りを見ていた高城(たかじょう)が、わなわなと身体を震わせていた。冷房で汗が引いて寒くなったんでしょうか。少し設定温度を上げるか、と思っていると。

 

「......た、大枚を叩いてでも食べたい、ゆさりん特製のクリームシチュー! なぜ私は、健康体なんでしょうかッ!?」

 

 両手で頭を抱え込み、涙を流しながら大声で嘆く高城(たかじょう)に「ひくなっ!」と、あたしと美砂(みさ)さんは、間髪入れずに声を合わせてツッコミを入れる。

 

「お前、不謹慎にも程があるぞっ!?」

 

 美砂(みさ)さんは、さらに叱責を浴びせている。ま、こうして軽口を言えるということは、それだけ良くなっている証拠とも。

 それはさて置き、この病室にはパイプ椅子が二組しかないため、二人にパイプ椅子に座ってもらって、あたしはベッドに座っての会話。

 

「生徒会の仕事が、能力者の調査よりも大変だとは思いませんでした」

「あたしの苦労が、わかりましたか?」

「骨身に染みていますよ......いえ、本当に」

「わたしも、もっとお手伝い出来ればいいんですけど......」

 

 申し訳なさそうな表情(かお)黒羽(くろばね)さん。期末試験が終わって芸能(アイドル)活動を再開したため、以前のように遅刻や早退、欠席の頻度も戻ったそう。

 

「ゆさりんには、日本中に素敵な笑顔で元気を届けるという大切なお仕事があるんです! 生徒会のことは気になさらず、全て私にお任せください!」

「だそうですよー?」

「まっ、最初から気にしてねーけどなっ」

 

 美砂(みさ)さんが出てきて、遠慮なく思い切り笑い飛ばした。

 

「悪魔のような人ですね!?」

「これあげるんで、もうしばらくお願いします」

「これは? ま、まさか......!」

「そのまさかです」

 

 小分けにして冷凍保存しておいたクリームシチューが入った容器を渡すと、高城(たかじょう)は目に涙を浮かべ、また小刻み身体を震わせた。

 

「ううっ、天使のような人ですね......。この『ゆさりん特製クリームシチュー』があれば、あとひと月は頑張れますッ!」

「ったく、大袈裟なヤツだな。ま、生徒会のことはアタシらに任せとけよ」

 

 普通のテンションに戻った高城(たかじょう)が、美砂(みさ)さんに同意するように頷いた。そして二人は、席を立つ。

 

「それでは、我々はそろそろおいとまさせていただきます」

「じゃあな」

「ありがとうございました」

 

 席を立った二人を見送ったあたしは、空いたパイプ椅子に腰をかける。

 

「まったく、あの二人が揃うと騒がしいですね」

 

 ――ありがたいですけど。

 主治医の先生が夜の診察に来る前に、持ってきてくれた差し入れを片付けていると、突然、振動音が響いた。ベッドに置いてある、自分のスマホを見る。

 

「あたしのじゃない、と言うことは......」

 

 宮瀬(みやせ)さんの所持品が保管してある箱の中の携帯電話を取り出す。振動音と一緒に、着信を知らせるランプが点滅していた。

 

「勝手に出たら、不味いっすよね」

 

 そう思いながらも、大切な用件かもしれないと思って見たディスプレイ上に表示されている発信者の名前は聞き覚えがあった。

 

「あっ! この人! すみません、出ます」

 

 眠る持ち主に断りを入れて、通話ボタンを押す。

 

『Hey, Sho!』

 

 受話口から聞こえてきたのは、英語の挨拶。英会話にはあまり自信はないですけど、それでも話してみる。

 

「あのー」

『あれ? ショウ、じゃない?』

「は、はい。あたしは、宮瀬(みやせ)さんの――」

『ああー、ショウの彼女だね!』

「えっと......はい、そうです」

 

 あたしは、少し躊躇して肯定した。

 

『うわぁっ、本当に彼女なんだ! 日本語でいいよー』

「あ、はい」

 

 英語から流暢な日本語に変わった。非常にありがたい。

 

『オレは、ニール。キミは?』

友利(ともり)と言います」

『トモリ......だね。うん、覚えた。ところで、ショウは?』

「えっと......」

 

 宮瀬(みやせ)さんの大学の親友ニールさんに今、起きている状況をありまま説明。すると、動揺したような反応は見受けられず予想に反する反応が返ってきた。

 

『フム、なるほど。ケガの影響で今も昏睡状態が続いて、切り札の“時空移動(タイムリープ)”も、なぜか発動出来ないと』

「はい......。命に別状はないそうですが、いつ意識を取り戻すかわからなくて」

『それは、ちゃんと検査しないとわからないけど。“時空移動(タイムリープ)”を発動出来ない理由は、単純な理由だよ』

「えっ?」

『身体が大きなダメージを受けてるから、“共鳴"が無条件に防御に働いてるんだよ。だから、“時空移動(タイムリープ)”とか“略奪"みたいな、自分が意図しない影響を与えるような能力を無力化してるんだろうね』

 

 考察を聞いて、呆気にとられてしまう。

 

『どうしたの?』

「いえ、なんでもないっす」

『そう? じゃあオレも、すぐに日本へ行くから。入院先の病院の住所と名前を教えてもらえる?』

「はい、えっと......」

 

 ニールさんに、入院先の病院の名前と住所を伝える。

 

『オーケー! じゃあ病院で会おう。またね』

「あ、はい。失礼します......」

 

 通話を終え、携帯電話を元の箱の中に戻す。

 通話を終えた後も、ただただ呆気にとられていた。あれほど疑問だったことが、たった一本の電話で。それもものの十分足らずのわずかな会話の中で、こんなにもあっさりと納得出来てしまう解答を得られるとは思いもしなかったから。隼翼(しゅんすけ)さんたちが命がけで作り上げた組織に協力してくれている、科学者たちでさえも原因を特定出来ず、お手上げ状態だったのに。

 

「本物の天才とは聞いていましたけど」

 

 新たな能力を創り出した中心人物。改めてスゴい人たちなんだと思い知らされた。

 

「あと、あなたの親友に彼女だって言ってしまいましたけど、いいっすよね?」

 

 事実、前世では付き合っていた訳ですし。スマホの時計を見る。“ZHIEND(ジエンド)”のライブ開始時刻が迫っていた。

 今から数時間後、あたしたちは別れの時を迎えた。側に座って、手を重ねる。

 

「前は、乙坂(おとさか)さんが倒れたから最後まで聴けませんでしたけど。次の機会があったら、今度は、最後まで一緒に聴けるといいですね」

 

 重ねた手は、昨日よりも、ずっと温かかった。

 

 

           * * *

 

 

 翌日のお昼過ぎ、来客がやって来た。

 乙坂(おとさか)さんと隼翼(しゅんすけ)さんの兄弟二人。

 

「これ、頼まれてたスマホケース」

「おお~っ、ありがとうございます!」

 

 代金を渡して、受け取ったスマホケースをさっそく装着。

 

「おおっ、かっけー! 見てください、この“ZHIEND(ジエンド)”のロゴの造形美!」

「ああ、いいと思うよ。色は、その色で良かったよな?」

「はい、ありがとうございましたっ」

 

 前世と同じカラーのスマホケースをゲット出来て大満足。使う機会が一度しかなかったので、これから本格的に使える機会が、とても楽しみです。

 

「ところで奈緒(なお)ちゃん、容態はどうなんだい?」

「あ、はい。順調に回復に向かっているそうです」

「確かに、一昨日の夜見た時よりも顔色が良くなってるみたいだ」

 

 乙坂(おとさか)さん言う通り一昨日よりも昨日、昨日より今日の朝、日を追う度に血色が良くなっているように思えます。

 

「そうか。それは、よかったよ」

「あの、熊耳(くまがみ)さんの方は?」

 

 歩未(あゆみ)ちゃんを送り届けたあの夜から、お見舞いへは行けていない。ずっと気にはなっていたんですけど、特にここ数日は、本当にいろいろなことがあって......。

 

熊耳(くまがみ)も、もう心配ない。ヤツらに打たれた薬物も完全に抜けたから、もうすぐ退院出来る予定だよ」

「それは、なによりで。あ、そうだ。乙坂(おとさか)さん、“略奪”を使ってもらえませんか?」

「は? どうして?」

「ちょっとした実験です。もし宮瀬(みやせ)さんの能力を奪うことが出来れば、“時空移動(タイムリープ)”を使って過去へ戻れるハズです」

「過去へ戻れる? ......わかった、やってみる」

 

 乙坂(おとさか)さんは、ベッドで眠る宮瀬(みやせ)さんに顔を向けた。そして、“略奪”を使う。

 

「あれ?」

有宇(ゆう)、どうした?」

「ダメだ、乗り移れない......」

「――なに!?」

「やはり、奪えませんでしたか」

「どう言うことなんだい? 奈緒(なお)ちゃん」

 

 昨日聞いたニールさんの推察を、二人に話した。

 

「......なるほど。確かに、それなら辻褄は合う。精神攻撃は完全に無力化出来ると言っていたけど、まさか無意識下の状態においても有効だったなんて。けどこれで、有宇(ゆう)が“時空移動(タイムリープ)”出来ない謎が解けたな」

「能力で無力化されていたから僕の能力は、宮瀬(みやせ)に通じなかったのか......」

「結局、自然に目を覚ますのを待つしかないワケか」

「兄さん」

「分かってるよ、有宇(ゆう)

 

 二人のやり取りが、少し気になった。

 これは、新たに問題が生じているような感じがしますね。

 

「ん? 診察の時間かい?」

「いえ、先ほど終わったばかりですので」

 

「なにか、あったんですか?」と隼翼(しゅんすけ)さんたちに訊ねようと思ったところで、病室のドアがノックされた。それもなんだか、とてもリズミカルに。

 二人に断りを入れてから応対する。ドアを開けた先に居たのは、ダークブラウンの髪に鮮やかなブルーの瞳を持ち。スタイリッシュにスーツを着こなしている、あたしより少し年上の青年。彼はあたしを見るなり、とても爽やかな笑顔を見せた。

 

「やあ! キミが、トモリだね?」

「はい、そうです。ニールさん......ですよね?」

「うん、ニール・サンティ。よろしく」

友利(ともり)奈緒(なお)です。よろしくお願いします」

 

 お互いに自己紹介を済ませたあたしたちは、握手を交わして、病室へ入った。

 

「誰だったんだ? 話し込んでいたみたいだけど......って、外国人!」

「外国......?」

 

 ニールさんを見て、乙坂(おとさか)さんは驚き。隼翼(しゅんすけ)さんは、警戒心を強めた。おそらく海外のテロリストたちを連想したんでしょう。二人の誤解を解くため説明する。

 

「この方は、ニールさん。宮瀬(みやせ)さんの大学時代の親友です」

宮瀬(みやせ)の親友......? それって――」

「そうです。この方が、“時空移動(タイムリープ)”を使用出来ない原因究明をしてくれた方です」

「そうか......じゃあ敵じゃないんだな?」

「もちろん。むしろ同士だね、目的は同じだから」

「日本語!?」

 

 とても流暢な日本語にまた驚く乙坂(おとさか)さんとは対照的に、隼翼(しゅんすけ)さんは冷静に訊ねる。

 

「翻訳系の能力か?」

「違うよ。オレ、能力者じゃないから」

「自前なのか。日本語上手いな」

「ありがとう。さて――」

 

 お礼を言ったニールさんは、持っていたスーツケースに目を落とした。

 

「いろいろ話したいこともあるだろうけど、さっそく始めていいかな?」

「なにをするんだ?」

「ショウの検査だよ」

 

 スーツケースからいくつかの機器を取り出し、備え付けのテーブルに並べていく。

 

「本当に起きないね」

「もう二週間以上になります......」

「そんなに心配しなくて大丈夫だよ。“共鳴”の時は、半年近く生死の境を彷徨い続けていたから。何度も心肺停止寸前まで行ったあの時と比べたら血色も、呼吸も調ってる」

 

 新たな能力を身につけるため命まで賭した、過酷な日々。

 今の容態と比べたら、大したことではないのかもしれません。でも――。

 

「あたしは、心配なんです......」

「そっか。ゴメンね」

 

 申し訳なさそうに謝罪したニールさんは、宮瀬(みやせ)さんの検査を始めた。専用の器具で指先から採血をした血液を容器に移し、小型の遠心分離機にセット。待つ間、聴診器を胸に当て目をつむり心音を聞いている。それにしても――。

 

「こんな物よく持ち出せましたね」

「コレでね」

 

 渡された用紙に書かれている文書は当然、すべて英語なので部分的にしか理解は出来ませんでしたが、これらの器具の持ち出し許可証であることは分かった。

 

「これは......州知事の国外持ち出し許可証ですか?」

「うん、そうだよ」

「スゴい権限っすね」

「もちろん偽造だよ。IDとパスポートもね」

「とんでもない人だな!」

「俺は、見えてないから知らないからな......?」

 

 唖然として、言葉も出ない。

 隼翼(しゅんすけ)は、盲目を言い訳に知らないを決め込んでる。乙坂(おとさか)さんじゃないっすけど、あなたの親友は、本当にとんでもない人っすね。こんなこと普通しないし、と言うか出来ないですし。そうこうしている間に、ニールさんによる検査が終わった。

 

「うーん......」

「あの、もしかしてなにか問題があるですか......?」

「うん、ちょっとね」

 

 主治医の先生は大丈夫と言っていましたけど、生死を彷徨う様を間近で見てきた人の言葉に、とてつもない不安な気持ちが込み上げて来る。

 

「どうにか出来ないんですか......?」

「あるよ。キミにしか出来ないことが――ね」

「あたしにしか出来ないこと......」

「そう。トモリだけが出来ること。手を握って、祈って」

「手を握って、祈る......」

 

 もう、祈ることしか出来ないほどまで深刻な状況なのでしょうか......。

 

「ちゃんと心から祈って。じゃあオレたちは、外に行くよ。いろいろ話したいことがあるんだ。キミも、だよね?」

「......ああ、俺もしっかり話したいと思っていた。有宇(ゆう)、肩を貸してくれ」

「あ、うん、じゃあな......」

 

 三人は静かに病室を出ていった。

 あたしはベッドの横に膝をついて、宮瀬(みやせ)さんの手を両手で包み込むようにして握る。

 

 そして、目を閉じて祈る。心から――。

 

 どれくらいの時間が経っただろう。

 握っていた手に、ほんのわずかに違う感触が伝わった。

 

「あっ......」

 

 その突然の異変に目を開けて、確かめる。

 ベッドで眠っていた彼の呼吸が変わり、ゆっくりとまぶたを開いた。突然のことに言葉が出てこない。 眩しそうに細めて、ゆっくり動かしていた目と合った。

 

「な――と、友利(ともり)さん......」

「――はいっ」

 

 声が聞けた。かすれて聞き取りづらい声だった。

 でも、確かに聞けた。ずっと聞きたかった、あの人の声を――。

 

「......ケガは......平気、ですか......?」

「あたしのことより、自分の心配をしてください......」

 

 右手はしっかり握って、彼の温もりと優しさを感じながら、左手でナースコールを押した。

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